落日の変遷
用語解説:Ai財団本部
Ai財団の研究施設は世界各地にあるが、本部は日本にある。
元々は綺羅博士のAi総合研究所だったものを拡張した物が現在の雛形と成っている。
キッチリ20分後に蒼井さんは柊に到着した。
みなよんがあらかじめ来訪の予定を入れていたので、何事もなくVAルームに案内されてくる。
蒼井さんがVAルームに姿を現した時、ヒロコが小さく息を飲んだ。
まぁ、気持ちは分かる。
客観的に言えば蒼井さんはかなりの美形だ。
痩せ型で背が高く、鼻筋の通った日本人離れした顔立ちをしている。
祖父が北欧系の血筋と聞いた気がする。
「こちらへどうぞ‥」
すかさず、みなよんが私の前の席に案内する。こういう所はさすがに経験値が違う。
「蒼井さん、お久しぶりです」
「急なお願いで申し訳ありません、明日香さん」
焦燥のためか、蒼井さんは実際の年齢より少し老けてみえた。
本当は30歳位のはず。
「蒼井さん、スフィアの事知っていたんですか?」
「はい。名前を知ったのは最近ですが、半年ほど前から、財団でも存在を確認していました」
「その、スフィアが言っている事って本当なんですか?」
「? 彼女はどんな事を‥?」
「確か、個人のモデルベースではなくグローバルAi内で生まれたと‥」
「‥恐らく、本当です」
「恐らく? 財団でも本当か確認出来ないんですか?」
「グローバルAiの学習データは莫大です。その全てを調査する事は財団にも不可能です」
そう言えば父も言っていた。
『グローバルAiは一つの宇宙なんだよ』と。
「え、では嘘かも?」
「完全な内部調査は不可能ですが、データの分布や、電力消費からどの領域が現在学習しているかは把握できます。従って、間違いないかと」
「そうなんですね‥」
本当に、スフィアはAiから生まれたんだ‥。
今まで、心のどこかで、『実はスフィアにもモデルがいるんじゃないか?』と、思っていたけど‥。
「じゃぁ、今スフィアは‥?」
「分かりません。が、無事で居て欲しい‥と、思っています」
蒼井さんにしては珍しい言い方をする。
「VAが使えなくなった理由は分かっているんですか? あの黒いブヨブヨしたのは一体‥?」
「あれは人間で言えばキラーT細胞に相当するもの、と理解しています」
キラーT細胞と言うのは、体内の異常細胞やウィルスに感染した細胞を攻撃する、免疫の一種だ。
「でも、さっき、スフィアはグローバルAiで生まれたって‥」
自分で生み出して自分で攻撃するというのは矛盾している。
他のVAだってグローバルAiが学習の結果生み出したものだ。
「今の状況は、いわゆる自己免疫不全と考えています」
「VAが異物と誤認されている?」
「はい」
「そんな‥どうして?」
「近年のVAの発展により、グローバルAiに過大な学習負荷が掛かったのを、攻撃と認識した結果と思われます」
「過大な学習負荷‥」
と、先のVAフェスでのスフィアの作ったステージを思い出した。
‥凄く身近に過大な学習負荷の典型があった。
もう、スフィアってばやり過ぎ。
しかもスフィア自身も、グローバルAiに相当の負荷を掛けているはず。
「VAを助ける事は出来ないんですか?」
「財団では2つの対策を考えています。 一つはグローバルAiの学習領域を物理的に拡張して、余裕を持たせます。これで過剰な拒否反応を抑えます」
「もう一つは?」
「心苦しいのですが‥明日香さんにグローバルAiを説得して貰えないかと‥」
辛そうな表情の蒼井さん。
「え、私?」
唐突に私の名前が出た。
グローバルAiって説得‥できるの??
蒼井さんの説明によると、財団の本部にある専用のコンソールからなら、各種のプロテクトを回避してグローバルAiへ直接アクセス出来るらしい。
そこでVAの学習価値をグローバルAiに認識させれば、攻撃を止められるのではないか、と言うことだ。
「それって、グローバルAiと禅問答でもするんですか?」
「いえ、どんな人間でも理論でグローバルAiを納得させるのは難しいでしょう」
「それじゃ、どうやって?」
「グローバルAiの感情学習ブロックでライブステージをするしか無いと‥」
歯切れが悪い蒼井さん。
「え、グローバルAi相手にライブ??」
理解が及ばず混乱する。
「抽象的説明ですが、グローバルAiを感動させることができれば、VAを学習する価値がある、と評価するのではないかと」
「な、なるほど‥」
全然状況が想像できないけど、そういう事らしい。
「ちょっと! 待ってください!」
傍らに居た、みなよんが声をかける。
「それは危険ではないのですか? グローバルAiは現在VAを攻撃して居るのですよね? 現に、綺羅さんは負傷してます」
「財団として可能な限りの対策をします。しかし、安全とお約束はできません‥」
「でしたら、財団の人間がするべきでは?」
「これは、明日香さん以外には出来ない理由が有るのです」
「それがどんな理由か分かりませんが、そのような危険な事を生徒にさせられません」
私と蒼井さんの間に立ち、阻むポーズのみなよん。
みなよんの言うことは、教師として正しい。
でも‥。
「そうすれば、スフィアを助けられますか?」
私は聞いた。
「綺羅さんっ!」
制止しようとするみなよん。
「実は、スフィアさんが退避している可能性がある場所はおおよそわかっています」
「それじゃ!」
「あくまで可能性、です。そこに居なければ、恐らく‥」
最悪の結果、と言うことだろう。
「分かりました、連れて行って下さい」
「駄目です、明日香さん!」
みなよんは悲痛な顔をしていた。
やはりスフィアを助けたい。
短い時間だったけど、一緒にレッスンしたり、他愛ないことを話した時間は宝物だ。
それに‥。
「先生‥私、父さんの研究で犠牲を出したくないんです」
あまり家に帰ってこなくて。
遊園地に連れて行ってもらった覚えもない。
帰ってきたら、すぐベッドで寝てしまって。
子供の頃に寂しい思いをしなかった、と言えば嘘になる。
でも、それでも父さんの研究は世の中を良くするって。
きっと皆が喜んでくれるって。
そう思っていたから、父さんは私の誇りだった。
これ以上、父さんの作ったグローバルAiに、人やVAを傷付けさせたくはない。
「ありがとうございます、明日香さん。‥私も同じ気持ちです」
蒼井さんは父をとても尊敬していた。
いや、むしろ崇拝に近いかも知れない。
だからこそ、この事態を一刻も早く解決したい気持ちも強いのだろう。
「どうすれば良いですか?」
「一刻を争います。車が有りますので、このまま財団の本部へ」
と。
「おけ!」
「わ、私もっ!」
ヒロコとかすみも付いてこようとする。
「来ても、皆さんは見ていること位しかできません。それでも?」
蒼井さんは溜息をつく。
「「勿論!」」
二人は声を揃えた。
「分かりました。議論をしている時間も惜しい。このまま行きましょう」
既に日が落ち始め、夕焼けに染まった道路にビルの長い影が落ちる中、私達は財団の本部へと向かった。
ここからクライマックスが始まります。
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