星空と予兆
用語解説:VAヘッドギア
演者の座標、傾き、加速度、視線、脳波、発汗をリアルタイムに測定すると同時に、網膜投影3D立体視や振動フィードバックを提供する。
初期の製品は非常に重く、5kgを超えていたが現在は1kg以下まで軽量化されている。
「「つ、疲れたー」」
3度目のステージ終了直後、私とかすみはVA部のレコーディングブース内でへたり込んだ。
ヘッドギアを外し、汗でぐしょ濡れになったスーツの胸元を緩める。
時刻は20時半過ぎ。
既に外は暗く、校庭では後夜祭が始まる時刻だ。
『二人ともお疲れ様〜』
コンソールに座るヒロコと、ちょうど入室してきた、みなよんが労う。
本当に大変なステージだった。
元々2回の予定を3回に変更したため、休憩時間も短くなり、疲れを取る間もなく次のステージを始めることになってしまった。
観客の入れ替えにも手間取り、会場スタッフも相当苦労したようだ。
何とか腰を上げ、ブースから出てヒロコからスポーツドリンクを受け取る。
かすみにも一つ手渡すと、蓋を開けて一気飲みする。
冷えたドリンクが全身に染み渡ってゆく感覚。
「うまーーー! 生き返るっ!」
「美味しいねっ」
かすみも微笑むが、まだ立ち上がるのは辛そうだ。
私は母親の仕事の絡みもあり、子供の頃からダンスやボイスのレッスンもしていたから、何とか耐えられた。
運動が苦手だったのに、最後まで付いてきてくれたかすみには感謝しかない。
「無理言ってごめんね」
「ううん、私も明日香ちゃんとステージ、立ちたかったから」
かすみは首を振った。
あのデーター消失が発生するまで、VAのステージは完全にAi任せにするつもりだったらしい。
作り直しになった時、制作時間短縮もあって私がリアルタイムのステージを提案した。
その時はステージは2回の予定だったし、私が一人で出演するつもりだったので、何とかなると思っていた。
紆余曲折あって、こうなってしまったけど。
でも、大変だったけれど、やって良かった。
観客と一体となってステージをやり遂げた時の達成感は格別だった。
すると、
「ちょ、そんなに入れないって!」
背後からヒロコの困惑する声が聞こえる。
何事かと振り向くと、VAルームの入口で誰かと問答をしている様子。
「どうしたの?」
様子を見にドア口まで来てみると‥。
ドアの向こうに、何十人もの生徒が詰めかけている。
「「「あ、お姉様ーー!」」」
「サイン、お願いします〜」
「一緒に写真を〜」
「握手、握手」
各々が別々の事を話すので、最早聞き取るのも難しい。
「ありゃーー」
これはさすがに、全員には対応できないのでは‥。
「綺羅さん、疲れてるから‥後日にしましょう?」
みなよんも助け舟を出すが、興奮気味の生徒達には届かない。
一瞬、この隙に部屋の反対側の窓から逃げ出そうかと思ったが‥止めた。
今日のステージも学園祭も、皆が助けてくれたから何とかやり遂げられた。
入場の列整理を手伝ってくれた娘、荷物運びを手伝ってくれた娘、機材の設営を手伝ってくれた娘‥。
だから、きちんとお礼を言いたい。
私はヒロコと並んでドアの前に立ち、皆と向き合う。
「あ、あのさ、今日は色々迷惑かけてごめん、手伝ってくれてありがとう」
思いっきり頭を下げる。
今は。今はこれしか思いつかなかった。
「「「お姉様っ!!」」」
詰めかけた娘達が一斉に押し寄せ、あっという間にもみくちゃになってしまった。
まぁ、でも、それが良い。
皆で一緒に喜びたい気持ちの方がはるかに強かった。
ただ‥完全に“お姉さま”が定着しちゃったなぁ。
少し照れながらそんな事も考えた。
「あーあ、明日香ちゃん、完全に“お姉さま”だね」
クスクスと笑いながらかすみも来た。
と、あっという間に、かすみも生徒に取り囲まれてしまう。
「かすみお姉さま〜、サイン下さい〜」
「ふえっ?? お姉さまは明日香ちゃんで‥」
「かすみお姉さま、一緒に写真を〜」
「私もー」
「お願いしますー」
かすみの説得も届かない様だ。
「あ、明日香ちゃん〜」
途端に情けない顔になるかすみ。
「ファンサービスだよ、かすみ」
ウインクで答える。
「そんなぁ」
戸惑いながらも、何とか対応するかすみだった。
それから小一時間後。
ようやく解放された私とかすみは、屋上から後夜祭で賑わう校庭を見下ろし、涼んでいた。
日の暮れた屋上は薄暗く、空には幾つかの星が瞬く。
校庭側だけがキャンプファイアの炎にちらちらと照らされている。
フォークダンスの音楽がかすかに流れてくる。
体はぐったりと疲れているのに、胸の奥に残った熱で鼓動が収まらない。
私達は夢の続きを見ているような、非現実感の中に居た。
「ステージ、すごかったね」
「うん、まだドキドキしてる」
かすみが体を寄せてくる。柔らかな髪が肩ををくすぐった。
「分かる。今夜は眠れそうにないよ」
「私もだよ‥これも明日香ちゃんのお陰だね」
「そんなことない。皆が頑張ったからだよ」
「ううん、もしあの時、明日香ちゃんが助けてくれなかったら、私きっと諦めてた」
「かすみのためだもん、当たり前だよ」
「当たり前じゃない‥私には‥特別、だよ」
かすみはキュッと私の腕を抱き、すりすりと頬を擦り寄せる。
「もっともっと、一緒にステージ、やりたいね」
濃紺に染まった星空を見る。
彼方に瞬く星。それは決して失われない、遥かな目標を思わせた。
「うん、次はもっと体力付けて、ダンスも練習する」
「私もVAの事、もっと勉強するね」
「うん‥」
そうして、キャンプファイアが消えるまで、二人で眺め続けた。
でも、その時の私は知らなかった。
部室に置いたスマホに何度も、母親からの着信が来ていた事に。
こんな幸せな時間の裏側に小さなヒビが、入り始めていた事に。
いかがでしたでしょうか。
ここから後半に入ってゆきます。




