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アウトオブあーかい部! 77話 親友

ここは県内でも有名な部活動強豪校、私立池図女学院。


そんな学院の会議室、現場……いや、部室棟の片隅で日々事件は起こる。



3度の飯より官能小説!池図女学院1年、赤井ひいろ!


趣味はケータイ小説、特筆事項特になし!

同じく1年、青野あさぎ!


面白そうだからなんとなく加入!同じく1年、黄山きはだ!


独り身万歳!自由を謳歌!養護教諭2年生(?)、白久澄河(しろひさすみか)



そんなうら若き乙女の干物4人は、今日も活動実績(アーカイブ)を作るべく、部室に集い小説投稿サイトという名の電子の海へ日常を垂れ流すのであった……。



池図女学院部室棟、あーかい部部室。


……ではなく、猫カフェ『キャットハウス鶸田』。




「ふぁ……、」




あーかい部のみんなと同じく、池図女学院2年生のみどり先輩は今週末も受付に立っていた。




「……、?」




入り口のドアの外でこちらに手を振る人影に気づいたみどり先輩の表情が明るくなった。




「いらっしゃいませ、赤井さん♪」


「まだ開店時間前だが、迷惑じゃなかったか?」


「迷惑だったら気づかないふりしてます。」


「それもそうか。」




みどり先輩とひいろが談笑していると、ドアの外に2つの人影が近づいてくるのが見えた。




「……え?」




人影の一つが見知ったものであることを察して、ひいろが声を漏らした。




「すまない、匿ってくれ。」


「え?……は、はいっ!」




ひいろは慌ててカウンターの裏に身を隠した。




「ごめんください、店員さん♪」


「い、いらっしゃいませ……、♪」




入店して来たのは教頭先生と……




「まだ開店前だよ牡丹(ぼたん)ちゃん!?」




無機質な程に美しい白髪をポニーテールに高く結った、教頭先生よりもはるかに若々しい女性だった。




(もう1人がおばさんを名前で呼んだ……前におばさんが言っていた『親友』か?)




「い、いえいえ。もうすぐですから大丈夫ですよ!?」


「あら、ありがとうね♪」


「……お心遣い感謝します。」





白髪の女性は先ほどのおどおどした態度から一変し、同一人物から出たものとは思えない、もはや冷淡とも言えるほどに(かしこ)まった声で返答をした。




「……。」




白髪の女性の豹変ぶりに、みどり先輩が固まっていると、




「ごめんなさいね?この子、私以外の人と話すと緊張してこうなっちゃうのよ。」




すかさず教頭先生がフォローを入れた。




「……ところで、




白髪の女性がカウンターの足元に目線を下ろし、口を開いた。




「そちらの方はどなたでしょう。……今日は貸し切りのはずですが。」




(なっ!?気づかれている……!?この人、透視でもできるのか……!?)




「もう、雪ちゃんったら変なこと言わないの。」


「でも、ねこちゃんが逃げてるかも……、





白髪の女性は、最初のおどおどした態度に戻った。




(危なかった……。この人は『雪』さんというのか。)




「か、貸し切りですか……!?」


「店長さんにそうお願いしておいたんだけど……確認してもらってもいいかしら。ごめんなさいね?」


「は、はい……っ!」




みどり先輩はカウンターの向こう側から、店長である母のもとへと、奥に入っていった。




「…………で、ひいちゃんはなんでここにいるのかしら?」




(おばさんにもバレてる……!?なんでだよ、向こう側からは完全に死角だろう!?)




「牡丹ちゃん、やっぱりネコちゃんじゃ……。お店の人に知らせてあげた方が


「私がひいちゃんの気配を間違えるとでも?」


「それもそっかぁ♪」




(仕方ない、観念して出るか……。)




「お、おはよう……おばさん。」


「おはようひいちゃん♪」


「……おはようございます。」




ついさっきまでとろけた声で教頭先生と話していた白髪の女性が、再び凍てつくような無機質な形相で挨拶してきた。




「お、おはよう……ございます。」


「こ〜ら、ひいちゃんが萎縮しちゃってるでしょ……!」




教頭先生が白髪の女性の両ほっぺをつねった。




「いひゃいよぉ……、」


「そちらの方は


「し




教頭先生が喋りかけた白髪の女性のほっぺをつねり、返答を遮った。




「いひゃいよぉ〜!?」


「こちらは(ゆき)ちゃん。ひいちゃん達が詮索してた私の親友よ♪」




ほっぺをホールドされ涙目でもがく白髪の女性には目もくれず、教頭先生が代わりに返答した。




「そ、そうなんだ……。」


「いひゃいいひゃい〜!?」


「この子のことはみんなには内緒ね?」


「はらひへ〜!?」


「おばさん、そろそろ……。」


「あ、そうだった!?」




教頭先生はひいろに言われてようやく白髪の女性、改め雪のほっぺを解放した。




「うぅ……痛かったぁ……。」




雪が涙目でほっぺをさすっているのには目もくれず、教頭先生は続けた。




「この子のことはみんなには黙っていてほしいの。……良いわね?」


「……『みんな』?」


「あーかい部の子たちと『白久澄河(しろひさすみか)』。それと……、


「と……?




「『白久琥珀(しろひさこはく)』よ。」


「……!?」




ひいろの背中に、震えを通り越して凍りつくような悪寒が走った。




「ああ、ごめんね?琥珀ちゃんっていうのは、白久先生……澄河ちゃんの妹のことよ♪」


「そ、そう……なん、だ……。」


「もう一度聞くわ。……『いいわね』?」




念を押すように答えを催促した教頭先生は変わらず笑顔を見せていたが、その雰囲気は、いつもひいろに見せる優しいものではなく、反論を許さない無言の圧力を伴ったものだった。




「…………わかった。」


「ありがとう♪」




ひいろが肯定すると、教頭先生の雰囲気はいつもの優しいものへと戻った。




「すみませーーん!」




お店の奥から店長である母を連れて、みどり先輩が戻って来た。




「連絡が行き届いておらず申し訳ございませんでした!」


「そんな、頭を上げてちょうだい?わがままを言ったのはこちらなんですから。」




謝る店長さんにとった教頭先生の対応は、大人のそれだった。




「貸し切りと言ったけど、ひいちゃ……この子はここにいてもらっても大丈夫ですので。」




教頭先生はみどり先輩に、片目を瞑ってこなれたウインクをしてみせた。




「へ?」


「それと……これ。」


「ええっ……!?」




教頭先生は帯のついた札束を1つ、店長さんの手に握らせた。




「ネコちゃん達に良いもの食べさせてあげて♪」


「そそっ、そそそそんなっ!?こんな、大金っ!?」




店長さんが動揺しすぎて過呼吸気味になっているのに構わず、教頭先生は続けた。




「うちのひいちゃんがお世話になってるお礼も入っていますので、取っておいてください♪老いぼれのお戯れと思っていただいて結構ですので。」


「ひゃいっ!?ああ、ありがとーーございますっ!?どどど、どーぞ奥へ!」




両手に札束を乗せた店長さんは、茶運び人形のようなカッチカチの足取りでふれあいルームへと歩みを進めた。




「ほら!雪ちゃんも、いつまでもほっぺ痛がるふりしてないで来るの……!」


「あ……バレてた///」


「まったく、壁と睨めっこしに来たんじゃないでしょう……。」




ひいろとみどり先輩は、ぶつくさ言う教頭先生の背中をただ見守ることしかできなかった。


大人達の背中が小さくなったところで、雪がこちらまで引き返して来た。




「「?」」




忘れ物かと思ってひいろとみどり先輩が首を傾げていると、戻ってきた雪が絶対零度の形相で、




「……人はけを頼むわ。」


「「はいっ……。」」




ひいろとみどり先輩が固まっていると、




「くぉらっ!」




全力疾走で引き返して来た教頭先生が雪の襟の後ろ側を掴んで、ふれあいルームへと引きずって行った。




「牡丹ちゃん、私ネコちゃんじゃないよ〜!?」




初対面の白髪の女性の温度差にすっかり面食らった2人は、大人達の背中を再び、ただただ見送った。




「…………すごい人でしたね。」


「……ああっ!?」


「どうしました……!?」


「すまないみどり先輩、少し外に出る。おばさん達を外に出さないでくれっ!」


「へ……?」




ひいろは慌てて店の外へ飛び出し、PINEの通話機能を立ち上げた。


コール音が数秒こだますると、




『もしもし?ひいろからなんて珍しいね〜?』




モーラが応答した。




「『お隣さん』、落ち着いて聞いてくれ。」


『私をお隣さん呼びするとは……他人行儀でちょっと寂しいねぇ?』


「おばさん……教頭先生が近くにいるんだが、大声で名前と素性を叫んでやろうか?」


『そのままでお願いします。』




電話越しで見えないはずなのに、何故かひいろの目には土下座をするモーラの幻覚が視えた。




「今、キャットハウス鶸田にいるんだが、教頭先生が『白久琥珀(しろひさこはく)』の名前を口にした。」


『…………マジ?』


「『赤井牡丹(あかいぼたん)』って名前に聞き覚えは?」


『ないよ。それと、今そこで長話するのは良くないよね?』


「……そうだな。」


『せっかくだしまた今度、「2人っきり」で話そうよ♪……報告ありがと、じゃあね?』




モーラが通話を終了した。




(とりあえず、これでおばさんとモーラさんが鉢合わせることは阻止できたか……)




ひいろはみどり先輩のもとへと戻った。




「お帰りなさい。ここはネズミ1匹、通しませんでしたよ♪」


「ああ、ありがとう。」




客の来ないカウンターの後ろに、2人で腰を下ろすと、みどり先輩が思い出したように話しだした。




「赤井さんのおばさんって、もしかして……、


「池図女学院の教頭先生だ。」


「で、ですよね!まさかお偉方のご子息だったとは……!?」


「やめてくれ、ワタシが偉いわけじゃない。それにご子息ってのもちょっと違うしな。」


「すみません……。」


「あ、いや!?その、嫌とか不快って意味じゃないからな!?」


「そう、ですか……?てっきり気に触れたのかと……。」


「そんなことはないっ!おばさんの親戚なのは寧ろ誇らしいし、みどり先輩となら何話したって


「え……///」


「あっ///いやそう言うわけじゃ……!」


「で、ですよね……!?」


「そ、そうだ!さっきの人!『雪』さんっていったっけ!?」


「教頭先生のご友人、でしたよね?」




『いっっったぁぁあ〜〜!?』




ふれあいルームの方から雪のものと思わしき悲鳴が聞こえてきた。




「雪さん……ネコに嫌われたようだな。」


「教頭先生と話しているときの人格なら嫌われないと思ったのですが……。」


「人格……。まあ、あれはもはや二重人格の域だな。」




『大好き……!』




「「……ん?」」




悲鳴が聞こえてきたと思ったら、こんどは教頭先生のものと思わしき、何かを叫ぶ声が聞こえてきた。




「こんどはなんでしょう?」


「大……好き?」


「へぁっ!?//////」


「あ///……ち、違う!そう聞こえたって話で……!?」


「で、ですよね……!?///」




『……かちゃん!』




「また、何か言ってるな。」


「……、」




みどり先輩は席を立つと、店の入り口に[closed]と書かれた札をかけて戻ってきた。




「みどり先輩……?」


「ちょっと、見に行ってみませんか?」


「いや、人が来ないか見張っていろって


「ただいま閉店しております……!」




みどり先輩は誇らしげに、入り口にかけた[closed]の札を指差した。




「でもみどり先輩、ふれあいルームに行けないだろう……。」




みどり先輩はネコに好かれすぎてしまう体質のため、開店時間のふれあいルームを出禁になっている。




「ええ。にゃ……ネコに好かれすぎてしまいますからね。」


「……ワタシも、ふれあいルームには行けないぞ?」




ひいろは目つきのせいで動物に嫌われ、ネコを散らしてしまうためふれあいルームを実質出禁になっている。




「はい。ネコに嫌われすぎてしまいますからね。」


「ならここで大人しく


「2人でなら……?」


「……!?」


「ネコに好かれすぎる私と、嫌われすぎる赤井さんが一緒なら、差し引きゼロでいい感じになるのでは……?」


「この前一緒に下校したときはネコ避けてただろう……。」


「ならサングラスをつけて調整しましょう。」


「理科の実験じゃないんだぞ?」


「懐かしいですね♪」




みどり先輩はひいろのポケットをまさぐりサングラスを取り出すと、ひいろの顔に装着した。




「強引だな……。」


「私、悪い子ですから……♪」


「……そうだったな♪」


「決まりですね♪……ご友人だけに見せるおばさんの顔、見ちゃいましょう♪


「慎重に行くぞ。」


「はい♪」




ひいろとみどり先輩がふれあいルームを覗くと中では……、




「ほら、まずは優しく頭をポンっ!」


「……ポンッッ!ったぁぁあ!?」




「相手の目を見て、『澄河(すみか)ちゃん大好き』ッッ!」


「す、すみ……だだ、だい……無理だよぉぉ!?」


「無理じゃないっ!『澄河ちゃん大好き』って頭をヨシヨシできるまで返さないわよ……!」


「恥ずかしいよぉ〜!?///」




「『澄河ちゃん』……?どういうことだ。」




覗いていたひいろが思わず声を漏らしたが、小声だったため教頭先生と雪には聞かれていないようだった。




「『澄河』って……白久先生の


「いったん戻ろう。」


「は、はい……!」




ひいろとみどり先輩はさっきまでいたカウンターの席に戻った。




「あの……『澄河』って、白久先生の下のお名前でしたよね?」


「よく覚えているな。……そうだ。」


「なんで教頭先生が白久先生のことを下のお名前で呼んでいるんでしょう……?」


「それに雪さんもだ。白ちゃんは2人にとってそんなに近しい存在なのか……?」


「もしかして、教頭先生と白久先生が遠い親戚


「それは白ちゃん自身が否定していた。」


「そうですか……。」




2人は腕を組み眉間に皺を寄せ思考し、カウンターを沈黙が支配した。




「…………あの、白久先生が否定したのは……雪さんもなんでしょうか?」


「いや、教頭先生についてしか話して…………、




ひいろは頭の中で雪の容姿を白ちゃんと重ねた。




「…………嘘だろ。」


「う〜ん、せめて雪さんの名字がわかれば……、」


「名字…………、」





〜〜〜


『えっと……、そちらの方は


『し


『いひゃいよぉ〜!?』


『こちらは雪ちゃん。ひいちゃん達が詮索してた私の親友よ♪』


〜〜〜




「『し』……。」


「『し』?」


「途中でおばさんが雪さんのほっぺをつねって、言うのを阻止したんだ。


「でも、『し』から始まる名字ならやっぱり『白久』です!雪さん、白久先生のお母さんなんですよ、めちゃくちゃ若いですけど!……面影ありますし!」


「面影…………確かに、重なる点は多いと思うが。」


「じゃあ、教頭先生が白久先生を特別気にかけてたり……とかは!?」


「気にかけて……か。教頭先生、みどり先輩の部には来るのか?」


「一度たりともございませんっ!」


「なんか、テンション高いな……。」


「そりゃ高くもなりますよ!だってだって、親友の娘が部下で、孫の部活の顧問やってるんですよ!?」


「孫ではないんだがな。」


「そっかぁ……じゃあ、いつか親子で来店してきたりするんですかね……!?」


「……!?」


「赤井さん?」


「みどり先輩。」


「はいっ!?」


「さっきふれあいルームを覗いたとき、雪さんは何をしていた……?」


「えっと、『澄河ちゃん大好き』って言う練習をネコちゃん相手にしてました♪よっぽど恥ずかしがり屋なんですね。先ほどの凍えそうな塩対応も初対面故の緊張と考えれば……って、赤井さんも見てましたよね?」


「…………。」




ひいろは俯き、顎を触って無言で考え込んでいた。




「赤井さん?」


「……みどり先輩は、どんな人に『大好き』って言うんだ?」


「えっ!?///……そりゃ、大好きな……じゃあ答えじゃないですよね。ええっと、大事な人とか、そばに居たい人とか……それこそ、いつか子どもが生まれたら、可愛くて毎日言っちゃうかもしれません。ちょっと照れくさいですけどね///」




みどり先輩は恥ずかしいのを誤魔化すために、大げさな手振りをつけて説明した。




「……自分の立場とか世間体、上辺を繕うためでも、照れくさいものなのか?」


「そんなわけありません!……いくら赤井さんでも、怒りますよ……!?」




みどり先輩はほっぺを膨らませて顔をしかめた。




「だいたい、好きでもない人に、思ってもいない大好きを伝えるのはまったく恥ずかしいことじゃないんです!ああいうのは、慕っている人に本心を伝えるから照れくさいものなんです!」


「そう、か……。」


「はい……!」




ひいろは俯き黙り込んでしまった。




「……赤井さん?」


「…………話が、違うじゃないか。」


「話?」


「2人とも、最低な人だって…………言ってたじゃ、ないか……。」


「赤井さん……?」


「みどり先輩……ッ!」




ひいろはみどり先輩の両手を力強く握った。




「ひゃっ!?///」


「あ、すまな




驚いたみどり先輩を見てひいろが手を離そうとすると、みどり先輩の方から手を握り返してきた。




「このままでお願いします……!」


「へ?あ、ああ……。」




・・・・・・。




「あの、何か言いたかったのでは?」


「あ、ああ!?そうだった!」


「なんでしょう♪」




ひいろの方から触れられたことに、みどり先輩はたいそうご機嫌であった。




「ワタシは……雪さんを応援したい。絶対に仲直りさせよう……!!」


「仲……直り?」




白ちゃんとモーラが母親の雪を忌み嫌っていることを知らないみどり先輩には、ひいろの言っていることの真意がまるでわからなかった。




「すまない、用事ができた!」


「へ?あの??赤井さーん!?」




みどり先輩を置いて、ひいろは『キャットハウス鶸田』を後にした。




それから間もなく、奥から教頭先生がみどり先輩のいるカウンターまで出てきた。




「ひいちゃんいる?」


「あ……すみません。先ほど帰られました……。」


「そう。……じゃあ、あなたにお願いしようかしら?」


「へ?」




教頭先生はみどり先輩の手を引いた。




「あ、ちょっと待ってください。香水つけますので。」


「香水?」


「ネコが嫌う香りです。これがないと、ネコを引き寄せすぎてしまいますので……。」


「そう。」


「ところで、お願いとはなんでしょうか?」


「ちょっと練習台になってほしいのよ。」


「練習台?」




みどり先輩は先程ふれあいルームで雪がネコに『澄河ちゃん大好き』という練習をしていたことを思い出した。




「……わかりました。」


「話が早くて助かるわ♪」




香水をつけたみどり先輩がふれあいルームに入ると、両腕にぐるぐると巻きつけた包帯に血を滲ませた雪がネコを抱え頭を撫でていた。




「ひどい傷……。」


「雪ちゃん、ステップアップよ。」


「「ステップアップ?」」




雪とみどり先輩の声がハモった。




「さあ雪ちゃん!この子を澄河ちゃんだと思って……!」


「は……?」


「…………この子が、澄河ちゃん?」


「ひっ……!?」




みどり先輩を見る雪の眼差しからは光が消え、代わりに絶対零度の威圧感を放っていた。




「澄河ちゃんはこんなチンチクリンじゃないし吊り目じゃないしミカンみたいな匂いしないし


「こらっ。」


「あうっ!?」




教頭先生が雪のほっぺをつねって(たしな)めた。




「本当にごめんなさいね。」


「い、いえっ!?大丈夫ですから。……それに澄河さんほど身長高くないし顔も可愛くありませんし。」


「……あなた、澄河ちゃんを知っているの?」


「知っているもなにも、池図女学院の生徒ですから。」


「あら、ごめんなさい。」


「こら!全生徒の顔と名前くらい覚えておかないとダメじゃない牡丹ちゃん。」




さっきまでなんどもほっぺをつねられていた雪はここぞとばかりに教頭先生の揚げ足をとりにいった。




「教頭先生は忙しいの……!」


「へぇ〜?牡丹ちゃんは『忙しい』で片付けちゃうんだぁ、かわいそ〜。」


「あら?雪ちゃんだって、澄河ちゃんと琥珀ちゃんの頭を撫でてあげるくらいの時間は何十年もあったんじゃないのかしら?」


「そ、それは……///だから、今こうして練習してるんだもん……///」




大人の親友2人の小競り合いは教頭先生に軍配が上がった。




「はいはい、じゃあこの……


鶸田(ひわだ)みどりです。」


「みどりちゃんで練習!」


「う……うんっ!」


「あはは……。」


「じゃあ………………、コホン。」




みどり先輩に向き直った雪は咳払いをしたきり、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに両手の指を絡めてモジモジしていた。




「……。」


「……あ、あのっ!///」


「はいっ!?」


「す……す、すすすす……っ!///」




(なんか言われるこっちまで恥ずかしくなってきたぁ……!?///)




「…………、すぅ、はぁ……。」




(初々し過ぎるよ雪さん……!?///雪さんほんとに2人の母なんですか……!?)




「す…………すすすす、す……!」


「頑張って雪ちゃん!」


「澄河ちゃん、『大好き』……!」


「!?」




『大好き』の言葉を聞いた刹那、みどり先輩は細い腕に抱きしめられた。




「ゆ、雪さ……


「はっ!?ごごごご、ごめんなさいっ!?//////」




雪は慌ててみどり先輩から離れた。




「雪ちゃん…………言えたじゃないっ!」


「……へ?」


「しっかり聞こえましたよ。『澄河ちゃん大好き』って♪」


「へ……!?//////」




自分の口から出た言葉を自覚した雪はまた顔を真っ赤にし、やがて




「言え…………た。」




雪は、今にも溢れそうな大粒の涙を目に溜めていた。




「……ええ♪」


「やっ……た、初めて…………!」




雪さんは顔をくしゃくしゃにして、目に溜まっていた大粒の涙をボロボロと溢した。




「……雪さんっ!」




今度は、みどり先輩が雪を抱きしめた。




「みどり、ちゃん……?」


「いきなりごめんなさい。……落ち着くまで、こうしていても?」


「う"ん……、」


「あらあら♪」










教頭先生とみどり先輩が雪を祝福していた頃、ひいろはお隣さん……モーラの家へと向かう道で過去を思い返していた。




「……。」




『そうなのよ!玩具や漫画なんてまったく買ってくれなかったし、塾だ習い事だので友達とはぜんっぜん遊べなかったし、文化祭で可愛い格好するのもダメダメダメダメ、』


『あんなクソ親の苗字よりよっっぽどマシだわ!とにかく私は自由に生きるの……!!』


『立場を盾に手前(てめえ)の良識押し付けて、あのクソ親とやってること変わんないじゃん!』


『どこまでもステータスにこだわる辺り、やっぱあの人の子なんだねぇ』




「こんなの、悲しすぎる……。絶対に仲直りさせるんだ……!」




ひいろはモーラの家へと向かう足を速めた。

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