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3-4. 不幸な少女(募金)

 木曜日の朝、校門をくぐると一列に並んで声を合わせて叫んでいる集団がいる。


「募金活動にご協力ください!」


 登校中の生徒の中にも足を止め募金をしている人もいる。募金を呼びかけている人の中に同じクラスで生徒会の堀君がいた。目の前で足を止め呼びかける。


「堀君、おはよう。何の募金しているの?」

「ああ、おはよう。何のってみんなが不幸な少女って呼んでる、その子のための募金なんだ」

「その少女ってどんな子なの?」

「どうやら最近までは普通に暮らしていただけなのに、急に不幸になったみたいなんだ」

「ふーん。なんで不幸なのかわかったの」

「いいや、それはわからないけど」


 それはわからないのかよ。何で不幸なのかもわからない子のために募金活動なんてするものだろうか。私にはその気持ちがわからない。

 というか、お金を集めてもその少女にコンタクトすることはできるのだろうか。


「もしかしたら、お金がありすぎることが不幸なのかもしれないけどね」

「別に募金は気持ちだからやりたくなかったらやらなくてもいいんだよ」


 皮肉は言ったが別に募金をしたくなくて言ったわけじゃない。私も少し悪いところがあったが、勘違いされてしまった。いや、少しじゃなくてそれなりに私が悪い気がしてきた。弁明しておくか。


「そういうわけじゃなくて、募金するならもっと知ってからがいいなって」

「なるほど一理あるね。生徒会長がこの募金の発案者だから、千明会長に聞けばわかるはずだよ。君が会いたがっているって会長に話しておくね」


 堀君は割とあっさり私の意見を受け入れた。しかし、会いたがっているとは言ってないよ。なんだか妙なことになってしまった。



 授業が終わり校舎を出ると、再び合わせて叫ぶ声が聞こえる。下校時も校門の近くで生徒会と有志が募金活動をしていた。

 しれっと前を通過しようとするが、へんな緊張感と罪悪感がある。悪いことはしていない、良いことをしていないだけなのに。


「あっ、鉢嶺さん」

 堀君が私を呼び止めた。私が振り返ると、堀君ともう一人の人物が目に映る。朝に話していたがこんなにすぐとは思っていなかった。なんなら流れるかもと思っていた。


「こちらが生徒会長の千明エレナさん。こっちが先ほど話したクラスメイトの鉢嶺愛さんです」


 堀君は私と生徒会長に向けてお互いのことを紹介した。

 しかし、紹介されなくても一方的にだけど、私は生徒会長のことを知っている。いや、私だけではなく全校生徒が知り、深く印象付けられているはずだ。



 彼女の演説は聴くものを魅了し、圧倒的な得票差で生徒会長に就任した。

 先生方とも対等に渡り合い、就任二ヶ月も経たないうちにどうせ無理だろうと思われていたマニフェストにあった文化祭開催日を二日間から三日間に増やすことに成功している。

 生徒からの支持は絶大だ。その生徒会長と話せる機会などそうはない、成り行きといっても少し楽しみなのも事実だ。


「こんにちは。何か私に話したいことがあるんだってね」

 千明会長はほかの生徒会のメンバーにちょっと抜けると言い残し、私を生徒がいない裏の方へ連れ出した。学校内にこんな道があるなんて知らなかった。百葉箱はこんなところにあったのか。


「愛ちゃんでよかったかな?」

「はい、鉢嶺愛です」

「それで愛ちゃんはなにが聞きたいのかな。何でも聞きたまえ、後輩のお願いに答えるのは先輩の務めだからね」


 『愛ちゃん』呼びなのは名前だけ記憶に残ってて、名字がわからないのかと思ってフルネールを答えたが、どうやらそう言うわけではなかった。

 初対面の人でも下の名前で呼ぶことでフレンドリーに付き合えるというポリシーの持ち主なのだろうか。まあ、嫌なわけではないが。


「ありがとうございます。その、不幸な少女と呼ばれている子のことなんですけど。どのように不幸なのかご存じですか?」

「あぁそれかー。わからないんだよね」


 会長はあっけらかんとした声でそう言った。堀くんと同じなのかと思ったが会長はさらに言葉を続けた。


「でもね。それは今はわからないけれど。どんなに頑張っても幸せになることができない人がいるなら救ってあげたい。今話題のその少女がそうかはわからないけど、そういう不幸な子はやっぱいるから」


「でも、その不幸な少女のための募金なんですよね」

「いや、違うよ。世界中にいる不幸な子のための募金だよ。今話題の不幸の少女に便乗していると責められると困っちゃうけれどね」


 であるならば、堀君の認識誤認だったわけだ。でも、それだけみんなが不幸な少女のことを気にしているということなのだろう。


「明日さ、募金の件で慈善団体の人と会うんだけど。その人たちが不幸な少女のことも調査しているみたいなんだよ。愛ちゃんも気になるなら一緒に来る?」

「はい」


 私は不幸の少女のことを調べることに無意識に前向きになっていたことに気がついた。



 連絡先を交換して、二人連れだって校門へと戻る。会長はすぐに他の生徒会の人に呼ばれて行ってしまった。そのまま帰ろうとした私には、堀君が話しかけてきた。


「納得できたかい」

「明日、慈善団体の人と会うことになった」


 なんとなくぼかして事柄を伝える。不幸の少女のことはわからなかったが、会長の不利益になる発言もしたくないと思ったのだ。


「あと、この募金って噂の少女のためではないってよ」

「ほー、そうなの」

「ちゃんと会長の話は聞きなよ」

「うん。それで、募金はどうするかい」


 会長が世界中にいる不幸な子のための募金といっていたし、やらないということもない。


 堀君が仮想空間上で首にかけているボードのコードを読み込むと十円、五十円、百円、五百円という文字が表示される。募金したい金額に目線を合わせるとその価格が選択することができるが、私は金額を入力する画面に切り替えて百一円と入力した。目の前に支払いの確認画面が出る。これでARretに登録した口座から振り込まれる。


「ありがとう」

 堀君のその言葉に『どういたしまして』と言うもの変だと思い、『じゃあ』と言って学校の門を出た。


 帰り道にふと気がついたが、募金の対象となる世界中の不幸の子達は具体的には何故不幸なのだろうか。

 そのことも私はよく知らないじゃないか。飢えなのか、病気なのか、争いなのか、それとも別なことなのか、何に一番苦しんでいるのかわからない。

 勝手に不幸な人たちというひとまとめにした空想の存在を作り上げてはいなかっただろうか。


 これで、堀くんになぜ不幸かわからないのに募金するのかなんてよくいえたものだ。我ながらいい加減なものだ。


 

 翌日の放課後、千明エレナ会長と慈善団体の方と合うべく校門で待ち合わせをしていた。


 私が校門に行くと会長は水色のロードバイクにまたがり待っていた。帰る生徒全員に挨拶している。

 それにしても週に二回も憧れの会長と話せるなんて、今週は千明エレナウィークと言ってもよいだろう。本当にそんないっぱい話してもいいのだろうか、本当は違う人を待っているんじゃ無いだろうかと逡巡している私を見つけて会長は話しかけてくれる。


「愛ちゃんはなんで通っているの。目的地は歩いてでも行ける距離だから心配しなくていいよ」

 そう言いながらも自転車にまたがる会長は乗っていく気が満々だ。でもちょうどよかった。

「私もチャリ通です」


 私は自転車置き場に普通のシティーサイクルを取りに行った。

「私が先導するけれど、場所のデータを送っておくよ。逸れるなんてさせないけど、念の為ね」


 私のARretグラスに「千明エレナさんからデータが届きました。受け取りますか」と表示されるので、首を縦に振る。

 ARretグラスに内蔵されている加速度センサが首を縦に振ったことを感知してデータのダウンロードが始まる。目の前に矢印が表れ、行くべき道を示す。


 首を振る以外にもまぶたをぱちぱちと動かして瞬きの仕方でも操作できるが、これは誤動作も多くなかなか難しいのだ。

 続いて「千明エレナさんから通信要請が来ています。会話モードをONにしますか」と表示される。再び首を縦に振ると通信がONになった。


「これで道中しゃべりながら行こう」

 ARretグラスの柄の部分にある骨伝導スピーカーごしに会長は提案した。


 デバイスを操作したのだろうが、会長がウインクしているように見えた。ドキッとしてワンテンポ間があいてしまう。私は会長に向けて首を縦に振って話しながら行くことに肯定したが、会長はそれを見ること無く自転車をこぎ始めていた。



「会長はふこ……」

「会長なんて呼び方は仰々しくて好きじゃない。エレナ先輩と呼んで欲しいな」

「堀君には会長と呼ばれていたと思うのですが」

「女の子にはエレナ先輩と呼ばれているんだ。なんならエレナちゃんでもいいよ。エレナちゃんの方がいいまであるよ」


 何故とも思うが、そう言われればエレナ先輩と呼ばないのも変だろう。さすがにエレナちゃんとは呼べないが。


「では改めて、エレナ先輩あなたは不幸な少女に関してどう思いますか」

「ハッキリとはしないね。不幸な少女なんていない方が良いけどね。エレナちゃんはそう思うよ」


 ここまで明確さに欠けるとなると、本当にいるのかと疑ってしまうのも無理はない。あと、エレナちゃんアピールされても呼ぼうとは思わない。


「いるかいないかは置いといて、何故こんなにも噂になったと思いますか」

「不幸な少女がいれば気にかけてしまうものだろう。泣いている子を見れば話しかけたり、財布が落ちていれば交番に届けたりするのと同じ当たり前のことだよ」


 そんなことをさらりと言えるなんて、かっこいい先輩である。思っていたことをぽつりと呟くと高精度のマイクが拾ってしまう。


「かっこいい……ですね。いや、その、考え方が」

 別に聞かれてもいいはずなのに、本音なのが恥ずかしくて取り繕ってしまう。


「言われるならカワイイがいいな」

 そんな話はしていないのだが。世話を焼いた時にすいませんじゃなくありがとうがいいみたいな話とは種類が異なるだろう。



「でも、実際は思われてるほどじゃないよ。結構自分勝手な人間だよ」

「そうですか? 人望もあるようですし、文化祭の日程の増やしたのだって皆喜んでますよ」

「んー。人望っていうのも私が皆のことが好きでその裏返しで好きを返してくれているだけ。文化祭だって私が楽しみたいだけだよ」

「でも、自分勝手なんて全然思いません」


「一年の時の文化祭もそうだったな。私の自分勝手で皆を巻き込んでたよ」

 そう言ってエレナ先輩は過去を振り返って話してくれた。


「一年生の時はね、プリンパイ屋さんをやってね」

「プリンパイですか?」

「そう、サクサクの半月形のパイの中にとろとろのカスタードプリンが入っていて表面はカラメルで飴みたいにコーティングしてあってカリカリでね。カリッ、サクッ、トロが合わさった絶品パイなんだよね」

 擬音語を多用した説明で十分おいしさが伝わる。是非とも食べてみたい。


「そのプリンパイを売ってたお店が行きつけのパン屋さんでね。もう店をたたむって話を聞いたから、他の皆にもこの味を知って欲しくて文化祭で売れるように掛け合ってね。店の主人も多くの人に味を覚えてもらえるならって快く了承してくれて」

 何だか、前振りの自分勝手とは違ってなんだかいい話の様相となってきた。


「そして、私は文化祭のクラス委員になって、願って、ネゴって、クラスの皆からも了解を取ってね」

 やはり、行動力が違う。私だったら思っても人のためにそこまでできないだろう。


「家庭用のオーブンでもきちんと焼けるようにとか、校内の設備でどこまで味を寄せられるかを料理が得意な子達と試行錯誤したの。パン屋の主人にも試食をお願いしてアドバイスをもらいながらね。実際おいしくできて、屋台に行列もできて、結局は皆も盛り上がってくれたから良かったんだけどね」


 去年の文化祭には中学生だった私も学校見学もかねて行ったのだが、そのプリンパイは食べることはなかった。残念だ。


「だから、文化祭は目一杯やりたいことをやったほうがいいよ。クラスメイトで集まって何かやる機会って意外と少ないし。あと、売り上げで打ち上げもできるよ」

「いいですね」

「今年は生徒会で一人からでも参加できる企画も考えているから、よかったら参加してね」


 そういえば、聞いていなかった。

「それで、そのパン屋はどうなったんですか?」

 人気になって閉店しなくて済んだというのは期待のしすぎだろうか。


 エレナ先輩は一拍開けて答えた。

「ん、閉店したよ。店主も世界一周クルーズを予約してたしね」

「そういった優雅な引退だったんですか」

「そう。それで、私は念願だったプリンパイのレシピを手に入れたってわけ」

 あれ、結構自分勝手な話だった。


「でも、残念です。私も食べてみたかったな。プリンパイ」

「今度私の家に来る? 作ってあげるよ」

「いいんですか」

「これも自分の好きで愛ちゃんを誘っているだけだからね。というわけで着いたよ。ここが慈善団体の事務所だよ」


 エレナ先輩の話のおかげで退屈することなく、移動できた。文化祭の様子も知ることができたし。なんとも他人の都合が良い自分勝手な話だった。



「本日の十八時よりアポイントをとっていました小中国際高校の千明エレナです」


 慈善団体のオフィスのドアの前に立つと中の人と通話が接続される。応接室に通されて、目の前にお茶が出される。

 エレナ先輩が立っていれば私も立ち、エレナ先輩が座れば私も座る。とりあえず真似をしておこう。


「このたびはお時間を作っていただき、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 私も後に続いて言う。


「いえいえ、こちらこそ。若い子が興味を持ってくれてうれしいよ」

 私たちに対面して座った五十代ぐらいの慈善団体職員の男性は言った。


 エレナ先輩とその男性は様々な地球規模の課題について話し合っていた。

 世界の止むことのない紛争。新しい化学兵器の開発と国際条約による禁止のいたちごっこ。慈善団体の男性は「カードゲームみたいでしょ」と言っていたがその例えはよくわからなかった。


 また、ファクトリーオートメーションの普及により先進国の企業から発展途上国にお金が流れなくなり経済発展のスピードが遅くなってしまっていること。

 発展途上国のインターネット拡充のインフラ的意義と民間企業の利益追求のバランス。反対に衛星インターネット通信等による急激なネット普及による独自文化、言語の衰退などなど。


 私なんかが口を挟む余地もなく、ただただ聞くだけだった。しかし、世界中の不幸な子と言う話の一端としても具体的にふれることとなり、明日も募金をやっていてば追加で寄付しようという気持ちになった。



 話も終盤にさしかかるとエレナ先輩が切り出した。

「最近話題になっている不幸な少女のことも情報収集されているとお聞きしましたが、この子が気になるようで」


 エレナ先輩が私の方に視線を向ける。そう言われると私がとてもミーハーな人間のように聞こえる。

 今まで話に参加していなかったのが、不幸な少女の事しか興味がない奴と思われているかもしれない。

 それでも、仕方がないので「どうして不幸なのか知りたくて」と同調する。


 昨日は帰ってからネットで調べてもあんまり情報が出てこなかったし、出てきたとしても記憶喪失した女の子にあらゆる嫌な記憶を植え付けさせたとか信憑性の低いものばかりだった。


「そうですね。彼女が不幸の理由ならいくつか聞いた話があります」

 おぉ、ついに不幸の理由がわかるときが来たのか。


「一つ目は、クローン復元されたニホンオオカミに育てられた少女だと言う話とか」

 荒唐無稽だ。


「それに、誕生日のお祝いをクリスマスと一緒にされる。十二月十日生まれなのに」

 あるあるネタか。


「あと、一日に七回転ぶし三回しか起き上がれないだとか」

 三回どうやって転ぶのか。

「他にも……」

「うーん、なんともですね」

 エレナ先輩が言葉を遮った。

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