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3-3. 不幸な少女(空飛ぶ車)

 翌日の水曜日は自宅学習日で、学校には行かず自宅で好きな時間に授業映像を見て勉強することになっている。


 今日の分の映像を見終わるとまだ時刻は十二時だった。予定より早く見終わった。今日は偉かったので、目覚めてすぐに授業を見始めたのだった。ベットの中でゴロゴロと。


 借りていた本も読み切ってしまっていたことだし、図書館に行くことにする。



 今の時代の図書館は、AI司書に調べたい事柄を伝えて参考文献を貸してもらうか、おすすめの本をレコメンドしてもらうかのどちらかだ。

 本棚に数多な本があり、好きに選ぶということはできない。著作権保護の観点からこのような形式がとられたとの話だ。


 学校の図書室では生徒に限り今までのように好きな本を本棚から選べる。といってもごく一部を除いて仮想空間上の本棚なのだけれども。貸し出しも電子書籍なので。


 図書室もいいけれど、図書館で自分では選ばない本と出会うことも私の楽しみであった。

 AI司書による嗜好判断は正確でほとんど外れがないのだ。自分が選ばないようなジャンルの本でもうまく琴線をふれてくる。



 しかしひとつやっかいなことがある、電子書籍として借りられるにもかかわらず、図書館に直接貸し借りに来なくてはならないのだ。これまたいろいろとしがらみがあるらしい。


 だけどやっかいなことだけではない、今まで借りた人がコメントのログを残せる機能がある。本のコメントなんてネットを漁ればいくらでも出てくる。

 何なら何ページ以降のネタバレ禁止と指示すれば、読みかけの本でもコメントを共有できる。


 しかし、同じ地域で同じ本を選んだ人とコメントを通じて繋がることの良さもある。

 図書館で多くの本を借りる人はそんなにたくさんいないので、よくコメントする人のハンドルネームは覚えてしまう。

 その人がどんな本を借りているのかがわかるのだ。昔にあった貸し出しカードというものも同じような感じだったらしいが。


 同じ人が様々な本にもコメントをつけていて、この人はこっちの本は気に入ったけれど、こっちの本はあんまりだったんだなということがわかって面白い。


 私が感じた気持ちをうまく言語化したコメントをつけている花というハンドルネームの人がいる。その優しい雰囲気を纏った言い方にどんな人なのだろうと想像を膨らませていたものだ。



 図書館で本を借りた後に付属している区役所の食堂に行く。私にとっては図書館がメインだ。

 公共施設の食堂では子供の貧困対策で高校生以下なら誰でも四百円オフで食事ができるのだ。

 ちょうど四百円、つまりただのかきあげうどんをすする。


 昼ごはんを食べるついでに一冊ぐらいこの場で読んでしまって、帰りに別の本を借りようという目論見だ。


「先輩、ほらほらわたしですよ」


 そうやっていきなりちょっかいをかけてきたのは、花だ。

 二年ほど前に「もしかして、かねぽんさんですか」と私のハンドルネームを看破して、話しかけてきたのが彼女だった。


 コメントとは違う無遠慮の物言いに花を語った偽物かと疑ったこともあったが、本物らしい。

 でも、やな奴ではなく、なんだかんだ気が合うので、仲良くなり図書館以外でも会うような関係になっている。


 ハンドルネームをリアルで呼ばれることはむず痒い思いがするので、本名を教えたが私の方が一つ年上のことがわかるとそこから先輩と呼ばれることになった。


 花の方はハンドルネームがそのまま本名らしく危機意識が低いと思ったが『現実に本を通じて友達を作ることに憧れていたので、本名の方がいいかなと思いまして』と彼女なりの理由かあった。


 ちなみに、私は花にバレてから恥ずかしくてハンドルネームを変えた。今の名前はまだバレてはいないはずだ。バレていないといいな。



 花が私の食べてるうどんを見てにやにやしている。

「また十零そばを食べているんですか」

「いや、二八そばみたいに。うどんの小麦はつなぎじゃないから」


 花はまたまた冗談を言ってという素振りをして会話を流した。それが冗談のツッコミを冗談みたいに扱うという花の冗談なのだが。

 わかりづらいな。

 何が言いたいかというと花が言うことの大半は意味のない冗談なのでまともに取り合う必要がないと言うことだ。


「それにしても久しぶりですね。一ヶ月ぐらい間が空きましたかね」

「どうしたの、それもこんな時間に」

 花は中学生なのでこの時間は学校のはずだ。

「振替休日ってやつですよ。この一ヶ月の間に大特別の超イベントを体験してきたので」


 花はカレーののったトレーをテーブルに置いて横の席に座った。カレーは四五〇円するので五十円自分で負担する必要がある。

 花はそのカレーのルーと自由に取れる大量の福神漬けをごちゃ混ぜにしながら食べ始める。


 うどんを馬鹿にするくせにそれは許されるのか。前に指摘したときには「カレーって食感がないじゃないですか。福神漬けと一緒に食べるとカリカリ食べれるので、カリーカリーって」と言って持論を展開していたので、もう諦めているが。


「ん、どうしたんですか。ライスあげますよ」

 花は脈絡のないことを言って、スプーンで白米をすくってうどんの汁の中に入れようとする。


「いらないから。で、何してたの?」

「言ってもびっくりしてくださいね。なんと見識を広めに未来特区に行ってまして。つい昨日帰ってきたばかりなのですよ」

 普通にびっくりした。


 未来特区とは様々な研究機関が集まる場所で、多くの自由諸国がお金を出し合って作られている人工島だ。時には超法規的に実証実験が許されるという。


 各地域の優秀な学生が数人だけ選ばれ短期留学が行われていることは知っていたが、私の学力では夢のような話。花がそんなに頭がいいとは思いもよらなかった。


「だから、カレーライスが恋しくて」

「もっと、醤油とか味噌とかじゃなくて」

「日本食はあるんですよ。日本人もたくさんいますし。けど、日本のカレーはないんですよ」

「そうなのかもね」

「スーパーにはカレールーは売ってるんですけど、部屋にはキッチンがないのでルーだけ買ってペロペロしようかと考えるほどでしたよ」

「おいしくないでしょ」

「心頭を滅却して耐えましたけれど」

「そんな、大げさな」

「でも言うじゃないですか。心頭滅却すれば日の本の国って」

「”火もまた涼し”ね。日本感じられないでしょ」


 そんなに待望にしていたカレーに福神漬けは混ぜるのか。前に指摘したときには「福神漬けの由来の七福神は七分の三がインドの神様なんで合わないはずないでしょう」と言って持論を展開していたので、もう諦めているが。



「それで、何かすごいものとか見なかったの?」

「秘密保持契約で言えないこともあるんですよ」

 ドヤ顔で花が言う。


「話せることないの?」

「もう公に発表してるんでこれは大丈夫だと思うんですが。向こうでは空を飛ぶ乗り物、今はぱたぱたと羽を羽ばたかせて飛ぶ車ですね。それの実証実験が進んでいまして、昔に大きな墜落事故があったみたいなんですよ。そのこともあって特区の人達は外には滅多に出歩かず、家の中で仕事や買い物とか何でも済ませられるようになっているんですよ」

「外に出ないなら、空飛ぶ車も必要ないじゃん」

「わかってないですね。空飛ぶ乗り物はロマンなんですよ」


 現状でも空飛ぶ車は実用化されているが、特別な運転免許が必要となる。そのため、現状を利用されているのは離島を結ぶ連絡車両や緊急車両、護送車またはVIPの移動のときぐらいである。


「やっぱり、位置エネルギーがネックですね。電源喪失して何も動かなくなったときに人の手を借りず安全に降下できるようにならないと普及はしないでしょうね」

 さっきまでロマンと言っていた花が現実的なことを言う。


「現状、スタイリッシュなヘリコプターだからね」

「でもそれを解決するのが技術者ですから」


 ちなみに空飛ぶ車はナンバープレートのひらがなが通常の車とは異なるようにするため、今まで使われていなかった『お』、『し』、『へ』、『ん』の中から一番マシな一つ選ばれて用いることとなった。『お』は『あ』と見間違えるため使えず、『し』は死を連想するからだめで、『ん』は発音しづらいため使われなかった。

 そして、地面に向かって空気を押し出して進むその車は、今まで屁を想像すると言う理由で使われていなかった『へ』が使われている。


 それから様々な未来特区の話を花から聞いて、別れ際に「そういえば」といって花が訊いてきた。


「特区の人に言われたんですけど、どういう意味なんでしょうか。日本には不幸な少女がいるんだろって。いるんですか?」


 私は首を縦に振って肯定するが、花からの次の質問には答えられなかった。


「その女の子はどうして不幸なんですか?」



 結局のところ最初の目論見ははずれ、食堂で本は読み切ることはできなかったが、花と話せて楽しかったので満足していた。別にまた図書館に借りに来ればいいだけなのだ。実はまた図書館で花と会うことを期待しているのかも知れない。


 帰り道、暑さがピークを迎えており、出口の扉が開いた途端に染み出してきた熱気にやられ、思わず「死ぬ〜」と声が漏れる。

 読みかけの小説を読み聞かせモードにしてつづきを聞き始める。抑揚がきいた自動音声の読み上げと共に該当部分が字幕のように目の前の風景に表示される。小説では冬の山荘で涼しそうでいいなと思っていたら、吹雪の上に暖房機器が壊れており「寝たら死ぬぞ」とお決まりの文句が叫ばれている。クローズドサークルもののミステリーだから寝なくても誰かは死ぬのだろうが。

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