3-2. 不幸の少女(かみ・どんでん返し)
翌朝、月曜日になったので私は高校へと向かう。多く生徒が夏休みを指折り数えて浮き足立っている。そして、私もその一人だ。
私の通っている学校も含め一部の私立高校では映像を用いた個人授業が基本であり、興味のある分野を中心に理解スピードに合わせて受講できるようになっている。
一流講師の粋を集めた授業は面白くわかりやすい。また、質疑応答や授業内容の決定はAIの先生によって行われる。
そのため、クラス全体で集まるのは基礎教養、芸術科目、体育、音楽、プレゼンテーション&ディスカッションの授業、それと朝礼と終礼だけだ。
登校してきて朝礼が始まるまでの時間。
教室の席は固定ではなく、来た人から気ままに好きな席へ座っていくことになっている。しかし、数ヶ月も経つとだいたい座る位置は決まってくるものだ。いつもの窓際の真ん中よりも少し前の席に座る。
ダメージ加工のジーンズ生地でてきたオーバーオールに裾の短い白いTシャッツといった装いの少女が教室に入ってくる。
生徒の服装は制服、私服とそれぞれだ。学校の制服としてスラックスタイプのブレザーとスカートタイプのセーラー服が用意されているが、私服でも何を着ても良い。公序良俗に反しない限り、個人の裁量に任されているのだ。
ちなみに私は制服のセーラー服を着ている。朝に何を着るのか考える必要がないところが気に入っている。でも、スカーフだけはその日の気分によって変えているのだが。
オリジナリティーも欲しい年頃なので。四色違いのお手軽オリジナリティーだ。
そのオーバーオールの少女はそそくさと教室の後ろを通り私の隣の席に座った。彼女の名前は十森朱里。朱里は元あった位置から私の方へ椅子を少し寄せる。
「おはよん」
「愛、おはよー」
「疲れたー」
「まだ月曜日の朝だよ。土日何かあったの?」
「何もなかったけど」
「だめじゃん」
「あっ、何にもなかったで思い出した話があるんだけど、話していい?」
「何にもなかったで思い出す話なんてある?」
「それがあるんよ。しかも、ラスト一秒の大どんでん返しの話が」
「無駄にハードルあげてるよ」
「一昨日、弟がその日に何も楽しいことがなかったと言って駄々こね出してね。そして、楽しいことが起きるまで寝ないと宣言するんだよ。その日、昼寝だけで八時間くらい寝てたから、うとうとしながらもなんとか耐えてね」
「ずっとグータラ昼寝してたから、楽しいことが経験できなかったんじゃないの」
「そうなんだけどね。それで遂には十一時五十九分になってね。もう今日終わっちゃったよって言ったら、日付超えるのが初めてのことで理解できなかったみたいで教えてあげたわけさ」
「それで?」
「一緒に日付超える瞬間を見たら、すごいすごいと喜んで、はしゃぎ疲れて寝てた」
「ラスト一秒どんでん返しだ」
「でしょ」
「でも、弟くんかわいいね」
「かわいいところだけ見ればね」
「え、かわいくないの?」
「愚弟、かわいいよー」
「朱里はなんかあったの?」
「そう聞いてよ-。私はホント最悪だったの。慰めてー」
朱里はそういって自分の不幸話を話し始めた。
「昨日は朝から髪型が決まらなくて時間かかってもう行くよって親に怒られるし、ランチの時には箸を思いっきり噛みついちゃうし」
今日の朱里のヘアスタイルはサイドが引っ張り上げられ、後頭部でソフトボール大のお団子が作られている。彼女はその日の気分と服装によって毎日ヘアスタイルを変えている。
「それならばと不幸の運命を変えるために神頼みでおみくじを引くも凶が出るし」
「おみくじって運命を変えるためのものじゃないでしょ」
「でも、気分は変わるもん。あとあと、紙で指を切るし最悪だよ」
「"かみ"ってさ……」
「髪? 噛み? 神? 紙?」
「紙、ペーパーね。紙ってなにで切ったのさ」
今時、紙媒体のものなんてあんまりないのに紙で指を切るなんて珍しい。私は切ったことすらない。
妙に痛いと聞くが、紙ごときで痛くなるほど傷付けられることが理解できない。
「あーそうだよね。おみくじだよ。さっきひいたって言ったでしょ」
なるほど。
「でも、そんだけ不幸なら思い出深い日にいい一日なったんじゃない」
「ならないよ。不幸だよー。慰め方が雑だよ」
朱里は思い出したかのような仕草をして話を続けた。
「そう不幸って言えば、不幸な少女の話って知ってる」
「それと同じかどうか判らないけれど、昨日弟がなんかそんなことを言ってた。弟から聞いただけだから、結局どう不幸なのかはわからなかったけれど」
「いやたぶん、それだと思う」
と言うのもその噂ではどのように不幸なのか判然としないのだという。
「じゃあ、どうでもいいことなんじゃないの」
「まぁ、そうかもしれないけれど。なんか噂になっているんだから何か大きな不幸の理由があるのかなって」
「うん。まあ、そうかもね」
どこまで噂になっているかはわからないが、連日で別な人から話を聞くなんてあまりない。
「どうして不幸なんだろねー」
「十森さーん」
教室のドアから中を覗き、朱里の名字を呼ぶ人達がいる。違うクラスの人だろうか。朱里は呼ぶ声にビクッと身体をこわばらせ、私に身を寄せる。
「美術部の人だ。一も二もなくうるさいの」
朱里は普段私と話す声よりひときわ小さい声で話す。そして毒を吐く。
朱里は家族や私に対してはよく話すが、基本的には人見知りだ。彼女たちは朱里と同じ美術部だそうだが、まだ心を開いてないみたいだ。
人見知りではあるが、よく目を引く服を着ている。目立つのは嫌だが、かわいい方が優先なのだと言う。
満足できないかわいさだとより自信が持てず、引け目を感じてしまい恥ずかしさが勝つらしい。
しかし、さっきも目立ってオーバーオールと裾の短いTシャツの間の地肌の部分をクラスメイトの男子が見ていた。許せない。
「ちょっと、行ってくる」
朱里がちょっと寂しそうに席を立つ。ドアから教室の中を覗いている美術部員は無邪気にこちらに向かって大きく手を振っている。
「じゃあ、帰りに喫茶しゃぼん寄ってく?」
猫背気味になってクラスの外へ向かう朱里を呼ぶ止める。
「どうしたの急に」
「慰めてあげようかと思って。昨日が不幸だったなら、今日は楽しい方がいいでしょ」
「うん、そのことを加味すると」
「加味」
「若干プラスだね」
朱里が笑顔で答えた。
このあと、私は不幸な少女の不幸の理由を知ることとなる。しかし朱里が不幸の少女のことを初めて話題にしたときには、私は大して気にはかけてはいなかった。
翌日の火曜日、その不幸な少女の噂はクラス中に知られていた。この話題にはなにか人を引きつける力があるようだ。ただ、他人の不幸話が好きなだけかもしれないが。
しかし追加された情報としては、少女は北海道に住んでいることと年齢が十五歳ぐらいということだけだった。
結局、その少女が何故不幸なのかはわからないままだ。
家に帰ると妹の雫が家の床で寝っ転がって、天井を見つめている。ARertグラスで何かを見ているのだろうが。あれ、ARertグラスは机の上に置いてある。
「雫、何してるの?」
「何もしてない。ただ居る」
無気力を極めていた。
「雫は不幸の少女の話って知ってる?」
「そっちでも話題になってるのー。やだなー」
「何が嫌なの?」
「何か話が大きくなってるの、めんどい」
「面倒臭いことないでしょ」
「けど大きさ、世界を救うかも知れないじゃん」
「どういうこと」
面倒臭いのか言葉が足らな過ぎる。
「えー」
「......」
「宇宙人のテストなの」
相変わらず言葉が足りない。
きっと勝手に解釈すると、可哀想な子がいた時に地球人は放っておくのか宇宙人にテストされていて、非道な種族だと認定されると滅ばされるということなのだろう。でも、人間が滅ばされるなんて非道な種族の宇宙人だ。
「だから、ねぇが解決してよ」
ねぇはお姉様を省略化した呼び方だ。私のことを指している。
いや、なんで私が解決しなくてはいけないのだ。
「なんでよ」
「そしたら身内の話になって、小さい世界で終わるでしょ」
謎な理論で私を働かそうとする。
「ミイラになるかも知れないけど」
先ほどの宇宙人の話はまだ分かったが、今度は何を言いたいのかがわからない。
「どういう事?」
「何でわからないの」
「わからないでしょ。エスパーじゃないし」
「エスパーじゃなくても、姉妹なんだからわかってよ」
「わからないよ」
「じゃあ、今エスパーになってよ」
そんな簡単にエスパーになれたら苦労はない。エスパーになりたいなんて思ってもいないが。
「だからぁー」
雫の不機嫌メーターがぐんぐん上昇するのを感じる。
「ねぇは不幸な少女を探しに行くけど見つからないの。いくら探せど見つからない。そして、はたと気づくの。不幸な少女などいない、無駄な時間を使ってしまった。いや見つけられず無駄な時間を過ごしてしまった私が不幸な少女のだったのだと。ミイラ取りがミイラになるように、不幸な少女取りのねぇが不幸な少女になるの。はい終わり」
雫は本日の許容量の文量を喋ったというようにどこかへ立ち去ってしまった。棚に載っていた赤べこが落ちる。
雫はPK、サイコキネシスのエスパーではなく性格がピーキーなのだ。赤べこが落ちたものただ勢いよくドアを閉じたせいだ。