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3-1. 不幸な少女(灰被り姫)

 日曜日だと言うのに外に出ることもせずに、私はのうのうとリビングでARretグラスを使って電子書籍を読んでいた。読んでいるお話の内容は継母にいじめられている町娘が舞踏会に行く話だ。導入はシンデレラと同じである。


 シンデレラは和名では灰かぶり姫と言うが、灰をかぶると言う行為は現在においてキャンプファイヤー以外ではなく、キャンプファイヤー姫となると楽しそうな印象だ。


 シンデレラは灰を被っていると言うより、害を被っているといった方がしっくりくる。



 ARretグラスを使って目の前の画面いっぱいに文字を表示させて本を読んでいた。すると、文字以外の余白部分が少し透けて後ろの現実世界が写った。現実世界で何か動きがあると余白が透けて知らせるようになっている。


 人影が見えるが、気にせず文字に集中するとまた余白は本来の役割の通り白く戻り職務を全うしてくれる。しかし、近づいてきていたその一人の男の子が声をかけてきた。


「ねぇ、暇なんでしょ?」


 こちとら本を読んでいるのに暇だと決めつけるなんて何者だ。弟だった。まあ、家の中に知らない不審者がいたら困る。だらけられないではないか。

 弟の名前は薫と言う。名字は私と同じだ。


 薫にとってみてはソファーに寝っ転がりながら、あらぬ方向を凝視している姉だったのだろう。薫にはARretグラスをかけているようには見えないのだ。


 ARretグラスをつけていると他の人がかけているARretグラスを見ることができない。グラスに映る映像を加工して、ARretグラスだけ消しているのだ。

 ARret社が何故消しているのかという質問に答えていたが、「普通の眼鏡をかけたときでも当人はいつの間にかフレームが気にならなくなる。それと同じだ」とのことだった。

 普通の眼鏡はARretグラスの普及によって淘汰されてしまったのだが。それだけ当たり前のものにしたかったのだろう。


 しかし、ソファーでゴロゴロしているだけで暇と決めつけるなんて、ちゃんとソファーでゴロゴロしているではないか。

 バタフライエフェクトじゃないが、活動には全ての意味があるのだよ。夜更かしした因果があり、ゴロゴロしている結果がある。



「愛お姉ちゃん、公園に遊びに行きたい」

 反応がない姉を見かねて、薫が言葉を重ねる。


 休みの日にまだ小学校低学年の弟だけで友達の家以外に外出することは我が家のルールとして認められていないため、私に付き添いをお願いしてくるのだ。



 今の時代、危険なんてほぼ無い。

 全ての車が自動運転機能がついており手動で運転していたとしても事故が起こる直前で自動運転に切り替わる。

 歩行者のARretグラスのGPSとも同期されているため、飛び出し事故に遭うこともない。


 怪我をしたとしてもバイタル情報を監視しているARretグラスが知らせてくれるし、適切な処置をしてくれる。

 必要に応じて救急車の手配や周りの人への呼びかけもしてくれる。ARretグラス指示に従っていれば大抵なことはうまくいく。


 また、誘拐に合うと言ってもARretグラスがアラートを周りに響かせ、映像データも保護者であるならば確認することもできる。


 しかし、危険はほぼ無いとってもいいはずだが、両親はそういうことではないのだと言う。



「ふーん……」

「ねーえってば」

「よし、そなたの願い聞き届けた」

「監督不行き届き」


 そうは言いながら動き出す気配を見せない私に、薫はどこかで覚えてきて使ってみたかったであろう、小学二年生にしては難しい言葉を浴びせた。


「なまぐさ」

 続けて私を非難する。ん、なまぐさ? 私が生臭いだと。そんなことはないはずだ。と言うことは。


「違う、ものぐさでしょ」

 私は否定するも勢い余って、ものぐさであることを認めてしまった。なんという策士だ。

 しかし、薫にはそんなつもりがないようで、頭の中にひらがなを浮かべ間違いを確認しているような顔をしている。


 まぁ、仕方がない。先に生まれたことで監督責任が生じていたらしいため、付き合うこととする。今日も今日とて駄々をこねられても困る。部屋着から少しは見栄えがする服に着替える。



「雫は一緒に行く?」

 雫とは私から見れば妹、薫から見れば姉である存在。今は中学三年生だ。


「えー、なんでー」

 雫は気だるげに応える。気だるげに話すときはなぜ語尾が伸びるのだろうか。語尾を伸ばす分の労力が増えていると思うが。


「なんでって、とりあえず誘っただけだけど」

「なんか楽しいことするのー」

「超楽しいことするよ」

「どーせ、しないでしょ」

 なら聞くな。そして、弟のワクワクしている顔を見てみろ。


「今日の分のアイス食べちゃったから、いー」

「いー」はいかないの「いー」である。アイスは一日一個までしか食べられないのだけれども、出かけて帰ってきた時にアイスが食べたくなるから行きたくないと言うことなのだ。

 薫は彼女にこそものぐさと言うべきだ。



 薫と連れ立って近くの公園へと向かった。公園のベンチに陣取り、本の続きを読むことにする。


 さっきのように顔一面に本を表示させると周りの確認ができないし不審がられるので、手の上に仮想の紙の本を表示させる。

 仮想の紙の本って言ったら親に変な表現するなと言われたが、仮想空間上に表示させた紙の本の形状なのだから他に言いようがない。


 ARretグラスは他の人のものとも同期されるので、他の人のARretグラスにも私が本を持っているように見えている。

 これで、ベンチに座って一人で手遊びしている変な人には見られず、知的文学少女に見えるはずだ。


 ここの公園は最近できたばかりで私が小学生の時にあったらなと羨ましくなるほどだ。

 ARretグラスとリンクしており、壁や地面、遊具なんかの色を変更できて、海の中や雲の上など様々なシチュエーションを映し出せる。


 薫が何人かの友達とやっている遊びは、色塗り陣地取りゲームだ。

 踏んだ場所が自分の色で塗られていき、その面積の広さで勝敗を決めるのだ。ミッションがでて成功すると広範囲の面積を塗ることができる。

 目の前では、子供たちが駆け回り次々と色が変わっていく。しかし、ベンチの周りだけは私色に染まり、不可侵領域になっていた。



 日が落ちてきて、読んでいる本も佳境へと突入している。前時代的な紙の本の形状だと残りページの感覚がわかってしまって、そろそろ話が終わるのだなとバレてしまうのがデメリットだと思う。

 それがノスタルジーなのかもしれないが。ノスタルジーとは全ての古臭さを肯定する魔法の言葉だ。


 本の続きをかいつまむとこうだ。

 舞踏会に行き王子に気に入れてた町娘だったが、名前も告げずに帰ってしまう。片方の靴だけを残して。

 王子は家来に命令する。「この靴を残したとても美人で、可憐で、スタイルがよく、清らかな心を持ったあの子を探し出せ」と。


 家来は不眠不休でその町娘を探し出し、王子と面会させた。そして王子はいった。「思ったほどじゃなかったわ。一夜の幻だった。期待値あげすぎたわ。アハハハ」

 そして、彼女はこう呼ばれるようになった。買いかぶり姫と。



 本も読み終えて顔を上げると、公園は夕日で赤く染まっていた。そろそろ帰るべきかと考えていたところ、薫が近づいてきた。珍しくどこかしょんぼりとした様子だ。


「どうしたの」

 薫はとつとつと話し始めた。

「女の子が、かわいそうな女の子がいる」

 周囲には女の子の姿はない。


「どこにいるの?」

「わかんない」

「どうかわいそうなの?」

「わかんない」

「助けが必要なの?」

「わかんない」

 わかんないのならお姉ちゃんだってわからないのだ。

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