10.皆の幸せを求める王様
「なんですか。この嫌な匂い」
その国に着くと広場に人が集まっていた。それとともに温めた牛乳の匂いがしてくる。どうやら食事の配給でシチューを受け取ろうとしているいるようだ。
「私、シチューの匂いダメなんです」
一緒にいた花が顔を歪めている。
「バナをづまめばだべればべぼば」
花は鼻をつまんで話すので、何言っているのか分かりづらい、というか後半は意識的に濁音をつけて喋っている。
まあ、鼻をつまめば食べられるということらしい。
そして、鼻をつまんでまで食べる必要はない。
「カメレオンくらいの偏食家なので」
「カメレオンが何食べているか知らないけど。ハエ?」
「タコくらい偏食するので」
「タコも何食べているか知らないよ」
「はぁ」
やる気のない返事だなと思ったところで、偏食と変色をかけたボケだったのだと気づく。だからと言って取り繕わないが。
「一番の方~、一番の方~」
大きな鍋の横で白衣を着た女性がしきりに叫んでいる。
しかし、誰も受け取りに行こうとはしていない。
この国には階級制があって優先的に食事を受け取れる人がいるのだろうか。
広場には五〇人以上の人が集まっているというのに誰一人食事を受け取れていなかった。
「誰も食事を受け取れていないよ。きっと誰か偉い人を待っているんだよ」
私が花に対して発した言葉は思わぬ方向から返答があった。
「それは違いますよ、旅人のお嬢さん方。ここは最も平等に幸せな国なのです」
私たちに話しかけてきたのは襟のついた服装で姿勢がぴんと伸びた見た目は聡明そうな男の人だった。
「ほら、違うじゃないですか」
花はなぜか得意げだ。
「ほらって、違うなんて言ってなかったじゃない」
「へへっ、ほら吹きなんで。つい言っちゃうんです」
その男は気にせず言葉を続ける。
「ここは国民全員が幸せの国なのです」
この国の人たちは食事を目の前にして待つことだけが唯一無二の生き甲斐だというのだろうか。
胡散臭さが漂っている。その男は私の訝しげな表情を見て否定の言葉を述べた。
「違いますよ、お嬢さん。この国には全ての国民が幸せになれるしっかりとした制度があるのです」
「ほら、違うんですよ。お嬢さん」
花も続く。
花にお嬢さん呼ばわれりされる言われはない。花のウザさも相まって、その男までウザく感じてしまう。
その男が言った制度とは幸せポイントというものだった。
毎月の初めに幸せポイントが一五〇〇ポイント付与される。
一般的に幸せと感じる出来事にあらかじめポイントをついていて、その出来事があるとポイントが減っていくという制度であった。
これにより、幸せの均等化を図っているという。
今並んでいる食事をもらうにも毎回五ポイントが必要であるそうだ。
「食事を配るのを待つのも幸せの均等化を図るための取り組みなのですよ」
広場に集まる人々が指をさしてそう言った。
「食事が全然受け渡されていないことがですか」
受付の女性はいまだ十二番の人を呼んでいる。受け取れていない人は四〇人以上もいそうだ。
「食事は毎回くじによって食事を受け取れる順番を決めているのです。自分の端末に表示された番号の順番に食事をもらうことができます。とても平等でしょう」
「でも、時間のロスも多いですし効率的でない気がするのですが」
「しかし、ラッキーを除いた幸せの機会は平等なのですよ。この広場の近くにいる人がいつも早く受け取れていたら不公平でしょう」
そうとも言えるかもしれないが、やはり腑に落ちない。
「ほんとに幸せなのでしょうか」
「幸せの総量は決まっているので、それを平等に分ける必要があるのです。とびきり美味しい一つのりんごを誰か一人が食べるより、ジュースにしてみんなで一口ずつ飲むべきなのです」
その男は私たちの正面から少しずれて手を広げた。
「ゆっくり見ていってください。私はこの国の国王をやっておりますので、何か外の方から見て気になる点があればおっしゃってください」
「国王様でしたか」
かしこまる私に国王は気さくに応じた。
「やめてください。敬わないで下さい。国王といっても一つの仕事に過ぎません。私だけ幸せになることなんてしてくないので、国王といってもただの国民に過ぎません。しかし、国王であることに誇りとやりがいを感じています。この幸せを国民全員に感じてもらうために何か行動できることが嬉しいんです」
今度はご飯を食べている子供から話を聞くことにした。
この町のことをどう思っているのか探ってみる。国王の体制側の意見だけではどうにもピンとこない。
「君、ご飯は美味しい?」
広場に設置されたテーブル席に座って、パンをちぎっている男の子に声をかけた。
「僕はシチューがあまり好きではないんだ」
「花と同じだね」
花はその男の子が持っていた器を覗いてさらに嫌そうな顔になった。
「げぇー、シチューにさつまいもが入ってるじゃないですか。最悪ですね」
「えー、美味しいよ。お芋」
「ダメですよ。食事の中に甘い具材を入れてはいけないって、昔から決まっているんですよ」
「酢豚にパイナップルみたいなやつね」
「パイナップルは酵素で肉を柔らかくするという極薄メリットがありますけど、シチューのさつまいもはただただ無意味。無意味にシチューに入ってきやがるんですよ。友達でもないのに入ってくるんですよ」
花は興奮して語気が荒れている。
「しかも、皮が付いたまま入ってるじゃないですか! 何してるんですか、ゴミを入れないでもらいたい。そんなにサツマイモが食べたいならふかし芋でも食べればいい」
ご乱心だ。ほっておこう。
「君もそう思うでしょう」
シチューがあまり好きではないと言っただけの男の子にとんでもない会話のキラーパスをだす。
「シチューは苦手だけどいつものご飯はとっても美味しいよ」
男の子がそう言って笑う。
その笑顔を見ると、この町の生活も悪いものではないのかもしれない。
その後、しばらく話していて彼の名前がマヲということがわかった。
そうしていると、マヲの友達と思われる男の子がこっちに来て、席に座った。
「やっと貰えたよー。あれ、この人たちは?」
その友達はマヲに聞くが私たちのことを説明していなかったので、マヲが困った顔をする。
私たちが名乗ると、友達もケインという名前を教えてくれた。
「君はシチュー好き?」
私は彼に問いかける。
ケインは別に食事には興味がないとのことだった。
興味がないから食事の時間を忘れてしまったことがあったらしいが、その時には受け取る順番が進まず、番号の後ろの人からクレームを受けたことがあるのだという。
好き嫌いの違いがあるものの、皆平等に五ポイントのシチューを食べていた。
ご飯を食べ終わるとマヲが笑顔で言った。
「じゃあ、仕事してくるから。ケインも行かないと」
この国ではポイントをもらうためには仕事をする必要があるのだという。
仕事は自分で選ぶこともできるが、人気の仕事は抽選となり外れると勝手に余っている仕事に振り分けられるという。
「わかってるけど、まだちょっと時間あるでしょ」
ケインは仕事に行くのが億劫のようだ。
「もうそうやっていつもギリギリに来るんだから。先行ってるからね」
マヲは先に行ってしまった。
「マヲ君はなんだか楽しそうだったけど、仕事は大変なの?」
「マヲは働くのが好きなんです。というか人の役に立つことが趣味って感じなんです。今月は二人揃ってゴミ係なんですけど、僕は嫌すぎて憂鬱でしょうがないです」
ケインは嫌そうな顔して言う。彼は心底仕事が嫌いらしい。
「ゴミ係は嫌ですけど、抽選に外れてしまったのでしょうがないんです。仕事も食事も生きていくためには必要なことなので」
仕事内容に関わらず月にもらえるポイントは一律なのだという。
マヲとケインの二人も仕事に行ってしまった。
彼らの話を聞いているとこの国の人が本当に平等に幸せなのかわからなくなってきた。
そんなことを考えていたら、この国で初めて話しかけてきた国王が再び話しかけてきた。
「どうですか。この国は」
彼の問いに対して私と花が同時に答える。
「この国の人は、本当に幸せなのでしょうか」
「シチューにサツマイモは入れるべきではないと思います」
彼は私たち二人を交互に見てから答える。
「えっと、幸せだと思います。少なくとも平等です」
花の意見を黙殺された。当然だ。
「しかし何か思うところがあるのでしたら、お聞きしますよ」
国王はまだ食べ終わった直後のようでお盆を持ったままの姿であった。
「同じ事でも人によって幸せと思う量が違って、それでも同じポイントっていうのがどうなのかなと思ったのです。幸せの感じ方が人それぞれだったようなので」
マヲは楽しんで働いた仕事でもらったポイントを使って、毎日楽しみにしている食事を食べている。
ケインは嫌々働いた仕事でやっと得たポイントを使って、生きるためだけに食事をしている。
これが国王の求めていた平等なのかと疑問である。リンゴジュースよりカットりんごが好きな人もいるのだ。その事を伝えてみる。
「そうですね……少し考えてみます」
私の進言に国王は共感して辛そうな顔をしながら、つぶやいた。
「みんなが幸せになれる方法は無いのかな」
国王はどこかへ行ってしまい。昼食を終えた国民も広場からいなくなって、花と二人きりとなる。
「神様に世界平和を願っているのにもかかわらず、叶わないでしょ」
神社でお参りをするときに受験だとか明確な願いが思い浮かばなければ、とりあえず世界平和を願っていると言うのに。一向に叶いやしない。
「世界のどこかには世界中の不幸を願っている人もいるからじゃないですか」
「私個人の幸せを頼んでも叶わないことがあるよ」
「それは世界中のすべての人が不幸になってほしいと願っている人がいるんですよ」
花が悲しいことを言う。
「反する二つのお願いをされて、パラドックスでダメになってるってこと?」
「そうですね。世界には嫌な奴もいるのですよ。まぁそんなことにも対応できないなんて神様もたいしたことないですね」
「もし花が神様だったら世界の幸福と不幸そのニつの反する願いに対してどう答えるの」
「悪い奴と良い人の世界の二つに分けますね。天国と地獄みたいに」
「今の神様と同じじゃん」
「できましたぞ」
国王がこちらに走ってやってくる。何らかの機械を手に持っている。
「これは幸せを測定する機械。この機会を使えば個人ごとに感じたと幸せによってポイント増減させて幸せを正確に管理することができるようになります。つまり、皆が同じ幸せ量となることができるというわけです。先ほどあなたがおっしゃっていたように」
不幸な出来事があった後にはいいことがあって幸せのバランスが取れるなんて話があるが、実際そんなことはない。
それが機械を用いて平等にできるということだと言う。
しかし、そんなすぐに反映されるとは思わなかった。もうちょっとじっくり検討したほうがよかったのではないだろうか。
「ぜひつけてみてください」
腕時計型のその機械をつけてみる。
「幸せか不幸を感じると機械が反応します」
「先輩好きです。付き合ってください」
花が急に告白してくる。
「あれ幸せになりませんか?」
「ならないよ。だって冗談でしょう」
「冗談だなんてひどいです。不幸です」
「不幸を感じると音が鳴るはずなのですが」
国王が指摘する。
「思ってもないこと言うから」
「へへ」
「そういえばシチューに入っていたサツマイモをやめましたよ」
『幸せ』
甲高い声が腕の機械からする。そんなに本気でサツマイモが嫌だったのか。
「これで幸せポイントが五ポイントなくなりました」
「えっ」
『不幸』
花が驚いたと同時にまた機械から声がした。
「これで五ポイントがプラスされました」
『幸せ』
『不幸』
『幸せ』
『不幸』
『幸せ』
『不幸』
『幸せ』
ポイントが増えて幸せになり、幸せになってポイントが減る。そしてポイントが入り不幸になって、不幸になってポイントが増える。そのループで機械が暴走している。
「すみません。ポイントの増減に関わる幸不幸の感情は反映しないように修正してきます」
国王は機械を持って戻っていった。
しばらくして、国民に判定機を配っている。判定機を受け取ったマヲがこちらへやってきた。
「一番で貰えたよー」
その言葉を放った瞬間。マヲのつけた機械から『幸せ』と言う音がした。
「あれ、ポイント減っちゃった」
その後に『不幸』と言わないところを見ると修正されているようだ。
だが、悲しそうなマヲの顔は結果的に不幸になっているように見える。
リュックのポケットから何かがころりと落ちる。
「あっ、きれい」
それを見たマヲが声を上げる。落ちたものは色が何層にも重なった石だった。前に拾ったのがそのままリュックに入っていたようだ。
「あげようか?」
「ホントに!」
パッと明るくなったと表情を見せたマヲだったが、すぐに表情が暗くなる。
「でも、これを貰ったらきっと幸せポイントがすごく減ってしまう。だって、すごく欲しいと思っているから」
そう言われてしまうと残念だがプレゼントするわけにもいかなくなる。この制度は幸せになれる制度ではない。幸せを感じてしまうことで不幸になるのだから。
「先輩が一律の幸せポイントが嫌だといったからですよ」
花の言葉が私の胸に刺さる。不幸だ。
「ぐぬぬ」
私だってこんなことになるとは思ってもみなかったのだ。
国王に陳情に行ってこの制度を変えてもらおう。私のせいで制度が変わってしまったとのことだったので、私が否定すれば元に戻るかもしれない。前の一律のポイントのつけ方も問題があるとは思うが今よりはましだ。
国王を見つけて話しかける。
「この幸せを感じるとポイントが減る制度は問題があります。人々が幸せになることを躊躇ってしまう」
本当は花がつけて『幸せ』と『不幸』を繰り返しているときに気づくべきだった。
「失敗だったのかもしれません。でも私にはもう変えることができません」
「何でですか」
「私はもう国王ではないのです。私は国王であることを最大の喜びに感じておりました。つまり、国王でいるためのポイントが払えなくなってしまったのです」
「それでは今の国王を紹介してください」
現国王がいると言われて連れてこられた場所。そこにいたのはケインだった。
「ケインが王様なの?」
「ゴミ係が嫌で、転職願いを出していたんだけど、ちょうど国王の仕事が空いたから。ゴミ係よりはマシかなって感じでなったよ」
国王になれる幸せポイントが払えるくらいのやる気のない動機だ。
「今の制度は間違っているよ」
「でも、僕にとっては都合が良いからなぁ」
「マヲ君にとっては良く無い制度になってるよ。それでも良いの?」
『不幸』
ケインの端末からその音が聞こえる。マヲの気持ちを慮った結果だろう。不幸と感じたということは、帳尻を合わせるために幸せポイントが増える。
「あっ、また幸せポイントが増えた」
ケインは「どうせ次の国王になったら制度が変わるのだろうから、今月くらい僕に有利でも良いじゃないか」と譲るつもりはなかった。
こうなれば、自分で何とかするしかないだろう。
マヲを見つけて話しかける。
「この制度に対抗する妙案が浮かんだから国のみんなを集めてきて。期待してもいいけどまだ幸せだとは思わないようにね」
「それで解決するの?」
「そうだね」
マヲは「またね」と言って駆けていった。
「なんか解決策が浮かんだんですか」
「解決にはならないかもしれないけれど、一時しのぎにはなるかな」
花は言っていることが違うじゃないかと怪訝そうな目で見てくる。
「まぁ、みんなが集まってからね」
国民が続々と集まってきた。
「大体集まったよ」
マヲが報告する。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。皆さんを呼んだのはこの幸せを感じると不幸になるこの制度の解決策を教えるためです」
国民が盛り上がる。
「その解決策ですが実はありませんでした」
マヲの驚きが怒りに代わり口から飛び出した。
「なんで信じてたのに。どうして裏切るの。信用して皆んなにも広めたのに。僕まで嘘つきになってしまうじゃないか。こんな不幸なことはないよ」
『不幸』
『不幸』
『不幸』
『不幸』
『不幸』
『不幸』
人々の端末から不幸を告げる音が次々とする。そして、その分だけ幸せのポイントが増えていく。
「何ポイント増えた?」
「五〇ポイント」
「これでこの石をもらってくれるかな?」
「ありがとう」
マヲが差し出してきた手の少し横で石を落とす。石はそのまま地面にぶつかる。
「やっぱりあげない」
『不幸』
「でも、落ちちゃったものを拾うのも面倒くさいし、このあと石がどうなっても知らないや」
マヲはどうしようかと戸惑いの目をこちらに向けてくる。
「じゃあね」
「もう行っちゃうの?」
「本当の解決策を考えてきて一週間後にまた来るよ」
たぶんマヲは言葉の意味に気づいていてばれていただろう。「じゃあね」と言って私たちを見送ってくれた。