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8-1.幸せを求める王様(幸福再現装置)

「ねぇー、これ、大丈夫なの?」


 狭い洞窟の中で身体をかがめながら進んでいく。最初の方は急坂で下っていったものの、今はなだらかになっている。しかし、内部はとても暗くヘッドライトを頼りに進んでいく。入り口のふざけた看板に似つかわない険しさである。先行きもわからないとなれば、不満の一つも出るだろう。


「死にゃしないよ」


 VR世界の中で死ぬことはない。

 ゲームオーバーになったりはするが、死というものを体験することはできない。現実に近づき過ぎたVRの中でも、命は尊いもので簡単に捨てられるものではないという認識だ。

 命を簡単に扱う人が出てこないように配慮されている。


「そうじゃなくて。怖いの」

 絶叫マシーンと同じようなものだ。死にはしないが、死の危険を感じることはある。私は今そこまで命に関わるような恐怖は感じていないが、朱里は怖いのだと言う。


「これで大丈夫でしょ」

 私はガバッと朱里の手を掴んだ。朱里は驚いて反射的に避けようとするも、理性的にがっちり掴み直してきた。

「うん」

 別に手を繋いだところで何かが解決するわけではないのだが。まぁ、朱里の機嫌がよくなったから良かったことにしよう。



 さっきまでいた空の絵の町は遠くなり、なお道は続いている。と思っていると、突然大きな扉が目の前に現れた。

 認識と認識の間をするりと抜けて現れたようだ。その扉には全面に立派な彫刻が刻まれている。


 勝手に開けるわけにもいかず、というか二人で開けられるような大きさの扉ではないため、ドンドンと強くノックする。

 中から開けてくれればいいが。でも、扉の向こう側まで届いているのだろうか。そんな不安に駆られるほど大きい扉だ。


「少しお待ちくださいませ」

 扉の向こうから大声がか細く聞こえた。言われた通り少し待つと屈強な四人の男が目一杯の力で扉を押し開けて現れた。やはり、か弱い女子二人で開けようなど無理であった。



 そして、扉の向こうは絢爛豪華なロココ調な部屋が広がっていた。こちらの土に囲まれた世界から一気に現れたキラキラと輝く様子に目がしぱしぱとする。


「待っていたぞ。幸せの使者よ」

 部屋の真ん中にある立派な一つだけの椅子に偉そうに座る人が言った。

「はぁ?」

 幸せの使者と言われてもすぐに反応ができない。なんだ、幸せの使者って。


「この日をどれだけ待ち望んだことか。ほら早く幸せをくれ」

 どういう事だろうか。戸惑っている私達を見て、偉い人の背後にいる従者が説明してくれた。



 この国の王様は幸せを求めていて、国民を呼んでは幸せになれることのプレゼンテーションさせているのだという。今目の前で偉そうに座っているのが、その王様のタール王だと紹介された。


 そんな中、突然王宮内に洞窟に繋がっている場所が見つかった。その洞窟の幸せな使い方を公募したところ、幸せの使者がやってくる道だとして立派な扉つけて期待して待つことにしたのだそうだ。

 幸せの使者が訪れることを期待するだけでも幸せな気持ちになれるし、実際に幸せを使者が来ても幸せになれるという妙案らしい。


 その案を王様は大いに気に入り、そして割を食っているのが私たちだ。


「それでどんな幸せを見せてくれるんだ」

 王様は期待を込めた目でこちらを見ている。

「いや、少し待って下さい」

 とりあえず時間をもらうことにしたが、何のアイデアもない。


「いつまで待てばいいのか」

 王様は少しイラついた口調になっていたが、いつまでと言われても私にだってわからない。

「えーと、どうしましょうかね」

「…………、明日ということでどうでしょうかね、へへっ」


 連続して私が話すことになる。私が投げた会話のボールは誰も受け取ってくれず、転々と転がるボールを自分で拾いに行くしかない。会話は転がっていかない。

 そして、明日までと言うことになった。自分で言ったのだが。未来の自分に期待して生きていくしかない。

 がんばれ、明日の私。


「わかった。明日まで待つことにしよう」

 王様は割と簡単に了承してくれた。洞窟の扉の件といい、楽しみを待つことも楽しめるタイプなのだろう。その分、期待値がぐんぐんと上がっている気もするが。


「ならば、明日まで国民による幸せの紹介を一緒に見ればいい」

 さっき言っていた国民で幸せの提案をさせるイベントのことだろう。大きな部屋に移り、王様は扉の正面の立派な椅子に座り、私たちは通路に沿った従者達と同じ席に座った。



「それでは一人目の者、入れ」

 二十歳ほどの女性が入ってきた。


「私が敬愛する王様にお伝えたえしたい幸せなことは音楽を奏でることであります。私自身もトランペットをやっており、最初は難しく努力が必要ですが、合奏した時の一体感は全ての努力が報われて、他では得難い感覚を得ることができます」


「ふん。わしに努力しろと」

「努力された分だけ見返りも幸せも大きくなります」

「努力して楽しく無かったらお前はどう責任を取るつもりなんだ。わしは元々努力が大嫌いなのだ」

「それは……責任は取れません」

「そんないい加減な話を持ってきたのか。無礼者が。出てけ」


 女性は土下座をして謝罪した後、肩を落として部屋を出ていった。その女性があまりにも可哀想でならない。王様のためにせっかくアイデアを披露しに来たというのにあんまりだ。そんなに怒らなくてもいいだろう。努力はできないが、怒力は高いようだ。



 続いて中年男性が入ってきた。

「私が紹介する幸せなことはギャンブルです。ギャンブルをやると当たった時の高揚感で病みつきになります。特に大きな金額をかけた時なんて手がブルブル震えて」


「金なんて国民に配るほどあるんだ。それが減った増えたとなってもつまらないだろ。それにギャンブル場は国が運営しているんだ。わしが賭けても国庫に戻ってくるだけだ。そんなことのどこが面白いって言うんだ、おい言ってみろ」

 この国では余りあるほどエネルギー源が採掘できるらしく、それを近隣の国に売っているため、財政状況が良い。

 そのため、いろいろなところにお金がかけられるのだという。この絢爛豪華な王宮もその一つだ。


「では私が親となってギャンブルをしていただくと言うことでどうでしょうか」

「なんでお前の金儲けに加担しなきゃいけないんだ。まぁ、お前のようなクズに金をやってもギャンブルでスって、すぐに戻ってくるだろうがな」

「でもギャンブルは……」

「もう聞きたくない。早く出て行け」

 その男は王の家来につまみだされてしまった。雰囲気がとても悪い。なぜだか、私たちも責められているような気分にさせられる。



 次は歳のとった男性が部屋に入ってきた。

「王様の銅像を立てましょう」

「銅像を立ててどうなると言うんだ」

「銅像とは畏敬の象徴。王様にふさわしいかと思います」

「国民が自主的に銅像を立てればそうかもしれんが、王自ら立てたとなればそこに畏敬の念などひとつも無いではないか」

「……」

 男は黙り込んでしまった。


「それともお前がお前の金で銅像を立てるのか」

「……」

 男はなおも黙ったままだ。


「もうよい。それ以上案がないならさっさといなくなれ。不愉快だ」

 男は落ち込んだ様子で背中を丸めて帰っていった。王様にとっては悪い市井の人だったのだろう。

 今度は王が家来のほうを睨みつけて言った。

「無能なやつばかり集めて来よって、昨日もそうだったではないか。まともにやっておるのか。せっかく幸せの使者が現れたというのに興醒めだ」


 王様は怒って部屋から出て行ってしまった。「次はとっておきですから」という従者の言葉も聞く耳を持たない。私たちも外に出て休憩する。部屋には、嫌な空気が換気できずに漂っていたのに我慢できなかった。



「えっ、やばくなかった」

「やばかった。まじ怒ってた」

「あんな怒られ方したことないよ」

「ね」

「愛は明日大丈夫なの?」

「私?」

「なんか明日発表するとか言っていたでしょ」

「二人ででしょ」

「違うよ。だって私ヤダもん」

「私だって嫌だよ」

「違うよ。愛が明日やるって言ったんだよ」

 あの場を切り行けるため、しょうがなく言っただけなのに。朱里はあの場で何も喋ろうとはしてなかったではないか。


「あのー、今日の発表はもう終わりですか?」

 一人の男が話しかけてきた。朱里はすかさず私の後ろに隠れる。

「王様が怒って部屋から出て行ってしまわれて、その、よくわかりません」

「そうなのですか。僕は次に発表予定だったのですが、王様に見ていただく前に試してもらえないでしょうか。私が発明した幸せを感じる装置というものを」


 彼が発明した装置は昨日の幸せを再び味わ得る機械というものだった。昨日の任意の時間から追体験ができ、その幸せを再現できるという。しかし、選んだ時間から一日が終わるまで追体験する必要があり、その時に感じた不幸も再現してしまうらしい。

 なんでそんなことになるのかとも思うが、男曰く記憶というものはいろんなものと結びついており、芋掘りのようにくっついて掘り起こされるのだという。


「つまり、昨日のどの時間に戻るかが重要になってくるわけです。昨日で一番幸せになれるタイミングは何時ごろですか?」

 昨日は何があったっけ……


「私なら絶対、四時間目の持久走の後にする。あれはもう味わいたくない。この世から全ての物が無くなって身体一つで何もやることがないとしても、持久走をしようなんて考えないよ」

 朱里が思い出し嫌そうな顔をしながら言う。


「雨が降っていたから変更だと思ったのに、直前で止んだからね」

「ほんと最悪だよ。泥水、跳ねるし。工夫もなくただ走るだけって、物事を工夫することが人間たらしめているというのに」

 朱里の物言いも分かるが、言い過ぎだ。走るフォームだとかランニングシューズなど工夫している箇所はいくらでもあるのだろうが、素人はそこまでして走りたくないと思っているだけだ。あれ、フォローになっていないかもしれない。


「でも、朝ご飯に食べたフレンチトーストがすごく美味しかったんだよね」

「持久走とトントンになるくらいなの」

「まぁね」

「そんな美味しいなら売り出したほうがいいよ。持久走の辛さとトントンのフレンチトーストって言って」

 フランスパンをたっぷりの卵液に浸し、耳の境目まで染み込んでいるのが、この持久走の辛さとトントンのフレンチトーストの魅力だ。

「でも、雨の中、自転車で登校するのがめんどくさいな。あの時は、持久走がなくなると思っていたからなんとか来れたけど」


 雨の日は自動運転の無人タクシーを使うこともあるのだが、格安の一人乗りタクシーは予約で満杯になってしまうことが多い。結局はレインコートを着て自転車で行くことになる。

 母親になんで天気予報を見て事前に予約しておかないのかと自分のことのように文句を言われるが、本当に雨が降るかなんて当日になってみないとわからないものだ。

 いや、天気予報は飛行ドローンによる雲の多層解析を小型自動船を用いて洋上でも行うためほぼほぼ正確なのだが。なんか、気分的に当日になってみないと分からないのだ。母親が言うには私が天気予報を見ていないだけと言うことらしい。



「それで試してもらえるのでしょうか?」

「愛がやってみてよ」

 私にだけ聴こえる声で朱里が押し付けてくる。

「昨日のいつ頃がいいかな?」

「時系列順にプラスマイナスで点数つけてみたら」


 朱里のアイデアに則って考えてみる。

 朝ご飯に美味しいフレンチトースト食べた +四〇点

 雨の中の自転車での登校 −二〇点

 濡れた靴下 −一〇点

 読み終わった本がとてもよかった +三〇点

 新商品の飲み物が美味しかった +一〇点

 雨が降って体育館で卓球かと思いきや、五キロメートル走らされる −四〇点

 虹を見る +一〇点

 妹に理不尽にキレられる −一〇点

 午前中に読み終わった本の続編が蛇足っぽい −二〇点

 お気に入りの寝巻きを着て就寝 +五点


「寝る直前が一番点数が高いんじゃない」

 悲しい事実を突きつけてくる。

「今も寝巻きを着ているから幸せなの?」


「それで試してもらえるのでしょか?」

 発明者の男が訊ねてくる。約束してしまったので試すことにする。

「それでは昨日の何時に戻りますか」

 寝る直前の時間を指定する。そして、装置を頭に取り付ける。

「じゃあ、寝に行ってくるね」


「愛、起きて。早く起きて」

 朱里が私のことをガシガシと揺らしている。私に装置を試すことを勧めたはいいものの、開発者と二人きり取り残されることを考えてなかったのだろう。

 焦った様子で私を覗き込んでいる。


「どうでしたか」

 目を開けた私に気づいて開発者が訊ねた。

「気持ちよく寝ついた直後に叩き起こされた嫌な気分です。でも寝るところとかはちゃんと幸せでした」

 だから、装置の基本的な性能としては問題ないであろう。


 家来に一人がこちらに駆け寄り「国王様が戻られますので、幸せの紹介をお願いします」と言い、男を連れて行ってしまった。

「そう言えば、王様の昨日は幸せだったのかな」

「昨日もダメだったって話していたよね……」

 私たちは戻らず部屋で休むことにした。君主、危うきから近寄らずだ。

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