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1.オープニングアクト

〜プロローグ〜


 世界は拡張された。


 有史以来当たり前とされてきた世界は過去となった。

 新しい世界では今まで見れなかった、感じられなかった未知が当たり前になった。


 ARretと呼ばれる新世界によって。


 ARretはAR、VRをよりリアルに、より日常的にさせた。


 めがね型AR端末のARretグラスをかければ、幻想上の見たいものが見え、現実の見たく無いものは見えなくなる。VR施設にいけば現実と違わぬ感覚で仮想世界を生きる事ができる。


 それはシンギュラリティーを超えてすべての理を解したAIが道楽で作っているなどと噂されるほど緻密で、繊細で、リアリティーにあふれているのだ。


 そしてそれは、私が物心つく前の出来事だ。逆にその新しい世界しか知らない。その拡張された世界で一人一人の夢を叶えて暮らしている。


 皆がそれぞれの望んでいるものを手にすることができる世界になっている。

 もちろん、私が欲するものもやってくる。私は常々思っている、人生にはストーリーが必要だ。


だから、私はショートショートによく出会う。



1.オープニングアクト


 誰でも初めに話すことは緊張する。

 空気感を掴めずに、さらにはその空気感を作ることすらも求められる。


 そこで失敗してしまったら目も当てられないのだ。


「では、最初にやるよって人、いますか?」

 稲葉先生のその言葉に教室が一瞬の静寂に包まれる。私は反射的に目線を右に逸らし、ゆっくりと顔を下げてしまう。


 目があったら指されるかもしれない。正直指されたくはない。それがまず初めに思ったことだった。


「はい」

 凛とした声が教室に響く。顔を上げ、声がした方を向く。


「では、安島さん。お願いします」

 ピンと張り詰めていた空気の教室が弛緩する。

 安島くん以外のクラスメイトは安堵の表情を浮かべているだろう。私もホッとしてしまったが、しかしそれは失敗だった。


 私が一番始めにやるべきだったのだ。これはそう言った失敗譚だ。



 それは高校に入学したばかりで、右も左もわからず春眠暁も覚えられていないような頃。

 初めてのプレゼンテーションの授業の時間だった。


 プレゼンテーションの授業というのは、自ら考え発信する力の向上とかを目的として学習指導要領に追加された科目だ。

 私が小学三年生の時に始まったから七年も前のことになる。


 正式名はプレゼンテーション&ディスカッションで、たいてい「プレディス」と略されて呼ばれている。

 私の学校では上半期にプレゼンテーション、下半期にデスカッションの授業が行われる。きっと他の学校でもそうだろう。


 他の人のプレゼンテーションを聞くのは楽しい。それぞれのテーマに個性が出ていて好きだ。

 だが、稀にある同じテーマの『三平方の定理を論理的に説明せよ』のような発表をクラスメイト全員分も聞くのは退屈でたまらない。


 プレゼンテーションを話す方は苦手ではないくらいと言うと『またまた謙遜してー』と言われるくらいだ。


 プレディスの担当の稲葉先生が教室に入ってくる。ザワザワとしていたクラスのムードが落ち着きを見せる。



 稲葉先生が教卓の前に立つ。

 その後ろにはホワイトボードや黒板といった古式ふるめかしいものはなく、仮想現実内での共有書き込み領域に設定されているだけだ。


 稲葉先生は生徒をひととおり見渡した後、授業を始めた。



「好きなカタカナ言葉を思い浮かべてみてください。音感が好きでも意味が好きでも何でもいいですよ。その言葉を皆さんにはプレゼンしてもらいます」


 稲葉先生の後ろの共有書き込み領域内には言葉を自動認識して『好きなカタカナ言葉のプレゼンテーション』と表示されている。


 でも、どうしてカタカナ言葉なのだろうか。

 四文字熟語や格言とかの方が説明しやすいし、クラスメイトの人となりがわかりやすいだろうに。普段から考えていないことだから、プレゼン力が試されるのだろうか。


「まず皆さんには発表するカタカナ言葉を決めてもらい、どのように話すかのプロットを記入して先生に送ってください。その後に一人あたり二分でプレゼンしてもらいます」


 中学生の時にもプレゼンテーションの授業はあったので、大体のプレゼンの流れは皆んな掴めている。

 どれくらいできるのかを試されているのだろうか。


 語感だけで選べばアイネ・クライネ・ナハトムジークだが、誰が作曲したんだったっけ。

 もっと説明しやすい言葉を選ぶ必要がある。

 そして、センスのある言葉を選んでクラスメイトからカッコいいと思われたい欲だってある。



「今回は日日翻訳は使わないでやってみてください」

 日日翻訳とは拙い日本語を美しい日本語に変換してくれるツールである。


 これにより、若者は機械に頼り切って正しい日本語を使えなくなったとか言われている。正しい日本語を知る機会にもなってるはずなのに。

 訂正されなきゃ、わからないままだ。若者を批判しておけばいいみたいなうがった雰囲気(ふいんき)が嫌いだ。


「それではプロットの記入を開始してください」

 稲葉先生の号令を聞き、クラスメイトが一斉に仮想空間上にディスプレイとキーボードを出現させる。



 プレゼンのプロットを書き終わったが、時間が余ってしまった。

 ということで、ARretグラスで関連動画で上がっていたダンダラカマイルカの映像を見る。

 プレゼン内容とは関係なくなってしまったがしょうがない。ダンダラカマイルカは流線型の白いラインがカワイイので。


 本来授業中にはこういった授業に関係ないものは閲覧できない。

 学生が授業時間中に学校の敷地内で関係ないサイトを見ていることはARretにはお見通しなわけで、当然規制がつけられる。授業に関係ある内容しか検索できない。


 でも、今回の授業内容では幅広い分野から調べる必要があるので、制限はほぼフリーで閲覧できる。

 私があと二分しか残り時間がないのにもかかわらずダンダラカマイルカをテーマに選び直すかもしれないからだ。すると、ヒョウアザラシの動画を見ていても問題ないことになる。



 時間となって稲葉先生が私達に問いかける。

「では、最初にやるよって人、いますか?」


 まだ集められたばかりのクラスメイト達。誰がどういったキャラクターなのかはっきりと分からない。その中で、進んで手を挙げた安島くんが教卓の前まで来て話し始める。



「オーグメンテッド・リアリティ、それが僕の選んだカタカナ言葉です。つまりは拡張現実、重畳世界。ARと呼ばれるものです。皆さんもARretグラスをつけていますよね。僕のおばあちゃんはARretのことを覚えられなくて、よくアレ、アレと言うのでそれだよと教えてあげています」


 ARretは地球(テラ[Terra])をひっくり返すほどのものという意味とARをかけた造語である。

 今やARretグラスがない世界なんて考えられない。ひっくり返しているのか乗っ取られているのかはわからないが。


「ARretグラスでよく使う機能に拡大機能があります。目が悪くても遠くのものを手で広げると見たいものを拡大できます」

 安島くんは目の前でOKマークのハンドサインをつくると指を離して広げていく。そうすると、指先の部分だけ枠取られ拡大できるのだ。


「これで遠くにある小さい文字も簡単に見れます。また、拡大しなくてもピント補正機能によりクリアに見えるため、目が悪いなんてことを忘れてしまうぐらい見えすぎます」


 ARretグラスは初め眼鏡屋で売られ、眼鏡の代替品として普及し始めた経緯がある。今や皆がARretグラスをかけているので誰が目が悪いのかわからない。


「また、普通見れないものも見ることができますよね」


 ARretグラスの中だけに存在する向こうの世界の住人と呼ばれる生き物がいる。

 それは、人間や動物と同じ形のものや想像上の動物、プニプニしたのとかふわふわしたのとか有象無象の集まりだ。いや、すべて無象なのだが、仮想空間上だから。


「そして、夜中の暗闇の中でも視野の映像の明度を自動調整することで昼間のような明るさにみえる機能もあります」


 見えてる景色と感度を高くしたカメラの映像を重ね合わせることで昼間と変わらぬ明るさなので夜闇も怖くない。

 けれど、家に帰るのが遅くなると親に怒られのでそこは変わらず怖いのだが。


「ある日、夜に公園でランニングしていると目の端に何かが見えました。夜なのに明るい景色なのでよく見ることができます。そして、草陰からガサガサと音が聞こえてきます。僕は拡大機能を使って見てみると大きな蛇がいるじゃないですか。


 僕は『蛇 脱走』と検索すると、ここら辺で逃げ出したことがわかりました。さらに、体長は一メートルであること、比較的おとなしい性格の種類であること、名前がチュチュちゃんという可愛いらしい名前であること、そして捕まえればお礼として五万円貰えることがわかりました。決してお金に目が眩んだわけではありません、正義のために蛇を捕まえなければと思いました」


 クラスに笑いが広がる。このたった一分半程で安島くんの人となりがクラスメイトに伝わっていた。


「『蛇 捕まえ方』で調べると『危険なので蛇を捕まえるのはやめてください』とARretグラスからメッセージがでましたが、正義を遂行するまでです。目線を上げて、蛇を探すと少し離れたところに見つけました。


 意を決して飛びかかるとスカッと空振りをしました。でもそこにはちゃんと蛇がいます。けれど蛇に触ることができない。途中からARretグラスに偽物の蛇の映像を見せられていたのです。僕の無茶な行動を止めるために。


 そしてすぐに警察がきて、本物の蛇を捕まえていきました。この話でARの素晴らしさと僕の勇敢さが伝われば幸いです。ご清聴ありがとうございました」



 安島くんは立派にトップバッターの責任を果たした。私だってその栄光を感じてみたい。その眼差しを受けてみたいと言う気持ちもあるが、それ以上に恥をかく事を恐れてしまう。


 ファーストペンギンという言葉がある。前人未踏のことに果敢に挑む人を一番初めに海に飛び込む勇敢なペンギンに例えている。まさに、安島くんはその通りだった。

 まぁ、実際のペンギンの映像を見ると後ろのペンギンたちに押し出されて海に落とされているように見える。これは、ファクトペンギンだ。


 パチパチパチと前のほうの席で一人が拍手した。それに続けとばかりにクラス全体が拍手する。私も最初に拍手するべきかどうか迷ったができなかった。クラスの中にもう一人の勇敢なペンギンがいた。



「二分十一秒です。見事トップバッターを務めてくれました。でも、危ないことはやめてくださいね。しかし、内容、話し方はとても良かったです。

 実際の例を用いることでわかりやすく伝わっていたと思います。もう少し聞き手のリアクションを待った方が良かったですが、時間を考えるとこれがベストだったと思います」


 稲葉先生が発表を受けてコメントする。研修で学んだであろうが、褒めと指摘を交互に繰り返しているのが結果的にフワフワしたコメントになっている。そして、次の発表者をどうするか少し逡巡して言った。



「では、次は後ろの席の番場さん、お願いします」


 番場さんオロオロと周りを見渡したが、番場も後ろの席の人も一人しかいない。意をきめて立ち上がり、教卓に向かう。クラスメイトに対面すると、スッと息を吸い話し始めた。



「私が選んだ言葉はショートショートです。ショートショートは短い文学作品のことを言い、物語の最後には偏屈な凝ったオチがあると最良されています。過程を楽しむ命題提起型もありますが。

 期待して読んでいたらフルだけフって大したオチがないこともあります。私の読解力が足らないのかと思って読み返してもオチが見当たりません。そんな時は悲しくなります。あっ、オチのある名著たくさんあるので、ぜひ読んでみてください。

 ここで私が作ったショートショートをひとつ」


 番場さんはそんな期待値を上げるような前置きをした。自分の首を絞めることにはならないだろうか。いや、ここでオチがあることをフっているから、オチがない方がフリが効いているのだろうか。


「とある社長がライバル会社から産業スパイが送られてきているのではないかと危惧していました。そんな噂を聞きつけた一人の発明家が自作した機械を売りつけに来ました。


 それは会社の不利益になる人物を発見できる機械でした。その機械は人の顔色などを総合的に判断して、不利益だと思う人物を発見するという品物でした。


 社長が心から欲しているような品物でしたが、その発明家は金を友達から無心しては自堕落に暮らしているという噂で信用における人物であるとは思えませんでした。

『まあ、騙されたと思って置いてみて下さい。代金は役に立ってからでいいですよ』と発明家が言うので社長も置いてみることにしました。


 とある日社長室を訪れた社員に向かって、社長は『何かやましい事はないか』と尋ねました。社長は社長室に来る社員に対して毎回言うようにしていましたが、その日は不利益発見器がピーピーと音を立てました。


 社長は『何をしたんだ』とその社員を問い詰めました。しつこく問い詰める社長に根負けしたその社員はライバル会社の産業スパイであることを認めました。


 次の日、社長は発明家を呼び出し『あなたの機械は凄い、これからは毎月一千万円の研究費を出す。これで私のために新しい機械を作ってくれ』と言いました。発明家はこれで遊んで暮らせると思い、機械はピーピーと音を立てました」



 番場さんへの講評が終わると稲葉先生は後ろの席の中山くんに話をするように言った。


「僕が好きなカタカナ語はマヨネーズです。というかマヨネーズが好きです」

 中山くんがマヨネーズへの愛を意気揚々と喋り始める。パフェは生クリームの代わりにマヨネーズを使うべきと自論を展開している。



 このまま隣の席の人が蛇腹上に指名されていくのだろう。そうなると、私に回ってくるのは十三番目になるようだ。失敗した。なんで最初に手をあげなかったんだ。


 だって私が選んだカタカナ語はカッコつけるために選んだ『ファーストペンギン』なのだから。我先に話さなければ、格好がつかない。これが私、鉢嶺愛が経験した小さなお話。



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