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第九話 悪役令嬢、辺境の闇に挑む

冬の気配が濃くなり始めた王国南部——カリオン辺境伯領。その空は灰色に濁り、乾いた風が吹きすさぶ。かつて栄えた銀鉱山も今はほとんど枯渇し、経済は衰退の一途をたどっていた。


 そんな地に、マーガレット・クレアは降り立った。


「……これが、現実」


 馬車の窓から見えたのは、廃墟同然の町並みと、痩せた子供たちの姿だった。身なりの整った貴族の少女など、彼らには異世界の存在にしか見えないのだろう。怯える目、警戒の視線、それがすべてを物語っていた。


「到着早々、歓迎されていないわね」


 隣に座るアレクシス・ラングレーは、無表情のまま頷いた。


「この地では貴族=搾取者、という意識が根付いている。特に“奴隷制度”がこの地方で深く根を張っていることが原因だ」


 カリオン伯領では、長年にわたり鉱山労働力を奴隷に依存してきた。中央で奴隷制度廃止が議論されている今、貴族たちはそれに強く反発し、反乱の兆しさえ見せている。


 今回の視察は、その実態を把握し、今後の改革方針を練るためのもの——しかし、それだけではなかった。


 「殿下からの密命がある」と、アレクシスは馬車の中で低く呟いていた。


「この地には、“黒い噂”がある。奴隷取引を通じて、禁忌魔術が流通している、と」


「禁忌魔術……まさか、“魂の拘束”?」


「その可能性が高い。表向きは奴隷売買、裏では“人間を道具化する”魔術研究が行われている。それを止めなければ、改革どころではない」


 マーガレットの表情は静かに険しくなった。


 魔法は本来、人の命を支える術。だが禁忌を超えれば、それは支配と抑圧の道具となる。ましてや、魂そのものを支配するなど——それは、かつて彼女が日本で見た“デジタル管理社会の最悪形”と通じるものがあった。


「だから私は来たの。現実をこの目で見て、変えるために」


 アレクシスはマーガレットを一瞥し、短く言った。


「……よくぞ、そう言ってくれた」



 二人が訪れたのは、奴隷商を取り仕切る地方貴族——ガルドン・バロワ男爵の屋敷だった。


 彼は中年の肥満体で、口元には絶えず油の浮いた笑みを浮かべていた。


「ようこそようこそ、クレア嬢に青薔薇の騎士閣下! お目にかかれて光栄ですな!」


「用件は単純です。辺境伯領における奴隷使用の実態と、貴族による不正取引の有無。正直に報告していただきます」


 アレクシスの低く鋭い声に、男爵は顔をひきつらせる。


「そ、そりゃあ、中央のお偉いさんがたには従うつもりですがね……この地では奴隷がいないと、町が立ち行かんのですよ」


「ではあなたは、そのために人を人とも思わぬ扱いをするのですか?」


 マーガレットの問いに、男爵は鼻で笑った。


「嬢ちゃん、奇麗事でこの国は動かんよ。この地で働くのは、罪人や孤児、流れ者ばかり。どう使おうと我らの自由ってもんでしょうが」


 その言葉に、マーガレットの中で怒りが燃えた。


 彼女は立ち上がり、テーブルの上に広げられた労働記録簿を一気に開いた。


「これは……!」


 記録された労働時間は、一日16時間を超えるものばかり。栄養は最低限、水は不衛生。怪我をした者には治療もなく、死亡記録は“処分”とだけ書かれている。


「これが“現実”なのね。人をモノとして扱う……こんなもの、改革などでは足りない。断罪すべき犯罪です」


 男爵が声を荒げようとした瞬間、アレクシスの剣が鞘からわずかに音を立てた。


「黙れ。これ以上、王家への侮辱を繰り返すなら、即刻逮捕も辞さない」


「ぐ、ぐぅ……!」


 男爵は顔色を青ざめさせ、黙り込んだ。


「マーガレット。これより調査班を現地に派遣する。君も同行するか?」


「もちろん。現場を見ずして、判断などできませんから」


 それが、地獄の入口だった。



 彼らが向かったのは、山間の旧鉱山村。すでに地図からも消され、貴族の監督すら及ばない“闇の村”だった。


 そこに広がっていたのは、沈黙の集落。


 子供たちは目に光を失い、労働者たちは鉄の枷をつけられ、まるで生気のない人形のようだった。


「これは……!」


 マーガレットは息を呑んだ。


 そして、その一人の少女と目が合った。


 痩せ細ったその少女は、何かを伝えたそうに唇を震わせ——そして、マーガレットに手を伸ばした瞬間、背後から男が現れ、彼女を無理やり引き剥がした。


「この区域には入らぬよう、お嬢様。ここは“実験場”ですので」


 その声に、アレクシスが即座に剣を抜いた。


「貴様、何者だ」


 だが男はにやりと笑い、腕に仕込まれた魔法具のスイッチを押した。


 次の瞬間、地面が震え、集落の外れに隠されていた魔法陣が発動。地面から、異形の“魔物”が現れた。


 人の形をしていながら、目に意思はなく、体は蒼白に濁り、魔力が強制的に注入されている。


「これが……“魂の拘束”実験体……!」


「殿下の読みは正しかったか。禁術研究は、すでに“実用段階”にある……!」


 アレクシスがすぐに応戦に出ようとするが、マーガレットは前に出た。


「待って、この魔物たちは……元は、あの村の人たちよ」


 人であった者を討つことの意味。


 それを理解したうえで、彼女は魔法具を取り出した。


「ならば——正気を取り戻させる!」


 マーガレットが放ったのは、〈浄化の魔法〉。本来は高位神官が行う術式であるが、彼女は転生前の記憶と知識、そして天賦の魔力でその術を再現してみせた。


 蒼白の魔物が一体、また一体と崩れ、光に還っていく。苦しげに、しかし安らかに。


 最後の一体が倒れたとき、村には静寂が戻っていた。



 翌日、アレクシスとマーガレットは、男爵をはじめとした関係者をすべて拘束し、中央へ報告書を送った。


 王太子レオンハルトからの返答は短く、力強かった。


「君の行動は王家の名に恥じぬものだった。改革はもう、止められない」


 そしてマーガレットは、浄化された村の跡地に小さな祈りの場を設け、名も知らぬ少女のために一輪の花を手向けた。


「もう二度と、誰も道具にはさせない。私は“悪役”でも構わない……この国に、未来を与えるために」


 冷たい風が吹き抜けたそのとき、アレクシスが静かに隣に立った。


「マーガレット。お前は、もう“令嬢”ではないな」


「ええ。私はもう、“改革者”よ」


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