第四十八話 悪役令嬢、学園に迫る影
新月の夜。空に星も月も見えず、ただ漆黒の帳だけが降りていた。
学園の北側に位置する魔法植物園。その裏手の崖に、ふたつの影が立っていた。
「いよいよか」
「ええ。今夜からが本番よ」
マーガレットとウィリアム。星の下で交わした“決戦の誓い”の翌日、二人は学園内に潜む《イデア》の動きを探るため、夜間監視を始めていた。
きっかけは、政庁の会議直後に学園に届けられた匿名の密告状だった。
《魔法植物園の地下に、秘密の集会がある。学園は、すでに汚染されている》
(匿名というのが、いかにも胡散臭い。でも、否定できない)
過去の旧書庫襲撃事件。“イデア”の工作員たちがすでに学園の敷地内に潜入していたことは、記録としても残っている。だとすれば――
「“本陣”が動く前に、学園を押さえるつもりなのよ。ここを制圧されれば、私たちの“根拠地”が潰される」
「学園が――戦場になるのか」
ウィリアムの顔が緊張に染まる。
そのとき、微かに空気が揺れた。
マーガレットはすぐに気配に気づき、ウィリアムに目配せする。
低く息を殺しながら、彼女は植物園の裏へと回り込んだ。
茂みの陰――そこに現れたのは、黒衣の集団。顔を覆面で隠し、いずれも手には封呪された魔導器具を持っていた。
「やっぱり……!」
思わず唇を噛み締めたマーガレットの隣で、ウィリアムが剣の柄に手をかける。
しかし、彼女はそれを制した。
「ここで仕掛けたら、こちらが不利よ。まず“証拠”を押さえるの」
マーガレットは冷静だった。相手が“暗躍”を得意とするイデアである以上、ただ撃退するだけでは意味がない。動かぬ証拠を掴み、王都の改革派に送らねば、学園ごと謀反の濡れ衣を着せられかねない。
二人は物陰に身を潜めながら、黒衣たちの動きを見守った。
――その時、聞こえてきたのは、思いもよらない声だった。
「作戦は明晩より決行とする。魔法障壁の中和は、あの者に任せてある」
低く響くその声には、聞き覚えがあった。
「……あれは……クロード先生?」
ウィリアムが息を呑む。
クロード・リンドン。魔導防衛学の担当教授。冷徹だが公正で、これまで学園内の魔法秩序を守ってきたとされる人物だった。
「まさか……学園内の魔導結界を、彼が無効化するつもり……?」
「信じたくないが、あの声、間違いない」
マーガレットは震える手で、記録用の転写石を起動させた。
その直後、もう一つの衝撃が彼女を襲う。
「こちら側の生徒には、例の令嬢が関わっている。“聖女”を自称する、例のあの子だ」
「……ルイーゼ……!?」
マーガレットの瞳が大きく揺れた。
ルイーゼ・フォン・ハーゲン。転入して間もない貴族令嬢で、“奇跡の魔力”を持つと噂されていた少女。学園内では人気を集め、特に保守派の生徒たちからは“新たな令嬢の理想像”としてもてはやされていた。
「彼女が……イデアと?」
「いや、もしかしたら“知らぬまま”利用されているのかもしれない」
ウィリアムが眉をひそめる。
ルイーゼは、純粋すぎるほどに理想を信じる少女だった。そこに漬け込まれれば、自らが道具にされているとも気づかず、学園の転覆に手を貸してしまうだろう。
マーガレットは静かに立ち上がった。
「もう、猶予はないわ。今夜の情報をまとめて、明朝、生徒会と学園理事会に報告する。結界の破壊、内部協力者、生徒への扇動――すべてを記録として提出するの」
「でも、それだけで奴らを止められるか?」
「止められなくても、“光の中に引きずり出す”ことはできる」
その言葉に、ウィリアムは頷いた。
「僕は、いつだって君の剣になる」
「……ありがとう」
二人は再び茂みに身を潜め、転写石に記録が十分に蓄積されたのを確認すると、静かにその場を離れた。
その夜、学園の空には星ひとつなかった。
けれど、マーガレットの中には確かな灯がともっていた。
――私は、見過ごさない。
この学園が、国の未来を担う場である限り、
私たちの“革命”はここから始まるのだから。




