第四十六話 悪役令嬢、政変の兆しに立つ
夜が明け、学園の朝はいつもと変わらぬ穏やかさで始まったように見えた。だが、マーガレットの胸の内には、すでに昨日の誓いが重く静かに息づいていた。
(もう、迷わない)
ウィリアムと共に星空の下で誓った“共闘”の決意。それは、彼女にとって未来を変える第一歩だった。だが、変革は常に痛みと対価を伴う。
そんな朝――学園に一本の報せがもたらされた。
「クレア嬢、急ぎです」
事務局から駆け込んできたメイドのひとりが、息を切らしながら彼女の手に封筒を押しつける。
――それは、首都からの“極秘書簡”だった。
封を切ると、中にはたった一枚の羊皮紙。
《国王陛下、倒れる。王宮、混乱中》
その一文に、マーガレットの顔色が変わった。
(……ついに、始まった)
国王・エドワード三世。現体制の象徴でありながら、政治への関与はほとんど行ってこなかった“調停者”のような存在。その彼が倒れたという報せは、王国中枢における勢力の均衡を、根底から覆す意味を持つ。
そして、それがなぜこの学園にまで届いたのか――理由は明白だった。
「“イデア”……彼らが動いたのね」
反改革派である“イデア”にとって、国王の病床は好機だった。宰相派や改革派の足並みが乱れるこの瞬間に、旧貴族たちは一気に主導権を取り戻すつもりなのだ。
そのとき、扉がノックされた。
「マギー、入っていい?」
ウィリアムの声だった。彼もまた、この報せを受け取ったのだろう。彼の目は、いつになく真剣だった。
「……国王陛下が倒れたわ。おそらく、“イデア”の工作」
「やっぱりな」
ウィリアムはマーガレットの机の上に、もう一枚の文書を置いた。
それは、王都で内々に開かれる予定の“緊急会議”への招集状だった。
「改革派の若手貴族を含めた会議らしい。君も呼ばれてる」
「私が……?」
「侯爵家の後継として、じゃない。“官僚候補生”として、だ」
マーガレットは小さく息を飲んだ。つまりそれは――国が彼女の能力を、正式に“政治的な戦力”と認めたということ。
「彼らは、君に何を期待していると思う?」
「……混乱の中で、理想を語れる者。“革命”を形にできる者よ」
その瞬間、彼女の中に確かな炎が灯った。
(なら、私は応えなければならない)
だが、ことはそう簡単ではない。ウィリアムは少し顔を曇らせて言った。
「ただ……ひとつ気がかりなことがある」
「なに?」
「この会議には、“宰相家”からも使者が来る。そしてその使者が……ジュリアンだ」
「……!」
ジュリアン・クロフォード。
現宰相の嫡子にして、マーガレットとかつて婚約話のあった青年。今は政敵とも言える立場にある――が、彼はただの敵ではない。幼いころから互いに育ちを知る、複雑な“過去”を持つ人物だった。
「ジュリアンは、“イデア”と結託している可能性がある。でも、同時に……君に“想い”を抱いていた」
「それはもう、過去のことよ」
マーガレットは唇を噛んだ。
――本当に過去のことだろうか?
彼の言葉、視線、そして今もなお残る“未練”の気配。マーガレットの心は、ウィリアムとの確かな関係を育む一方で、ジュリアンとの因縁に終止符を打たねばならなかった。
「私は、彼と向き合うわ。逃げずに」
「……なら、僕は君の背中を守るよ」
ウィリアムのその言葉が、どれだけ心強かったことか。マーガレットは小さく微笑み、うなずいた。
数日後――
マーガレットとウィリアムは、首都・グランフォードの中央政庁に足を踏み入れていた。
会議室に集まったのは、若手改革派の貴族や官僚候補たち。空気は重く、皆が沈黙の中に緊張をはらんでいた。
その中で、ジュリアンが姿を現すと、空気が一変する。
「……久しいな、マーガレット」
彼の声は落ち着いていたが、どこか感情を隠していた。
「久しぶりね、ジュリアン。宰相閣下のご命令かしら?」
「いや。これは僕自身の意思だ。“君”に、話がある」
視線が交差する。
過去と現在――革命と保守。そのすべてが、この一瞬に交わろうとしていた。
やがてジュリアンは、口を開いた。
「――君が選ぶ未来によって、この国は“壊れる”かもしれない。だが、壊さなければ、新しい秩序は生まれないのも事実だ」
「なら、あなたはどうするの?」
「……僕は、君の敵にも、味方にもなれる。だが、一つだけ確認したい」
彼の瞳が、真剣にマーガレットを見据える。
「君は、本当に“この国を変える”覚悟があるのか?」
マーガレットは、一歩踏み出した。
「あるわ。私には“仲間”がいる。私には“未来を選ぶ力”がある。あなたがその道を妨げるなら――私はあなたとも、戦う」
その言葉に、会議室の空気が一変する。
誰もが、彼女の一言に息を呑んだ。
――これは、宣言だ。王国の未来を変える、革命の始まりの。
ジュリアンは数秒の沈黙ののち、静かに笑った。
「……なら、見届けさせてもらおう。“悪役令嬢”の、結末を」




