第四十話 悪役令嬢、揺れる心と誓いのキス
夕暮れが学園の塔の先端を金色に染める頃、マーガレットは人気のない図書館の奥の階段を静かに降りていた。
そこは普段、誰も足を踏み入れない旧蔵書室。魔導書や古文書がひっそりと眠るその場所は、学院に伝わる“改革派の秘密会合”の噂が絶えない。最近、そこに「古き魔法貴族の会」の名を借りた新たな集まりがあると、リサからこっそり情報を受け取っていた。
(ここに、王国の旧体制を復活させようとしている勢力がいるのなら……)
慎重に扉を開けると、仄暗い蝋燭の灯が照らす中に、数人の学生たちがいた。ローブを被り、顔を半ば隠した彼らの中心に立っていたのは、意外にもアレクシス・ファーンウェル男爵家の令息だった。かつてはマーガレットに幾度となく媚びへつらっていた男が、今や冷ややかな目で彼女を見ている。
「クレア嬢……貴女もついにこちら側に?」
「ええ、興味があるの。あなたたちが“未来”をどう描いているのかに」
マーガレットは内心で剣の柄を握るような緊張を覚えながらも、口元には微笑を浮かべていた。
その夜、彼女は秘密結社の活動を“潜入取材”し、次第に彼らが王太子レオンハルトを陥れ、代わりに貴族の傀儡となる新たな「暫定王」を擁立しようとしている陰謀を知ることになる。
(レオンハルト殿下を……危険に晒すわけにはいかない)
会合を終え、塔を出たときには夜風が肌を撫でていた。
だが、出口でマーガレットを待っていたのは、思いがけない人物だった。
「マーガレット」
柔らかな声音と共に、ウィリアム・グランヴィルが現れた。銀月の光の下で、彼の淡金色の髪がまるで聖騎士のように輝いている。
「どうしてここに?」
「君がここに来ると聞いていた。リサが心配して……いや、僕も心配だった」
「ありがとう。でも私は大丈夫よ。……今のところは」
彼の瞳は揺れていた。何かを言いかけて、それでも言葉が続かない——そんな様子だった。
「ウィリアム。私、ひとつだけ訊いていい?」
「なんだい?」
「私がもし、“国を変えるために罪を背負う”道を選んだとしても……あなたは、それでも私の味方でいてくれる?」
風が一瞬止まり、時間が凍ったようだった。
ウィリアムは一歩近づき、彼女の手をそっと取った。
「君が誰であっても、何を選んでも、僕は——」
言葉の代わりに、彼はそっと彼女の額に口づけを落とした。
「君がこの世界のどこに立っていても、僕は君の隣にいる。……それが、僕の誓いだ」
マーガレットは思わず息を飲んだ。冷たくも優しいその口づけは、まるで剣の誓約のように、確かに彼女の胸に刻まれた。
こんなに心が揺れるのは初めてだった。
けれど、恋に溺れている暇はない——彼女の胸の奥で、もう一つの熱い誓いが燃え上がる。
(私は、ただ愛されるだけの令嬢で終わらない。私の愛は、この国の未来を共に歩むもののためにある)
「ありがとう、ウィリアム」
彼女は彼の手を強く握り返した。
遠くで鐘が鳴る。夜の帳が完全に下りた。
だがその闇の中に、マーガレットの瞳だけが、確かに未来を照らしていた。




