第三十八話 悪役令嬢、演習の戦場に立つ
朝露が降りる中庭に、緊張が張り詰めていた。
学園恒例の「統一戦術演習」が、いよいよ始まる。これは貴族科と一般科の混成チームによって行われる実戦形式の模擬戦であり、王国軍への登用の参考にもなる重要な行事だ。
だが、今年は例年と違う。マーガレットはそれを肌で感じていた。
――これは“試験”ではない。“罠”だ。
秘密結社《白薔薇》の少女が囁いた陰謀の予告。貴族派が仕掛ける策略――彼女を「改革者」から「失敗者」に貶めるための罠が、この演習の中にある。
「チーム編成が発表されたわ」
副官のエリザベートが息を切らして駆け寄ってくる。手には名簿の写し。
「……やはり、きたわね」
マーガレットが所属するCチーム。構成員のほとんどが保守派貴族の子弟で占められていた。そして、実技試験の要となる魔術師枠に、彼女自身が“無理やり”割り当てられている。
(本来、魔術師はウィリアム様の役割のはず……)
あえて役割を変えさせ、失敗を誘導する。彼女を指導者として無能に見せかけるための計略だ。しかも戦術指揮官まで任されているという徹底ぶり。
「マーガレット嬢、大丈夫ですか?」
その声に、彼女は顔を上げる。ウィリアム・アーヴィングが、真剣な眼差しで立っていた。
「大丈夫ではありませんが――やり遂げます」
「ならば、僕もその覚悟に従いましょう。裏方に回ってでも、君を支えます」
その言葉に、彼女は小さくうなずいた。
――この人がいる。それだけで、戦える。
演習場に移動すると、広大な草原の一角に作られた仮想戦場が広がっていた。木立の間には魔法障壁が設置され、そこを拠点として防衛・攻略を繰り返すチーム戦が行われる。
「Cチーム、進軍開始!」
合図とともに、演習が始まる。
マーガレットは地図を片手に、作戦指揮を執った。敵の陣地は東の丘陵にある。彼女はまず斥候を使って周辺の地形情報を把握しようとするが――
「なぜ、私たちが命令に従わねばならないのですか?」
冷ややかな声を発したのは、貴族派のリーダー格であるハーヴェイ・ローレンだった。金髪に碧眼、容姿も家柄も一級だが、その目はマーガレットに敵意を剥き出しにしている。
「貴族の我々が、平民と手を組むなど愚の骨頂。演習といえど、プライドがある」
「それでも、この戦はチーム戦です。勝たねば評価にも響きますわ」
「そうでしょうか? そもそも、あなたが隊長ということに納得していません。あなたに任せて失敗すれば、我々が責任を取らされる」
マーガレットは無言で彼を見つめた。
これは完全に意図的な妨害だった。貴族派の中でも「改革に反対する者」が集められている。演習を失敗に導き、その責任をマーガレットに押し付けるための布陣――まさに政治的陰謀だ。
だが、彼女はそれでも諦めない。
「いいえ、それでも私は指揮を執ります。この戦で、ひとつでも“新しい可能性”を示したいのです」
そう言い切ると、彼女は斥候に最短経路の探索と、平民科の支援魔法班に奇襲の準備を指示した。
彼女の強い意志に、わずかに空気が変わった。
ウィリアムは、沈黙していた一人の平民生徒――ファビアンに目配せし、小声で支援に回る。
(マーガレットに任せておけない。陰から、彼女の判断を支える)
そして、戦いの火蓋が切られた。
Cチームは、予定通りの動きに従い、丘陵へ進軍した。
だが、敵が予想外の反応を示す。
「罠だ! 魔法障壁が――!」
敵地に入った瞬間、爆音とともに仕掛けられた魔術トラップが炸裂。視界が白く染まり、一時、混乱が広がる。
だが、そこでマーガレットが指揮を取った。
「散開して! 南東に撤退、遮蔽物を使って!」
魔法障壁により正面突破は不可能。彼女は即座に戦術を切り替え、地形の隙間を利用した迂回路から反撃に出る。
その判断が、チームを救った。
……そして、最後の勝利をもたらしたのは――
「……魔術中和陣、展開!」
ウィリアムが放った光が、敵陣の障壁を打ち破ったのだ。
裏方に回っていた彼は、指揮を取りながらも黙々と術式を準備していた。
「今です、マーガレット!」
「突撃――!」
彼女の声に、チーム全員が走り出す。
たとえ敵意を持っていた者たちであっても、その場では一人の指揮官としてマーガレットを信じた。
勝敗は――
Cチーム、勝利。
全員が疲弊しつつも勝利の凱歌をあげる中、マーガレットは静かに息を吐いた。
その肩に、そっと羽織が掛けられる。
「冷えてる。無茶するなと言っただろう」
ウィリアムが、やさしく微笑んでいた。
「……無茶しないと、変えられませんのよ」
「……本当に、君は強いな」
その瞬間、彼の瞳がわずかに揺れた。
ふいに、彼の指がそっとマーガレットの頬に触れ――
「……終わったら、ひとつ話したいことがある。いいかい?」
その言葉に、マーガレットの胸が、ふわりと高鳴った。
戦場の中で芽吹いた、確かな絆と恋心。
そして、勝利の影には、また新たな陰謀の気配が忍び寄っていた。




