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第二十九話 悪役令嬢、愛と陰謀の狭間で

 初夏の風が、学園の中庭を駆け抜ける。青薔薇が咲き誇るその中心に、マーガレット・クレアは静かに立っていた。制服のリボンを指先で結び直しながら、彼女は深く息を吸い込む。


 この場所は、ただの装飾ではない。かつて彼女が剣を交わし、初めてウィリアムと心を通わせた記憶の庭。だが今、その穏やかな景色の裏に、静かに忍び寄る影がある。


 ──秘密結社〈白百合の杯〉。そして、彼らに接触を図る第三王子クラークの存在。


 学園という“少女小説”の舞台は、いまや甘やかな恋だけでなく、国政の渦を巻き込んだ陰謀劇の中心となりつつあった。


「……動き始めたわね、クラーク殿下」


 彼女の目は、図書塔の上階、政治学の研究棟に向けられていた。


 今朝方、ウィリアムが彼女のもとへ届けた情報によれば、クラークはこの学園内に彼の私的な“調査団”を送り込んでいた。目的は、レオンハルト王太子とマーガレットの改革派に関する動向調査。もはやただの学園生活では済まされない状況に突入しつつある。


 ──そんなときだった。


「……マーガレット!」


 声の主に振り向くと、ウィリアム・アシュフォードが息を切らして駆け寄ってきた。風に揺れる青い瞳が、真剣な光を宿している。


「これは……君に直接、渡さなきゃと思って」


 彼が差し出したのは、一通の封書。紋章は封ろうによって消されていたが、微かに薔薇と剣の意匠が残っていた。王族専用の印だ。


「クラーク殿下から、だと思う」


 マーガレットはそれを受け取り、封を開けた。中には一枚の招待状が入っていた。




“夜会の招待状”

拝啓、クレア公爵令嬢へ。

貴女の才覚と信念に、深く興味を持ちました。

是非とも、一度、我が“理解者”たちと意見を交わしたく思います。

──月夜、旧講堂にて。貴女の訪問をお待ちしております。


                       第三王子 クラーク・エグゼリア




「これは……呼び出しね。堂々と“仲間にならないか”と誘ってきたわけだわ」


「マーガレット、行くつもりなのか?」


 彼女は少しだけ微笑み、頷いた。


「行かない理由がないわ。彼が何を望んでいるのか、自分の目で確かめたい。それに……」


 ウィリアムの手をそっと取る。


「あなたが一緒にいてくれるなら、怖くない」


 その言葉に、ウィリアムの表情がわずかに揺らぐ。けれど彼はすぐに笑って答えた。


「もちろんだ。僕は君の剣であり、盾でもある。それを忘れないで」




 そして、月が天頂に昇った夜。


 マーガレットは黒に近い紺のドレスに身を包み、学園裏手の旧講堂へと足を運んだ。ドレスの裾には、控えめな金の刺繍。華やかさは抑えつつも、毅然とした存在感を放つ装いだ。


 扉の向こうには、蝋燭の灯りが揺れる広間。そしてその中央には、待ち受けていた男——第三王子クラーク・エグゼリアがいた。


 漆黒の燕尾服に、燃えるような紅玉の瞳。レオンハルトの冷徹な気配とは対照的な、情熱と危うさを併せ持つ男だ。


「ようこそ、クレア令嬢」


「ご丁寧に、王子殿下。けれど、こうした非公式な招待は少々困りますわ」


 笑みを浮かべながらも、マーガレットは一歩も退かない。


 その強さに、クラークの唇が興味深げに吊り上がる。


「君のその芯の強さ、やはり噂以上だな。……私の味方にならないか? 今の王太子に従うより、遥かに君の理想に近い世界を築ける」


「それは“民のための改革”ではなく、“あなたのための支配”でしょう?」


「違うとは言わない。だが、現実とは理想を貫くものではなく、“勝てる側”に立つことだ」


 クラークの言葉は鋭く現実的だった。理想を語るより、現実の権力を握る。その姿勢はかつての政治家・斉藤杏奈の中の現実主義者を刺激した。


 だが。


「私は、“勝つ”ためにここへ来たのではありません。“変える”ために、この世界に生きているのです」


 毅然と告げたその瞬間、後方の柱影から現れた人影があった。ローブをまとい、仮面で顔を隠した数名の人物。


 ──秘密結社〈白百合の杯〉の幹部たちだった。


「彼らは……」


「私の“改革”に協力する者たちだ。民衆の味方であり、時には法をも超える決意を持った連中だよ」


 仮面の一人が口を開いた。


「マーガレット・クレア。君の行動に注目していた。だが王族と手を組む者が、本当に“民”の味方なのか、我々はまだ判断を保留している」


「……ならば、いずれ示します。私の信じる改革が、誰のためのものであるのかを」


 その言葉に、会場は静まり返った。


 沈黙のなかで、クラークだけが微笑を崩さず、ひとこと呟いた。


「面白い女だ、やはり……」




 数日後。学園では、次なる舞踏会に向けた準備が始まっていた。


 マーガレットは図書室で資料をめくりながら、ふと隣に目をやった。そこには、彼女を見守るように静かに座るウィリアムの姿。


「……この数日、あなたには心配ばかりかけてしまったわね」


「いいさ。君が何を選んでも、僕は隣にいる。だから……次の舞踏会は、僕と踊ってくれるかい?」


 その優しい問いに、マーガレットは頷いた。


「ええ、喜んで。ウィリアム。あなたとなら、どんな嵐の夜でも、踊れるわ」


 少女小説の世界に、ほんの一瞬だけ、静かな甘やかさが戻った。


 だがその裏では、王政と貴族、そして秘密結社を巻き込んだ“陰謀の歯車”が確実に回り始めていた。


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