第二十八話 悪役令嬢、抗議の嵐に立つ
春の嵐が王都をかすめた翌朝、ロイヤル・セントフェリシア学園の正門前には、異様な雰囲気が漂っていた。
門前に並ぶのは、豪奢な馬車の列と、厳つい顔つきの中年貴族たち。その背後には、各家の紋章を掲げた従者たちが控えている。誰もが眉をひそめ、憤慨を隠そうともしない。
彼らは、マーガレット・クレアの政治的発言と行動に抗議するために集まった。平民出身の教師を招聘し、庶民子女の入学を支持し、魔法研究科に異例の予算申請をした彼女の動きは、既得権を脅かすものとみなされたのだ。
「お嬢様、外には……その、抗議団が……」
メイドのルナが恐る恐る報告すると、マーガレットは窓越しに校門の様子を一瞥した。騎士団の姿が見える。学園長もすでに表に出て、騒ぎを鎮めようとしているが、事態は収まる気配を見せない。
「ついに来たのね、この瞬間が」
紅茶を一口啜り、彼女は立ち上がる。制服の胸元には、蒼銀の薔薇を模したブローチが光っていた。ウィリアムがかつて贈ってくれたものであり、それは彼女にとって“信頼”の証でもある。
扉の前に立ったとき、ちょうどウィリアム・フォン・アーヴィングが廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。青薔薇の騎士と謳われる彼の姿に、ルナも少し安堵の表情を見せる。
「ウィリアム」
「聞いたよ。門前に集まってるってな。行くつもりか?」
マーガレットは頷いた。
「逃げても始まらないわ。今こそ、言葉で戦うときよ」
彼はしばらく沈黙し、やがて小さく笑った。
「なら、俺も行こう。君一人にはさせられない」
「……ありがとう」
その言葉に、ほんの少しだけマーガレットの表情が緩んだ。
並んで歩き出した二人を、後ろからルナが見送る。けれどその胸の奥には、ひとつの懸念が残っていた。
(この抗議……ただの怒りじゃない。誰かが動いてる)
正門前に姿を現すと、貴族たちの視線が一斉に集まった。中には元婚約者・エルンスト侯爵家の使者の姿もある。
「貴女がマーガレット・クレアか!」
一人の男が前に出てきた。髭をたくわえた壮年の男、オリヴァー・ガルシア伯爵だ。保守派の筆頭格で、かねてから“平民との融合”に強く反対していた人物である。
「いかなる権限で、貴族の伝統を破壊しようとしているのだ! 貴女の行いは、階級の秩序を乱す不敬極まりない行為!」
その声は大気を裂くように響き、背後の貴族たちも同調するように喚声を上げた。
「我が家の子弟が、平民と同じ教室で学ばされるとは、何たる屈辱!」
「クレア家は、王族の信頼をもって暴走しているだけだ!」
叫びは嵐のように押し寄せた。けれど、マーガレットは微動だにせず、群衆の前に進み出る。
「皆様のご意見、確かに承りました」
静かで、しかし確固たる声。
「けれど、私は一貴族令嬢としてではなく、一人の“未来に責任を持つ者”として申し上げます。この国を生かすのは、血筋ではなく意志です。学びの場に生まれの区別があることこそ、未来を損なう毒です」
「黙れ!」
怒声が飛ぶ。しかしマーガレットは言葉を続けた。
「私は、決して貴族社会を否定しているわけではありません。ただ、それに安住しきった姿勢に警鐘を鳴らしているのです。未来を担う子どもたちの可能性を、閉ざしてはならないのです!」
一瞬、沈黙が辺りを支配する。
その沈黙を破ったのは、背後からの拍手だった。
「その通りだ、マーガレット嬢」
拍手の主は、王太子・レオンハルトだった。彼はいつの間にか到着しており、馬車の陰から歩み出てきたのだ。
「我が王国が真に誇るべきは、過去の栄光ではなく、未来の希望だ。彼女はその希望を口にした。これほど誇らしいことがあるか?」
広場の空気が変わる。貴族たちの中には、ざわめきと共に目を逸らす者もいた。
さらに、ウィリアムが進み出て言った。
「王国騎士団第二団のウィリアム・フォン・アーヴィングとして宣言する。クレア嬢の思想と行動に、私は賛同する。彼女は未来を見据えている。その道を阻む者がいるなら、我らが剣で道を開くのみ」
その言葉に、若い貴族たちの何人かが息を呑んだ。
そして、マーガレットは静かに一礼し、最後の言葉を口にする。
「私は“悪役令嬢”として、皆様の敵でありましょう。けれど、それがこの国をより良くするための対話の始まりなら、喜んでその悪名を受け入れましょう」
その日の午後、校内の新聞部は異例の号外を発行した。
《クレア令嬢、王太子の支持を得て改革に挑む——学園前での演説全文掲載》
学内外に波紋が広がる中、ウィリアムは学園の庭でマーガレットと再び向き合っていた。
「……すごかったよ、君の言葉」
「ふふ、そう? 震えそうだったのよ、本当は」
「なら、支えが足りなかったかな」
そう言って、ウィリアムは彼女の手を取った。
「この手を、ずっと離さないよ。マーガレット。君の目指す未来に、俺も一緒に行きたい」
マーガレットの瞳が揺れる。少女として、官僚として、令嬢としての矜持を背負ってきた彼女が、初めて誰かに甘えるように微笑んだ。
「……ありがとう。私、少しだけ、泣いてもいい?」
「どうぞ。今日だけは、騎士の前で泣いてもいい日だ」
花が風に揺れ、春の陽射しが二人を包み込む。
“悪役令嬢”の名のもとに、マーガレット・クレアはまた一歩、未来へと踏み出していった。




