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第二十七話 悪役令嬢、未来への誓いを紡ぐ

 王立アカデミーの講堂に響く鐘の音は、昼下がりの陽射しをさらに柔らかく包み込んでいた。


 マーガレット・クレアは、講義を終えた教室を一人後にし、校庭に向かって静かに歩いていた。その足取りには迷いがなく、まっすぐに、風の吹く方角へと進んでいるようだった。


「……マーガレット嬢」


 呼び止める声に、彼女は振り返った。そこにいたのは、蒼い軍服を身に纏ったウィリアム・ランバート。薔薇の庭園で何度も剣を交え、心の奥底に火を灯した相手——今や、彼女にとっての“特別”である少年だった。


「ウィリアム。今日の剣術実習、お疲れ様」


「君も……今日の討論、素晴らしかった。まるで、未来の宰相みたいだったよ」


 そう言って彼は微笑む。けれどその瞳には、どこか沈んだ影が揺れていた。


 マーガレットは首を傾げながら、彼に歩み寄った。


「どうしたの?」


「……少し、話したいことがあるんだ。できれば……二人だけで」


 彼の真剣な声に、マーガレットは静かに頷いた。


 二人は学園の裏庭にある静かな並木道へと歩を進める。春の陽光が葉の隙間から注ぎ込み、木洩れ陽が舞うその場所で、ウィリアムはしばらく黙っていた。


 やがて、ぽつりと口を開く。


「実は……君があの王太子と“手を組んだ”と聞いたとき、僕は……とても動揺した」


 マーガレットは驚いたように目を見開いた。


「……それは、どうして?」


「君が何を目指しているかは分かっている。誰よりも、この国の未来を本気で考えているって。でも……それと同じくらい、僕は君が危うく思えるんだ」


 風が吹いた。木々の間を抜けて、二人の距離をそっと縮めるように。


「王太子は確かに聡明だ。だが彼の背後には、王家という大きな力がある。君がその力に飲まれてしまうんじゃないかと……僕は怖いんだ」


「……ありがとう、心配してくれて。でも私は、王家の力に従属するつもりなんてないわ」


 彼女の瞳は凛として揺らがない。


「私が手を取ったのは、“同志”として。利害の一致ではなく、理想の共有としての関係よ。もし彼がそれを裏切るなら……私は、断固として抗う」


 ウィリアムはその言葉をしっかりと受け止めるように頷いた。そして、意を決したように言った。


「だったら……僕も、君と誓いたい」


「誓い……?」


 彼は懐から、小さな指輪を取り出した。純銀に青い宝石がはめ込まれたそれは、王国の軍人学校で最優秀の者にだけ与えられる、特別な徽章でもあった。


「これは……“青薔薇の誓い”?」


「そう。王国の守護騎士の証。僕はこの指輪を……君に預けたい。もし君が“この国を変える”その先に、僕の力が必要なら、いつでも君の剣となり、盾となる。そう誓う」


 マーガレットは指輪を両手で受け取り、そっと見つめた。


 美しいだけでなく、重い——これは、未来への責任と信頼を託された証だった。


「……ありがとう、ウィリアム。私も、誓うわ」


 彼女は真っ直ぐに彼を見つめ、言葉を続けた。


「たとえどんな運命が私を試そうと、あなたの信じる理想を裏切らない。あなたの手を、決して離さない」


 二人は向き合い、そして微笑んだ。


 少女小説のような甘やかな瞬間に、しかしそこには誓いという鋼の芯が通っていた。


 




 翌日、マーガレットは校長室に呼び出されていた。


「クレア嬢、君の提案した“平民生徒受け入れ試験制度”について、王立議会から正式な返答が届いた」


 そう語った校長は、古びた封蝋のついた書簡を彼女に手渡した。


 それは、王国の制度に風穴を開ける、最初の“答え”だった。


「……読んでも?」


「もちろんだ」


 彼女は封を解き、文面に目を走らせる。そこに書かれていたのは——


「“試験的に十名の平民学生を来年度より受け入れ、成績次第で全寮制の特待生として扱う”……!」


 ついに、制度が動いたのだ。


 これまで、血筋と爵位でのみ測られてきた学園に、ついに“努力と実力”が認められる扉が開かれたのである。


「……ようやく、第一歩ね」


 マーガレットはそう呟き、手紙を胸に抱いた。


 目指す理想には、まだまだ遠い。貴族たちの抵抗も、陰謀も、今後激しさを増すだろう。


 けれど確かに、歴史の時計は動き始めたのだ。


 




 その日の夕暮れ、寮のバルコニーに立つ彼女の隣に、再びウィリアムが現れた。


「……決まったんだな。平民枠の創設」


「ええ。でも、ここからが本番よ。権力者たちは黙っていないわ」


「だからこそ、僕がいる」


 彼は微笑み、彼女の手を優しく取った。


「僕の手は、もう君に預けた。この先どんな困難があっても、一緒に越えていこう」


「……ええ、共に」


 紅く染まる空の下で、マーガレットとウィリアムは確かに手を取り合っていた。


 二人の影が重なり、長く伸びる。


 その先にあるのは、いまだ見ぬ未来——だが、彼女たちはその未来を恐れず、歩みを止めない。


 これは、悪役令嬢と青薔薇の騎士が紡ぐ、改革と恋の物語。

 そして、誓いの続きはまだ始まったばかりだった。


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