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第二十五話 悪役令嬢、剣の誓いを交わす

 夏の終わりを告げる風が、学園の中庭をさらさらと駆け抜けていく。金色の光に包まれた午後、マーガレット・クレアは、訓練場の剣術演習場に立っていた。


 制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を肘までまくり上げたその姿は、令嬢というよりも戦う騎士のようだった。普段は紅茶の香りに囲まれたサロンにいる彼女が、今は剣を片手に、鋭い目で相手を見つめている。


 対するのは、青薔薇の騎士と称されるウィリアム・クロフォード。美しい銀髪と深い群青の瞳を持ち、学園内の女子生徒たちの憧れを一身に集める存在だが、今この場においては、ただの一剣士にすぎなかった。


「行くわよ、ウィリアム」


「ああ、手加減はしない」


 剣が交わる音が、乾いた空気を裂くように響く。


 マーガレットの剣は鋭く、しかも大胆だった。どこか軍人らしい理詰めの攻め方で、相手の隙を見逃さない。ウィリアムはそれを柔らかく受け流しながら、彼女の動きに驚きを隠せなかった。


 剣術だけでなく、意志が強い。


 それが、ウィリアムが彼女に惹かれた理由の一つだった。


 彼女の瞳はいつも前を見据えていた。誰よりも高く、誰よりも遠く。そして、その瞳の中には、ただの貴族令嬢ではない、何か確固たる信念が宿っていた。


 数合交わしたのち、ウィリアムがふと構えを緩めた。


「……本当に、君は強くなったね」


 マーガレットも息を整えながら剣を下ろす。


「強くならなきゃ、いけなかったの。言葉だけでは届かない世界に生きているから。だから、力も持たなくてはならないと、あのとき気づいたの」


「あのとき?」


 彼の問いに、彼女は静かに頷いた。


「――貴族たちに囲まれて、私の言葉を笑われたときよ。“悪役令嬢”とさえ言われた。けれど、私は彼らに屈したくなかった。この国を変えると誓ったからには、私は、どんな形であれ、自分を守る術が必要だった」


 その目には、かつての斉藤杏奈としての記憶が、確かに宿っていた。


 改革を志し、理不尽に打ちひしがれた日々。あのときの無力さを繰り返さないために、今の自分がある。


「……それでも、君は一人ではない。僕がいる。そう言ったこと、覚えてる?」


 マーガレットは、その言葉に少し驚いたように目を開いた。


 ウィリアムはそっと近づき、彼女の手から剣を取った。そして、自らの剣を地に置き、彼女に向き直る。


「君が国を変えようとするなら、僕はその隣に立つ。剣であれ、盾であれ、君のために使うと決めたから。――君が“悪役令嬢”と呼ばれようと、僕にとってはただの、君だ」


 その言葉に、マーガレットの心がわずかに震えた。


 どれだけ多くの人間が彼女の前に立ちはだかっても、こうして隣に立ってくれる人がいる――それは、想像以上に、心を支えるものだった。


「……ありがとう、ウィリアム。あなたがいてくれて、よかった」


 ウィリアムは小さく微笑んだ。


「礼には及ばないよ。……それよりも、誓いを立てないか?」


「誓い?」


「うん。君と僕の、戦う理由を刻むために。剣の誓いだ。お互いに剣を交えた者として――これから先も、信じ合えるように」


 そう言って、彼は剣を取り上げると、それをマーガレットに差し出した。


「君の手で、僕と剣を合わせてくれないか? これはただの訓練じゃない。“共に歩む”という誓いの儀式なんだ」


 少女小説の世界では、そんな言葉はたいてい、恋の契りに等しい。


 マーガレットもそのことに気づいていた。だが、彼のまなざしが真剣であることも、また疑いようがなかった。


 彼は、自分を“戦う相手”としてでなく、“共に戦う仲間”として選んでくれたのだ。


 そして、彼の言葉に、胸の奥に確かな火が灯る。


「ええ。誓いましょう。剣に、そして心に」


 二人は向かい合い、剣を交差させる。


 金属の音が静かに響き、夕陽の下で二つの剣が交わった。


「ウィリアム・クロフォード。私は、あなたと共に歩むことを誓います。どんな困難が待ち受けていようとも、背を向けず、未来を切り開くために」


「マーガレット・クレア。僕もまた、君の剣となり、盾となろう。君の信じる未来に、命を懸けて」


 それは、ただの剣術の誓いではなかった。


 二人の心が交わった瞬間だった。




 その夜、マーガレットは自室のバルコニーに出て、星空を見上げていた。


 冷たい夜風が頬を撫でる中、胸の奥にあるぬくもりだけは、消えることがなかった。


(ウィリアム……あなたは、私にとってただの騎士ではない。これから先、どれだけ厳しい戦いが待っていても、私はあなたとなら――)


 風が吹き抜ける。


 そして、遠くで小さな鐘の音が鳴った。


 それは、少女が初めて“誰かと共に歩む”と決めた夜の、記念すべき音だった。


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