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第二十三話 悪役令嬢、影の塔を暴く

 星の瞬く夜空の下、王立アカデミーの中庭では月光が静かに芝を照らしていた。けれど、その美しい夜にふさわしくない、ひそやかな足音が響いていた。


 マーガレット・クレアは、学園の地下へと続く秘密の階段を、一人降りていく。


(〈深紅の塔〉……。やはり存在していたのね)


 それは、先日ウィリアムと和解したあとに届いた、匿名の密告によるものだった。


《“塔”は学園の地下に根を張っている。動くなら今。だが気をつけろ、奴らはもう君を標的に定めている》


 誰が書いたのかは分からなかった。しかし、その文面は、まるで彼女の心の奥底を見透かすような正確さで書かれていた。


 暗く、冷たい空間。地下回廊には灯りもなく、魔法のランタンを頼りに進む。


 心のどこかで、今さらながら恐怖が顔を出す。


(私は、本当に“敵”と対峙する覚悟があるのかしら……)


 その問いに対し、心の中で誰かがそっと答える。


——あなたは、変えたいと願ったのでしょう? この国も、自分の運命も。


 立ち止まるわけにはいかなかった。


 やがて彼女は、一枚の古びた扉に辿り着く。その扉には魔法の封印がかかっていたが、彼女は深く息を吸い込み、そっと手をかざした。


「《解鍵・フォルタナ》」


 古代言語の魔術詠唱が、重く沈んだ空気を震わせる。


 キィ、と鈍い音を立てて、扉が開いた。


 その先に広がっていたのは——一つの広間。


 中には、漆黒のローブを纏った者たちが十数名。彼らの中心には、仮面をつけた男が座っていた。


「ようこそ、マーガレット・クレア嬢。我ら〈深紅の塔〉の根城へ」


「……やはり、あなたたちがこの国の混乱の根源ね」


「混乱? 違うな。我らはこの国を“正しい姿”に戻そうとしているだけだ」


 男の声は低く、けれど確固たる信念に満ちていた。


「正しい? 階級制度の復権? 奴隷制の容認? そんな時代錯誤の理想が、正しいとでも?」


 マーガレットはまっすぐに声を張る。


「私は許さない。貴族が民を踏みにじる世界を、私は見てきた。……もう、二度と繰り返させない!」


 すると、その仮面の男は肩を震わせ、低く笑った。


「ふふ……面白い。やはり、ただの“転生者”ではなかったか」


 その言葉に、マーガレットの目が鋭く光る。


「……どうして、私が“転生者”だと?」


「知っているさ。この世界の“運命の外側”から来た者が、しばしば歴史を狂わせる……。我ら〈深紅の塔〉は、そうした“異物”を排除するために存在する」


 その時だった。


 背後の影から、鋭い殺気とともに刃が飛ぶ——!


「……甘い!」


 マーガレットは素早く振り向き、魔法を展開。


「《炎槍・インフェルナ》!」


 炎の槍が逆光となって敵を穿つ。敵の黒衣の男は呻き声を上げて崩れた。


 だが次の瞬間には、四方から敵が包囲してくる。


(数が……多い!)


 窮地。しかしその時、駆け込んできた一人の影が、マーガレットをかばうように立ちはだかった。


「遅れてすまない、マーガレット!」


「ウィリアム……!」


 彼は剣を抜き、素早く一人、また一人と敵を薙ぎ倒す。


 その姿は、まさに“青薔薇の騎士”そのものだった。


「僕を信じてくれた君を、今度は僕が守る番だ!」


 二人は背中を預け合い、共に〈深紅の塔〉の魔術師たちに立ち向かう。


 戦いのさなか、マーガレットの中にある決意が再び燃え上がる。


(……私は、もう逃げない。たとえ“運命の構造”がどうであれ——この世界の人々を、未来を、守るために)


「《光の聖鎖・サクラメント》!」


 光の鎖が広間を包み、敵を次々と拘束していく。強大な魔術の力が、彼女の中から溢れ出す。


 やがて仮面の男は最後に、一言だけ残して姿を消した。


「……我らは消えぬ。何度でも、“異物”を正すために現れよう」




 翌朝。


 〈深紅の塔〉の根拠地は封鎖され、関係者の多くが学園から追放処分となった。けれど、真の黒幕の姿はまだ見えず、根は断たれてはいなかった。


 寮の一室、マーガレットは静かに朝日を見つめながら、胸の奥のざわめきと向き合っていた。


「……まだ、終わっていないのよね」


 その横に、ウィリアムが寄り添うように立っていた。


「終わらせよう。君と一緒に、この国の未来を変えよう」


 彼の手がそっとマーガレットの手に触れる。


 その温かさが、たしかな絆として彼女の心を支えていた。


 そして今、悪役令嬢としての“物語”は、少女としての“物語”と交差しながら、さらに大きな運命の渦へと向かっていく——。


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