第二十ニ話 悪役令嬢、裏切りと向き合う
学園の空は、いつになくどんよりと曇っていた。灰色に染まった空の下、マーガレット・クレアは学園の図書棟の窓辺に一人、深く考え込んでいた。
昨日、ウィリアムとのささやかな逢瀬の余韻も覚めやらぬまま、マーガレットは一通の匿名の書簡を受け取った。
《“青薔薇の騎士”の裏切りに注意せよ——》
その言葉とともに、ウィリアムが密かに王国軍の上層部と接触しているという噂を示す証拠らしき記述が添えられていた。
(……ウィリアムが、私を裏切る?)
信じたくはなかった。けれど、彼の最近の態度——時折、言葉を濁す瞬間や、意味深に遠くを見つめる眼差し——思い返せば確かに、少しずつ違和感が募っていた。
そして今日、マーガレットはついにその“真実”を確かめる覚悟を決めた。
「……やっぱり来たんだね」
背後から聞こえた静かな声。振り返れば、そこに立っていたのはウィリアムだった。制服のマントを風に揺らし、いつものように柔らかな微笑を浮かべている。
「あなたに、聞きたいことがあるの」
マーガレットは正面を向いた。逃げるわけにはいかない。これは、覚悟の対話だ。
「……私を裏切るつもりなの?」
ウィリアムの瞳がわずかに揺れる。
「その書簡を見たんだね」
「ええ。だから訊くの。真実を話して。私には、嘘はいらない」
沈黙のあと、ウィリアムは静かに歩み寄り、窓辺に背をもたれた。
「マーガレット。僕は、君にだけは嘘をつきたくない。だから、すべてを話そう」
そして、彼の口から語られたのは——王国軍の内部に巣食う“旧貴族派”と“改革派”の分裂、そして王太子レオンハルトの動きを巡って、密かに揺れ動く政局の実態だった。
「僕は……本来、王国軍の情報部の命を受けて、君の動向を見守る任務を受けていた。だが、今は違う。君に出会い、志を知り……心から惹かれてしまった。もう、僕の中で任務なんて意味を持たない。君と未来を描きたい。それが本音だ」
「……だったら、なぜ言ってくれなかったの?」
マーガレットの声は、震えていた。
「ずるいわ……私は、あなたを信じてたのに……!」
ウィリアムは目を伏せ、そしてゆっくりと彼女の前に跪いた。
「……許してほしい。けれど、僕は君の敵ではない。それだけは、信じてくれ」
マーガレットは拳を握りしめ、そしてしばらくの沈黙の後——静かに頷いた。
「……許すわ。でも、もう二度と……嘘はつかないで」
「約束する。君に、命を懸けて誓う」
その瞬間、ふたりの心にあったわだかまりが、少しだけ溶けていった。
夜。
マーガレットは寮の一室で、レオンハルト王太子から届いた密書に目を通していた。
《貴族会議での“動議”が近づいている。我々改革派は、正式に制度改革を提案する。準備を整えてほしい》
いよいよ、国家の根幹を揺るがす戦いが始まる。
ウィリアムとの関係も、ようやく一歩を進めた。
けれど——その裏で、さらに深い陰謀が動いていることを、マーガレットはまだ知らなかった。
その夜、学園の地下で、密かに開かれていた影の会議。
「……クレア令嬢の排除計画を進めろ。奴は“国の未来”を狂わせる存在だ」
漆黒のローブを纏った男たちが、静かに頷く。
その組織の名は、〈深紅の塔〉。
マーガレットにとって最大の試練が、いよいよ幕を開けようとしていた——。




