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第十九話 悪役令嬢、真実を手に前へ進む

 仮面舞踏会から一夜が明け、朝のアカデミーはいつもの喧騒を取り戻していた。だが、マーガレット・クレアの胸の内は、未だ昨夜の出来事に揺れていた。


(王太子殿下が庶民を支援するため、政府の制度を越えて資金を流していた。確かに制度上は違反……でも、それは彼の“善意”だった)


 マーガレットの手元には、王太子レオンハルトが密かに孤児院や市民病院へと援助を行っていた証拠文書が残っていた。そのすべては《翠の環》によって暴かれ、政治的失脚の材料として使われるはずだった。


 しかし、マーガレットはその文書を“暴露”ではなく、“理解”のために使うと決めていた。


「悪役として、真実を守る。正義のために声を上げる者の声を、歪めさせない」


 その決意を胸に、彼女は今、校内の中央掲示広場の前に立っていた。


 マーガレットは、レオンハルトの支援行為を“美談”として丁寧に伝える文章を作成し、生徒会許可のもと、学内報として発表する手続きを取っていた。


「……よし。貼り出すわ」


 彼女が手にした報告文を掲示板に貼り出すと、瞬く間に生徒たちが集まってきた。


「えっ、これって……孤児院への支援記録?」


「王太子殿下が、こんなことを……?」「しかも匿名で?」


「制度に背いてまで、弱い人たちを助けようとしていたなんて……本当に、すごい人なんだね」


 ざわめきは、すぐに波紋のように学園中へ広がっていった。


 その反応を遠巻きに眺めていたのは、ウィリアム・アッシュフォードだった。彼は微笑みながら、マーガレットに近づいてくる。


「君は、本当に不器用だな。普通はこういう時、自分の手柄にするものだよ」


「そうね。でも、私は“私の正義”を選ぶの。誰にどう思われようと、やるべきことをやるだけよ」


 ウィリアムはマーガレットの答えに苦笑しつつも、どこか嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、報告だ。君が文書庫で対峙したカトリーナ・レーヴェ……彼女は学園内での活動を停止させられたよ。家門ごと、監査対象になった」


「……やはり、政治の世界は早いわね。彼女、きっとまたどこかで立ち上がるでしょうけれど」


「その時は、また“正義と正義”でやり合えばいいさ」


 その時、ふとウィリアムが真面目な表情になった。


「ところで……君に、もう一つ頼みがあるんだ。仮面舞踏会のあと、ずっと考えてた」


「なに?」


「——僕と正式に、ペアになってくれないか?」


「……は?」


 その言葉に、マーガレットは思わず声を上げた。


「そ、そういうのは、普通もう少し段階を踏んでから言うものじゃないの?」


「でも、今言わないと機を逸する気がして。君となら、政治でも、学園でも、きっと何かを変えられる。僕は、君の“味方”でありたい。恋人としてだけでなく、戦友としても」


 彼の真剣な瞳に、マーガレットの鼓動が跳ね上がる。


(……これは、乙女ゲームの恋愛イベントでもなければ、原作ルートでもない。私自身が選ぶ、“人生の選択肢”)


 彼女はほんの少しだけ、視線を伏せたあと、静かに口を開いた。


「そうね。あなたが“私に並ぶ覚悟がある”というなら……まずは、学園生活から共に戦いましょう」


「……光栄だよ、マーガレット・クレア」


 二人の距離が、ほんの少しだけ縮まった。恋人未満、でも戦友以上。


 それは少女小説における“未完成の幸福”であり、同時にこれから育まれる“可能性”の証でもあった。


 そんな中、空気を読まずに駆け寄ってきたのは、生徒会副会長のラウル・ダリウスだ。


「クレア嬢! すみません、ですが緊急案件です!」


「また何かあったの?」


「はい。今度は貴族派の一部が、教科書の内容に介入しようとしてます。身分制度に関する記述の“修正”を要求してきまして……!」


「……やれやれ。やっぱり、前に進むには一筋縄ではいかないのね」


 そう言って、マーガレットは自ら掲げた布の旗を見上げた。


 そこには、彼女が新たに掲げた言葉が記されていた。


『正義は、声を上げる者の中にある』


「さて、悪役令嬢の次の戦場は……教科書の編集会議ね。いいわ、ウィリアム。あなたも来て」


「喜んで。次の一歩を、共に」


 二人は再び歩き出す。


 彼女の手には、真実という名の剣。

 彼の手には、信頼という名の盾。

 そして、二人の間には、恋の種が芽吹き始めていた。


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