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第十八話 悪役令嬢、仮面の舞踏会で真実を暴く

 夜空に煌めく無数の星々が、学園の中央広場に建てられた舞踏会用の仮設ドームに反射し、まるで幻想の宮殿のような光景を生み出していた。


 今日は、アカデミーで年に一度だけ開かれる仮面舞踏会。貴族も平民も、身分を問わず仮面を纏い、互いの素性を忘れて語り合う——それは学園の伝統行事であり、同時に“真の心”を見極める夜でもあった。


「……本当に、仮面だけで身分を隠せると思ってるのかしら」


 豪奢な黒と青のドレスに身を包み、深紅の仮面を付けたマーガレット・クレアは、踊りながらも周囲を鋭く観察していた。まるで舞踏会を楽しんでいるように見えるが、彼女の視線は一点を探している。


(今夜、秘密結社《翠の環》が動くと聞いた。この舞踏会を隠れ蓑に、何かを仕掛けるはず……)


 その情報をもたらしたのは、あの夜に再会したウィリアムだった。


『マーガレット。君に伝えておきたい。——君が改革を進めるその陰で、国の“裏側”もまた動き始めている』


 王太子派と旧貴族派の軋轢、そして市民運動の拡大。表の世界が変わりつつある今、裏の世界もまた、黙ってはいない。


「さて、マーガレット嬢。仮面の向こうの私が誰か、当ててみてくれるかい?」


 冗談めかした声に振り返ると、そこには白銀の仮面をつけた青年が立っていた。


 淡い金髪に緑がかった瞳。どこかやんちゃで、しかし知的な眼差し。それが誰か、マーガレットにはすぐにわかった。


「ウィリアム。隠してるつもりなら、もう少し身長くらい変えたらどうかしら?」


「手厳しいな。でも、君が気づいてくれたなら満足さ」


 彼は片手を差し出すと、優雅な仕草で彼女をエスコートした。音楽に合わせて二人は踊りながら、周囲の視線を避けるように密やかに会話を交わす。


「《翠の環》は今夜、ある“貴族の秘密”を暴こうとしている。しかも、王太子派の弱点に繋がる何かだ」


「つまり、レオンハルト殿下を貶める計画……?」


「その可能性が高い。だから君に頼みたい。彼らが狙っている文書のある場所に、先に辿り着いてくれ。君ならできる」


 舞踏の合間に差し出された小さな鍵。マーガレットはそれを受け取り、瞳を細めた。


「了解したわ。お返しに、あとで一曲、正式に踊ってくれる?」


「もちろん。次は“仮面なし”でね」


 二人は別れるように踊りながら自然に距離を取り、マーガレットは静かに会場を離れた。


(文書庫……たしか、旧校舎の地下よね)


 誰にも気づかれないように裏手の回廊を抜け、彼女は秘密の階段を降りていく。かつて使われていた校舎の一部が、今は貴族たちの“裏帳簿”や“契約記録”を保管する秘密の文書庫として利用されていると聞いていた。


 古びた扉を開け、奥へ進むと——


「来たわね、“悪役令嬢”さん」


 そこにはすでに、一人の少女が待ち構えていた。


 純白のドレスに、翠色の仮面。そしてその背後には黒服の従者たち。彼女の正体は明らかだった。


「……カトリーナ・レーヴェ。ヴィルヘルム伯爵家の令嬢であり、《翠の環》の幹部」


「まあ、私のことをご存じとは光栄だわ。でも、あなたにこの文書は渡せない。これは“真実”を暴く力。貴族社会に楔を打つには、まず誰かが血を流さねばならないのよ」


「その“誰か”を王太子にするつもり? それであなたの一族が得をするから?」


「利得のない戦いは、ただの空想。あなたの理想は綺麗だけど、血が足りないわ。痛みがない。だから、民衆に響かない」


 彼女の言葉に、マーガレットは静かに息を吸い込み、そして短剣を抜いた。防衛魔法の術式がドレスの袖から走る。


「なら、私は“悪役”として止めるまで。未来のために、あなたを超えてみせる」


 黒服の従者たちが一斉に動いた。


 だが、マーガレットの魔法はすでに起動していた。


「〈風刃散華ヴァント・リーヴァ〉!」


 風の刃が空を裂き、先手を打った従者を吹き飛ばす。その隙に文書庫の鍵を開け、中へ飛び込むマーガレット。


 そして——そこには、驚くべき文書が残されていた。


(これは……王太子殿下がかつて庶民区で支援していた孤児院への、匿名の寄付記録……? しかも、政府公認の許可なく?)


 それは、確かに“非合法”ではあった。だが、子どもたちを救うために制度を超えて金を流した王太子の“優しさ”でもあった。


「これが、あなたたちが暴こうとしていた“罪”? 私は……これを、王都中に“希望”として伝えてやるわ!」


 マーガレットは文書を握りしめ、再び風の魔法で敵を振り払いながら地上へと駆け上がった。


 ——仮面舞踏会の会場では、音楽が終わりに近づいていた。


 その中心で、ウィリアムが仮面を外し、ゆっくりとマーガレットを待っていた。


 やがて、駆け戻ってきた彼女と視線が合う。


「……遅れたわね」


「僕の“相手”がやっと戻ってきた」


 微笑むウィリアムに、マーガレットは仮面を取って見せる。汗ばんだ額、乱れた髪。しかしその瞳には、誰にも負けない強い光が宿っていた。


「約束のダンスを、仮面なしで——いいかしら?」


「光栄だよ、“悪役令嬢”」


 音楽が再び流れ出す。


 人々の視線の中、マーガレットとウィリアムは静かに、そして美しく踊り始めた。


 二人が手を重ねた瞬間、また一歩、世界が変わろうとしていた。




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