表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/49

第十七話 悪役令嬢、裏切りと信頼のはざまで揺れる

 アカデミーの朝は、変わらず平穏に見えた。


 だがマーガレット・クレアの胸中には、昨夜からざわめくものがあった。ウィリアムと紫陽花の庭で交わした言葉、その優しさ。その一方で、謎めいた転入生・ディアナ・ヴァルベールの視線が忘れられなかった。


 彼女の問いかけ——


 「“この学園に生きる意味”って、なんでしょう?」


 その問いは、まるで鋭い針のように、マーガレットの胸の奥に刺さっていた。


 午前の講義が終わった頃、生徒会室に緊急の通達が入った。


 「王城より、学園内の“治安維持活動”強化の命が下された」


 表向きには、盗難事件や貴族間のトラブルへの対応とされていたが、マーガレットは即座に察した。


 これは“何か”が動いている証拠だ。


「まるで、嵐の前の静けさね……」


 資料を閉じた彼女の目は鋭く、しかし、どこか寂しげでもあった。


 その夜、学園内の図書塔の奥深く。通常の生徒は立ち入らない場所に、ディアナの姿があった。


「……やはり来たわね、マーガレット・クレア」


 ディアナの声に応えるように、静かに扉が開いた。


 マーガレットはフードを目深にかぶって現れる。まるで夜の精のようなその姿は、以前の令嬢としての彼女とはまるで別人だった。


「〈ロゼ・ノワール〉の情報を持っていると言っていたわね。なら、聞かせてちょうだい」


「本題に入る前に、一つだけ。あなたは、彼らが“悪”だと思う?」


「……少なくとも、彼らはこの国の“在り方”に反旗を翻す者たち。放っておけば内戦の火種になり得る」


「けれど、あなたもまた“変革”を望んでいる」


 ディアナの瞳が、深紅に光った。


「私も、彼らの理想には共感している。けれど、やり方には同意できない。だからこそ、私自身が動くのよ」


「つまり、あなたは……“彼らの中にいる”のね?」


 問いかけに対し、ディアナは答えなかった。ただ静かに、書架の奥にある古文書を差し出した。


「これは、かつて王家と秘密裏に結ばれていた《貴族間教育権密約》。学園内での人事・教育は一部の上位貴族に握られており、それを逆手にとって“思想教育”すら行われていたという記録」


 マーガレットは目を見張った。


「これが本当なら……この学園の“正義”そのものが、崩れるわ」


「その通り。だからこそ、あなたには、見極めてほしい。改革か、秩序か。信頼か、裏切りか」


 ディアナは微笑む。


「私は、あなたを試しているのよ。マーガレット・クレア。あなたがどこまで信じられるのか。自分を、仲間を……そして、ウィリアム・アーデンを」


 その名が出た瞬間、マーガレットの心が揺れた。


 ——ウィリアム。彼は本当に、私のそばにいてくれるのだろうか?


 その夜、マーガレットはひとり、学園の塔の上に立っていた。夜風が金の髪をなびかせる。星空の下、過去の記憶がよみがえる。


 前世——斉藤杏奈として過ごしていた官僚の頃。


 組織に裏切られたこと。正義が、時に利権や保身に飲み込まれたこと。


 「信じていた人に裏切られるのが、何より苦しい」


 その呟きを背に、静かな足音が響いた。


「こんな時間に、冷えるよ」


 ウィリアムだった。


「ウィリアム様……」


「君が、ここにいる気がした。何かあった?」


 マーガレットは迷った。


 ディアナの言葉を、告げるべきか。黙って見守るべきか。


 ——でも、私は変わりたい。“信じること”を、あきらめたくない。


「ウィリアム様、もし、私が誰かの信頼を裏切るかもしれない立場に立ったら……あなたは、それでもそばにいてくれますか?」


 ウィリアムは、驚いた顔で彼女を見た。そして、静かに頷く。


「君が“自分で考え、選んだ”なら、僕は何があっても信じるよ」


 その言葉に、マーガレットの胸の奥が、音を立てて崩れた。


 涙が、一筋、頬を伝った。


 これは、官僚だった杏奈の頃には得られなかったもの。信頼、絆、そして——恋。


「ありがとう、ウィリアム様」


 その夜、彼女はようやく、自分の心にある重しをひとつ、下ろすことができた。


 だがその数日後、衝撃的な事件が学園を揺るがす。


 「〈ロゼ・ノワール〉の一員が、学園内に潜伏している」


 通報があり、生徒の中に密偵が紛れ込んでいるという噂が流れた。


 緊張が走る中、ディアナの姿は消えていた。


 そして、マーガレットのもとには一通の手紙が届く。


「——今度こそ、私を信じられるかしら? 次に会うとき、あなたは真実を知るでしょう。

ディアナ・ヴァルベール」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ