表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

第十六話 悪役令嬢、恋と陰謀のはざまで揺れる

 初夏の風が、アカデミーの石造りの回廊をくぐり抜ける。


 マーガレット・クレアは、朝の陽射しを浴びながら、手に持ったカリキュラム表を見つめていた。特別授業が増え、最近は生徒会の会議や議論の場も頻繁に開かれている。


 ——“これは、学園の中で小さな国を運営しているようなものね”。


 ふと笑みが浮かぶ。だが、油断はできない。


 王都での改革発言が噂になったせいか、貴族の生徒たちの中にはマーガレットに露骨な敵意を向けてくる者も出てきた。特に、生徒会副会長を務める侯爵家の嫡男・カシミール・フリューゲルはその筆頭だった。


「侯爵家の血を持たぬ者が、生徒会の“指導者”のような顔をするとは、いささか場違いでは?」


 先日の生徒会議で、カシミールは冷笑を交えながらそう発言した。


 それでもマーガレットは動じなかった。彼女の瞳には、かつて霞んでいた“使命感”のほかに、“誰かのために強くあろうとする心”が灯っていた。


 ウィリアム・アーデンがそばにいる限り——。


 いや、そうでなくても、彼女はもう誰かに押し流されるだけの存在ではなかった。


 彼女は、自分の意思で未来を選び取ると決めたのだ。


 そしてその日、ひときわ鮮烈な出会いが訪れる。


「おや? あなたが、あのマーガレット・クレア嬢ですか」


 昼下がりの図書室で、棚の影から姿を現したのは、一人の少女だった。艶やかな漆黒の髪と、深紅の瞳。まるで夜を切り取ったような雰囲気を持つその少女は、マーガレットに優雅に一礼した。


「私は、ディアナ・ヴァルベール。新しく転入してきました。父は南部の学者で、私は一時期国外にいたものですから、この学園のことはまだ不慣れでして」


 その整った言葉遣いとは裏腹に、瞳の奥に鋭さを隠している。マーガレットはすぐに察した。


 この少女、ただ者ではない。


「こちらこそ。私はマーガレット・クレア。良ければ、学園の案内をいたしましょうか?」


「ぜひ。お噂はかねがね」


 ディアナはにこやかに微笑んだ。


 だがその笑みは、まるで盤上の駒を読み取る将棋指しのように、底知れない。


 案内の途中、ディアナがふと問いかける。


「ところで……“この学園に生きる意味”って、なんでしょう?」


「え?」


「勉強、教養、騎士の訓練。貴族の子弟が集うには、立派な学び舎でしょう。でも、最近のあなたの動きは、それを超えているように見える」


「私の動き、というと?」


「〈ロゼ・ノワール〉——秘密結社。その名前が、時折、風のように耳に届くのです。あなたが彼らと関わっているという噂も」


 マーガレットは思わず立ち止まった。


「……あなたは、彼らを知っているの?」


「ええ。でもそれは、また別の機会に。今は……そうですね。あなたの“信念”が、どこから来るのかに、興味があるのです」


 そう言い残し、ディアナは踵を返して去っていった。


 マーガレットは胸の奥がざわつくのを感じていた。まるで、新たな嵐の前触れのような、そんな直感。


 その夜。


 生徒会室では、緊急会議が開かれていた。テーマは「アカデミーの奨学制度見直し」について。


 平民出身の生徒に対する支援を強化する提案に対し、カシミールは強硬に反対した。


「貴族の学び舎が、施しの場になるなど聞いたことがない!」


「けれど、優秀な生徒に機会を与えるのは国家の未来への投資です」


 マーガレットは静かに反論する。


「あなたは常に理想を語るが、現実の力を理解していない。ではその“投資”は誰がするのか? 我々、上位貴族が? それとも王太子殿下か?」


「必要ならば、私が出します」


 扉が開き、ウィリアム・アーデンが姿を現した。


 会議に出席していなかった彼が、マーガレットの声に応じるように現れたのだ。


「僕は王家直属の騎士だが、こうしてアカデミーに通うのは、国の未来を“人”から育てる場だと信じているからだ。マーガレットの提案には賛成する。僕の家が支援の一端を担おう」


 その場の空気が一気に変わる。


 マーガレットは彼を見上げた。彼の言葉に、彼女の胸がまた熱くなった。


「ウィリアム様……」


 会議後、廊下に出た二人。


「また助けられてしまいましたね」


「助けたかったんだ。君が、君の正義のために一人で傷つくのを、見たくなかった」


 ウィリアムはふと、マーガレットの手を取った。


「……今日は、少し寄り道をしないか? 中庭に、雨上がりの紫陽花が咲いているそうだ」


 その言葉に、マーガレットの頬がほんのり赤らむ。


「ええ……喜んで」


 二人は、夜の校舎を静かに歩いた。


 紫陽花の咲く中庭に着いた頃には、星が顔を出し、しんと澄んだ空気が学園を包んでいた。


「ウィリアム様、もし私が……この国を変えたいと本気で願ったとしたら、あなたは……」


「僕は君の隣にいるよ。どんな時でも」


 それは、誓いに近い言葉だった。


 ふと吹いた風が、紫陽花の花弁を揺らし、マーガレットの金の髪をそっと撫でた。


 その夜、彼女は確かに恋をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ