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第十四話 悪役令嬢、仮面舞踏会に誘われる


 王立第一学院の講堂には、夜の帳が下りるとともに、きらびやかな仮面とドレスが彩りを添えはじめていた。


「仮面舞踏会……ね。ずいぶんと“乙女小説”っぽい展開じゃない」


 マーガレット・クレアは鏡の前で呟いた。漆黒のドレスには繊細な銀の刺繍があしらわれ、肩を優美に包み込むショールには細やかな魔法の加護が宿っている。そして、右目を覆う白銀の仮面——それはあくまで“仮面舞踏会”という社交界の催しのためのものだが、彼女にとってはある種の象徴でもあった。


 この夜は、王都の社交界と学院の合同舞踏会。生徒たちのうち、貴族の子女や有力な平民家系の者が招かれ、それぞれ仮面で身分と正体を隠したまま交流するという、まるで少女小説に登場するような甘美な夜だった。


「このドレス、本当にあなたの趣味なの?」


 付き人のリリィが呆れたように口を尖らせる。


「ええ、黒はね、強さと覚悟を示す色でもあるの。仮面の裏に隠れても、私は私」


 マーガレットはゆっくりと立ち上がり、広がるスカートを揺らしてみせた。いまの彼女に、以前のような“お飾りの令嬢”としての不安はなかった。


 政務、改革、王太子レオンハルトとの同盟、そしてウィリアムとの再会。


 少女の心をかき乱す恋と、国家の未来を担う責務。その両方に、彼女は今、堂々と立ち向かっているのだ。


「じゃあ行きましょうか。物語の“夜会”へ」


 仮面を付け直し、マーガレットはゆっくりと扉を開けた。


 その瞬間、歴史の歯車がまた一つ、音を立てて回り始めた。


 

 


 舞踏会場は、まるで宮廷の一室のようだった。煌びやかなシャンデリアの下、ヴァイオリンとチェンバロが織り成す旋律が流れ、色とりどりの仮面とドレスが揺れる。


 だがマーガレットの目は、その華やかさに酔うことなく、冷静に周囲を観察していた。


(この会場には、貴族社会の本音と建前が交差している)


 交わされる会話、目線の動き、距離感——それらすべてが情報だった。政治の世界を知る彼女にとって、これはただの舞踏会ではない。誰と誰が親しく、誰が誰を避け、そして誰が、改革に関心を寄せているのか。


 そんな中、突然、舞踏会場の一角にざわめきが走った。


 マーガレットが振り返ると、そこにいたのは白い仮面をつけた、蒼い礼服の青年。


 彼の姿に、マーガレットの胸がひときわ高鳴る。


 ——ウィリアム。


 だが彼もまた、仮面をつけている。正式にはまだ身分を伏せている以上、彼が誰であるかを口にしてはならない。


「お嬢様。よろしければ、一曲お相手願えますか?」


 仮面越しのその声に、マーガレットはほほ笑んだ。


「ええ、喜んで。……“仮面の騎士”さん」


 ふたりは手を取り合い、ゆっくりと舞踏の輪へと加わった。


 リズムに合わせて足を運ぶ中で、マーガレットはふと問いかけた。


「仮面のあなたは、どんな方? どんな夢を持っていて、どんな未来を描いているのかしら?」


「……私は、昔見た夢を、まだ追い続けている者だよ。とても無謀な夢だがね」


「たとえば?」


「かつての親友に、もう一度会いたい。それだけさ。今の自分の姿を、ちゃんと見てもらいたいんだ」


 その言葉に、マーガレットの心が静かに震えた。


(……“ウィル”)


 幼いころ、彼女が唯一“対等”に話し合えた少年、ウィリアム・ノックス。身分の違いを乗り越えて語り合い、夢を語り、別れた日。


 あの記憶が、遠い旋律とともに蘇る。


「……親友というのは、たとえば“未来を信じてくれる人”のことかしら」


「そうだ。どんなに時が経っても、その人が変わってしまっても——どこかで信じている。きっともう一度、向き合えると」


 ウィリアムの声には、揺るぎない温かさと誠実さがあった。


 その瞬間、マーガレットの心の奥にある“鍵”が、静かに、音を立てて開いた。


 仮面の下で、彼女はそっと囁いた。


「——あなたは、変わらなかったのね。ウィル」


 その一言に、ウィリアムは驚いたように目を見開いた。仮面の下でも、その動揺ははっきりと伝わった。


 だが次の瞬間、彼はほほ笑んだ。


「ようやく気づいてくれたか。……マーガレット」


 踊りの輪は、そのまま二人だけの世界へと変わった。


 音楽は静かに高まり、そしてふたりは足を止めた。


 仮面の奥から交わされた視線は、ただの再会ではなく、“再開”を意味していた。


 ふたりの物語が、今、新たに始まったのだ。


 

 


 その夜遅く、寮の自室に戻ったマーガレットは、椅子にもたれかかりながら窓の外を見つめていた。


 月が静かに光を投げかける中、彼女は胸に手を当てて呟く。


「これが……“恋”なのかもしれない」


 政治も、改革も、そして過去の記憶も確かに重要だ。けれど、ウィリアムと向き合ったあの一瞬は、それらすべてを越えて、彼女の心に深く染み込んでいた。


 変わらない想いと、変わっていく世界。


 “悪役令嬢”という仮面の奥に隠された、少女としての心。


 その心が、今ようやく誰かに触れられたのだ。


 


 


 そしてその翌朝、王太子レオンハルトから届いた一通の密書が、彼女の運命をさらに大きく揺るがすことになる。


「……この招待状は?」


 そこにはこう書かれていた。


『密談を希望する。議題は“王国の未来と反乱の火種”について——場所は、旧図書館地下、夜半』


 静かに息を吸うマーガレットの瞳が、再び鋭く光を帯びる。


「仮面を外した私として、次は“国”と向き合う番ね」


 

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