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第十三話 悪役令嬢、記憶の鍵を解き放つ

 初夏の陽射しが降りそそぐ学園の庭園には、新緑の香りが満ちていた。


 マーガレット・クレアは、久々に戻った王立第一学院の制服に身を包み、胸元に手を当てながら校門を見つめていた。


 王都の陰謀、秘密結社《終焉の輪》、記録の書庫。すべてを飲み込んだ上で、彼女は「物語の舞台」であるこの学園に再び帰ってきたのだ。


(私の運命は、ここから“再び”始まる)


 彼女の帰還は、生徒たちの間に瞬く間に広がった。悪役令嬢として有名だった彼女が、まるで何事もなかったかのように微笑んでいる――その事実が、学園に静かな波紋を生んでいた。


 だが、そんな空気の中でもただ一人、変わらぬまなざしで彼女を見つめていた者がいた。


「戻ってきたんだな、マーガレット」


 白亜の列柱の下で立っていたのは、蒼の瞳を持つ青年、ウィリアム・ノースブルック。騎士科でも成績上位の才媛でありながら、かつて彼女に唯一人、偏見を持たなかった少年だった。


「ええ。ただいま、ウィリアム」


 マーガレットは自然に微笑んだ。それは、いつのまにか“仮面”ではなく、本心からのものになっていた。


 



 その日の午後、学院では恒例の「魔法と歴史の合同講義」が開かれていた。


「本日のテーマは、“古王朝期に存在した〈星読みの巫女〉と記録の魔術”です」


 老教授がそう口にした瞬間、マーガレットの指先がわずかに震えた。


(やっぱり……記録の書庫は、学園と深い関係がある)


 《終焉の輪》の情報では、王都に封じられた記録の魔法装置――〈記録の書庫〉は、この学園の地下と接続しているとされていた。学問、魔法、貴族教育――すべてを育むこの学園自体が、王国の“記憶”を継ぐ聖域なのだ。


「君、マーガレット嬢。なにか意見は?」


 教授の問いかけに、彼女は一瞬迷ったが、静かに口を開いた。


「〈星読みの巫女〉が記した記録は、“定められた未来”を映すものであっても、それに従う義務はないと思います。記録は記録でしかなく、人間には“選択”する自由があるべきです」


 その言葉に、教室がざわめいた。


 しかし一人、ウィリアムだけは小さく頷いていた。


 



 放課後の校庭、茜色の空の下で、マーガレットはウィリアムとふたりきりで並んで歩いていた。


「……今日の君の言葉、よかったよ。ああやって自分の考えを言えるの、すごいと思う」


「ありがとう。……でも、少し怖かったの。正直に言えば、また“変わり者”だって言われるかと思って」


 マーガレットは小さく笑う。強く見えても、心のどこかではやはり不安があった。そんな彼女の思いを感じ取ったのか、ウィリアムはそっと言った。


「誰が何と言おうと、俺は君の味方だ。どんな過去があっても、どんな役割を背負っていても、君が君であることに変わりはない」


「……ウィリアム」


 その名を、彼女は初めて“素の声”で呼んだ。冷たくも鋭くもない、ただ心からの響きで。


「君が戻ってきて、俺は嬉しい。……ずっと、話したかったんだ」


 ウィリアムは少しだけ頬を赤らめながら、ぎこちなく手を差し出す。


 マーガレットは、その手を見つめたあと、そっと自分の指を絡めるように重ねた。


「ねえ、ウィリアム。もし私が、この物語の筋書きを変えようとしているって言ったら……どう思う?」


「“物語”って?」


 彼は少しだけ首をかしげたが、すぐに真剣な顔で返す。


「たとえそれが、世界のルールに逆らうことであっても……君がそれを選ぶなら、俺は一緒に歩くよ。だって、それが“君の物語”だろ?」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


 記録された未来ではなく、自分の意志で選ぶ現在。恋も、運命も、国の未来も。


 ウィリアムが、自分のそばにいてくれるという確信は、何よりも強い“鍵”となった。


 


 夜、マーガレットは寮の自室で、銀のメダル――“記憶の欠片”を手にしていた。


(私の物語は、もう誰かが書いた台本なんかじゃない)


 あの日、《終焉の輪》から託された鍵。


 それが今、温かく光り始める。


 ――まるで、新しい記憶を呼び覚ますように。

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