第十二話 悪役令嬢、秘密結社との邂逅す
夜の王都は、昼間の喧騒を忘れたように静まり返っていた。
貴族街のはずれ、貧民街に近い古びた石造りの小聖堂。その裏手にある誰も使わなくなった墓所こそ、今日の“会合”の指定場所だった。
「……こんな場所で、本当に来るのかしら」
フードで顔を隠しながら、マーガレット・クレアは静かに問いかける。
「彼らは“歴史の裏を歩く者たち”です。公の場には決して姿を現さない……しかし、この王国の深部に関わっていることは確かです」
答えたのは、彼女の護衛であり、密偵としての一面を持つライナだった。
そして今夜、彼女たちが会おうとしているのは――
**《終焉の輪》**と呼ばれる、古代王朝時代から続く秘密結社。
禁じられた古文書の解析、王家の血筋にまつわる隠された史実の収集、さらには「物語の真実」に触れた者だけが辿り着けるという、失われた魔法文明の研究……その存在は、まるで少女小説の裏側に隠された“第二の物語”そのものだった。
「来たわ」
風もないのに、ふわりと空気が揺れる。
奥の闇から現れたのは、二人の人物。ひとりは黒い仮面をつけた長身の男。もう一人は、薄く微笑む銀髪の少女。彼女の纏う空気は、この世のものとは思えないほど澄んでいた。
「……よく来たね、“物語の外側を歩く者”」
銀髪の少女が、まるで詩を語るように言った。
「あなたはすでに気づいている。――この世界が、ひとつの“物語”であることに」
マーガレットは息を呑む。
(やっぱり……)
彼女は知っていた。この世界が、前世で読んでいた少女小説――**『薔薇と星の宮廷譚』**と酷似していることを。
登場人物、事件、王太子との恋、宮廷の陰謀。自分が転生したこの世界は、紛れもなく物語の中の世界だった。ただし、自分は主役の“聖女”でもなければ、運命の王子を待つヒロインでもない。
「私は“悪役令嬢”よ。物語の破滅に向かって落ちていく、華やかで哀れな飾り物」
苦く微笑むマーガレットに、仮面の男が言う。
「だが君は、物語の“筋書き”を拒絶し始めた。だからこそ、我々は君に接触する」
銀髪の少女が一歩近づく。
「《終焉の輪》の目的は、この“物語”を終わらせること。決められた運命、役割、筋書き――すべてを解き放ち、人間の意志を取り戻す」
「私たちの調査では、この王国は“語られた通りに進行する物語”です。運命の恋、聖女の奇跡、そして悪役の滅び――その背後には、〈記録の書庫〉と呼ばれる魔法装置がある」
「記録の……書庫?」
マーガレットが聞き返すと、仮面の男は頷いた。
「かつてこの地に存在した“星読みの巫女”が、すべての運命を魔法書に記録していたと伝えられている。それは現在、王都の最深部――〈星の神殿〉に封じられている。そこには、君の運命も、王太子との関係も、すべてが記されている」
「では……私の前世の記憶も?」
「そう。そして君は、書庫の影響を受けずに“目覚めてしまった”特異点。だからこそ、君にしか出来ないことがある」
少女が、光る銀のメダルを差し出す。
「これは〈記録の書庫〉への鍵の一部。“記憶の欠片”と呼ばれるもの。これを持つ者は、物語の筋書きに干渉できる。――新しい結末を、選ぶことさえ」
マーガレットはそのメダルを受け取り、静かに言った。
「……私は、結末を書き換えたいわ。この国の未来を、ただの恋物語や悲劇の破滅では終わらせたくない」
「それが君の選択ならば、我々は見守ろう。だが気をつけろ、物語を変える者は、物語そのものから“排除”される」
仮面の男は最後にそう警告し、霧のように消えていった。銀髪の少女も、消える間際にこう呟いた。
「もしあなたが、愛と誇りと国を守るために戦う覚悟を持つなら――また、会えるわ」
「……世界が“物語”だというなら、私はその作者に反旗を翻してやる」
王都の夜に帰る馬車の中、マーガレットは銀のメダルを握りしめながら呟いた。
悪役令嬢? それがどうした。
運命の筋書きがすでに用意されているというなら、彼女はそれを“改訂”してみせる。
世界を書き換えるペンを、剣のように握って。
静かに夜が明けようとしていた。
次の頁には、まだ誰も知らない未来が書かれている。




