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第十一話 悪役令嬢、裏切りの気配を察知する

カリオン辺境での奴隷村摘発から数日。マーガレット・クレアは王都に戻り、改革に向けた次の布石を静かに進めていた。


 王太子レオンハルトとの“同盟”は、水面下で着実に広がり始めている。宮廷内の一部官僚、改革派の若手貴族、そして聖堂騎士団内の一部勢力――密かに「未来を信じる者たち」が集まりつつあった。


 だが、マーガレットの胸に灯るのは希望だけではなかった。


 違和感。ざらつくような不安。


「どこかで……誰かが、こちらを監視している」


 クレア邸の応接室にて、彼女はゆっくりと紅茶を口にしながら考えていた。護衛のメイドたちの動きに問題はない。情報官の報告でも、大きな異変はなかった。だが、感じるのだ。第六感に近い、研ぎ澄まされた“異物感”が。


 まるで、内側から何かが腐り始めているような。


 ——そして、その「疑念」はすぐに、現実となって突きつけられる。


 


 「第一情報課からの密報です」


 報告に現れたのは、マーガレット直属の諜報員、ライナ・ウィンザー。物腰柔らかく、常に笑みを崩さないが、諜報と暗殺を両立させる「笑わない影」と呼ばれる有能な女性だ。


 彼女が差し出したのは一通の暗号化された報告書だった。


 マーガレットが目を通すと、眉が僅かに動く。


「……“青薔薇の騎士団内部に、裏切り者がいる可能性”?」


 「はい。詳細は未確定ですが、王太子殿下が直轄する精鋭騎士団の中に、外部の勢力――“終焉の輪”との接触を図った者がいるとの情報が入りました」


 その言葉に、紅茶の香りが急に薄らいで感じた。


 青薔薇の騎士団は、レオンハルトが直々に組織した対魔導監視部隊。反乱の芽を摘む役目を担う一方で、彼の「理想」を守る刃でもある。


 そこに裏切り者がいれば、レオンハルト自身が狙われる。あるいは、改革の流れそのものが水泡に帰す。


「情報源は?」


「王城内、第三文書保管室の魔導記録です。監査官を買収し、記録の閲覧履歴を改ざんしようとした人物がいたとのこと。記録には“青薔薇”の記章番号がありました」


 マーガレットはそっと目を伏せる。


「まだ、確定ではないのよね……?」


「はい。ですが、問題は――」


「問題は?」


「……記章番号が、“アレクシス・ユリウス”卿のものだったのです」


 


 空気が、凍りついた。


 


 アレクシス・ユリウス。


 辺境で共に戦い、信頼を重ね、王太子とマーガレットの間を橋渡ししてきた存在。無愛想だが誠実で、剣技は超一流。騎士道に厚く、裏切りなど最も遠い人物のはずだった。


「信じられない……。けれど、裏切りが事実なら、彼を“見逃す”わけにはいかない」


 マーガレットは震える声で、しかし明確に告げた。


「ライナ。徹底的に調査を。彼が“終焉の輪”と通じているのか、それとも何かの策略か。……答えが出るまでは、誰にも口外しないで」


「……かしこまりました、閣下」


 


 翌日。


 マーガレットは王宮へと足を運んだ。表向きは王太子への定期報告だが、実際には「敵の有無」を確かめる場でもある。


 王宮の謁見室にて、レオンハルトは彼女を迎えた。だが、その背後には見慣れた銀髪の騎士が控えていた。


 アレクシス・ユリウス。


 その姿に、マーガレットの心がひりついた。


(……彼が本当に裏切っているなら、私は――)


 レオンハルトが言葉を発する。


「マーガレット。ちょうど良かった。アレクシスが、新たな任務から戻ったところだ。彼の報告を聞いてやってくれ」


「……はい」


 アレクシスは無表情のまま、数枚の書類を差し出した。


「〈終焉の輪〉の拠点の一つ、“マルド地下霊堂”を調査した結果です。内部はすでに空で、重要な文書類は焼かれていましたが、一部魔導刻印が残されていました。解析の結果――これは、古代エルシア文字で“転生”を意味する言葉に繋がっていると判明しました」


 マーガレットはその言葉に、震えるような驚きを覚えた。


「……“転生”?」


 前世を知る彼女にとって、その言葉は他人事ではない。


 もし“終焉の輪”が転生を研究しているのだとすれば……彼らは、単なる魔導テロリストなどではない。“この世界の根幹”に関わる何かを追っていることになる。


(私の存在と、何か関係が……?)


 しかしその思考を断ち切るように、レオンハルトが立ち上がった。


「この件は、今後王家直属で調査する。マーガレット、君にも協力を依頼する」


「……承知いたしました」


 その瞬間、アレクシスがふと目を細めた。わずかに視線が交差する。


 その眼差しに、いつもの誠実さはあった。


 けれど――どこか、違和感がある。


(……あなたは、本当に“私の知っている”アレクシス・ユリウス?)


 


 その夜、ライナが再び現れた。


「新たな情報が入りました。記章番号の改ざんが確認されました。アレクシス卿のものではなかった可能性が高いです」


「……やはり、罠ね」


 マーガレットは深く息をついた。


 誰かが、アレクシスを陥れようとしている。あるいは、彼を通じて自分たち改革派を瓦解させようと。


「敵は、こちらの“感情”を見透かしてる」


「感情、ですか?」


「ええ……私がアレクシスを、単なる仲間以上に見ていると知っている者が仕掛けた。だからこそ、揺さぶりになると考えたのよ」


 ライナは黙って頷く。


「いよいよ、本格的に“敵”がこちらを意識して動き始めましたね」


「これ以上、情報戦だけでは防げない」


 マーガレットの目が冷たく光る。


「ならば、先に動く。こちらから“罠”を仕掛けるわ。裏切り者がいるなら、あぶり出すまで」


(私は、信じたい。けれど、信じるだけでは国は守れない)


 マーガレットは静かに立ち上がった。


 次の戦いは、影の中で始まる。


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