レンズの向こう、土の向こう(後藤絵里)
モデル:絵里の恋愛模様
「……もう、画面、見たくないな」
無機質な電子音が、静かなリビングに虚しく響いた。スマホの画面には、完璧な笑顔を浮かべてポーズを決める人気モデル「後藤絵里」の写真。自分のはずなのに、どこか他人のようだった。
モデルとしてデビューして三年。無数のシャッター音、SNSにあふれる称賛と時折の心無い言葉。次々と舞い込む仕事の依頼。所属事務所とも相談し、地元の名古屋を離れて東京で生活を始めた。頭では、これが成功であり、感謝すべきことだと理解している。
――けれど、心と体は限界を訴えていた。
スクロールするたびに映る“理想の自分”が、どんどん遠くなる。胸が苦しくて、息が詰まりそうになる。このままだと、自分が自分でいられなくなりそうだった。
そんなある週末の朝、絵里は衝動的にベッドから跳ね起きた。外は抜けるような青空。胸の奥にずっと引っかかっていた場所――都心から少し離れた小さな公園で開かれる「ファーマーズマーケット」に、ふらっと行ってみたくなった。
SNSで偶然見かけた、素朴な写真。そこには、光と風と、土の匂いがあった。今の自分が置き去りにしてしまった何かがある気がして。
電車を乗り継ぎ、駅に降りると、都心とは違う、穏やかでやさしい風が吹いていた。公園に足を踏み入れた瞬間、思わず息を飲む。トマトの赤、ナスの紫、パンの香ばしい匂い。すべてが五感を刺激して、忘れていた感覚がじんわりと蘇ってくる。
(ここの雰囲気……すごく、気持ちいい)
ふと足が止まる。素朴ながらも丁寧に並べられた野菜たち。木箱に無造作に置かれた泥付きのゴボウ、小さなカブ、鮮やかなルッコラ。思わず手を伸ばしかけたそのとき――
「いらっしゃい。よかったら味見していきませんか?」
やさしくて、少し低い声が鼓膜をくすぐる。顔を上げると、麦わら帽子の青年がにこやかに立っていた。絵里と同じくらいの年頃。腕はたくましく、どこか安心感のある雰囲気。
「このルッコラ、今朝採れたばかりで味が濃いんですよ。オリーブオイルと塩だけで食べてみてください」
彼は手際よく葉をちぎり、紙皿に乗せて差し出した。すすめられるまま口に運ぶと、爽やかな苦味と鼻に抜ける辛みが広がった。思わず目を見開く。
「……うん、美味しい。全然違う」
素直な感想が口をつく。彼は目を細めて嬉しそうに笑った。
「でしょ? 僕は千葉で小さな農園をやっていて、毎週ここに出店してるんです。高橋亮っていいます」
「後藤絵里です。……モデルの仕事をしています」
一瞬、彼の表情が止まった。でも、すぐにまた自然な笑顔に戻った。
「えっ? モデルさんが、こんな土臭い場所までわざわざ」
嫌味でも驚きでもない。ただ事実を受け止めたような自然な口調。それが、なぜか妙に心地よかった。普段は職業を明かすと好奇の目や壁を感じることが多いからだ。
その日、絵里はルッコラに加えて、朝採れのキュウリ、みずみずしいトマト、小さなカボチャを買った。野菜でいっぱいの紙袋はずっしり重いはずなのに、心はふわりと軽かった。
久しぶりにキッチンに立ち、亮に教わった通りシンプルに調理する。余計な味付けはせず、素材の味だけで十分だった。ひとくち、ふたくちと食べるたびに、身体の内側から力が満ちてくるような感覚がした。
――それからの週末、気づけば翌週も、その次の週も……仕事が無ければ公園に足が向いていた。
「あ、また来てくれたんですね」
亮は太陽のような笑顔で出迎えてくれる。その笑顔を見るだけで、心の奥に詰まっていたものがすーっと溶けていく気がした。
「来ちゃダメだった?」
少し意地悪に言うと、彼は慌てて手を振った。
「いやいや、嬉しいですよ。今日のおすすめは新玉ねぎ。薄くスライスして水にさらして、鰹節とポン酢で。最高です」
野菜の話をする彼の目は、生き生きと輝いていた。都会の喧騒やプレッシャーが、少しずつ遠ざかっていく。
「ねえ、亮くんは毎日野菜に触れてて、飽きたりしないの?」
素朴な疑問に、彼はにっこりと答える。
「飽きるなんてとんでもない。野菜は生きてるから、毎日違うんです。葉の色も、土の湿り具合も、新しい発見の連続ですよ」
その言葉に、胸がぎゅっとなった。羨ましくて、まぶしくて、自分もそんな風に何かを大切に思えたらと願ってしまう。
「絵里さん、本当に美味しそうに食べるから、こっちまで嬉しくなっちゃいます」
照れくさそうに言われ、頬が熱くなる。こんな風に見られたのは、いつぶりだろう。ただの“後藤絵里”として、誰かに向き合ってもらえたのは。
「よかったら、今度畑に来ませんか? 採れたて野菜で、何か作って一緒に食べません?」
「……畑に? 私が?」
モデルの仕事とは真逆のイメージに戸惑いながらも、彼の笑顔に背中を押される。
「野菜好きに悪い人はいませんから」
胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。見た目でも職業でもない、ただの“私”として見てくれる。そんな場所が、誰かが、こんなにも嬉しいなんて。
「じゃあ……行ってもいい? それと、スマホで写真撮って、SNSに使ってもいいかな?」
「もちろん! いつでも連絡ください」
約束の日。絵里は少し緊張しながら亮の軽トラックに乗り込んだ。車窓に流れる緑、土の匂い。深呼吸をすれば、体の奥まで空気が染み渡っていく。
畑で教わる収穫作業は初めてで、最初は戸惑った。でも気がつけば夢中になっていた。泥も汗も気にならない。作業の合間に何枚も写真を撮る。SNSに載せたら、どんな反応があるかな……そんなことを思いながら、絵里は作業を続けた。
「絵里さん、本当に美味しそうに食べてくれるから、すごく嬉しい」
休憩中、トマトを頬張りながら言う彼の顔に、思わず胸が高鳴る。絵里は視線を逸らし、頬を押さえた。
「だって、本当に美味しいんだもん」
言い訳のような言葉。でも、それが本音だった。風の音、鳥の声、陽だまり。静かで、穏やかな世界が絵里をやさしく包み込んでくれる。
(なんだか……スマホで撮るの、馬鹿らしくなってきちゃったな)
目の前にある野菜の輝き、土の匂い、穏やかに頬を撫でる風、彼の笑顔……それだけで十分に感じられた。絵里はスマホの電源を切り、そっとポケットにしまった。
穏やかな日差しが降りそそぐ午前のひと時。絵里は今、華やかな舞台でもなく、レンズの前でもない。土の匂いのする畑で、彼と笑っている。その笑顔が、固く閉ざされた心をゆっくりと解きほぐし、優しく温めていく。
――まだ名前もないけれど、まだとても小さいけれど、確かに芽生えた新しい感情の始まりだった。
- キャラクター プロフィール -
名前:後藤絵里
職業:モデル
好きな事:オーガニック料理
年齢:22
身長:165㎝(5'5")
体重:53㎏(117lb)
誕生日:5月2日
星座:牡牛座
血液型:A型
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