土曜の練習場、高鳴る予感(日野由紀)
会社秘書:由紀の恋愛模様
朝の空気は、平日とはまるで違う。空は高く、少しだけ冷たい風が頬を撫でていく。
スーツではなく、淡いブルーのポロシャツに白のスカート。いつものハイヒールではなく、底のしっかりしたゴルフシューズ。日野由紀は、土曜日のルーティンをこなすため、愛知県尾張旭市のゴルフ練習場に立っていた。
バッグから7番アイアンを取り出す。構えて、深く息を吸って……意識を集中して、打つ。
……スパーンッ!
乾いた音と共に、白いボールが鋭く空を裂いて飛んでいった。イメージ通りの弾道に、由紀は小さく笑みを浮かべる。
「……ナイスショットですね」
突然の声に、由紀は思わず肩をすくめた。隣の打席には、少しよれたシャツの男性が立っている。クラブの握り方も、何ともぎこちない。完全に初心者だ。
「ありがとうございます。でも……クラブの持ち方、少し逆かもしれません」
「えっ、これ逆なんですか?」
その間の抜けた声に、思わず吹き出しそうになる。由紀は、自然と一歩彼に近づき、指をそっと彼の手に添えた。
「貸してください。こうして、親指をここに重ねて……そう、そうです」
指が触れた瞬間、彼の指先がほんの少し震えたのが伝わってくる。由紀自身も、なんだか胸がくすぐったい。
「あ、ありがとうございます。助かります」
「いえいえ」
「中村といいます。経理部の。あの、日野さんですよね? 秘書課の」
「……はい。私のこと、覚えててくれたんですね」
どこか嬉しさがこみ上げてくるのを、由紀は自分でも抑えきれなかった。
「社内で何度かお見かけしてて。今日、偶然ここでお会いできるなんて」
「それで、ゴルフは始めたばかり?」
「はい。上司に『健康の為にも始めろ』って言われて、……でも全くの初心者で、どうしたらいいか分からなくて、とりあえず自主練習に来てみたんです」
ぎこちなくクラブを構えながらも、彼は真っ直ぐに由紀の目を見てくる。その瞳に、誠実さと、どこか子供のような無邪気さを感じた。
「ちょうどいいタイミングで、優しい先生に出会えたかもしれません」
「優しい先生ねぇ……」
彼は自分が言ってしまった不意な冗談に、少し困ったように眉を下げながら、ぎこちなくクラブを構え直した。由紀はくすっと笑って、再びフォームの修正を手伝った。その真剣な横顔を、由紀は不思議と放っておけなかった。構え方、重心のかけ方、体の回転、ひとつずつ丁寧に。最初は空振りばかりだったが、30分もすると、彼の球はしっかりネットに届くようになっていた。
「すごい! ちゃんと飛んだ!」
中村の声が弾み、瞳が輝く。その嬉しそうな様子に、由紀の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「ちゃんとやれば飛ぶんです。当たり前です。教えたのは私ですから」
「本当に。教え上手な日野先生のおかげです」
「お返しが上手ですね。経理の仕事より、営業が向いてるんじゃないですか?」
「あはは。そうかもしれませんね。でも……こんな風に優しい先生と出会えて、今日は本当にラッキーです」
彼のさりげない言葉が、由紀の心をくすぐる。打席を離れ、並んでクラブを片付ける頃には、二人の間には心地よい沈黙と、ほんのりとした親密感が漂っていた。バッグを持ち上げ、由紀が先に歩きだそうとした時、中村は少し戸惑いながら、けれどどこか決意を秘めた声で口を開いた。
「えっと……あの、僕は来週も同じくらいの時間に、また練習に来ようと思っているんですが……」
「はい?」
「もし、都合が悪くなければ、また……教えていただけませんか?」
由紀は彼の真剣な眼差しに、一瞬息をのんだ。そして、自然と微笑みがこぼれた。
「いいですよ。せっかくここまで教えたんですから、ちゃんと責任持ちます」
「本当ですか? ありがとうございます!」
彼の顔が、ぱっと明るい笑顔に変わる。その眩しさに、由紀の鼓動も少し早くなった。そして彼は、先ほどよりも少しだけ低い、緊張した声で続けた。
「それと……来週の練習の後、時間があれば……一緒に食事に行きませんか? コーチ代として、ぜひご馳走させてください」
突然の、けれどどこか丁寧な誘いに、由紀の心が一瞬揺れた。仕事柄、食事の席には慣れている。けれどそれは“秘書”としてのこと。今は仕事以外の場所で、一人の女性……ただの“日野由紀”として誘われている――そう思った瞬間、胸が熱くなった。
「練習後に食事……いいですね。楽しみにしています」
「本当に? 良かった!嬉しいです!……あの、もしよろしければ、この近くにある、僕がよく行く洋食屋さんでどうですか? こぢんまりとした、温かい雰囲気のお店で、そこのオムライスとハンバーグが、本当に絶品なんです」
「えっ……」
由紀は思わず小さな声を上げた。オムライスとハンバーグ。それは、彼女にとって特別な響きを持つ言葉だった。子供の頃、何か嬉しいことがあると、両親がレトロで温かい雰囲気の洋食店に連れて行ってくれた。ふっくらとしたオムライスに、肉汁たっぷりのハンバーグを、由紀は口いっぱいにほおばった。家族の笑顔と、あの優しい味が、由紀の記憶の中で輝いている。
まさか、今日初めて話したばかりの男性が、自分の大切な思い出と結びついた料理を勧めてくるなんて。
「オムライスとハンバーグ……素敵ですね」
「ぜひ! 気に入ってもらえると思います!」
彼の飾らない、けれどどこか熱を帯びた眼差しを見ていると、由紀の胸の奥に、しばらく感じていなかった温かい光が灯った。久しぶりの、肩書のない、ただの女性としての誘い。そして、偶然の一致とは思えない、好物のオムライスとハンバーグ。小さな偶然かもしれないけれど、由紀はそこに、心の奥底で待ち望んでいたような、明るい未来の予感を感じた。
「じゃあ、来週は、練習も、食事も、楽しみにしています」
「……その言い方、ちょっとずるいくらい可愛いですね」
由紀が含みを持たせて答えると、中村も笑いながら言う。
「もし僕がもっとやり手の営業マンだったら、ここで『いえ、僕が本当に楽しみなのは、練習の後の、日野さんとの食事の方です』なんてスマートに言えるんでしょうけどね」
「ばか。あまりふざけると、来週のコーチはなしですよ?」
「わわっ! それは困ります! すみません!」
中村は冗談を慌てて否定し、嬉しそうな顔で謝罪した。その仕草を見て、つられた様に笑う由紀の頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。けれどその笑顔は、いつもよりずっと柔らかく、どこか甘い輝きを帯びていたであろう事を、由紀は自覚していた。
帰り道、肩にかけたゴルフバッグの重さはいつもと変わらないはずなのに、足取りは驚くほど軽やかだった。いつもの練習、いつものスイングから始まった、土曜日の予期せぬ出会い。そして、オムライスとハンバーグの約束が待つ、次の土曜日への高鳴る期待。
――恋もゴルフも、焦らず、でも確実に、二人の距離は近づいていくのかもしれない。そんな予感が、由紀の胸の中でそっと膨らんでいた。
- キャラクター プロフィール -
名前:日野由紀
職業:秘書
好きな事:ゴルフ
年齢:28
身長:158㎝(5'2")
体重:54㎏(119lb)
誕生日:12月6日
星座:射手座
血液型:A型
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