エンジン音の隣、秘密の食卓(佐川朱里)
自動車販売スタッフ:朱里の恋愛模様
「佐川さん、午後のお客様、来店が早まりそうだから準備お願いね」
「はい」
ショールームのガラス越しに、強い夏の日差しが差し込んでくる。パンフレットを整えながら、朱里は軽く頭を下げて返事をした。21歳になったばかりの佐川朱里は、地元の短大を卒業してすぐに、愛知県刈谷市の自動車ディーラーに就職した。実家の家業も同じく自動車販売と整備。物心ついた頃から、エンジン音は日常のBGMだった。
けれど、この職場には、そんな彼女の胸を不意に高鳴らせる「特別な音」があった。
――その音の主は、自動車整備士の日比野。
三つ年上の先輩で、いつも油に汚れた作業服を着ている。無口で、どこか近寄りがたい雰囲気。でも、ふとした瞬間に見せる穏やかな笑顔は、なぜだか朱里の胸の奥をくすぐってくる。最初はただの職場の人だと思っていたのに、気づけば目で追ってしまう存在になっていた。
「またカップ麺か……」
昼休憩になるたびに、日比野が事務室の隅で取り出すのは、いつも同じコンビニのカップ麺だった。その光景を見るたび、朱里は心の中で小さくため息をついてきた。
(あんな簡単なもので済ませないで、もっとちゃんとご飯を食べてほしいのに……)
朱里の父も自動車整備士だった。作業に集中すると、帽子のツバを後ろに回す癖があって、朱里はその姿を小さい頃からずっと見ていた。そしてある日、日比野も同じ仕草をしているのを見つけた。
(似てる……)
真剣な眼差しでボンネットの奥をのぞきこみ、テキパキと工具を操る日比野。その姿が、父と重なる。心の奥にしまっていた記憶が蘇るたび、朱里の胸がぎゅっとなる。
(今、話しかけたら……迷惑かな)
作業帽のツバが前を向いていれば、たぶん大丈夫。後ろに回っていたら、集中モードだからやめておこう。そんな“目安”を、朱里はひそかに決めていた。
ある日の帰り道、いつものように近所のスーパーへ立ち寄ると、野菜コーナーの茄子が目に飛び込んできた。
「安っ」
思わず小さく声が漏れる。袋いっぱいの茄子が、たったの98円。その瞬間、朱里の心に浮かんだのは――日比野の顔だった。
(彼に何か作ってあげたいな……マーボーナスなら、調味料の素を買って炒めて混ぜるだけだし、失敗しないよね)
心に浮かんだその思いに、驚いたのは自分自身だった。でも、止められなかった。気づけば、茄子の袋を手に取り、かごに入れていた。帰宅してすぐ、朱里はエプロンを身につけ、キッチンに立った。日比野の顔を思い浮かべると、包丁を握る手が妙に震えた。
(大丈夫、大丈夫……)
口に出して自分を励ましながら、久しぶりにする真面目な料理。キッチンに立つだけで、こんなにドキドキするなんて。
完成した料理を見つめながら、朱里は日比野にメッセージを打ち始めた。何度も書いては消し、また書いては消して……やっとの思いで送信した。
(嘘……になっちゃうけど……ちょっとした方便もいいよね)
「実家から大量の茄子が送られてきたから、マーボーナスでお弁当作ったの。明日一緒に食べてくれない?」
小さな嘘。でも、その一言にすがりたかった。本当は「あなたのために茄子を買って来たの」と伝えたかったけれど、それは言えなかった。返事は、思ったよりすぐに届いた。
「ありがとう。楽しみにしてる」
その短い文章に、朱里の胸がじんわりと熱くなる。嬉しくて、くすぐったくて、少しだけ涙がにじんだ。
翌朝はいつもより早起きして、赤いチェックの布でお弁当を包んだ。マーボーナス、卵焼き、雑穀米のおにぎりが、朱里の特別な想いと共に詰め込まれている。
始業時刻から時計の針が一周するたびに、朱里の胸の中に大きな音が響く。
(9時……、10時……、11時……)。そしてその音は、昼休憩の正午が近づく度に確実に朱里の中で大きくなっていった。
昼休憩のチャイムが鳴る。朱里はそわそわしながら給湯室へ向かうと、ちょうど手を洗い終えた日比野と鉢合わせた。
「あ、日比野さん。これ、昨日言ってたお弁当。ほんとに茄子がいっぱいあったから……」
必死で言い訳のように付け足した。声が少しだけ震えていたのを、自分でも感じた。日比野は、少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにやわらかく微笑んだ。
「うん、ありがとう。……すごく、嬉しい」
照れくさそうに言うその声に、朱里は心の底から安堵した。たったそれだけの言葉なのに、朱里の胸の奥に、優しい風が吹いたようだった。
二人で並んで座ったのは、いつもは誰も使わない倉庫の裏手。積み上げられたタイヤが、少しだけプライベートな空間を作ってくれている。車の影に隠れるようにして、お弁当の包みを開けた。
「……うまい」
日比野の一言で、朱里は心が跳ね上がった。
「ほんと? よかった……」
「ていうか、こんなちゃんとしたの、久しぶりに食べたかも」
「カップ麺ばっかりじゃ、ダメだよ」
「うん……そうだよね。ねえ、佐川さん」
「なに?」
「また、作ってくれる?」
その瞬間、心臓が止まりそうになった。思わず顔を上げると、彼はちょっとだけ照れくさそうに目をそらして笑っていた。
「う、うん……もちろん。茄子がなくても、ね」
朱里が小さく笑ったとき、空は穏やかに明るく輝いていた。マーボーナスと、ほんの少しの嘘と勇気がくれた昼休みの奇跡。エンジン音の隣で始まった、小さな恋の物語は、ゆっくりと温かい色に染まっていく予感に満ちていた。
- キャラクター プロフィール -
名前:佐川朱里
職業:自動車販売
好きな事:ヨガ
年齢:21
身長:162㎝(5'4")
体重:56㎏(24lb)
誕生日:5月30日
星座:双子座
血液型:A型
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