畳の上で始まるドキドキ稽古(三井美樹)
カスタマーサービススタッフ:美樹の恋愛模様
土曜の午後。愛知県扶桑町にある道場の畳の上で、美樹は柔道着の帯をきゅっと結び直した。小柄だが俊敏、中学の頃からこの競技を続けてきた彼女にとって、柔道は心の拠り所だった。会社での電話応対で積み重なったストレスを、汗と一緒に畳の上に置いて帰る。それが習慣になっていた。
「美樹、今日は柔道体験デーだから、新しい人が何人か来るらしいよ」
「そっか。了解」
仲間の声に、美樹は軽くうなずいた。新しい人が来ると道場が少し賑やかになる。そんな空気は嫌いではなかった。
ほどなくして道場の戸が開き、数人の男女が姿を現した。美樹はその内の一人に目が向く。背が高く、がっしりした肩幅。黒髪が少し無造作に揺れ、緊張した面持ちで礼をする。
「館道です。よろしくお願いします」
低めの声が畳の上に響く。真面目そうで、どこかぎこちない雰囲気に、周囲から拍手と軽い笑い声があがった。
柔道の基礎や体の動かし方、基本の受け身を練習した後、体験入門者たちは打ち込み稽古に移る。そして乱取り稽古の相手を決めるとき、美樹は館道と組むことになった。
「館道さん、お願いします」
「お、お手柔らかに……お願いします!」
いざ構えると、美樹はすぐに気づいた。足の運び方が不自然で、体の重心もぶれている。案の定、彼に軽く技をかけてみると――
「うわっ!」
ドンッ、と大きな音を立てて館道が宙を舞い、豪快に畳に落ちた。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!?」
「だ……大丈夫……です……」
額に汗を浮かべながら苦笑いする姿に、美樹は思わず噴き出しそうになるのをこらえた。けれど稽古が進むたび、館道は次々と投げられ、転がり、立ち上がる。その必死さと不器用さが妙に可笑しくて、つい頬が緩む。周囲からも笑いが起こり、道場は和やかな空気に包まれた。
(なんだろう……不思議な人。初心者で全然できないのに、一生懸命で、見てるとこっちまで楽しくなる……)
その日の練習を終えて更衣室を出ると、玄関先で館道が立っていた。大きなバッグを抱えて、どこか所在なげに。
「さっきはありがとうございました。あの、実は柔道はまだ始めたばかりで……」
「ええ、見ればわかりますよ」
思わず笑いながらツッコミを入れると、彼は顔を赤くして笑った。 しかし次の瞬間、美樹は耳を疑った。
「えっと、実は来週から三井さんと同じ会社で働くことになりまして」
「……え?」
「入社説明会のとき、現場で三井さんをお見かけして」
驚きのあまり声が裏返った。なんと館道は、美樹の勤める会社の新入社員だったのだ。
翌週、会社で再会した館道は、スーツ姿でもやっぱりぎこちない。電話応対の研修では、受話器を持つ手が固まり、クレーム対応では真っ青になっていた。
「館道君、新人研修はどう?」
「電話応対、思ったより難しいっすね……乱取りの方がまだ楽です」
「乱取りと比べるな!」
つい吹き出すと、彼も照れくさそうに笑い、周囲からも小さな笑い声がもれた。
館道の教育係となった美樹はその後も、館道を先輩としてサポートしていた。落ち込んでいる彼を励ますとき、言葉はいつも柔道にたとえてしまう。
「ほら、一本取られたと思えばいいの。次は受け身をちゃんととって、立ち上がればいいんだから」
そう告げると、館道の瞳がぱっと輝いた。
「なるほど……先輩、柔道だけじゃなくて仕事でも師匠っすね」
「ばか」
美樹が軽く館道の肩を小突く。笑顔を向けられた瞬間、美樹の胸が熱くなるのを悟られない為に、咄嗟に手が動いていた。自分の顔が熱くなっているのが分かり、息が詰まりそうになる。
(やばい……何これ。こんな新人にドキドキしてるなんて……)
ある日の稽古帰り。二人でコンビニに寄り、アイスを片手に歩く。夜風が熱を冷ましてくれる中、館道がふいに言った。
「先輩、最近ちょっと技がかかるようになってきた気がするんです」
「うん、確かに。館道君は体がしっかりしてるから、立ち技は上達が早いね。受け身もだいぶ板についてきたし」
「……でもまだ先輩には全然勝てないですけど」
「当然でしょ。私を投げるなんて十年早いわよ」
軽口を交わしながら、二人で声をあげて笑う。その笑顔に、美樹はまた胸を押されるような感覚を覚えた。
(仕事でも道場でも、一緒にいるのが当たり前みたいになってきてる……この気持ちって……やばいかも)
翌週の道場。いつものように組み合うと、館道が大きな声をあげて技をかけてきた。
「せいやっ!」
(あっ……!?)
ぐらりと重心を崩され、美樹は畳に倒れ込む。受け身をとりながら見上げると、勝ち誇ったように笑う館道の顔があった。
「やっと先輩を投げられました!」
汗に濡れた額、息を弾ませながらの笑顔。その眩しさに、美樹の胸が大きく跳ねた。
(今、私……完全に投げられた……心から……)
美樹は胸の奥が熱くなり、頬が赤くなるのを必死に隠そうとした。
「ま、まあまあね。でも次は返すから!」
精一杯強がって笑う声が、ほんの少し震えていることに自分でも気づいていた。
畳の上で、二人の距離は確実に縮まっていた。美樹の新しい恋は、受け身をとる暇もなく始まっていたのだった。
「先輩、もう一本お願いします!」
「もちろん! 今度は負けないわよ!」
二人はまた腕を組み合い、相手を見つめながら稽古を始める。
(もう! この気持ちは何なのよ! 集中できない!)
「はいっ!」
美樹は自分の気持ちの中にあるモヤモヤを投げ飛ばすように、館道に背負い投げを仕掛けた。
- キャラクター プロフィール -
名前:三井美樹
職業:カスタマーサービス
好きな事:柔道
年齢:26
身長:153㎝(5'0")
体重:50㎏(110lb)
誕生日:8月25日
星座:乙女座
血液型:B型
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