100メートルの片想い(渡辺結衣)
女子高校生:結衣の恋愛模様
グラウンドを吹き抜ける風が、夏の名残をふわりとさらっていく。愛知県東海市にある県立高校の陸上部。夕陽に照らされたトラックの白線を見つめながら、渡辺結衣はストレッチをしつつ、小さく息を吐いた。
毎日の練習に全力を注ぐのは、インターハイを目指しているから。でもそれだけじゃない。走っていると、自分の中に溜まっていたものが全部、風に溶けていくような気がするから。結衣にとって陸上は、呼吸するのと同じくらい、自然なものだった。
その日の練習中、顧問の先生が部員たちを集めて告げた。
「今日から大学のインターンで顧問補助として来てくれる足立君です。大学ではスポーツ科学を学んでるんだ」
隣に立つ青年は、背が高くて、日に焼けた肌に白いTシャツがよく似合っていた。髪は少しだけくせがあって、涼しげな目元には穏やかな影が差していた。
「足立隼人です。高校まで長距離をやっていましたが、陸上全般見られますので、気軽に声をかけてください」
その声は低く落ち着いていて、不思議な安心感をまとっていた。練習が始まると、足立は一人ひとりのフォームを丁寧に見て回った。結衣の番になると、彼は少ししゃがんで結衣のフォームに目を向けた。
「渡辺さん、腕の振りがちょっと小さくなってるかな。もう少し前に、大きく出すイメージでやってみて」
「えっと、こんな感じですか?」
「そうそう、それでぐっと推進力が増すと思う」
彼の眼差しは真剣で、けれど威圧感はなく、ただまっすぐに見てくれる。その一言が、胸の奥をポンと叩いた。
――なんだろう、この感じ。
言われたとおりに腕を大きく振ると、地面から跳ね返るような感覚があった。走りが少し軽くなった気がした。
(すごいな、この人……それに、なんか優しい)
それから足立は、週に二度、放課後になるとグラウンドに現れた。タイムを測ったり、補強メニューを提案したり、たまに笑いながら部員に話しかけたり。距離は自然と、少しずつ縮まっていった。
「渡辺さんって、素直なフォームしてるね。教えがいあるよ」
「え、そうですか? う……うれしいです」
言われた瞬間、胸の奥がぽっと温かくなったのを自分で気づいて、慌ててごまかすように水を飲んだ。
(ダメだって……この人は指導者側の人なんだから)
雨の音が屋根を叩く放課後、グラウンドの使用が中止になり、部活は早々に解散となった。それでも帰る気になれず、結衣はひとり、部室前の軒下でスパイクの紐を結び直していた。
「まだ帰らないの?」
振り向くと、足立が手に傘を持ったまま、やわらかな笑みで立っていた。
「あっ、足立さん……何だか、帰る気になれなくて、少し残ってました」
ドキッと弾む心拍数を落ち着かせ、結衣は足立を見上げた。
「そっか。渡辺さんは本当に陸上が好きなんだね。ところで、どうして短距離を選んだの?」
結衣は少し考えてから、答えた。
「スタートの一瞬が好きなんです。空気を切る感じがして、そこだけ自分の時間って気がして……」
その言葉に、足立はゆっくりと頷いた。
「わかるよ。俺もその感じ、好きだった。走り出す瞬間って、未来に飛び込む感じがするから」
そのとき、ふと視線が重なった。足立の少し濡れた前髪の奥のまなざしが、まっすぐ結衣の心を射抜いた。
(……あ、私、この人のこと、好きなんだ)
気づいた瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。だけど同時に、頭のどこかが冷静に言った。
(でも……私は高校生。彼は大学生。立場が、違う……)
それでも気持ちは、止められなかった。ある夕暮れ、練習帰りの道で、思い切って口を開いた。
「あの、足立さん……彼女って、いますか?」
足立は少し驚いたように瞬きしてから、苦笑した。
「いないよ。少し前に別れたばかりで」
「そう……なんですね」
「なんで、そんなこと聞くの?」
「えっ、いや……なんとなくです」
気持ちを悟られない様に、ごまかすように、結衣は前を向いて歩いた。鼓動が速くなって、耳の奥で波のように響いていた。
季節が変わる頃、足立がインターンを終える日が近づいていた。最後の練習日。グラウンドの片隅で、結衣は迷いながらも立ち止まり、声をかけた。
「足立さん……今日で最後なんですよね」
「うん。来週からもう来られなくなるんだ。ここでは本当に貴重な体験させてもらったよ。ありがとう」
「いえ、そんな……」
彼の言葉に、喉が詰まった。でも――今、伝えなければきっと後悔する。
(この気持ち……ちゃんと伝えなきゃ!)
胸の鼓動を感じながら、結衣はゆっくりと顔を上げ、足立の目を真っすぐに見つめた。
「私……足立さんのこと、好きでした」
言葉が風に乗って、静かに彼へ届いた。足立は一瞬だけ驚いたように目を開いたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。その気持ち、とても嬉しいよ。でも……」
結衣は思わず言葉を被せた。これ以上、聞きたくなかった。
「でも……わかってます。今はそれだけ、伝えたくて」
精一杯の笑顔を浮かべたけれど、胸の奥がきゅっと痛んだ。
「また、会えるといいですね」
「うん。そのときは、もっと速くなった君に会いたい」
その言葉に、不思議と涙はこぼれなかった。むしろ、前を向く力をもらった気がした。
翌週の日曜。グラウンドにはひとり、結衣の姿があった。スタート位置で深く息を吸う。風が、優しく背中を押した。
(ちゃんと伝えられた。だから、私はもう、大丈夫)
スタートの瞬間を想像し、笛の音が頭の中に響く。地面を蹴り、まっすぐ前を見て走り出す。足立に届いたこの想いが、いつか自分の未来を走る力になりますように――そう願いながら、結衣は風を切って走り続けた。
- キャラクター プロフィール -
名前:渡辺結衣
職業:高校生
好きな事:陸上競技
年齢:17
身長:159㎝(5'3")
体重:49㎏(108lb)
誕生日:5月14日
星座:牡牛座
血液型:O型
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