協定
「あなた、お名前は?」
「五見後 喜留太郎」
「喜留太郎。あなたほど、強力な魔力を持った魔法使い、初めて見た」
「それは嫌味ですか?」
「どうしてそう思うの?」
「俺は昨日、30歳になりました。経験なしで30歳。晴れて魔法使いになりました」
「それは単なるきっかけ。あなたは、それこそ本気になれば、あたしを殺せるほど、強力な魔力を持っているのよ。バンパイアのお墨付き」
「そのバンパイアさんが、どうして俺なんかと寝たがるんですか?」
「強いオスに魅かれるメスは、古今東西、全ての生き物の性よ」
「私の魔法使いの力って、童貞喪失後も、維持できるものなんですか?」
しまったー! そこまで考えていなかった!
その時、部屋の中央で仁王立ちのサキュバスがいた。
「ちょっとまったー!」
「なに?」
「その人の童貞は、あたしがいただいた」
「どういうこと?」
「あたしは昨夜、彼の夢の中でセックスした」
「夢の中でしょう? リアルじゃないんなら、ノーカンだね」
「夢の中であろうと、あたしと彼は結ばれたのです。あんたは早々に立ち去りなさい」
「それは良かった」
「良かった?」
「現実だったら、彼は童貞を失っていた」
「あたりまえでしょう」
「そうすると、彼の強力な魔力が失われていたから」
「なにそれ?」
「30歳まで経験が無いと魔法使いになる。そのとおり彼は魔法使いになった。その後、経験したら魔力は失われてしまうのか?」
「そんなの知らないよ」
「そう、私たちは知らない。だから、セックスできない」
ふたりは考えた。
「ここは、しないでおくべきじゃない?」
「私もそう思う」
「どうしよう」
「ここは協定を結ばないか?」
「協定?」
「彼を強引に落とすのではなく、落とされた方が勝ち」
「落とされた方が、セックスできると」
「そう」
「乗った」
ふたりは、固い握手を交わした。