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みんなのはなし

ザドウとコイン

作者: ゆとうよみ

みんなのどこにでもありそうな日常系ホラーです

1話目は、ザドウのお話

15番

「870円か」

ザドウは歯磨き用のコップから、小銭を手の平に移した。

6畳一間のワンルームに小銭の音が響く。

100円玉7枚に50円玉2枚に10円玉7枚。

「まぁまぁかな」

このところ暑くなってきたせいか、自販機で飲み物を買うやつが増えたのかもしれない。

4月には1円も入ってない日や、多くても200円くらいだったのに。

でも、何もしなくても入ってくる収入と思えば悪くない。特にありがたくもないけれど。


三ヶ月くらい前だったろうか。

その時、とある缶飲料が話題になっていた。

【耐え難い程に、にがい】

そんな妙な飲料があると、あらゆるSNSで話題になっていたのだ。そもそも東北だかの小さな会社が販売していたものが、苦いものマニアの間で評判になり、それが何とかというアイドルがラジオで話したことによって一気にみんなが欲しがった。

『苦いけどクセになる』

『一度は飲むべき』

『あっためると美味しい』

『牛乳と混ぜると甘くなる』

まったく味が想像できない。

ザドウは苦いものが好きではないし、そのアイドルにも興味ないし、そもそもあまり飲食することに興味がない。

それでも、SNSでの話題には乗っておきたい。

ネットで検索してみても、コンビニやスーパーのチェーン系には入っておらず、道の駅にあるとか名前を聞いてもピンと来ない田舎の駅にあるとか、はっきりしない情報ばかりだ。

それでも、ぽつぽつと都心部でも目撃情報があるので、このところザドウも飲料を売っているところを見るようにしている。

と、そんな日。

アパートから最寄り駅までの途中で、なんとなく曲がったところに昭和の遺物のような古びた店があった。駄菓子屋なのか和菓子屋なのか。古いアパートと汚い民家の間に、挟まれるようにひっそりと。

その脇に、見たことないメーカーの自販機があり、そして、なんとそこにさんざん探した缶飲料があったのだ。

あまりに、不意に見つけてしまったせいで喜びより驚きが多くて、半ばぼんやりとスマホをかざそうとし……舌打ちしてしまう。なんと小銭でないと購入できないようなのだ。

このご時世に!

一応、最低限の現金は持ち歩くようにしているので、ポケットから小さな財布を取り出した。

中には、1026円。

千円札1枚と、10円玉2枚に5円玉1枚に1円玉1枚。

件の飲料は180円。

千円札すら使えないのか、ともう帰宅しようと思うが……しかし、今日はあるけれど明日には売り切れているかもしれない。

ザドウは、入手しそこなったものをぐずぐず後悔するところがある。

それに、たまたま見つけたという風に、何もなかったように早く上げたい。


仕方なく、すぐ横にある古びた店に入った。

どうやら文具や雑貨などを扱っているらしく、ごちゃごちゃした薄暗い棚の奥まったあたりにレジと小柄な老婆がちんまりと存在していた。

奥の壁には近所の小学校の指定の帽子だか、体育の授業で被ったような気がする紅白帽だかが下がっている。

ザドウは低いカウンターに千円札を置くと、老婆がゆっくりと顔を動かして見上げてきた。

目が合っているのかないのか、表情のわかりにくい皴だらけの顔だ。

何も言わない。

言わなくてもわかるだろうに。

客が、札を出したんなら要求はひとつしかないだろう。

勘の悪い老人に思わず怒鳴りそうになるのを、なんとかこらえる。

「なんだい?」

ザドウがどう言うか奥歯をうごめかせているうち、老婆が口を開いた。

「……外の自販機で買いたいんだけど」

「ウチは、両替はしないよ」

これだから、年寄は……!しかし、口論する度胸もない。

レジの隅にあるものを咄嗟に掴むと、カウンターの上に置いた。視界の端に映った〈130円〉だけが根拠だ。

「はい、870円」

皴だらけの手がゆっくりゆっくり数えた小銭を渡してくる。

直に受取りたくなかったので、さっと手を引く。老婆は動じる風もなくカウンターの上に、小銭をまとめて置いた。


130円で買った板ガムと小銭870円をポケットに突っ込んで店を出た。


ザドウは買わざるをえなかったそれの包装紙を破って、中身を取り出した。

やけに黄色い板を口に含んで噛むと、強い酸味が広がった。

100円玉2枚を入れる。

件の飲料のボタンを押すと、ゴトンと鈍い音がして少し遅れて小銭の落ちる音がした。

釣銭を取り出そうと腰をかがめると、小銭の取り出し口にちいさな紙が貼ってあるのが見えた。


〈いたずら禁止

ガムを詰めないで

下さい〉


不意に、暗い店の中での苛立ちがよみがえる。

釣銭の20円を取り出してから、そこに噛んでいたものを詰めた。


件の飲料は、ただただ苦かった。

写真をUPしてから、ひと口飲んでそのまま次に見かけた自販機据え付きのゴミ箱に捨てた。



数日後。

ザドウはふと思い出して自販機を見に行った。

問題の苦い缶は姿を消して、どの店でも売っているような缶だらけになっている。ちょっとした優越感と共に、そういえば……とガムを詰めた釣銭口をのぞいてみた。

見覚えのあるまっ黄色いガムがあり、そして、その奥にきらりと光るものがある。

なんだろう?と、指を入れてみた。

他人のものなら嫌だけれど、9割9分自分のものなら、まぁかまわないし好奇心に負けた。

と、じゃらじゃらと小銭がこぼれ出る。

100円玉と10円玉と、合わせて320円。

……意外に、釣銭を諦めるものなんだな。

少しだけたのしい気持ちになって、小銭をポケットにしまった。

通りすがりに横目で見た古い店の、暗い店内の中に例の老婆がいるのかどうかは見えなかった。


また何日かして、ザドウはあの自販機の前にいた。

相変わらず黄色いガムが詰まっている。

小銭は、50円玉と10円玉で140円。


ある日には、230円。

また別の日には、510円。


今日は、780円。

みな意外に釣銭を気にしないものなんだろうか。

じゃらじゃらとポケットに入れながら、黄色いガムを眺める。

小銭でも、何もせず得られる金銭はありがたいのかもしれないけれど。

それにしても……

「どうせなら、家まで届けてくれればいいのに」

ついつい愚痴っぽく呟く。

すると


「それもそうだね」


と、どこからともなく男とも女とも老人とも若者ともつかぬ声が聞こえた。

え?と周囲を見回すも、辺りには誰もいない。



その次の朝、マグカップの中にそれを見つけた。

100円玉と50円玉で250円。

あの自販機の残された小銭か……?

いまは暑くも寒くもなく、窓も玄関のドアも施錠されている。誰も訪ねて来てはいないし、どことなく気味が悪いようにも思えたが、実害がある訳でもない。

まぁ、いいかとそのまま出かけた。


次の日は、鍋の中に80円。

実家で函館一番味噌ラーメンを食べる時に、小鍋で作ってそのまま食べるのが好きだった。妹には不評で「直に食べないで!」と怒られたものだ。ちょうどいい大きさで気に入っていたので、一人暮らしをする際に持って来てしまった。

汁を飲むのにもちょうどいいのだ。


次の日は、歯ブラシの脇に170円。


別の日は、洗い桶の箸立ての中に30円。


まったく小銭のない日もある。

ある日は、枕の上に160円。

ある日は、フェイスタオルの上に90円。

ある日は、茶碗の中に320円。

なんらかの法則性があるのかもしれないけれど、わかったところで……という気もするので、ザドウは特に考えることを諦めた。



そんな日々を過ごすうち、またSNSで妙なドリンクが話題になった。以前の【耐え難い程に、にがい】飲料の会社がまた問題作をを生みだしたらしい。

そのせいで、870円という今までよりも多めの小銭が歯磨き用のコップに入っていたのかもしれない。

もっと早い時間に気付けば、見に行けたのに……今日はもう風呂にも入ってしまって、外に出るような気分じゃない。

明日の朝にでも見に行こう。

ザドウは、スマホを眺めながら眠りについた。





そして、ザドウはそのまま目覚めることは無かった。




何故かザドウの口の中には、やけに黄色いガムのカスと小銭がいっぱいに詰まっていたという。

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