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赤星のカイル  作者: 三山とんぼ
第二部 カイルの絵画工房
32/32

1. 前夜祭①

迷宮都市、ウェクスノッドの中央橋。

名前の通り、都市のど真ん中にかかる、一番大きな橋だ。石を積み上げて、開口部を曲線状にした、アーチ橋である。

橋の上には今、太鼓の、内臓まで震わせるような重低音が響き渡っている。

その太鼓に合いの手を入れるように、小さな鐘を木製のスティックで叩く硬質な音が鳴る。


時刻は、夕方の【赤の刻】。

今年の氷炎祭の、前夜祭が始まったのだ。


「すごいすごい!」


興奮して、エリスが騒ぐ。それはいいのだが、ついでのようにバシバシと腕を叩いてくるのは止めて欲しいと、カイルは思う。


≪――名もなき火精よ。我が指先に来たれ。発火イグニ


炎術師の呪文スペルが唱えられ、橋の中央に一定間隔に並べられた篝火かがりびが、一斉に燃え上がる。


「うわぁ……」


エリスが、その瞳に真っ赤な炎を映して感嘆のため息を漏らす。


「エリス、随分興奮してるけどさ、こんなの毎年のことじゃないか」

「うるさいわね、カイル。毎年のことでも、綺麗なものは奇麗なのよ! 人の感動に水を差さないで!」


エリスにジロリと睨まれて、カイルは首を竦めた。


「そりゃそうだな。完全にエリスが正しい。まったくカイル、お前は野暮なやつだぜ」


そう、知ったようなことを言って頷いているのはフォルドだ。

ついさっきまで、太鼓の音も篝火も無視して、近くの酒場から漂う酒精アルコールの臭いに気を取られていたくせに調子が良い。カイルはそう思うが、指摘してもどうせフォルドは惚けるに決まっているので、ただ軽く睨むだけにしておいた。


中央橋の欄干の上には、歴代のレンオーツ王国、国王の石像が並んでいる。

その後レンオーツ王国はコンラード王国に吸収されてレンオーツ領となり、遂には廃されてレンオーツ廃領と呼ばれるようになったのだから、心があれば石像たちもさぞ嘆いていることだろう。


その嘆きの石像の間に、黒い鬼面をつけ、黒地に赤の豪華な刺繍が施された衣装を身につけた者たちがどこからか突然、ふわりと舞い降りた。


「おおおおおおおお!!」


見守る観衆が大きくどよめく。

予定調和的な演出なのだが、確かにわかっていても思わず声が出てしまう、派手な登場だ。


仮面の者たちはしばらくの間、顔を伏せたままジッと動かない。

太鼓の音はさらに大きく響いていく。

やがて、その音に歌が重なる。

篝火を囲んで、歌い手の少女たちが、座っている。

まだ年若い歌い手の少女たちは、この日のために選抜され、練習を積んで来たのだ。


「あ、あそこ! ホラ、シアがいる。歌い手に選ばれたって言ってたもんね。いいなぁ、衣装可愛い!」


エリスがまた興奮して、隣にいるヨナの袖を引っ張る。

シアもこの前の誘拐事件では、エリスと共に泥街の孤児たちに拐われた。

そのときはかなりショックを受けていたようだったが、ほんの数日でもう、祭りに出るまで回復しているようだ。

なかなかにタフなことだとカイルは感心した。


「どれどれ? ああ、確かに可愛い衣装だナ。今度貸してもらうといいヨ。きっとエリスにも似合ウ」


そう言ってヨナは、エリスの頭をなでてやる。


「そうね。わたしもきっと似合うと思うけど!」


満更でもなさそうにエリスがヨナに答えた。


「……でも、いいの。あれはお祭りのための衣装だから。歌い手に選ばれた子が一生懸命練習して着るものだもの」

「なにもちょっと着てみるくらい、そんな堅く考える必要はないと思うけどネ。少し貸してもらって、カイルにでも絵に描かせればいいんじゃないカ?」


ヨナにそう勧められて、エリスは「ふむ」と思案する様子を見せてから、もの問いたげにカイルの顔を見上げる。


「なんだよ。別に絵くらい、描いてやってもいいけど?」


気を利かせたつもりでカイルはそう先回りして答えるが、エリスは喜ぶどころか、眉間に皺を寄せた。


「……やっぱりやめとく。だってカイルってば、絵を描くときなんか目がいやらしいもの」

「ああ? 言うにこと欠いて、目が厭らしいとはなんだよ!」


さすがに聞き捨てならないとカイルが喚くが、エリスは動じない。


「だって、絵を描くときって、身体を、色々見るじゃない」

「そりゃ見るよ? 見るさ。見ないと描けないんだから、仕方ないだろ? でも、別に変なところばっかり凝視するわけじゃない。それが厭らしいって言うなら、画家は全員助平じゃないか!」


だが、エリスはそんなカイルを冷めた目で見て言う。


「ホラ、そうやってムキになるところが怪しい」

「クックック。確かに、カイルの目は厭らしいよナ」


面白がってヨナがエリスに同調する。


「なんたって、ワタシのヌードを前に描いたもんネ」

「いや、アレは! レイクとかランドが面白がって描いてみろって言ったんじゃないか。大体、ヨナも描けるもんならやってみろって言ったくせに、今更持ち出すなんて卑怯だ!」


カイルが慌てて弁解するが、エリスはカイルを氷点下の視線で貫く。


「……最低」

「最低だナ」

「てめえ、エリスをそんな目で見てやがるのか!?」


最後に、頭の上にフォルドの拳骨が落ちて来た。


「見てない……」


頭を押さえてうずくまるカイルがそううめくが、声が小さすぎて誰の耳にも届かなかった。

そのカイルに傍に、ヨナがやって来て耳にそっと囁いた。


「そういや、絵で思い出しタ。ウェンのところに行ってくれたらしいナ。あの子、喜んでいタ。ありがとうナ」

「…………うん」


ヨナはニコリと笑い、フォルドに殴られたカイルの頭を軽くなでて、離れて行った。

それだけのことだったが、なんだかいつものヨナとは様子が違っていて、カイルはなんとなく調子が狂ってしまう。


「……フォルドに殴られたのは、ヨナが余計なことを言ったせいじゃないか。礼を言うくらいなら、変なことを言わないで欲しいよ」


小声で愚痴を呟きながら、カイルは立ち上がる。


カイルたちが漫才をしているうちに、少女たちの歌は終盤に差し掛かっていた。

徐々に声量は大きくなっていき、太鼓の音も今や橋自体を震わせるほどに高まっていた。


最後に「ドンッ!」と腹に響く最大音量の太鼓の音と共に、全ての音が消え、一瞬の静寂。まばらに拍手が起こりかけ、すぐに止んだ。

タイミングよく、そこで闇の女神が、【天央てんおう燈篭ランタン】を吹き消し、世界は闇に包まれる。


多くの者がその場でひざまずき、祈りを捧げる。


「――闇の女神よ、その黒き衣で我等を包み、外なる混沌より守りたまえ」


祈りの声が止み、閉じていたまぶたを開く。


少しすると、目が闇に慣れてきて、篝火の明かりの元、ある程度周囲の様子が見えてくる。

空には【天の大陸】の街の明かりが、徐々に灯されていき、やがて大量の小さな光の粒となって輝きだす。

そして、それを待っていたかのように、仮面の者たちが動き出した。


黒い仮面をつけた二〇人ほどが、欄干から飛び降り、橋の上でくるくると身を翻して舞い始める。

足を高く上げ、空中で体を捻って一回転。着地と同時に今度は後ろに宙返り。

体重のない者のように、ヒラリヒラリと跳び上がる。

その度に、布をふんだんに使った豪華な衣装も翻る。


やがてもう一度太鼓の音が響きだした。

仮面の者たちの踊りが、太鼓に合わせてさらに大きく派手なものに変わる。


「わああっ!」


歓声が沸き上がる。

そしてその声に後押しされて、踊り手たちが舞い続ける。


この中央橋だけではない。

南と北の、二つの橋の上でも、それに聖堂前の広場や、行政府の近くの公園でも、ここと同様に篝火が焚かれ、踊り手が舞っているはずだ。

舞うことで、年に一度の氷炎祭の始まりを告げるために。


ヨナのほうを見ると、手足が太鼓の音に合わせて小さく動いている。

リズムに自然と身体が反応しているのだ。今にも踊りだしそうにウズウズしているのがわかる。


ヨナは元々踊るのが好きだ。

たまにカイルやエリスなんかを(無理矢理)外に連れ出して、小さな太鼓を手で叩かせ、そのリズムに乗って踊ることもあるくらいだ。

カイルやエリスにも踊りを教えて一緒に踊らせようとするのだが、二人はとてもヨナのようには上手く踊れない。

あのリズム感は、女蛮族アマゾネスという種族に特有のものなのだろうと、カイルは思っている。


「こりゃあ、酒が必要だな。……おい、カイル。ちょっとその辺の屋台で麦酒エールを買って来い」


のん兵衛べえのフォルドがとうとう我慢できなくなったらしい。

フォルドの指が銀貨を弾く。突然だったので少し慌てたが、カイルはなんとかそれを落とすことなく受け取った。


「あ、ワタシの分も頼むヨ」

「はいはい。……『山羊が踊るの』でいいのか?」

「ああ? なんだそれ、どういう意味だ?」


フォルドが意味不明だと眉をひそめるが、ヨナは澄まして答えた。


「ああ、ワタシは『踊らないヤツ』で頼むヨ」

「だからなんのことだ!? ……なぁ、エリス、お前は知ってるだろ?」

「さあねぇ?」


エリスも意味あり気に微笑むだけだ。

フォルドが喚く声を無視して、カイルはほくそ笑みながらその場を離れる。

とはいっても、あまり遠くまで行く必要はなかった。

祭りの期間は、人が集まる場所ならどこでも、臨時の屋台がたくさん出ている。そしてもちろん、どの屋台にも酒は置いている。

ただし、冷えた麦酒を置いている店となると、さすがにどこでもというわけにはいかないが。


幸いにもそれほど探さなくても冷えた麦酒を売っている屋台をみつけて、カイルは首尾よく手に入れることができた。

ジョッキを二つ抱えてフォルドたちのところに戻る。片方のジョッキには上等なものが、もう片方には安物の酒が注がれている。

わざわざカイルは、二種類の麦酒を注文したのだ。


さっきカイルが言った『山羊が踊るの』という言葉は、安酒を意味する。

これは昔、高級な酒を山羊の皮袋に入れていたことに由来する言葉で、安酒なら殺されずに済む山羊が喜んで踊りだすというわけだ。

以前エリスに教わった言葉で、そのときそこに居合わせたヨナはそれを知っていたので、わざわざ『踊らないヤツ』を注文したという次第。


カイルが三人の元に戻ると、エリスとヨナが並んでいて、そのすぐ後ろにフォルドが立っている。

恐らく、今でもフォルドはその鋭敏な感覚を使って、周囲に警戒の網を張り巡らせているはずだ。


フォルドは例の事件があってからは、ほとんどエリスの傍を離れない。

大事な一人娘が泥街に住む孤児に拐われたのだから、そうなるのも無理はないのだが。


「ホラ、買ってきたよ。麦酒だ」

「よし、寄こせ」


フォルドはカイルからジョッキを受け取ると、そのまま口に運んで喉を鳴らす。


「ぷはー!」


冷えた安物の麦酒エールを美味そうに飲んで、満足の吐息を漏らす。


「おっさん臭いな」

「るっせえ!」


小さく呟いたのだが、しっかり聞こえていたらしい。フォルドはカイルの頭に、拳骨を落とす。


いてえっ」

「おっと危ないナ」


殴られた拍子に取り落としかけたもう一つのジョッキを、ヨナがひょいと取り上げた。

零れそうになった麦酒をすすって、口の周りについた泡を手の甲で拭う。


「ウン、美味イ。やっぱり冷えた麦酒が一番だナ」


そう言ってヨナは満足そうに微笑んだ。

夜とはいえ、迷宮都市はまだまだ暑い時期が続いている。

瞬間的にでも汗を引かせてくれる冷たい麦酒は、心地よく喉を潤してくれる。


「しかもそれ、結構高いヤツだしね」

「そうこなくっちゃナ」


ヨナとカイルはニヤリと笑みを交わし合う。


「カイル、わたしもなにか飲み物が欲しいわ」

「果汁でいいのか?」


さっきまで夢中で踊りを見ていたエリスも、ようやく少し落ち着いたようだ。喉の渇きにやっと気づいたらしく、そうカイルに注文する。


「うん。冷えたやつね」

「よしきた。待ってろ」


今戻って来たばかりだったが、カイルはまたすぐにきびすを返す。

さっきの屋台に戻り、今度は果汁を二つ注文した。


帰りに、ついでに少し別の屋台によって、串焼き肉をいくつか仕入れる。


三人にそれぞれ、戦利品を手渡すと、カイルも自分用の果汁を口に運ぶ。

さらに串焼き肉にもかじりつくと、甘い肉のあぶらが口に広がる。

やたらと旨く感じるのは、祭りの雰囲気のおかげだろう。


エリスがカイルの肘のあたりを指で突いて、口を開ける。

自分にも寄こせと言いたいようだ。


「はいよ」


カイルが食べかけの串焼き肉をエリスの口の中に突っ込むと、エリスは器用に肉をかじり取ってモグモグと咀嚼そしゃくする。


「んまい」


口に肉を詰め込んだまま、満足そうに呟く。普段はこんな食べ方をしないエリスだが、今は祭りだ。むしろ行儀の悪さを楽しんでいるのだろう。


今も太鼓の音は響いていて、仮面の踊り手は舞を止めない。もうかれこれ四半刻ほどにはなるだろう。

その間、ずっと踊り続けていられるなんてすごい体力だと、カイルは思う。常人ならば、ほんの数分激しく身体を動かすだけで、疲れ切って動けなくなるものだ。

もしかすると、彼らは冒険者なのだろうか。星持ちの冒険者ならば、あのくらいは問題なくやれるだろうから。


やがて、踊り手たちの動きが変わる。

それまではみなが単独で踊っていたのが、今は二人ずつ組になって舞っている。

まるで決まった武術の型をなぞるように、二人はゆっくりと突きを放ち、蹴りを打つ。もう片方はそれを受け、躱してから攻守交替。今度はさっきまで攻撃を受けていたほうが攻めに回る。


そうしているうちに、しばらく休憩していた歌い手たちが、次の曲を歌いだす。今度はテンポの速い、勇壮な歌だ。


その曲に合わせるように、踊り手たちの動きが段々と速くなっていく。

さっきまで決まった型をなぞるような予定調和的な動きに見えていたのに、今ではとてもそうは見えない。

本気としか見えない動きで、蹴り、躱し、クルリと回って肘を突き出す。かと思えばそれを両の掌で受けとめ、腕を掴んで投げを打つ。


「す、すごいわね……」


エリスが目を丸くする。


「ねぇ、カイル。カイルなら、あんな風に戦える?」

「いや、無理。アレはきっと星持ちの冒険者だよ」


それにしては背も低いし、体つきも華奢に見えるが。


「あれは冒険者じゃないぜ。ありゃあ、正規の訓練を積んだ者の動きだ」


麦酒を忙しく口に運ぶ合間に、フォルドがそう口にする。


「多分、どっかの騎士団の新米騎士か、騎士学校の生徒ってとこだろう。見た感じ、カイルよりも歳は下のやつもいるな。エリスと同じくらいか……、いや、さすがにエリスよりは上か……?」

「……僕より年下かよ」

「なンダ? カイル、一丁前に傷ついたのカ?」


なんとなく面白くなくて愚痴を溢すカイルを、相変わらずデリカシーというものがないヨナが容赦なく揶揄からかう。


「カイルよりも歳が下で実力が上のやつなんか、この迷宮都市にはいくらでもいるさ。でもあいつらも、それほど先を行ってるわけじゃない。そうだな、【一星ウルム】か、せいぜい【二星カティエ】ってとこか。まだまだ駆け出しの範疇はんちゅうだ。すぐに追いつける、……とは言わんが、アレを見て焦る必要もないぞ」

「別に焦ってはいないけどさ……」


少なくとも、他の冒険者とか騎士と比べて自分が劣っているからと、そんな理由で焦ることはない。

カイルが焦るとしたらそれは、このままではアイラを助けられないのではないか、そう感じたときだ。あの、冷たい石になってしまった妹を。


(そうさ。だから焦ったりしない。嫉妬もしない。ただ、少しだけ、ほんの少しだけ、劣等感を刺激されるだけだ……)


橋の上では仮面の者たちの戦いが、決着を迎えていた。

勢いよく蹴り飛ばされた仮面の踊り手が、欄干を乗り越えてフーセル川へと落ちていく。

慌てて観客たちが下を覗き込む。高く水音が鳴り、踊り手は夜闇を映して黒く染まった川面かわもに消えた。


大丈夫なのかと不安げに顔を見合わせる観客たちの耳に、続けざまにまた水音が響いてくる。

どうやら、川に落ちるところまでが予定された脚本シナリオだったらしい。

戦いに負けた者はみな、川へと落されていった。


そして橋の上に残った者は、また同じように勝った者同士で戦い始める。

仮面の者はその数をどんどん減らしながら戦い続ける。決着がつくたびに負けた方を川へと転落させながら。

ときには、負けを認めた者が自分からヨロヨロと欄干に近づき、ヒョイと乗り越えて自ら落ちていくこともあった。


そうして最後に残ったのは、随分体格の違う二人だった。

両方とも同じ仮面に同じ衣装を身につけているが、見間違えようもないほどに身体の大きさが違う。


片方はフォルドほどではないにしろ、かなり背が高い。そしてもう片方は、小さい。カイルよりも背が低いだろう。

そして、どうやら小さいほうの仮面は少女のようだ。仮面から、長い銀髪が零れ落ちている。


(んん? あの銀髪、どこかで見たような……)


カイルは首を傾げる。だが、どこで見たのか、すぐには思い出せないのだ。

あの仮面がなければ、思い出せそうな気がするのだが。


「ドオンッ!!」


またひと際音高く、太鼓が鳴った。

それを合図に、戦いが始まる。


背の高いほうの仮面が、握り締めた拳を上から撃ちおろす。

それを小さいほうがヒラリと躱した。

だが、躱したはいいが、反撃まではできないようだ。小さいほうの仮面は守勢に回り、また自分に向かって撃ちおろされた拳から逃げる。


それも仕方がないのだろう。

何しろ体格が違い過ぎる。あれでは隙を見て相手の懐深くまで踏み込まなければ、とても相手に攻撃が届かない。

それに大きなほうの仮面も決して動きが鈍いわけではない。


比べれば大きいだけで、鈍重な大男というわけではない。むしろ均整の取れた長身を素早く動かして、続けざまに攻撃を繋げている。

カイルなどでは逃げに徹したとしても、ほんの数手で叩き伏せられてしまうだろう。

つい最近、カイルが泥街で戦ったレーンという名の孤児と比べても、段違いの強さだった。


だがそんな苛烈かれつな攻撃を、銀髪の少女は一度も食らうことがない。

右に左にと、大きく跳びまわりながら全てを躱していた。

そんなことをもう数分の間続けているのだから、恐ろしいほどのスタミナだ。


「ほう……」


面白そうに、フォルドが笑う。


「戦っているうちに段々とノッてくるタイプだな、ありゃあ」


どういう意味かとカイルが首を傾げた。

だが、改めて注意して仮面の者たちの戦いを見ていると、ようやくフォルドの言いたいことがわかる。


小さなほうの仮面が、さっきまで素早く、大きく動いていたのに、いつの間にかどんどん動きが小さくなっている。

大きなステップの動きが小さなステップに。

まるで見切ったとでもいうように、ほとんど相手の突きや蹴りを、掠めるような距離感で捌き始めていた。


「すごいな」


思わずカイルはそう呟いていた。


「でも、なんで躱してばかりでまったく反撃しないんだろう?」

「相手の攻撃が激し過ぎて、反撃できないんじゃないの?」

「……うーん、そうなのかな?」


エリスは当然のようにそう言うが、なんとなくカイルはそうではない気がする。

だが、ではどうしてなのかと訊かれてもその答えはカイルの中にはない。

言葉にならないカイルの違和感に、答えをくれたのはフォルドだった。


「あの銀髪の嬢ちゃんのほうは、生粋きっすいの剣士だな。でかいほうと違って、嬢ちゃんのほうはずっと剣の間合いで戦ってるぜ」


フォルドに言われてもう一度よく見れば、それが正しいのがカイルにもわかる。

実際には剣を持っていないが、少女は常に帯剣している状態を想定して戦っているのだ。


「あ、今斬ったか?」

「うん、斬ったネ」


カイルの疑問にヨナが頷いて答えた。

でかいほうの仮面の攻撃を躱して、丁度剣の間合いに入り込んだ銀髪の少女が、一瞬そこで静止したのだ。

恐らく本来ならばそこで剣を振るい、相手を斬り捨てているのだ。


外から見てもわかるのだから、実際に少女と向き合っている者にもそれは伝わっている。

苛立ったように動きが荒くなり、力任せな攻撃になってしまっているのがその証拠だ。


小柄なほうの仮面はさらに動きが減って、最後にはその場でくるくると回っているような動きに変わる。

それだけで、大柄なほうの仮面の攻撃を完全に避けているのだ。


「なんだあれ……」

「まるで踊っているみたい」


戦いのことなどわからないはずのエリスでさえ、それは特別なものに見えていた。


「キレイ……」


エリスの呟きに、カイルが小さく頷く。

篝火の揺らめく炎に照らされて、舞うように戦う仮面の踊り手。まるで夢の中のような現実感のない光景だった。


(絵に、描いてみたいな……)


カイルにとって、誰かが戦う姿を見て、そんなことを思ったのは初めてだった。


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