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赤星のカイル  作者: 三山とんぼ
第二部 カイルの絵画工房
31/32

プロローグ

妖精の家(クヌプル)と呼ばれる植物がある。

多少花の色に個体差があって、青から白の小さな丸い花を咲かせる草だ。特に珍しいものではない。夏になればどこにでも咲いているようなものだ。だから大層な名前の割に雑草扱いされることも多い。

街中であっても、小さな空き地があれば、他の雑草と共にいつの間にか茂っているような、繁殖力の強い植物だ。

ただ、この花は他の雑草にはない特徴が二つある。ひとつは成長が速いこと。ほんの二日足らずで大人の膝ほどの高さにまで成長し、花をつける。そしてもうひとつは、夜になると昼に蓄えた光を放出し、淡く発光することだ。暗闇の中で青白く光る様子が名前の由来にもなっている。

まるで、小さな妖精が花の中にいるようだと。


この二つの特徴のおかげで、空き地の雑草を刈り込んでおけば、数日後には成長の早い妖精の家だけが緑の芝生の上に茎を伸ばし、花をつけることになる。

すると夜には、他の草に邪魔されずにこの花だけがよく見える。まるで空中に、丸く光が浮かび上がっているように。

それがなかなか美しい眺めなので、迷宮都市では氷炎祭の数日前には、フーセル川の土手の芝生を短く刈り込んでおくのが恒例となっている。

丁度祭りの夜に妖精の家(クヌプル)の光を鑑賞できるようにするためだ。

そのため、手伝いに駆り出された子供たちが、小さな鎌を手に川原にしゃがみ込んで汗を流すことになる。


もちろん、祭りの準備に忙しいのは子供たちだけではない。

大人たちも、年に一度の楽しみを可能な限り盛り上げようと、様々な準備に余念がない。


「おうい、この魔石灯ランプはエスティア街道に持って行けばいいんだよな!?」

「違う違う! そいつは中央橋のやつだ。エスティア街道の分はこっちだ!」


普段はそれぞれが別の仕事についてる者たちも、この時期ばかりは祭りの準備が優先だ。

都市は男たちの喧噪けんそうに包まれている。


ポラリスノア歴一一七二年、後夏節こうかせつのはじめ。

未だ迷宮都市は、炎の精霊の勢力が他の精霊たちを圧倒している。

東に見えるイシュマル山は、その頂上まで緑の樹木に覆われて、どこかモコモコとユーモラスな姿を見せている。

これが冬になれば、雪と枯れ木で白や灰色に染まり、温かみが消えて峻厳な姿に変わるのだが。


氷炎祭を明日に控えた迷宮都市は、誰もがその準備に追われて大わらわだ。


だが、そんな迷宮都市の喧騒も、東岸地区イーストサイドの南側に位置する泥街スラムではほとんど関係ない。

ここでは祭りだからといってなにか準備をするようなことはない。

大体、ただでさえ片付けられないゴミや、綽名あだなの根拠となった泥があちこちに吹きだまっているのだ。

今更街を飾り立てようなどという意欲が湧かないのは当然のことだろう。

そんな気があるのなら、その前にやるべきことがいくらでもあるのだから。


その泥街の一画にある、『教会』と呼ばれる建物の中では、つい最近また大きく数を減らした孤児たちが、額を突き合わせてなにか深刻そうに相談をしていた。


「――どうする?」

「どうするっていっても……」


最初にそう訊いたのは、黒い袖なしのシャツに同じく黒い短いズボンを履いた、黒猫の獣人で、戸惑った様子でそれに答えたのは、孤児たちの中では一番年上に見える、茜色あかねいろの髪をした少女だ。

鼻の上に散らばったそばかすが、少女の表情に愛嬌を添えている。


「やれと言われた以上、従うしかないわよね? だって【盗賊ギルド】からの指示でしょう?」

「それは、……まぁそうだよな」


黒猫の獣人――中性的な顔立ちの、サラという名の少女だ――は、不満がありありとわかる様子で、しかし遺憾ながら反対もできないといったふうに、渋々頷く。


「しかし、どうやってアイツにウンと言わせるんだ? 賭けてもいいが、絶対素直にやるとは言わないぜ」

「そうなのよね……」


面倒なことになったとばかりに、茜色の髪の少女――こちらの名前はリサという――は頭を抱えた。


数日前、同じこの建物をねぐらにしていた孤児たちのグループが、泥街の外から子供をさらって金を要求するという、愚行をしでかした。そのせいで起きた面倒が、なんとか片付いたばかりだ。

いや、一応は片付いたことにはなっているのだが、まったく禍根が残らなかったわけではない。

今回の【盗賊ギルド】からの指示は、その禍根をきれいさっぱり片付けろということだろう。それはわかるのだ。理解できないわけではない。だがとにかく、ただただ面倒なのだ。


「……もうあいつらとは、あれっきりで関わることはないと思ってたんだがなぁ」


サラがぼやく。


「わたしだってそうよ。それにむこうだって、きっと同じよ。いえ、きっとあっちのほうがわたしたちよりもよほどそう思ってる。だって、前回の事件で迷惑をかけたのはこっちのほうだもの」


正確に言えば、迷惑をかけたのは、レーンたちであって、リサやサラのグループとは別の孤児たちだ。

だが、同じ建物で生活していたのは間違いないし、どちらも孤児という点で、外の人間からは一緒くたに見られてしまうのだ。


そのレーンたちは、【盗賊ギルド】によって制裁を受けて、連れ去られた。

彼らがどこに連れて行かれたのか、リサは知らないし、正直知りたいとも思わない。その後の彼らの運命についても同様だ。どうせ碌な目に遭っていないのは間違いないのだ。それ以上なにを知りたいというのだろうか?


一度はリサやサラたちも、彼らと同様に【盗賊ギルド】の本拠地に無理矢理連れて行かれ、そこで今回の件について必死に弁解しなければならなかった。

最終的には一応、リサたちは今回の件に責任はないと解放されたのだが、それまでは生きた心地がしなかったのだ。

事実、かなり危険な状況だったと、リサは思う。もしなにか、ほんの僅かの不運があれば、それだけでリサたちの命運が尽きていても不思議ではなかった。そうリサは確信している。

例えそれが、リサたちから事情を聴取した【盗賊ギルド】の担当者が、たまたま虫の居所が悪かった、という程度のことであっても、だ。


「……ここでいつまでもこうして愚痴を言っていても仕方ないわね。――サンディ?」

「うん? なに?」


ベッドの上で寝転んでいた、一番年少の少女が、――ものぐさにも――仰向けに寝たまま、顎を逸らせて上下さかさまの顔を見せる。

頬や髪には灰色の砂がこびりついているが、それを綺麗に落としてやれば、その下からは非常に整った容姿の少女が現れるはずだ。

それもそのはず。少女は美しい外見と尖った長い耳が特徴の、森妖精族エルフなのだ。


「あなたが一番、例の冒険者とは縁が深いのよ? できればあなたが主体で交渉して欲しいんだけど」

「別に構わないけど、でも、どうかな? 今回は交渉といっても、取引になるんでしょう? なにか頼みごとをするなら、付き合いの深さが重要だろうけど、今回は多分、誰が話しても同じだと思うよ。取引ということならきっと、ドライに損得で判断されるだろうから」

「あー、確かにあいつ、そんな感じだよなぁ」


なにか嫌なことでも思い出したのか、サラが眉をひそめる。


「そっか。なら、今回の交渉が上手くいくかどうかは、サンディじゃなくてサラ次第ってことね」


リサがそう言って視線をサラに向けると、サラの眉間の皺が余計に深くなる。


「あー、気が進まねぇ。マジで憂鬱ゆううつだぜ」


サラが短い黒髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。

ただでさえ癖の強い黒髪が、乱暴に掻き回されてあっちこっちに飛び跳ねる。


「気が進まないのはわたしだって同じ。でも、こうなったらもう、これを良いほうに向かうきっかけにするしかないでしょう? 何度も言うけど、断るという選択肢はないんだから」

「……リサの言う通りなんだけどよ。……それで、アレの候補者は決まったのか? ちなみにアタシは無理だぜ?」

「サラにそっちは期待してないわよ。サラは本業のほうで頑張ってもらわなきゃならないんだから。一応、候補者はまずわたし。あとはマウとトイかしらね」

「ふうん。マウはまだ大丈夫かもしれないけど、トイねぇ。真面目にやれるのか?」

「わたしも不安がないわけじゃないけど。でも、能力で選べばどうしてもそうなるのよ。誰でもいいってわけじゃないんだから」


そこでリサは、チラリとサンディに視線を向ける。


「サンディがやると言ってくれたら、わたしとしては安心だったんだけど」

「もう。またその話? リサもちょっとしつこいよ。わたしはそっちじゃなくて、食料調達のほうで貢献するってことで納得したはずじゃない!」


サンディに睨まれて、リサは「はいはい。そうだったわね」と両手を挙げて降参した。


「……やっぱり、アタシにゃあ失敗する未来しか見えないぞ。不安要素が多すぎる。というより、不安要素しかないぜ」

「止めてよ。ただでさえ気持ちが後ろ向きになりそうなのを、なんとか努力して前向きになろうとしてるんだから」

「ふん」


サラは面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「結局のところ、これもレーンのやつの後始末じゃないか。つまり、そのレーンをここに連れて来たウェッジのせいだとも言える。とすると、自分の後始末をこっちにやらせるって話じゃないか。クソ面白くもない」

「確かにそうね。でも、サラだってわかってるでしょ? そういうたぐいの文句を言うには、わたしたちは【盗賊ギルド】に世話になりすぎてるって」

「……」

「借りが溜まりすぎているわ。こんなことで借りを少しでも返せるならむしろ有り難いくらい」


そもそも、この場所を生活の場として使えるのも、【盗賊ギルド】という後ろ盾があってのことなのだ。

さもなければ、すぐに他の泥街の住人によって、リサたち孤児は追い出されてしまうだろう。


普段はあまり細かく世話を焼いてくれるわけではないが、例えば孤児の誰かが病気にでもなれば泥街の闇医者を派遣してくれたりもする。

ときには仕事を回してくれることもあって、リサたちはほぼ全員が一度は【盗賊ギルド】の本部ホームの建物に入って、中でちょっとした作業――掃除とか、倉庫の整理といった雑用だ――をやったことがある。

特にその回数が多いのはサラと、そしてレーンだった。

二人は【盗賊ギルド】から名指しで呼びつけられ、ちょっとした仕事を与えられることが何度もあった。恐らくは、使()()()()()()試されていたのだろうと、リサは思っている。


そして仕事が終わり、手間賃を貰う際にははっきりと、「これは貸しだ。いつか必ず返してもらう」というように、念を押されるのだ。


リサたちの仲間は、男よりもずっと女が多い。いつか【盗賊ギルド】から、経営する娼館で遊女として働けと命じられるのではないかと、戦々恐々としているのだ。

それに比べれば、今回の命令などたいしたことではない。


「前向きに考えましょ。上手くいけば、お金を稼ぐ手段ができるかもしれない。わたしたちだって、いつまでも誰かに食糧をねだっているわけにもいかないんだから」


今は幼い者たちも、その内に成長する。そして身体が大きくなれば、リサたちの主要な食料を得る手段である、「おねだり」が段々上手くいかなくなることを、リサは知っていた。

他に生活の糧を得る手段をみつける必要があるのだ。


そして【盗賊ギルド】も、できればリサたちに、自分たちの力で稼ぐ手段をみつけて欲しいと考えているようだ。


(サラとかサンディなら冒険者という道があるけど、他の子たちは、――わたしも含めて――それこそ娼婦にくらいしかなれそうもないものね)


そしてそんな人間は、リサたち以外にも泥街にはそれこそ掃いて捨てるほどいるのだ。

【盗賊ギルド】も、仲間として欲しいのは使える人間だけだ。足手まといにしかならない者を一から教育するなんて面倒なことはしたがらない。


「チャンスだと思って、なんとかやってみましょ。難しいけど、上手くいけば問題のほとんどが解決するんだから」

「……ま、やってみるか」


結論づけるようにリサがそう言うと、サラも、渋々ながら頷いた。


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