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赤星のカイル  作者: 三山とんぼ
第一部 地図の要らない世界
26/32

25. 泥街小戦争②

その少年は、見た感じ、あまり他の少年と違いはないように思えた。体格も装備も。

肘や胸のあたりに粗末な防具のようなものを着けてはいるが、そのどれもが古びて薄汚れている。そのせいで、全体の印象はやはり孤児の少年以上のものではない。

右手に持っているのは、他の孤児たちが持っている物よりも少しだけ大振りなナイフだ。


カイルの目にはその少年が、典型的な【穴掘り冒険者】に映っていた。


孤児冒険者とか、【穴掘り冒険者】、あるいは単に【穴掘り(ディガー)】と呼ばれる者たち。


彼らがなぜ【穴掘り】などと蔑まれるのかといえば、彼らが魔物と戦わないからだ。

基本的に孤児冒険者は日々の生活にカツカツで、魔物と戦うことなど考えてもいない。装備も貧弱で戦闘には向かない。


ではなんのために孤児たちは迷宮に潜るのか。それは僅かな金を手に入れるためだ。

迷宮には瘴気が満ちている。瘴気は魔力が淀んで濁ったものだとされる。つまり、魔力と瘴気は似たものだ。

そして魔力が多い場所には魔石ができる。迷宮の岩壁の中には、魔物の体内にある魔石ほど大きくもなければ純度も低いが、それでも小さな魔石が生まれる。屑魔石と言われる価値の低い魔石だ。

孤児冒険者はそれを掘り出して手に入れる。屑などと呼ばれる小さな魔石とはいえ、魔石は魔石だ。多少の金にはなる。


迷宮を攻略するという大義に興味がなく、魔物を倒すことで多少の貢献をすることすら考えない。冒険者の面汚し。それが【穴掘り(ディガー)】だ。


今目の前にいる少年も、そういった典型的な【穴掘り冒険者】のように見える。

だが、リサの話が確かなら、この少年は既にカイルよりも冒険者として先に進んでいるのだ。

油断ができるような相手ではないはずだった。


「リサ、どういうことだ? 俺はお前に、そこの金づるを見張ってろって言ったはずだよな?」


現れた少年は、まずはリサのほうに視線を向けて、目を細める。


「はっ、アンタの指示に、なんでわたしが従わなきゃならないのよ。ふざけないで!」


よほど腹に据えかねていたと見えて、リサが憎々し気にレーンをののしる。


「アンタがどうなろうと勝手だけど、わたしはアンタたちと一緒に心中する気なんかないわ! 自滅したければ一人で勝手にすればいいのよ!」

「……ああ、そうかよ。つまりお前らは俺たちの敵に回るってことでいいんだな? 今更許してくれと泣きついても遅いぞ」


そう言ってリサを脅してから、レーンという少年はカイルのほうに視線を移す。


「で、お前は誰だ? ガキどもの仲間か? しかもどうやら、身代金を持ってきたってわけでもなさそうだな?」


さらに倒れ込んだまま動かない、仲間たちに目を向けて言葉を続ける。


「随分好き勝手やってくれたようだが、お前、冒険者か?」

「……」


問いかけには答えずに、カイルは黙ってレーンを観察していた。

随分口数の多い男のようだが、おしゃべりに付き合う気はカイルにはない。


(武器はナイフだけしか持っていないようだ。となれば、リーチの差で、ある程度有利を取れるか?)


だが、相手はリサの話では【一星ウルム】だと言う。

ならば基本的な身体能力は、力もスピードも相手のほうがずっと上だろう。

懐に潜り込まれないように、木刀の『長さ』を生かして距離を取った戦いにするのが定石だが、やれるかどうか……

なんにしろ、厳しい戦いになりそうだ……


「チッ、だんまりかよ、つまらねえ」


興を削がれたように吐き捨てると、レーンは側にいる仲間に「お前らは近づくな。こいつは俺がやる」と声をかける。


そして、無造作にカイルに近づいてくる。

カイルは迷宮で小鬼と戦ったときのことを思い出す。


(あのときと同じように……!)


剣を上段に振り上げて待つ。

そしてレーンが間合いに入った瞬間、真っ直ぐに振り下ろした。


だがレーンは、小鬼とは比べ物にならないほど速い。

カイルの木剣を躱しながら、斜めに踏み込んでくる。それと同時に、手にしたナイフが突き出される。


(こいつ、やっぱり戦い慣れてる!)


突き放した戦いにするはずだったのに、たったの一手であっさりとナイフの間合いに入り込まれた。

カイルは慌てて飛び退すさるが、ナイフによって傷つけられた肩から赤い血が飛び散った。

痛みを無視してもう一度カイルは木剣を横薙ぎに振るうが、苦し紛れに下がりながら振った剣では牽制にもならない。


どう躱されたのかもカイルにはわからなかったが、振った木剣に手ごたえはなく、いつの間にかまたナイフの間合いに入り込まれている。


「ぐっ!」


また一撃。今度は脇腹のあたりを斬りつけられた。

ナイフで傷つけられても、一撃で致命傷になるようなことはないが、それでも徐々に行動不能に近づいているのは間違いなかった。

痛みと、流れる血と、削られる体力で、どんどんカイルの動きは鈍くなっていく。



   ◇◆◇



明らかに相手のほうが実力は上だった。普通にやればカイルの敵う相手ではない。

元々カイルは【星無し】で、相手は星持ちなのだから当たり前なのだが。

星の数がひとつ増えるだけで、身体能力がまったく違うものに変わるのだ。


冒険者の強さは、持っている星の数によって決まる。

それが常識というものだ。

星の数で全てが決まるわけではない、なんて言う冒険者もいるが、そんなものは詭弁だと、カイルは思う。

一〇回中九回は星の数で優るほうが勝つのなら、やはり強さは星の数で決まるのだ。

たった一度の例外を大袈裟に吹聴ふいちょうしても、残り九回の結果がくつがえるわけではない。


ならば、どうするか……?

相手のほうが強いからと言って、素直に負けを認める気はカイルにはない。

取りあえずカイルは、勝つことよりも負けないことを優先することにした。


具体的には攻めることを諦めて、守ることに専念した。

この時点でカイルは、自力で勝つ道を捨てた。

この判断の速さは賞賛されていいものだ。

時間を稼げば、マットから話を聞いたフォルドやレイクたちが駆けつけてくれるかもしれない。

少しでも長く粘ることができれば、状況が変化する可能性は十分高いのだ。

ならば、一割の幸運を当てにして無理をするよりも、負けないことをカイルは選んだ。もちろんそれだって、簡単ではないのだが……


レーンの振るうナイフを、カイルはただ躱すことに集中する。


(切っ先がたどるライン自体を避けるんだ。突きを下がって躱すな。相手が横にナイフを振るのなら、逃げる方向は横じゃない。下だ!)


フォルドの教えを思い出しながら、カイルは自分に言い聞かせる。


訓練でカイルが数分の間、ずっとフォルドの剣を躱し続けたことがある。

あまりにカイルがヒラヒラと避け続けるのでフォルドも面白がって、色々な攻めを、――もちろん手加減はしていたが――カイルに試したのだ。


様々な角度から迫るフォルドの木剣から、カイルは恐怖で引きつった表情を浮かべながら、延々と逃げ続けた。

何度死ぬと思ったかわからない。あれはカイルにとっても二度とご免な、臨死体験の連続だった。

だがそれでも、カイルは体力が尽きるまでなんとか逃げ切ったのだ。

その間、カイルはまったく攻撃をしなかった。いや、正確に言えばできなかった。

攻撃のための動きを入れると、躱すための動きが阻害されるのだ。まだ冒険者として未熟なカイルが、敵から上手く逃げるためには、完全に攻撃を捨てる必要があった。


(フォルドからも、それだけに集中したときは上手く躱すと言われたんだ。やれるはずだ!)


突き出されたナイフを身体を回転させて横に躱す。


「ひょうんっ!」


横殴りの斬撃は、しゃがんで避けた。


「ふわうっ!」


連続して迫るナイフを、躱し、弾き、逸らし、避けた。


「ほぅあっとったっ……ひゃっ!!」


夢中だった。視界は狭まり、極限の集中で息が詰まる。

変な声が無意識の内に喉から洩れていたが、それも自分では気づいていない。


サンディがエリスの脇腹を、指先でちょいちょいとつついた。


「……ねぇ、あのカイルのかけ声ってなに?」

「…………訊かないで」

「あれって口に出す必要があるの?」

「訊かないでってば!」


サンディに微妙な表情で訊かれて、エリスは返答に詰まる。

羞恥で顔が熱を持つ。


(ったくぅ! カイルはなんでもう少しスマートにやれないのかしら!?)


エリスは不満だったが、実際のところ、カイルは健闘していた。


ここまでカイルが避け続けられたのは、いくつか理由がある。

ひとつには、レーンが戦闘に慣れているとはいえ、戦い方は我流で、誰かに教わってはいなかったこと。

それに対してカイルは、フォルドやランド相手にそれなりに対人での剣の訓練を積んでいる。

これが有利に働いた。


さらに、レーンが手にしている武器がナイフでしかないこと。

あまりにリーチの短いナイフという武器では、そうそう致命傷になるような傷は受けない。


だが一番大きいのは、レーンが本気になっていないことだ。

カイルを甚振って遊んでいるかのように、レーンは少しずつ、カイルを傷つけていた。

しかしそんな理由があったとしても、確かに星持ちを相手に、カイルは善戦したといえるだろう。


――そのとき、ひたすら避け続けるカイルに、奇妙な声が聞こえて来た。


≪――五つの錠と四つの鍵≫

「?」


眉をひそめてレーンを見ると、薄笑いを浮かべながらなにかを呟いていた。

戦いの最中さなかに笑みを浮かべるレーンを目にして、カイルの頭に血が昇りかける。

あのときの、あの【笑う魔物】が、脳裏に焼き付いたあの仇敵きゅうてきが、頭の中にフラッシュバックし始める。


麦酒エールの臭いと揺れる床。トート、ラッタ、ペルロット≫


なにかの歌のようだった。酷薄な表情と淡々とした口調がまったく噛み合っていない。

まるで、どこか懐かしい、しかし聞いたことのない童歌わらべうたのような……


「これは、……呪文スペルか!? たかが【一星】のくせに魔法スキル持ちかよっ」


星に()()()()、魔法スキルを手に入れる確率は決して高くない。

大抵の場合はランクアップしても、ただ身体能力が上がるだけで終わるのだ。

それなのに、どうやら目の前の少年は、最初から幸運を引き当てたらしい。


それまで『逃げ』に徹していたカイルが、舌打ちしたい気分で慌てて攻めに転じる。

目の前の相手が呪文を唱えようとしているのを、黙って見ているバカはいない。


だが、さっきまで逃げ一辺倒だったカイルが急に攻めようとしても、気持ちがついてこない。

結果中途半端に踏み込みの甘い斬撃にしかならず、レーンは呪文を唱えながらも簡単にそれを右手のナイフで受け流す。


≪魔石の明かりに映る影。宝を盗む賊の気配かげ


(まずい!)


このままでは魔法が完成してしまう。

焦ったカイルが、破れかぶれに剣を上段から振り下ろす。

だが突然、レーンが今までとは違う動きをした。

カイルの斬撃を後ろに下がって躱しつつ、右手でナイフを突き出しながら、左手を上に伸ばしていたのだ。

だが流石に下がりながら突きを打つのは無理がある。

半端な態勢から突き出されたナイフを、カイルは避けながらさらに踏み込む。


だが、そこで。


≪――盗賊の宝箱ケレン・ネッド・エンディバン


その声と共に、スキルが発動する。レーンが上に差し出していた左手の元に()()()が虚空から現れる。

それをレーンは握り締め、振り下ろした。

意表を突かれたカイルは一瞬動きを止めていた。


「なっ……!?」


虚空から現れた()()()は、長剣ロングソードだった。どこからともなく現れた、鋭い刃を持った武器。鋼の凶器。

それがカイルの胸を大きく切り裂いていた。


「な、なにが、起こった……?」


わけもわからないまま斬られたカイルは、地面に尻もちをついた姿勢で呆然と呟く。

口から血が泡となって零れた。

そんなカイルに、レーンが近づく。口元に嘲笑が浮かんでいた。


「さあな? なんだろうなぁ」


重傷を負って立ち上がれないカイルを嗜虐的しぎゃくてきな目で見ると、止めを刺そうと長剣を振りかぶる。

カイルの脳裏に、そのレーンの表情が焼き付いた。


――笑っていた。

――楽しそうに。

――人を殺すのが愉快でたまらないかのように。

――あのときの、あの魔物のように……!


今まさに、自分を殺そうとしている者の顔だった。


「ダメッ」


そこに、サンディの悲鳴のような叫び声が響き、同時に地面が動き出す。

カイルの周りの大地が震え、浮き上がり、カイルを包むように起き上がる。


そしてレーンの長剣が、その砂の壁に跳ね返された。



   ◇◆◇



「ハァハァハァ……」


自分の息づかいだけが、狭い空間に響いていた。

カイルは暗闇の中で、ただ呆然としていた。

すぐには、今の自分が置かれた状況がわからない。

なぜこうなったのか。


「くそっ、い、いてぇ……」


斬られた胸がジクジクと鈍く痛む。

胸を触ると、手がぬめぬめとした液体で濡れる。

倒れた拍子に舌でも噛んだのか、口の中は鉄の味が広がっている。


「……ぇら、…………してぇ……がぁ……」


外から、くぐもった誰かの声が聞こえてくる。

レーンの声のように思えたが、ほとんど聞き取れない。


エリスのときと同じように、カイルもサンディに助けられたようだ。


「また借りが増えちゃったな。サンディには本当に感謝しないと……」


スキル化していない魔法でありながら、ここまで有用なものもそうはないだろう。

咄嗟に使って、あの発動スピード。一瞬で防御壁を立ち上げ、今まさに振り下ろそうとしている剣に間に合うとは。


カイルを包む砂の壁に触れると、パラパラと砂の欠片が剥がれてくる。

それほど丈夫な物には思えないが、でもこれがカイルの命を救ってくれたのだ。


「……まだ助かったと決まったわけではないけど」


自嘲気味にカイルが呟く。

完敗だった。完全にカイルは負けた。あのレーンという名の孤児冒険者の男に。

レーンは本気を出してもいなかった。

カイルをゆっくりと甚振いたぶっていたのだ。本気を出せばそれだけでカイルを斬り捨てられただろうに。

まるで自分のお気に入りの玩具を見せびらかすかのように、レーンは魔法スキルを使って見せた。その必要もないのに。


恐らくあれは、どこか他の場所から、()()()()()()()()()()()()()スキルなのだろう。

突然どこからか現れた長剣で、カイルは斬られたのだ。


結局、最初から最後まで、カイルは遊ばれたのだ。

そして、サンディの助けがなければ、間違いなくカイルは死んでいた。

冒険者同士の戦いに負けたのだ。普通ならば、カイルはすでに死んでいるはずだ。冒険者の戦いとは常に命懸けのものなのだから。


――そう。

命懸けなのだ。冒険者が戦うときは。負けは即ち死を意味する。それが冒険者なのだ。それなのに――


冒険者同士の戦いになっても、まだ相手を殺そうとまではカイルは考えていなかった。

孤児の少年たちを相手にしていたときはそれで良かった。彼らも別にカイルを殺すつもりはなかっただろう。だが、レーンは違った。

あの孤児冒険者の少年は、明確にカイルを殺しに来ていた。

冒険者の流儀で言うなら、カイルよりもレーンが正しいのかもしれない。

だがカイルは、孤児たちとの戦いの、延長のようなつもりでレーンとも戦ってしまっていた。


――つまり、カイルが甘かったのだ。


あのレーンという男のほうが、カイルよりもよほど冒険者らしかった。

完全にカイルを殺そうとしていた。甘さがなかった。


『死』に触れた感触に、カイルはぶるりと身体を震わせる。

生来の臆病な性格が顔を出しそうになる。

頭には血が昇っているのに、奇妙に身体は冷たい。熱が失われている。


カイルは必ず妹を助けなければならないのに。まさかここで終わってしまうのだろうか?


「そんなのはご免だ……!」


でも、実際問題、今のカイルにできることはなにもない。

せいぜい、傷がこれ以上開かないように、おとなしくしているしかなかった。


悔しさで、カイルは歯ぎしりする。

またしても、覚悟が足りなかった。どこまで自分は考えが甘いのかと。

カイルは決めた。次はこうはいかない、と。

もう一度機会があるならば、次は必ずあのレーンという男を殺すと、今決めた。

二度と油断はしない。そして、自分を殺そうとした相手を、絶対に許しはしないと。


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― 新着の感想 ―
>恐らくあれは、どこか他の場所から、欲しい物を手元に引き寄せるスキルなのだろう。 んそこまで破格のスキルがあるとは思わないので あくまでアイテムボックスみたいなスキルに一票
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