23. 泥街の孤児たち③
一通りエリスから今回の顛末を聞き取ったリサの感想はというと、「頭痛い……」というものだった。
レーンの仲間がお供え物を盗んで逃げたというのは、理解できる。
理解できるし、特にそれについてはなんとも思わない。
どうせ腐らせるくらいなら、こっちにくれたっていいだろうと、考えてしまう。それもごく自然に。当然のこととして。
だからエリスたちが泥棒を捕まえようと後を追ったというのは、どうかと思ってしまう。
そんな必要はどこにもないだろうに、なぜそんな余計な真似をしたがるのかと、文句を言いたくなる。その程度のことは見逃したっていいだろうと。
しかしそれ以上に――
問題はレーンたちだ。
追いかけられて腹が立ったとしても、だからといって拐って来て金を要求して良いということにはならない。
そんなバカな真似をすれば、手酷いしっぺ返しを食らうに決まっている。
そのくらいのことすらわからないバカだったとは……
だがこのとき、リサの頭の中に、天啓のように閃くものがあった。
この降って湧いた災難を、転じて幸運と変える方法があるのではないか、と。
近頃のレーンたちはかなり高圧的に振舞うようになってきた。
段々リサたちを下に見て、バカにするような言動も目立つ。
このままでは、いつか決定的な対立が起こるのは、時間の問題に思えた。
そうじゃなくても、またいつ今回のように、彼らの起こす愚行によってこちらの身まで危うくなるかわからない。
――ならばいっそ、今回のことを奇貨として、レーンたちを排除することを考えるべきではないだろうか?
「……リスクはあるけれど、やれないことはない、かな?」
リサの頭の中で冷徹な計算が、高速で動き出す。
そして計算結果は、『実行可能』と出た。
「……ザック。あなた、【盗賊ギルド】に走って。このことを伝えて、事態の収拾を頼むの」
リサが一人の少年に向かって命じる。
「お、俺がかよ」
できれば【盗賊ギルド】なんかに近づきたくない。そんな気持ちが表れた渋面で、ザックと呼ばれた少年が答える。
「仕方ないじゃない。サラがいればサラに頼むけど、今あの子は迷宮に行ってていないんだもの」
「くそっ、しゃーねぇな。でも、いいのかよ。これ以上【盗賊ギルド】に借りを増やしたらさ……」
「わかってる。わかってるけど、これは仕方ないわ。わたしたちじゃどうにもできない。それともあなたが、怒り狂って娘を取り返しに来た凄腕の冒険者に上手く対処してくれるの?」
ザックと呼ばれた少年が冗談じゃないとばかりに、首と、突き出した両手を同時に横に振る。
「……わかった。行ってくる」
そう言うと、すぐに走って部屋を出ていく。なかなかに素早い動きだった。すばしっこいという表現がピッタリな感じだ。
「それで、事情は話したわけだけど、どうするの? もしかして、わたしたちを逃がしてくれたりする?」
「そうね。そうしたいところだけど……」
たいして期待せずに訊いたエリスに、リサは曖昧に答える。
恐らくひとつしかない階段の途中には、レーンが金づると呼ぶ二人の少女を逃がさないために、彼らの仲間が見張っているだろう。
だがそれでも、逃がそうと思えば、やりようはある。もちろん、みつかる危険もあるが……
レーンたちに誘拐されて来た、気の毒な二人の少女を家に帰してやりたい。もちろんそう思う。そのくらいの良心はある。
いくら生活が厳しいからといって、良心の全てが摩滅してはいないのだ。……今はまだ。
だが一方で、逃がすのと逃がさないのとで、自分にとってどちらが都合が良いかという、打算もまた心の中の大きな部分を占めている。
その二つの狭間で、リサは頭を悩ませる。
(どちらにも、メリットとデメリットがあるのよね)
逃がすことのメリットは、まずこれ以上状況を拗らせずに済むということ。それと、エリスに貸しを作ることで、レーンたちの巻き添えにならずに済む……かもしれないこと。
一方デメリットは、逃がしてやると間違いなくレーンたちの恨みを買うこと。それでも成功すればまだ良いが、逃がそうとして失敗したときは目も当てられない。
そして逃がさない場合のメリットとデメリットはその逆だ。
つまり、メリットとしてはレーンたちの恨みを買わずに済む。
だがレーンたちに加担したことのデメリットとして、エリスの父だという冒険者、【百目】からの報復に巻き込まれるのは確実だろう。
(そして、【盗賊ギルド】がこの件をどう片付けようとするか……)
【盗賊ギルド】は自分の縄張りの中で、余計な(つまり、割に合わない)面倒が起こることを嫌う。
そして凄腕の冒険者の身内を拐ってくるのは、とびきりの面倒事だ。
誘拐事件などを起こしたレーンたちになんらかの罰を下すことは十分に期待できる。そうなればリサの思惑通りの展開だ。
それを狙って、リサは【盗賊ギルド】に報告を入れることにしたのだ。
だが、怒り狂った【百目】から、自分たちを守ってくれると考えるのは楽観的過ぎる。むしろ、面倒を避けるためには自分たちなど簡単に見捨てられそうだ。
(となれば、もっとも避けるべきなのは、【百目】の怒りを買うこと、か…………でも、【百目】がレーンたちとわたしたちを区別してくれるかどうか……)
そこには確信などない。だが、レーンに加担すれば確実にまずいことになるのだ。
ならばやはり、リサにできることは拐われて来た二人に協力し、せっせと恩を売ること、ぐらいしかなさそうだ。
リサが一応の結論を出した丁度そのとき、「バタンッ」と勢いよく扉が開く音がした。
「あ、ここにいた!」
部屋の入り口のところから、大きな声が聞こえてくる。
思わず驚いて背筋を震わせたリサが、視線をそちらに向けてみると、そこにはよく見知った少女の姿がある。
「……なによ、サンディじゃない。驚かさないでよ、まったく!」
サンディと呼ばれた金灰色の髪の少女は、リサの文句を聞き流しつつ部屋の中に入って来ると、手に持っていた袋を仲間に手渡す。
受け取った者は嬉しそうに中から食糧を取り出す。
「さすがサンディ! 今日も大漁だな!」
「ふふん。まっかせてよ!」
サンディは褒められて満更でもなさそうに、鼻の下を擦る。
「……って、今はそれどころじゃないんだった」
サンディはトコトコと歩いて来ると、リサの隣に座った。
目の前にいるエリスとシアの二人に、好奇心のこもった視線を向ける。
「あー、えっと、この子たちはね……」
リサは、サンディになんと説明しようか、困惑した。
率直に言ってしまえば、誘拐されてきた子たちだということになるのだが。
だが、どうやら説明の必要はなかった。
「この子たちが、エリスとシア?」
サンディは事情を教えられる前に、そう言ったのだ。
「え、なんで知ってるの? 今戻ってきたばかりなのに……」
不思議がるリサに、サンディは「偶然なんだけど、この子たちとは共通の知り合いがいるんだよ。そっちから、泥街の孤児に仲間が拐われたって相談されたんだ」と答えた。
「そういうこと……サンディは相変わらず顔が広いわね」
と、リサは半ば呆れたような苦笑いを浮かべた。
「それって誰のこと?」
探るように尋ねたエリスに、サンディはあっさりと答えた。
「カイルだよ。あと、マットって子も一緒だったけど」
「カイルにマット!」
嬉しそうにエリスが仲間の名前を呼ぶ。気丈に振舞っていても、やはりエリスも不安だったのだ。
しかしマットがエリスを助けるために動いているのはわかるけれど、カイルが一緒なのはどうしてだろう?
マットがカイルに手助けを求めたということだろうか?
もしそうならきっと、カイルは「僕は剣の練習がしたいのに……」と、迷惑そうにしながらも仕方なく手伝っているのかもしれない。
「二人とも、すごく心配していたよ」
「……ふうん。それで、父さんにはまだ連絡がついていなかったみたい?」
「そうみたいだった。手分けして捜し回っているけど、まだみつからないって」
「そっか。まだ帰って来てないのか……」
残念そうに、エリスが嘆息を漏らす。
今日は確か、貴族のお屋敷に行くと言っていた。そういう日は遅くまで戻ってこないことがあるのだ。
多分また、宴席に招かれてしまったとか、そういうことだろう。
フォルドに連絡さえつけば、すぐに助けに来てくれるはずなのだが、どうも間が悪かったようだ。
「でも、どうしてカイルと知り合ったの?」
普段クランハウスの雑用と剣の訓練しかしていないカイルと孤児のサンディでは、接点がないように、エリスには思えた。
「ただの偶然だよ」
と、サンディは答える。そして、自分とカイルの関係が、ただ数回、飯を奢って貰っただけの関係だと説明する。
もちろんそのカイルがエリスの友人だったことも、ただの偶然に過ぎない。
「ふうん。なんか意外。カイルも、孤児の女の子にご飯を奢ったりするのね」
エリスはそう不思議がったが、実のところそれほどおかしなことでもないのだ。
カイルは自分から孤児のためになにかをしてやろうなんて思うほど、余裕のある人間ではない。
だが、孤児のほうからねだられたときに、多少の善行すら拒否するほど不親切でもない。それだけのことだった。
「今、この建物のすぐ近くまで、カイルが来ているよ」
「そうなの?」
「うん。一緒にここまで来たんだから間違いないよ。今はわたしが情報を持って来るのを下で待ってる」
そう聞いて、エリスは窓から下を覗き込むが、さすがにすぐ真下にカイルが見えたりはしなかった。
開けた板戸の向こうから、虫の鳴き声が部屋の中に入り込んできた。
『教会』の周囲は小さな空き地で、雑草が生い茂り、その間に捨てられたゴミが転がっている。
有体に言って、一般的な意味ではあまり良い景色とは言えない。もちろん、雑然とした眺めにも、それなりの美を認める者もいるのだろうが。
「えっとね、カイルがいるのは、……ホラ、あそこ」
隣にやって来たサンディが、エリスに並んで窓から下を覗き込む。
波長が合うというのか、それとも年下だからか、エリスもなぜかサンディには警戒心を刺激されないようだ。二人並んで窓から下を眺める姿は、まるで姉妹か、友人同士のようにも見える。
「え? どこ?」
「あの、半分崩れている建物。あそこの陰に隠れているんだよ」
「……どの建物もみんな、崩れかけに見えるわ」
そう言ってエリスが渋面を作ったとき、丁度サンディが指差している物陰から、カイルがヒョイと顔を覗かせた。
「あ、いた! あそこ! カイルだわ、あれ!」
「でしょ? ホラ、こっち向いたよ。おーい」
サンディが手を振ると、少ししてカイルもこちらに気づく。
カイルもサンディに向かって小さく手を振った。
辺りを窺いながらも、カイルは物陰を出て、エリスとサンディがいる窓の下に向かって駆け寄って来る。
「あちゃあ、カイル来ちゃったよ。別にこっちに来いっていう意味じゃなかったんだけど……」
失敗したと眉をひそめて、サンディがリサのほうを振り返る。
どうしようか? と、視線で問いかけると、リサはほうっと短くため息をついた。
「……こうなったらもう、すぐにここから逃げ出して貰ったほうがいいわね」
本当はもう少しの間、【盗賊ギルド】の人間を待ってもいいと思っていたんだけど、とリサは心中に呟く。
「でも、階段の途中には、『かっぱらい派』の連中が見張ってたよ」
そう報告するサンディに、リサは「わかってる」と頷いた。
「少し危ないけど、非常口を使って貰うしかないわね」
「ああ、やっぱりそうなるよね」
「まぁ慎重に歩けば大丈夫でしょ」
そしてリサは、エリスとシアの二人に対してついて来るように言うと、部屋から廊下へ出て行く。
「……わたしたちを逃がしてくれるの?」
「そうだよ。ホラ、カイルが待ってるよ」
サンディがエリスの手を引こうとする。
だがシアはまだ、ベッドの上に座ったまま動けずにいた。
エリスはシアの傍まで行って、背中を優しく擦った。
「……大丈夫? ね、行こう、シア。もう少し頑張ろう?」
「…………うん」
シアを促して、エリスがリサの後ろに続く。
サンディがそのエリスの隣に並んだ。
ここには他にも一〇人ほどの孤児たちがいたが、リサと一緒に来るのはサンディだけだった。他の孤児はこの部屋に待機するようだ。
リサは廊下を出てからまたすぐに、別の部屋に入る。さっきまでいた部屋とは、間にひとつ他の部屋を挟んだ、もうひとつ先の部屋だ。
そこは部屋の大きさはさっきとまったく同じだったが、中に置いてある物はまるで違う。
さっきの部屋にあったのはベッドくらいのものだったが、ここには様々な物がある。
「これって、絵を描くための道具?」
不思議そうにエリスが呟いた。
そこには画材らしき道具が、部屋いっぱいに散乱している。
イーゼル、描きかけの絵、パレットに絵筆。……それと、ツンとする絵の具の臭い。
まるで絵画工房のような様子の部屋だ。なぜこんなところに画家のアトリエがあるのだろうか? ここは『孤児院』ではなかったか。
意外な光景に、エリスは思わず呆然と部屋の中を眺めていた。
「ああ、ここね。孤児院だったころ、ここを管理していた人の一人が、絵が描ける人だったんだよ」
そうサンディがエリスに教えてくれた。
なんでも、孤児たちの中で絵に興味のある者は、その人から描き方を教わったりもしたらしい。
だからといって、孤児の中に成長して画家になった者は一人もいなかったらしいが。
そのアトリエらしき部屋の、壁の一部は崩れ落ちてしまっていた。
そこは一応、大きな板で塞がれてはいるが、杜撰な応急手当でしかない。隙間風が吹き込んでいる。冬になれば、さぞかし寒いことだろう。
「去年の魔物の氾濫のときに、魔物に襲われてここが崩れちゃったのよ」
そう説明しながら、リサは穴を塞ぐ板を取り外しにかかる。
たいして時間もかからずに、板は外され、その向こうにぽっかりと穴が開く。
三角の形をした、屈めば人ひとりくらいは通れる大きさの穴だ。
リサに手招きされて、エリスとシアの二人は穴に近寄る。
そのとき、エリスはなにかの気配を感じて、咄嗟に後ろを振り返る。
「どうしたの?」
「……いえ、なんでもないわ」
まだ赤い目をしているシアに向かって、エリスは作り笑いをして見せた。
確かに誰かの気配がしたように思ったのだが、振り返ったところには誰もいなかった。
リサに促されて穴から顔を出してみると、そこから下はさらに大きく壁が崩れていた。
二階のこの部屋はまだ、穴を板で塞げば使えないこともない状態だが、ここの真下にある一階の部屋は、完全に使用不能だろう。
「でも実はね、瓦礫とかを足場にすれば、ここから結構楽に下に降りられるのよ」
そしてリサは、「見ていて」と言うと、ひょいひょいと簡単に軽く飛び跳ねるようにして瓦礫を踏み、地面まで降りてしまう。
「時々ここから出入りするんだよ。レーンたち『かっぱらい派』のやつらにみつからずに出入りしたいときとかにね。今まで一度もみつかったことないんだよ」
説明しながらサンディも、リサに続いてやはり危なげなく降りた。
するとそこに、カイルが駆け足でやって来る。
まだ腰に下げた小剣が馴染んでいるとはいえない、駆け出しの冒険者。
金茶色の髪と鉄色の瞳を持った、意志が強いことだけが取り柄の、未熟な少年だ。
けれど、すぐそこにカイルの姿を確認して、その鉄色の瞳が自分のほうを真っ直ぐ向いているのを見て、エリスはなぜだかホッと安心できる気がした。
◇◆◇
『教会』の二階の窓に、エリスとサンディが並んでこちらに手を振っているのを、カイルは見た。
元気そうな様子に安心もしたが、あまりに平和な姿に少しばかり苛立ちも覚える。
ここに住む孤児たちに誘拐されたはずのエリスが、どうしてそう呑気そうにしているのか、さっぱりわからなかったが、それでもカイルはその二人がいる窓に向かって近づこうとした。
そしてその途中で、カイルは『教会』の二階から、建物の崩れかけたところを足場にして降りて来る少女をみつけたのだ。
その少女はカイルよりもいくつか年上に見える。彼女には見覚えがなかったが、その少女の後ろに続いて、サンディが現れるのを見て、カイルはすぐにそこに駆け寄った。
「あなたはカイルね。わたしはリサよ」
そう言ったのは、今二階から降りてきた少女だ。確か、その名前はサンディが言っていた『おねだり派』のリーダーの少女のものだったはずだ。
茜色の髪を長く伸ばした少女で、鼻の上にそばかすが散っている。
よろしく、と差し出された手を、少し躊躇した後でカイルは軽く握って、すぐに離した。
「……なんでエリスが一緒なんだ? サンディの話では、エリスとシアを拐ったのは、あんたたちとは違うグループの孤児だって聞いたんだけど」
「それで間違いないわよ。今一緒なのは、彼女たちの見張りを押し付けられたから。あいつら、最近はわたしたちを手下みたいに扱ってくるの。腹立つことに、ね」
でもそのおかげで、こうやって助けることができたわ。と、リサは言う。
どうやら、リサは自分たちが助けたことを強調したいようだ。
きっと、恩に着せることで食糧なりなんなりをねだる気なのだろうと、カイルは思った。
すぐに上から、サンディが危なげなく降りて来る。
「よっ……こいしょっと」
地面に足をつけて、サンディが笑顔を見せる。
「カイル、友達は無事だったよ。今降りて来るところ」
「そうみたいだな」
見上げると、上にはエリスとシアがいる。だがシアが頼りない足場を怖がって、降りてくるのを躊躇っているようだった。
「あー、ちょっとまずいわね。あまりここでノロノロしていると、『かっぱらい派』のやつらにみつかっちゃうわ」
警戒して視線を周囲に彷徨わせながら、リサが言う。
他の孤児はともかく、レーンが帰って来るまでにこの場を離れないとまずいと、リサは眉をひそめる。
「そんなにそのレーンってやつはヤバい相手なのか?」
リサが不自然なまでに警戒しているを見て、不思議そうにカイルが訊く。
「あなたは冒険者なのよね?」
リサがカイルの腰の小剣に視線を向けながら尋ねる。
「そうだけど……?」
唐突に問いかけられて、カイルは困惑気味に頷いた。
「レーンもそうよ。冒険者。しかも、既に星を手に入れているわ」
「【一星】なのか? 孤児冒険者なのに?」
意外な情報に、カイルは目を見開く。
サンディからは、そんな話は聞いていなかった。
エリスを拐った人間が、冒険者――それも星持ちの――だ、などということは。
正直、そんな情報はもっと早く教えてくれと思う。
言われても結局やることは変わらなかったかもしれないが、心構えが変わってくるのだ。
孤児冒険者は【穴掘り冒険者】とも言われていて、それは魔物と戦わずに屑魔石を掘り出すだけの冒険者につけられた蔑称だ。
魔物を倒さないのだから、当然【混沌の雫】も手に入らない。
それなのに、そのレーンという孤児冒険者は星を手に入れているらしい。
必死に迷宮で戦っているカイルですら、まだ星には届いていないというのに、だ。
「レーンは、【盗賊ギルド】から才能を認められて、仲間になれと勧誘されてるわ。実際、既に半分組織の一員みたいなものなのよ。だから、武器なんかの装備をギルドに融通してもらっているの」
「……なるほど」
そういうことなら、孤児冒険者が星を手に入れているとしても不思議はない。
不思議ではないが、それでも相当な努力が必要だったはずだ。武器があるだけでは星は手に入らない。それを使って、多くの魔物を倒す必要があるのだから。
だけど、才能を認められて、か……
カイルはため息をつく。
世の中には才能がある人間なんかいくらでもいる。そんなことはわかっているが、それでも自分と比べて、ため息のひとつも出るというものだ。
「あれ? 待てよ。ってことは……」
カイルはサンディを振り返る。
「つまり、サンディ? お前、そんなやつを僕に紹介するつもりだったのか?」
確か、サンディが知っている冒険者は一人だけという話だった。
ということは、必然的にカイルに紹介するはずだった孤児冒険者が、そのレーンということになる。
エリスを誘拐するような人間を紹介する気だったのかと、カイルはサンディを睨んだ。
「あ、ごめん。違うの」
サンディは慌てたように頭を振る。
「あのときは一人しか知らないって言ったけど、本当は二人、知っている冒険者はいるの。でも、レーンのほうはとても紹介できないから、最初から数に入れてなかったんだよ」
そんな事情をいちいち説明するのが面倒だから、詳しく説明するかわりに、ただ一人しか知らないと言ったのだとサンディは言い訳する。
嘘と言えば嘘を吐かれたわけだが、カイルは特に腹は立たなかった。むしろ、なるほどそういうことかと納得した。
説明を面倒くさがって、小さな嘘をつくくらいのことを、特に不快には感じない。
「じゃあ、ここにはもう一人孤児冒険者がいるってことか?」
「そう。カイルに紹介する予定のもう一人のほうは、すごく良い子だから心配しないで」
良い子ねぇ。本当だろうか? 少なくともカイルは孤児の良い子なんて一人も知らない。そもそもサンディだって――そうでなければ生きていけないのだから非難するつもりはないが――普通の基準でいう『良い子』とはとても言えないだろう。
怪しいものだとカイルは思うが、それを今ここで口に出したところで意味はない。
そしてサンディの話では、そのもう一人の冒険者は今迷宮に出かけていて、ここにはいないらしい。
取りあえず、今問題なのはレーンのほうだ。【一星】の孤児冒険者。
そういうことなら確かに、顔を合わせずに済ませたい相手だ。
◇◆◇
二階では、エリスが友人の姿を心配そうに見つめていた。
エリスは強張った顔で崩れかけの壁を眺めているシアに、「大丈夫? 行けそう?」と尋ねた。
シアは「う、うん」と答えたが、しゃがんで、おっかなびっくり足を出しては戻す動作を繰り返す。
あまり大丈夫そうには見えなかった。
下ではリサやサンディが、少し焦った仕草で、こちらを急かせてくる。
あまりここで時間を浪費していては、エリスを拐ってここに連れてきたレーンとその仲間たちにみつかりかねないのだろう。
シアもそんなことはわかっていて、なんとか降りようとはしているのだが、気持ちはともかく腰は完全に引けていた。
エリスもシアを急かせるべきかとも思ったが、そうするまでもなくシアが必死なのは明らかだった。
下ではカイルとサンディがなにか相談している様子があって、するとカイルが突然瓦礫に脚をかけて登ってくる。
「よ、エリス。誘拐されたんだって?」
揶揄うようにそうエリスに声をかける。そして、なにか気になる物でもあるように、部屋の中に視線を送る。
が、なにもみつからなかったようで、首を傾げた。
気丈に振舞っていたエリスだったが、さすがに不安はあったようだ。それをエリスも自覚した。というのも、カイルの顔を身近に見ると、なんだか少しだけ、胸に込み上げるものがあったからだ。
「まったく、人気者もつらいわよ」
余裕を装って答えたエリスの頭を、カイルが軽くなでた。
「とにかくここで時間をかけるのはまずいらしい。どう見ても周りから丸見えだしな」
カイルはそう言うと、シアの前でしゃがむ。
「ほら、乗っかれよ」というカイルに、シアは一瞬躊躇ったが、そんな場合ではないと、「うん」と素直に頷いた。
シアを背負ってカイルは立ち上がると、特に危なげなくトントンと瓦礫を蹴って下まで降りた。
エリスもなるべく間を置かないようにして、カイルの通った後に続く。
もう少しで地面に着くというところで、エリスは視界の端になにか動いたものを見た気がして、崩れ落ちている一階の部屋の中に目を向けた。
部屋の奥には開いたままの扉がある。そしてその扉のさらに向こうには、一人の孤児の少年いた。どうやら運悪く丁度通りがかったところのようだ。少年とエリスはたまたま目が合ってしまい、双方が一瞬、その場で硬直する。
「お、お前! 畜生、おおいっ! 人質が逃げてるぞ!」
少年は大声で叫んだ。
「早くっ」
シアを背中から下ろしたカイルが、エリスに向かって手を伸ばす。
エリスは最後はその腕に飛び込むようにして駆け下りた。
「ったく、ツイてない! 今まであいつらにみつかったことなんかなかったのにっ」
リサが舌打ちした。
エリスを受け止めたカイルは、すぐに「急げ!」と促して、『教会』の敷地から逃げ出そうとする。
だが事はそう簡単にはいかなそうだった。
カイルたちの前に、『かっぱらい派』の孤児たちが立ち塞がったのだ。




