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赤星のカイル  作者: 三山とんぼ
第一部 地図の要らない世界
16/32

15. 女蛮族の流儀④

ヨナがカイルを連れて来たのは、そこそこの大きさの広間だった。

迷宮の通路が少し膨らんで部屋のようになっている場所で、見た限りではその先は行き止まりだ。

天井は少し低くて、カイルならともかく、背の高い冒険者が思いっきり剣を振り回せば天井に擦れてしまいそうだ。

そして、この広間には魔物の姿がある。それもかなり大量に。

広間を埋め尽くすゼリー状の物体。――スライムだった。


「さて、もうわかると思うけど、カイルにはここでスライムを倒してもらうヨ」

「……本気かよ」


にこやかに告げるヨナに、カイルは思いっきり渋面で答える。

実際、カイルが嫌がるのも無理なかった。


スライムというのは、冒険者からは嫌われる魔物だ。

理由は色々ある。

まず、倒しにくいこと。

ぶよぶよとした身体は斬撃も打撃も刺突も、ほとんど効果がない。魔法は効果があるが、当然ながら魔力を消費する。スライム程度の、倒してもたいして儲けにならない魔物相手に魔力を浪費したい冒険者はいない。


したがって、倒すのならば必然的に魔石を狙うことになる。

スライムも魔物だから、当然魔石を体内に持っている。これを破壊すれば倒すことは可能なのだが、それもあまり楽にはいかない。

スライムは目も鼻も耳も持たないが、体内に剣などの金属の異物が侵入すれば敏感にそれを察知する。

そして魔石を剣から逃がすように体内で動かすのである。

だからよほど素早く狙わなければ上手く魔石だけを破壊することはできない。


また、スライムは体内に酸を持っていて、獲物をそれで溶かして消化する。

その酸は冒険者の武器も腐食させるのだ。

だからあまり呑気に体内の魔石を追いかけてスライムの身体の中を剣で掻きまわしていると、いつの間にか大事な武器を台無しにしてしまうことがあるのだ。


そしてそこまで頑張って倒したとしても、見返りは少ない。

スライムの魔石は元々たいした品質ではない上、倒すために破壊しなければならないのだ。当り前だがほとんど金にはならない。


つまり、スライムという魔物は旨味が少ない上に倒すのは面倒で、武器を傷つける恐れもあるという、冒険者に嫌われる要素が山盛りなのだ。

動きは鈍く、通常はたいした脅威にはならないのにも関わらず。


「……今日は僕にガス抜きさせてくれるんじゃなかったっけ?」


スライムなんぞを倒したところで何も嬉しくない。それどころか、下手をすれば得物の小剣ショートソードを失ってしまいかねないではないか。

カイルは不満を隠さなかった。

期待外れだと思った。今日だけとはいえ、いつもより効率よく【混沌の雫】を稼げると思ったのに。


「決めつけるのは良くないナ、カイル。確かにスライムは苦労する割に実入りの悪い、非効率な魔物だと思われているけど、それもやり方次第で変わるンダ」

「やり方次第? それってどういうことさ?」


なにか画期的な、楽にスライムを倒す方法でも知っていると言うのだろうか?


「さっき言ったロ? 女蛮族のある氏族が、成人の儀式でやる方法があるってネ。それを今、カイルにここでやってもらおうってわけサ」

「じゃあ、その方法で倒せば【混沌の雫】がたくさん手に入るってこと?」

「その通りダ」

「……本当?」


そんな話は聞いたこともなかったが、カイルとしてはそれで大量の【混沌の雫】が手に入るなら何の問題もない。

問題はないのだが。


「うーん、そんな話聞いたことないけどなぁ」


どうしても声に疑念が混じるのは避けられない。

だが、ヨナは平然と答える。


「本当かどうか、やってみればわかるサ」

「……ヨナがそう言うならやってみるけど」


カイルは気が進まないまま腰の小剣を抜くが、そこにヨナが待ったをかける。


「違う違う。カイル、剣は要らないヨ」

「え?」


剣が要らない?

カイルはポカンと口を開ける。武器を使わずにどうやってスライムを倒すというのだろうか?


「ただ剣で倒すだけじゃ、勇気を示すための成人の儀式にはならないダロ? 素手だヨ、素手。素手で倒すンダ」

「……は?」


聞き間違えたかと思った。いや、そうであって欲しかった。

意味がわからない。

剣でやっても面倒なのに、素手でどうやって倒せというのか。


「簡単サ。スライムの身体の中に手を突っ込んで、魔石を掴んで引き抜けばいいンダ。魔石をスライムの身体の中から出せば、それで倒せル。楽なもんダロ?」


今度こそカイルは唖然とした。

確かに口で言うだけなら簡単だ。だがそれをやるには、消化液の詰まったスライムの身体の中に生身の腕を突っ込まなければならないのだ。

それがどういうことか、考えるまでもない。


「心配はいらないヨ。ちゃんと魔法薬ポーションは用意してあるから、安心してやるンダ。ホラ、早ク」


躊躇うカイルを、ヨナが急かす。


「わかった、わかったよ! だから押すなって!」


仕方なく、カイルは一体のスライムに近づいて、腕を伸ばす。

酷いことになったものだと、内心で不幸を嘆きながら。

ゴクリと唾を飲み込んで、カイルは腕をスライムの中に突っ込んだ。


「ぐううぅっ」


酷い痛みが腕から脳に突き抜ける。焼けるような痛みだ。スライムの中からは、「シュウウウ」と肉の焼ける音が聞こえてくる。

激痛をおして、カイルはさらに手を伸ばす。


「も、もう、少し……!」


指がスライムの魔石に近づく。剣を突っ込んだ場合とは異なり、スライムの魔石はジッと動かない。


「よし、掴んだ!」


カイルが魔石を握ると、その途端に手の中で魔石が暴れだす。


「くそっ、動くな! 動くなってば!」


既にカイルの腕の皮膚は溶かされつつあった。

血がダラダラと流れ落ち、場所によっては皮膚の下から筋肉まで見えている。


それでもなんとか、カイルは暴れる魔石をスライムの体内から引き抜くことに成功する。

すると、その途端にさっきまでゲル状だったスライムは水のように形を失って迷宮の地面に浸みこんで消えた。


「……っくぅ、い、いてえ!」


スライムの消化液で溶かされ、焼けただれた腕からは、盛大に痛みの信号が脳に向かって発信されている。

腕の表面ではなにかの気体が発生しているようで、泡が生まれては弾けてを繰り返している。


「ヨ、ヨナ! 魔法薬ポーションをくれっ」


カイルはそう訴えるが、ヨナは無情にも首を横に振った。


「なんでだよっ!」


話が違うじゃないかとカイルは血相を変えるが、ヨナは表情一つ変えずに答える。


「まだ右腕が焼けただけだロ? 左腕がまだあるじゃないカ。どうせなら左腕も焼けてから使ったほうが魔法薬が無駄にならずに済むだロ」

「ってことは、まだ続けるのか?」


冷や汗を流しながらカイルが訊くが、ヨナはなにを言っているんだと言わんばかりのキョトンとした表情で答える。


「ン? まさかもう止めるのカ? 別にワタシはそれでもいいけど、カイルは早く強くなりたいんじゃなかったのカ? こんなチャンスは滅多にないってのにふいにしてもいいのカ?」


今日だけはいくら怪我をしてもヨナが用意した魔法薬で癒してやる。だが、魔法薬だって安いわけじゃない。だからこんなサービスは今日だけだとヨナは言う。


これなら怪我はするが魔法薬を使えば死ぬことはない。それでいて無茶をして【混沌の雫】をたくさん手に入れるというカイルの希望にも応えられる。

そうヨナは得意げに解説した。


「だから止めたくなったらいつでも止めていいンダ。さっさと止めてくれればワタシも魔法薬ポーション代が助かるしナ」


ただし、ここで止めるようなら、早く強くなるためならなんでもやる、なんて台詞は二度と言うなと、ヨナはカイルを挑発する。


「……ははっ」


カイルは乾いた笑い声をあげる。

なるほどと納得した。そういうことかと理解した。

ならば、これがチャンスなら、――止めるなんてあり得ない!


「いいね。わかりやすい。そういうことなら、僕は絶対に止めたりしないよ」


汗で濡れた前髪の奥で、カイルの鉄色の瞳が鈍く光る。


「覚悟しろ、ヨナ。今日は魔法薬ポーション代でたっぷり散財させてやるからな!」


そう言うと、カイルは左腕を別のスライムの体内に勢いよく突っ込んだ。


「ぐぅぅぅああっ」


獣のような唸り声を上げながら、スライムの魔石を一気に掴み取る!

暴れる魔石の抵抗を振り切って腕を引き抜くと、さっきと同じようにスライムが液体となって地面に広がる。


「はぁはぁ……」

「ホラ、受け取れ、カイル」


荒い息を吐くカイルに、ヨナが魔法薬ポーションを投げる。

溶けかかった右手でそれを受け取ると、それだけで鋭い痛みが走る。なんとかそれを飲み干すと、腕が再生を始めた。


一応ある程度皮膚が再生すると、まだ痛みが残る腕を、カイルは次のスライムの中に突っ込む。

あとは同じことの繰り返しだった。

スライムの魔石を掴み取る。引き抜いて倒すと、魔法薬ポーションで回復する。そしてまたスライムの溶解液の中に腕を突っ込む……


何度も繰り返すうちに、カイルの顔は青ざめ、全身が脂汗でぐっしょりと濡れた。

視界はかすみ、スライムの姿が二重、三重にぼやけて見えるようになった。

それでもカイルは止めようとしない。

広間を埋め尽くしていたスライムたちはどんどんとその数を減らしていく。


カイルの悲鳴と呻き声が断続的に迷宮に響く。

そしてそんなカイルを、ヨナは愉快そうに眺めていた。


「ハハッ、さすがだネ。カイル。いい感じの壊れっぷりだヨ。……ウン、悪くないネ。期待を裏切らない男は好きサ」


そして、遂に残りのスライムは一体までになった。

最後のスライムは巨大だった。

広間の奥の壁の前に立ちふさがった紫色のスライムは、床から天井に届くほどの大きさだ。

中に見える魔石も、他の物よりも二回りも大きい。


カイルはそのスライムの前でなんとかまだ立っていた。

何度も消化液で焼かれては魔法薬ポーションで無理矢理回復させた腕は、もう感覚をくしていた。

痛いのか、熱いのか、それすらも判別ができない。

全身から滝のように脂汗が噴き出している。膝が震えている。足元も定かではない。


「カイルの覚悟をワタシは認めるヨ。カイルをここに連れてきてよかっタ。面白いものを見せてもらったヨ」


ヨナがカイルをねぎらうようなことを言う。

彼女の性格からすれば恐らく稀有けうなことだろう。


「精霊石を出してみなヨ。きっとかなり【混沌の雫】が溜まってるはずサ」


そう言ってカイルの肩を掴むが、カイルは「まだ終わってない」とヨナの腕を振り払う。


「ん? 終わってないって、まさかあのスライムの魔石も狩るつもりカ? 嘘ダロ? さすがにアレは無理ってものダ。腕が届くわけないヨ」


ヨナの言うとおりだった。

あまりにそのスライムは巨大すぎて、腕をいくら伸ばしても、魔石には手が届かない。

もしそのスライムを倒すなら、大抵の冒険者は魔法を使うしかないと考えるだろう。実際、無傷で倒すにはそれがほとんど唯一の手段だ。


だが、カイルは普通ではなかった。

その場にいなかったヨナは知らないことだが、レイクがフォルドに向かって告げたカイルの評価を聞いていたのなら、恐らくヨナもその正しさを認めることになっただろう。


『魔物が目の前にいないときならまぁ、それなりに冷静に行動できるようだが、いざ魔物が現れたら、もう倒すことしか考えてねぇ。そうなると魔物以外の物は全て目に入らねぇんだろう。自分が死ぬか魔物が死ぬか、二つに一つだ』


カイルは装備品を外して地面に置くと、巨大な紫色のスライムの中に突っ込んだのだ。腕だけではない。身体ごとだ。


「お、おいっ、カイル、なにヲ!?」


ヨナともあろう者が狼狽して叫んだ。

それほどに異常な光景だったのだ。獲物を取り込んで消化するスライムの中に、自ら食べてくれとばかりに突撃するなど、とても考えられない。

それは冒険者ではなく、自殺者だろう。

だが、カイルはそれを実行した。


スライムの中に突入し、泳ぐように前に進む。

自ら突っ込んで来た餌に喜んで、巨大なスライムが「ゾゾゾッ」と蠕動ぜんどうする。

すぐにカイルの全身は焼け爛れる。皮膚が溶け、筋肉まで消化されはじめる。

だがそれでもカイルは退かなかった。前に進む以外には、なにもできることがないかのように。


(ぐぐぐうぅうううぅ!!)


声にならない叫び声を上げながら、カイルは一歩一歩進む。

そして、遂に魔石に手が届く。

カイルはそれを握り締めると、そのまま前に進み続ける。

逃れようと腕の中で暴れる魔石を全身の力で抑え込んでさらに歩を進める。


最後は倒れ込むようにして、スライムの体内から魔石を外に出した。


バシャッ


スライムを形作っていた液体が弾けた。

全てのスライムが消えた広間の中で、血とスライムの体液に塗れてカイルがうつ伏せに横たわる。


「カ、カイル! 大丈夫カ!?」


ヨナは生きているかと聞くべきだったかもしれない。そのくらいカイルは酷い有様だった。

全身が消化液で溶けかけている。


着ていた衣服もまるでボロ布のようになってしまっている。

全身、どこを見ても肌の色が見えないほどに血まみれだ。


ヨナはカイルの身体に魔法薬ポーションを数本ぶちまけると、上半身を抱え起こして、口の中に魔法薬を注ぎ込む。

こんな状態になってもカイルは完全には意識を失っていなかった。


喉が小さく動いて、魔法薬を少しずつ飲み込む。

ガクガクと痙攣けいれんしていたカイルの身体が、魔法薬を飲むにつれて段々と落ち着いてくる。


どうやら命はとりとめたと判断して、ヨナが胸をなでおろした。


「勘弁してくれヨ、カイル。お前が死んだら、マスターになんと言われるカ……」

「……へっ、ぼ、僕は死なないって。やるべきことを、や、やるまでは、ね」


まだ眼の焦点も合わない朦朧もうろうとした頭で、それでもカイルは強がって見せた。


「こりゃ想像以上だネ。カイル、お前は頭がどうかしているヨ」


呆れたようにそう言ってヨナは首を振った。



   ◇◆◇



目覚めると、そこはベッドの上だった。

上体を起こしてみる。

狭い部屋だ。窓からは赤く色がついた光が差し込んでいる。


「ここは、クランハウスか……」


見覚えがある部屋だ。

それも当然だ。ここは毎日カイルが寝起きしているクランハウスだ。その空き部屋になっている二階の一番奥の部屋、そこにカイルは横たわっていた。

ということは、どうやらカイルはヨナにここまで運んでもらったようだ。


「僕は、気を失ったのか」


ちゃんとヨナに抱き起されて、魔法薬ポーションを飲んだところまで覚えていた。

傷が徐々に塞がっていって、ホッとしたところでどうやら意識を失ったようだ。

多分、気が緩んだせいだろう。


「……身体は大丈夫だよな?」


あちこち自分の身体を確かめる。

脚はまだ、動かそうとすると激痛が走った。

他にも脇腹や肩にも痛みがある。


だが、どうやら決定的な、取り返しがきかないような怪我はなさそうだった。

巻かれた包帯には血がにじんでいるが、どうやら既に出血は止まっているようだ。


「良かった……」


自分でも少し無茶をし過ぎたような気がする。

そうしなければ強くなれないのだから仕方ないのだが、身体に致命的な傷が残ってしまっても、カイルの望みは叶わないのだ。


「そうだ、精霊石……!」


今日のスライム戦でどれだけ【混沌の雫】が溜まったか、まだ確認していない。

左手の甲にまだ紋章が現れてはいないから、星が満ちたわけではないのは確かだが。


(精霊石よ、来い……)


心の中で呼びかけると、手の甲の上に精霊石が浮かび上がる。

透明な、八面体の結晶だ。


「おおっ、すげえ!」


思わず声が漏れた。

今朝まではまだほんの少ししか溜まっていなかった【混沌の雫(ドロップ)】が、今はなかば過ぎまで溜まっていた。


「ヨナが言っていたの、本当だったんだ……」


呆然と呟いた。

嘘だと思っていたわけではないけれど、完全に信じることもできなかった。

あの、無茶をすることで大量の【混沌の雫】が得られるという、ヨナに聞いた情報。

半信半疑だったが、今カイルの目の前にはそれが正しいことを示す証拠があるのだ。


「――なんだ、疑っていたのカ?」


精霊石以外目に入っていなかったカイルに、いつの間にか戸口に立っていたヨナが揶揄からかうような口調で声をかける。


「……あのさ、ヨナ。他人の精霊石を覗き見るなんて、冒険者としてマナー違反じゃないか?」


カイルが睨むが、ヨナは欠片も気にした様子がない。


「いいじゃないカ。減るもんじゃナシ」


まるで自分の部屋のように躊躇ためらいなく入って来て、カイルの精霊石をまじまじと見つめる。


「今日までほとんど溜まってなかったんだロウ? それでこれはすごい効率だナ。どうやら、あの儀式が大量の【混沌の雫】を稼げるって噂は本当だったようダ」

「……噂? もしかして、ヨナも確信はなかったのか?」

「そりゃそうサ。自分で試したわけでもないしネ。まぁ多分本当だとは思ってたし、実際本当だったんだから、問題ないダロ?」

「まぁいいけど……」


なんとなく釈然しゃくぜんとしないものがあったけれど、確かにヨナのその情報のおかげでこうして大量の【混沌の雫】が手に入ったのだ。文句を言うのも違う気がして、カイルは曖昧に頷いた。


カイルは大きく息を吐きだすと、表情を改めてヨナに頭を下げた。


「ヨナ、今日はありがとう。本当に助かった」


とにかく今日はヨナのおかげで、かなりカイルの目的に近づけたのだ。

そしてそのために、ヨナは大量の高価な魔法薬ポーションを使った。一方、そのお返しにカイルがヨナにできることはほとんどない。せめて頭を下げるくらいはしておくべきだった。


「ウン、別にいいサ。カイルの頼みを聞いたんじゃなくて、マスターの命令を聞いたんだからネ。カイルが気にするようなことじゃないヨ」

「でも、本当に助かったんだ。いくらレイクたちと一緒に迷宮に潜っても、全然【混沌の雫】が溜まらなかったんだから」


それが一気に半分以上だ。もし【星無し(ノウン)】を卒業して【一星ウルム】になれば、さすがにフォルドもカイルに一人では迷宮に入るなとは言えないはずだ。


「それに、気を失った僕をここまで運んでくれたことも。ヨナが運んでくれたんだろ?」

「ウン。そうだけど、それこそ別に気にすることはないサ。カイルなんかたいして重くもないヨ」

「……そっか」


流石に【四星ジュセ】の冒険者だけあって、人ひとり運ぶくらいはなんでもないようだ。

だがそこで、ヨナはなにかを閃いた様子で、ポンと手を叩いた。


「あ、そうダ。思い出しタ」

「なにを?」

「ひとつカイルに頼みたいことがあったンダ。感謝してるなら、ワタシの頼みを聞いてくれるはずだナ?」


そう言ってヨナはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「うん。聞くよ」


だがカイルは特に気にしなかった。感謝していることに嘘はなかったし、こんなに早く借りを返す機会を貰えるならありがたいくらいだった。

ヨナが自分になにを頼むというのか、ちょっと想像がつかなかったが。カイルにできることは限られているし、実際、今までは一度もヨナになにかを頼まれたことなんかなかったのだ。


「よし、良い返事ダ。じゃあこの住所の場所に行ってくレ」


言いながら、ヨナはカイルに小さなメモを手渡した。

見ると、そこには意外に丁寧な文字で、都市の西岸地区にある住所が書かれている。どうやら、冒険者ギルドから比較的近い場所のようだ。


「いいけど、僕はここでなにをすればいいんだ?」

「行けばわかル。それと、なるべく早いうちがいいけど、別に期限なんかなイ。適当にカイルの都合の良いときに頼むヨ」

「うん、わかった」


ヨナが話したくないと言うのなら、カイルにそれ以上訊くつもりもなかった。

もしそれでなにか面倒ごとに巻き込まれたとしても、返せる借りの量が増えるだけのことだ。カイルとしては一向に構わない。


「それでなんだけどさ、ヨナ」

「ウン?」

「こんな都合の良い頼み、僕も言いにくいんだけどさ、もう一度、今日と同じようにスライム討伐に付き合ってくれないか? 図に乗っていると思われても当然だけどさ、どうしても頼みたいんだ。使った魔法薬は今日の分も含めて、いつか必ず返すからさ」


そうすればきっとランクアップできる。そう思って頼んだカイルだったが、それがいかに自分勝手な願いか、くらいはカイルにもわかる。

ヨナにとってはなんの得にもならないことに、大金をつかわせることになるのだから。


「なにかと思えばそんなことカ。そんな遠慮する必要はないだロ。早く強くなりたい気持ちはよくわかるヨ」

「じゃあ良いのか!?」


一瞬、カイルは喜色満面になるが、ヨナはそんなカイルに対してかぶりを振る。


「ワタシもできれば手伝ってあげたいけどネ。無理なンダ」

「ど、どうしてさ?」

「まず、今回でワタシも随分金をつかったンダ。また同じだけ魔法薬ポーションを用意するのは難しイ」

「それは……」


今日実際にカイルがいくつ魔法薬ポーションを使ったか、実はカイルはよく覚えていない。

無我夢中だったし、最後のほうは意識も朦朧もうろうとしていたのだ。でも、ヨナの持ち金を使い切る勢いだったとは、さすがに思っていなかった。


「それに、今日であの狩場は完全に狩りつくしてしまったからネ。元の状態に戻るにはしばらくかかるし、他のスライムの狩場は近くにはないンダ。少なくとも、ワタシは知らナイ」

「……そっか」


思わずカイルはため息をつく。

期待が大きかっただけに、落胆もまた大きくなる。


「あーあ、ダメか。もしかしたら明日にでも【一星】になれるかと期待したのに、やっぱそんな美味しい話はないのか」

「一応言っとくけどネ、カイル。今回はマスターの注文があったからこんなやり方をしたけどサ、はっきり言って邪道なンダ。こんな方法で星の数だけ増やしても、本当の意味じゃ強くはなれないヨ。ちゃんと魔物と戦って経験を積まないと、技術が身につかないからナ」


第一、あんな単純作業みたいなやり方じゃつまらないじゃないか、とヨナは言う。


「あれじゃあ、とても戦闘なんて言えないヨ」

「……つまらないとか、そういうのは僕はどうでもいいよ。とにかく急いであの【笑う魔物】を倒せるまで強くならなきゃダメなんだ」


カイルは精霊石を消して、続けた。


「ヨナはさ、どうすれば早く強くなれると思う?」

「?」


ヨナは不思議そうに首を捻る。


「なんでそんなことを訊くンダ? 効率よく強くなる方法は、マスターやレイクなんかから、聞いてないのカ?」

「聞いてるさ」


まず小鬼の狩場で小鬼を狩って【混沌の雫】を溜めること。それ以外にも、効率よく狩るために注意すべきこと。できれば仲間を探すべきだということも。

そういうのは色々と教えては貰っている。

だが、それはあくまで普通のやり方なのだ。そして、普通のやり方ではカイルの望みを果たすのに十分ではない。

だから、邪道だろうとなんだろうと、早く強くなる方法を、カイルは求めていた。


「前も言ったけどネ、普通で無理なら、無茶をするしかないんじゃないカ? どうせ普通じゃ無理なンダ。他の人間の意見なんか聞いても仕方ないだロ? 効率的な方法とか、そんなことを考えていないで、とにかく迷宮でできる限り戦い続けるしかないだロウ。死線をいくつも潜れば、奇蹟だって起きるかもしれないゾ」


そう言ってヨナは、カイルの肩を励ますように叩いてから部屋を出て行った。


「……」


いかにも女蛮族アマゾネスのヨナらしい物言いではあった。

しかしそれは、カイルの聞きたいこととは違っていた。カイルの欲しかったアドバイスはそういうものではないのだ。


結局、ヨナもレイクたちと同じで、カイルの望み、あの【笑う魔物】を倒すことなんて不可能だと思っているのだ。

レイクやランドは無理なんだから諦めろと言い、ヨナは無理なんだから、奇蹟を期待して無茶をしろと言う。

違いといえばそのくらいのものだ。


だが、カイルは一か八かの賭けをしたいわけではない。

本気で自分の望みを叶えるつもりなのだ。絶対に。命を懸けてでも。

……いや、恐らく最終的にはやはり賭けになるのだとは思う。だが、賭けに出るにしても、確率が一〇〇回中一回しか成功しないのと、一〇回中一回は成功するのではまったく条件が違う。

カイルはできるだけ分が良い賭けにしたい。

そのためには効率よく動いて可能な限り早く強くならなければならないし、情報だって集める必要がある。

なのに、フォルドもヨナも、カイルの目的を現実的な問題として考えてはくれないのだ。彼らにしてみればあまりに無茶な希望で、真面目に考慮するようなものではないのだろうが。


そのためにはどうすれば良いか、カイルは誰かに教えて欲しかった。

自分一人の考えでは当然ながら限界がある。カイルは冒険者になってまだ一年足らずの【星無し】でしかないのだ。


だが、カイルと同じ目線で考えてくれる人間がいない。

本気で同じ目標に向かって一緒に悩んでくれるような人間が。


(仲間がいてくれたら違うのかな?)


そんなことを考えたことに、我がことながらカイルは驚く。

自分は今、弱気になっているのだろうか?

ずっと仲間なんかどうせみつからないと諦めていたのに、急に仲間が欲しくなるなんて。


それに例え仲間がみつかっても、あまりに危険なカイルの目的に付き合わせてしまうことに躊躇いもあった。

それは、仲間を無駄に死なせてしまうのではないかという恐れだ。


「結局、僕自身も望みがかなうとは思っていないってことか……」


カイルは自嘲の笑みを浮かべる。

自分自信でさえこうなのだから、フォルドやヨナを責めるわけにはいかないよな、と。


「仲間がいたら助かるのは間違いないんだよな」


戦闘のことだけを考えても、役割を分けることができるというのは大きな強みだ。

カイルが前線で敵と斬り合ってる間に、後ろから遠距離攻撃をしてくれる仲間がいれば、戦闘は今とはまったく違うものになるだろう。


それに索敵。独りだと全方位に注意を配らなければならないのに対し、仲間がいれば注意を向ける方向を限定できる。それは労力を相当軽減してくれるだろう。

そういうことは今までフォルドからもレイクやランドからも、さんざん言われてきたことでもある。

目的を果たすことを一番に考えるならば、やるべきことは自分が強くなることよりも、仲間を作ることだと。

迷宮で必死になって戦うことができるなら、なぜ同じくらい必死になって仲間を探そうとしないのか、と。


それにだ。カイルに仲間がいれば、お目付け役同伴の探索からも卒業できるかもしれない。


仲間、仲間ね……

カイルは改めて考えてみる。今までもまったく考えてこなかったわけではない。

だが、どうせ無理だと早々に諦めていたのだ。フォルドに言わせれば、思考停止していたということになるのだろう。


考えれば考えるほど、仲間がいることの利点ばかりが思いつく。

ただ、自分だけならば、目的を果たせばその場で命を落としても構わないとカイルは思っていたのだ。だが仲間を巻き添えにしてしまうと思えば、さすがにカイルも躊躇いを覚える。


(それも覚悟なのかな?)


他人を巻き添えにしてでも、目的を果たす覚悟が必要なのだろうか?

それが必要ならば、覚悟を決めるべきだろうか?

元々、目的を果たすためならば、なんでもやるつもりだったではないか。

それならば、巻き添えの一人や二人くらい……


「……いや」


――違う。カイルは首を振る。

そんな覚悟は必要ない。もし覚悟を決めるなら、他人を巻き添えに死ぬ覚悟ではなく、目的を果たし、さらに生き残る覚悟をするべきだ。

それができるなら、誰かをカイルの目的に付き合わせても、問題はないはずではないか。


(本気で仲間を探してみるべきだろうか?)


今までいくらフォルドからそう勧められても乗り気にはなれなかったのだが。

だが、本気で探したとしても、そうそうみつからないだろうとも思う。

絶対にそんな冒険者がいないとまでは言えないが、やはりカイルの望みに同調してくれるような者は滅多にいないだろう。


しかも、パーティを組むのなら実力的に近い者が対象になる。

そうなればさらにみつかる可能性は低くなるはずだ。


今のところエリスが「仲間になってあげようか」と、名乗り出てはくれたが、それがどこまで本気なのかはわからない。正直、あまり当てにしないほうが良い気がする。

しかも、もし彼女が本気だったとしても、すぐに迷宮に入れるわけではない。少なくとも一年ほどは訓練の期間が必要だろう。カイルがそうだったように。

カイルに必要なのは即戦力なのだ。


しかし改めて考えてみても、カイルには仲間に誘えるような()()がない。

ほとんど訓練しかしてこなかったカイルは、冒険者同士の横の繋がりのようなものがまったくないのだ。


「……難しいのはわかっているけれど、それでも考えてみる価値はあるのかもな」


魔物に挑むくらいに必死になれば、みつからないこともないのかもしれない。

やる価値はきっとある。上手くいけば、間違いなく目的に近づくのだから。


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