13. 女蛮族の流儀②
二人が歩く通りの脇には、辻馬車の御者を生業とする者たちが、商売道具の車の中で横たわって眠っている。
彼らは【橙の刻】から【黒の刻】に多くの客を乗せて働いて、暑い昼間に休むのだ。
中には高鼾を掻きながら熟睡している強者もいる。
そこに、数人の子供を甲羅の上に乗せたリクガメがやって来た。
これは馬車ほどの大きさもある巨大な亀で、あまりスピードは出せないが、力がある。
一歩が大きく、歩く速度に波があるので、馬のように車を引かせて使うのには向かない。試した者が言うには、非常に乗り心地が悪かったそうだ。
だが――なんにでも利用価値を見出す者はいるもので――その代わり、こうして子供を乗せて街を歩き回るのに最近使われるようになった。
移動手段というよりも遊びの一種として、だ。
今も上に乗った子供たちは、リクガメが一歩踏み出すたびにキャッキャと歓声を上げていた。
ヨナもそんなリクガメを眺めては、楽しそうに笑っていた。
「ヨナっていつも楽しそうにしてるよな」
「そうカ?」
「うん」
実際、ヨナにはそんな印象がある。
多分、物事を楽しむ才能に恵まれているのだろうと、カイルは思う。
カイルとヨナの二人が都市の中央にかかる橋にさしかかったとき、物々しい隊列が橋を渡ってこちら側に来るのに出くわした。
隊列は、先頭に大きな、白と黒に塗り分けられたグリフォンの旗を掲げている。
「ヨナ、あれって……?」
カイルがヨナに訊くと、ヨナは「あー、今日は運が悪いネ」と渋面を作る。
「騎士団の遠征と重なっちゃったようだナ。ま、仕方ないネ。少し端に寄ってあいつらが通り過ぎるまで待つとしようカ」
「あれが騎士団か」
「ウン、しかも、騎士団の中でも序列一位のラーサス騎士団のようダ」
「ラーサス騎士団……」
その名は、カイルも聞いたことがある。
というより、この迷宮都市に住む者ならば、冒険者でなくとも知っている名だ。
なぜなら、迷宮都市に数多ある騎士団や冒険者クラン。その頂点に位置するのがラーサス騎士団だからだ。
「迷宮都市序列一位をここ数年譲っていナイ。名実ともに都市最強の戦闘集団だネ」
話している間にも、騎士団の隊列は橋を渡り、迷宮通りを行進し始める。
胸や腕、脚に板金鎧を身に着け、その上から白の華麗なマントを身に纏っている。
そして鎧や盾には、それぞれの家の紋章で美々しく装飾している。
「カイル。もう少し端に寄ったほうがいいゾ」
そう言って、ヨナがカイルの腕を引っ張る。
見れば、他の都市の住人達も、慌てて騎士団に道を譲っている。
中には跪いて頭を垂れる者もいる。
(チェッ、なんか面白くないな。あいつらがそんなに偉いのかよ)
カイルにはそういう気分がある。
命を懸けて迷宮で戦うのは騎士も、カイルたち冒険者も同じはずだ。
それなのに、冒険者はこうして騎士たちに道を譲らなければならないのだ。不公平ではないか。
それに、一年前。彼らがちゃんと魔物からこの街を守っていれば、カイルの家族も死なずにすんだのだ。
普段偉そうにしているのなら、いざというときにはちゃんと働けというのだ。
そんなことを考えていたせいか、カイルはほとんど無意識のうちに、足元の石を蹴飛ばしていた。
特になにか考えていたわけではない。ただ苛立ち紛れに爪先で地面を蹴ったとき、たまたま石がそこにあった、その程度のことだった。
だが、カイルの意に反して、軽く蹴ったはずの石は思わぬ勢いで転がって行く。
(あ、まずい!)
別に騎士団に石をぶつけてやろうなどとは夢にも思っていなかったのに、石は騎士団のほうに転がっていく。カイルは蒼ざめた。
騎士団の何人かが自分たちに向かって転がってくる石に気づいた。眉をひそめてカイルのいるほうに視線を向けた。騎士たちの歩みが止まる。その場の空気が凍り付いた。
「カイル、案外度胸があるんだナ?」
「いや、そんなつもりは……!」
妙に感心したような口調でヨナが褒めるが、カイルとしては別に嬉しくない。
カイルも慌てて弁解しようとするが、上手く言葉にならない。
転がっていく石は一人の白い鎧の騎士の足元に向かう。いや、騎士なのだろうか? まだ年若い少女だ。カイルと同じ歳くらいかもしれない。エリスよりは上だろう。だが、騎士団の一員らしく揃いの鎧を身に着けているところを見ると、従士には見えない。ただ、その鎧には他の騎士とは違い、紋章がない。それだけで随分と質素に見える。もしかすると、騎士見習いかなにかなのかもしれない。青みがかった銀髪と、まるで森妖精のように整った顔が印象的だ。
少女は、鞘のままの剣を腰から抜くと、ひょいとそれで石を打ち返した。
「痛ぇ!」
石は見事にカイルの金茶色の髪にスコンとぶつかった。
「ふふんっ」
少女が少し意地の悪い笑顔を浮かべて得意げに鼻を鳴らすと、そこにいた都市の住人たちの中から笑い声が広がった。
笑われたカイルが赤面し、立ち止まっていた騎士たちも苦笑を浮かべて行進に戻った。
カイルはそれをホッとして見送ったが、ヨナは期待外れとばかりにぼやく。
「なんだ、もっと面白いことになると思ったのニ。つまらないナ」
「いやいや! 別に面白いことなんか望んでないから」
「そうなのカ?」
不思議そうに言うヨナに、疲れた顔でカイルが頷く。
「なら、あの騎士見習いのお嬢ちゃんに感謝したほうがいいナ。相手次第じゃ、斬り捨てられてもおかしくなかったゾ」
「や、やっぱりそうなのか?」
「そりゃそうだロ。騎士ってのはつまりは貴族ダ。貴族相手に無礼を働いたらどうなるか、カイルだってわかるだロウ?」
カイルの頬を冷や汗がたらりと流れる。
「……あ、危なかった」
「貴族相手に、わざとじゃないとか、そんなつもりはなかったとか、言い訳なんか通用しないからナ」
「わ、わかったよ。気をつける」
カイルはまるで人形のようにカクカクと首を大きく縦に動かす。
「まぁ、ワタシはカイルがどうなっても、面白ければなんだっていいんだけどネ」
「……いや、ヨナも少しは気にしてよ」
カイルだって別に、ヨナがカイルのことを心配してくれるなんて思っていない。そんな期待はしていない。
でもせめて、そんな薄情なことをあまりはっきり言わないで欲しかった。
不満そうにヨナを見るカイルに、ヨナはニヤリと笑う。
「騎士に向かって石を蹴って殺されるなんて、あまりにバカ過ぎて、心配する前に笑っちゃうヨ」
「……」
確かにそうだ。バカ過ぎる。自分でもそんなバカなことをして死ぬなんて、バカバカしくて話にもならない。
自分には注意力と警戒心が足りない。カイルは自分の迂闊さにうんざりする。
ため息をついて前を向くと、隊列は白い鎧の騎士たちから、黒い鎧の騎士たちへと変わっていた。
「……ねえ、ヨナ。この黒い鎧の騎士団はどこの騎士団なんだ?」
「同じだヨ。これもラーサス騎士団ダ」
「そうなのか?」
「ああ。ラーサス騎士団は少しばかり特殊でネ。騎士団の中がさらに二つに分かれているンダ」
「白い鎧の騎士と、黒い鎧の騎士?」
「そうダ。白いほうが、白鷲騎士団。黒いほうが黒獅子騎士団と呼ばれていル」
「なんでそんなことになってるのさ」
「見てわからないカ?」
「?」
言われてカイルはまた隊列に視線を向ける。
しばらく見ていると、二つの騎士団には鎧の色以外にも違いがあるのに気づいた。
「白い鎧のほうは、女騎士が多いな……」
黒い鎧の騎士団はほとんど男ばかりだから余計に目立つ。
白い鎧のほうも女騎士ばかりというわけではないが、見た感じでは半分以上、六割ほどが女騎士のようだ。
「そうダ」
ヨナは頷く。
「あいつら、ラーサス領の貴族は伝統的に、男が家督を継ぐ家と、女が家督を継ぐ家があるらしいンダ。そして、それぞれ男系の貴族と女系の貴族は軽い対立関係にあるんだってサ」
「じゃあつまり、白い鎧のほうが女系の貴族家の騎士で、黒い鎧が男系の貴族家の騎士ってこと?」
ヨナは「その通り」と答えて続ける。
「まあ、男系貴族家のほうが多いらしいけどネ。ほら、見ていても、黒い鎧の騎士のほうが数が多いだロ?」
「たしかに……」
黒い鎧は白い鎧の騎士の倍ほどもいる。
華やかな白鷲騎士団に対して、威圧感のある黒騎士たちだ。
白黒の騎士たちは都市住人たちに人気らしく、見物している者たちから大きな歓声が上がっている。
ひと際大きな体躯と、豪華な鎧を身に纏う指揮官らしき騎士が、頭上高く剣を掲げた。
それが合図だったのだろう。騎士たちは立ち止まり、鞘から剣を抜いて指揮官に倣ってそれを一斉に掲げる。
【天央の燈篭】の灯りを反射してギラリと光るいくつもの長剣。それはまるで光の水面のように波打って見えた。
一体今から何が始まるのかと、カイルがあんぐりと口を開けて見守る。
ドンッ
と、太鼓が鳴る。
すると、騎士たちが剣を構える。
ドンッ
ゆっくり振り上げた剣を、「えいっ」と掛け声とともに振り下ろす。ここにいる全てのラーサス騎士たちが同時にだ。
さらに剣を下から振り上げ、クルリと一回転して横に薙ぎ払う。最後に飛び上がってから剣を振り下ろし、着地した姿勢でピタリと静止した。
「うわああああ!!」
観衆からひときわ大きな歓声が上がる。
その歓声が落ち着く頃を見計らい、騎士たちは剣を納め、何事もなかったかのように行進を再開した。
歓声を浴びて、心なしか騎士たちの表情は得意げだ。
「……ねぇ、ヨナ?」
「なンダ?」
「今のってなんだったの?」
「アレ? カイルは見たことなかったのカ?」
「うん。僕は去年まで、ずっと西岸地区にいたから、こんなことしてるのは初めて見た」
「そうカ。ま、いつもの人気取りというか、観客へのサービスだナ。ラーサスってのはどうも芝居じみてるところがあるンダ。恰好つけて、民衆から褒められたがるのサ」
「……僕、騎士ってもうちょっとこう、偉そうというか、平民からどう思われようとどうでもいいって感じなのかと思ってたよ」
「その通りだゾ。……ほとんどの騎士団はナ」
「……つまり?」
「ラーサスがちょっと変なンダ。ま、ワタシはお高くとまったやつらよりはマシだと思うけどネ」
なんとなく複雑な気分で、カイルはその少し変な騎士団を見送る。
ラーサス騎士団の隊列が終わると、その後ろにはまた別の旗を掲げる集団が現れる。
次に続くのは、六精神教のシンボルを旗に掲げた一団だ。
「あれはケセルエッテ司教領騎士団だナ。こっちも序列三位の大領地ダ」
カイルが訊く前に、ヨナがまるでガイドのように解説をしてくれた。
自分から気を利かせてくれるのはヨナにしては珍しいが、単に暇だったからだろうと、カイルは思う。
部隊を率いるのは、白馬に跨った女騎士だ。白銀の流麗な鎧兜を身に纏っている。兜に隠れて顔はよく見えないが、かなり歳は若そうだ。おそらく二十台だろう。
後ろに続く騎士たちは、厳めしい顔つきの、体格に優れたいかにも頑強そうな騎士たちだ。
「先頭を進むのが【先代聖女】ダ。後ろに続くのは修道騎士たちだナ」
「【先代聖女】?」
聞き慣れない単語にカイルが疑問符をつけると、ヨナがまた説明を始める。
「聖女ってのは、教会が公認した、まぁぶっちゃけて言えば深層迷宮攻略の現場指揮官ってとこだナ」
「そう、なんだ……」
聖女といういかにも高貴そうな響きと、迷宮攻略の現場指揮官では単語のイメージのギャップがすごい。
「でも、あの女の人は聖女じゃなくて、【先代聖女】なんだ?」
「ああ。なんでも、教会からの呼び出しを無視して迷宮攻略にかまけ過ぎて、教会から公認を取り消されたんだとサ」
「……」
カイルの脳裏に、迷宮に籠って夢中で魔物を狩り続ける聖女が思い浮かんだ。高笑いをしながら。
まるでヨナみたいだと思ったが、賢明にもそれを口に出すことはしなかった。
「な、なるほど?」
世の中にはいろんな人がいるものだ。なにか悟ったようなことをカイルは考えた。
その【先代聖女】は見た感じでは清楚な印象で、とても魔物狩りに夢中になるような女性には見えないのだが。
人は見かけにはよらないということだろうか?
鎧の上から神官の法衣を身につけた修道騎士たちが【先代聖女】に続いて一糸乱れずに行進していく。
ただ、あまり豪華な装備は身につけていない。ほとんどは傷だらけの地味な鉄製の鎧を使っている。頭髪や髭もあまり手入れしていないようで、乱れ放題だ。
騎士なのだから彼らも貴族のはずだが、見栄えを重要視するはずの貴族がここまで外見を気にしないのは異様に感じられるほどだ。
「なんか騎士っぽくないよね。冒険者だってもう少し格好つけるというか、見た目を気にするんじゃないか?」
「ああ、あいつらはネ。清貧とか謹厳とか礼節とか、……あとなんだっケ? 忠節だったカ? そういう戒律を頑固に守る連中だヨ。逆に言えばそれ以外のことにはまったく無頓着なのサ。面白みには欠けるが、実力は折り紙付きダ」
「ふうん」
脇目もふらずにまっすぐ前だけを見て歩いていく修道騎士たちは確かにすごく強そうだ。
(友達になりたいタイプじゃないけどね)
どうしても騎士団に批判的になってしまうカイルはそんなことを考えた。
隊列自体の長さはそれほどでもない。
騎士の数はそれぞれの騎士団で数十人から多くとも百人を少し超える程度なのだ。
「どうやらこの行列は三つの騎士団の合同の隊列のようだナ」
ヨナが呟いた。
修道騎士たちの後には、さらに別の騎士団が現れる。
最後に続く隊列は一角獣の紋章の旗を掲げて進んでいた。
「あれはメリエンテス騎士団だネ。確か序列は七位だったかナ?」
完全にガイドと化したヨナが厳かに告げる。
だがさすがに、七位くらいの順位の領地になると、完全に記憶してはいないらしい。
「また先頭にいるのは女騎士なんだね」
後に続く騎士たちの多くは男性なのに、率いる者はさっきの【先代聖女】に続き、また女性の騎士なのだ。
旗に描かれた紋章の通り、一角獣に跨って、妖精のように美しい女騎士が騎士団を率いている。
その肩には、小型の白い梟がとまっていて、まるで彼女の頬に甘えるように身体を寄せている。
「ああ、メリエンテス領の【貞淑姫】だナ。……むしゃぶりつきたくなるようないい女だロ?」
涎でも垂らしそうなニヤケ面でヨナが言う。
完全にオヤジのような口調だし、表情だった。
ヨナって女の子が好きなのかな、と一瞬思ったが、ただ下品な会話が好きなだけ、というほうがヨナらしい気もする。
だが、確かにその女騎士が美しいことはカイルも認める。
先ほどの、カイルに石をぶつけた少女の騎士も美しかったが、こちらのほうも負けていない。
美の神が慎重に配置したような形の良い瞳や真っ直ぐに通った鼻筋、桜色の唇などは森妖精ですら羨むかもしれない。
いや、エルフが美しいことを否定する者はいないにしても、まるで人形のようだとあまり好まない男も多い。
それに比べて目の前の女騎士は、完璧な美と、生き生きとした生気を両立しているのだ。少なくともヒューディマの男なら、ほとんどの者はエルフよりも彼女をより好むだろうと思われた。
その女騎士を先頭に、騎士たちは二列になって行進していく。迷宮の入り口を目指して。
三つの騎士団の中で、最後のメリエンテス騎士団の人数が一番少なかったが、それでも三〇人ほどはいただろうか。
いや、騎士の脇を固める従士たちも含めればもっとだ。
(こうして見比べると、それぞれの騎士団にも違いというか、特色みたいなものがあるんだな)
と、カイルは思った。
ラーサスの騎士たちはお調子者に見え、ケセルエッテ司教領騎士団は謹厳そのもの、そしてメリエンテスはといえば少し浮ついているように感じられた。
他の騎士団に比べると規律が緩いというか、騎士同士で雑談をしていたり、観衆を見て笑っていたりする。
時間にすれば恐らく数分に過ぎなかったが、騎士団が通り過ぎるまでカイルは随分長く感じた。
騎士たちの隊列が通り過ぎるのを待って、さあ行くかとヨナが歩き出す。
カイルは余計な邪魔が入ったせいで、せっかく入れていた気合が削がれたような気分だった。だが、それではまずいのだ。
なにしろ今日はカイルにとっての正念場だ。
理由はともかく、今日はヨナが、カイルに迷宮で思う存分無茶をさせてくれるのだから。
カイルは両手で頬をパチンと叩いて、もう一度緩んだ気分を引き締め直した。
「よし、やるぞ!」
敢えて口に出して自分に言い聞かせると、カイルは足音高く歩き出した。
◇◆◇
カイルがヨナと連れ立ってしばらく歩くと、やがて【第二壁】の長大な石壁が見えてくる。
ナルム迷宮を囲む円形の防壁だ。
巨大な黒い門があり、その両脇には鎖帷子を纏い、槍を手にした騎士がいる。
「いっつもあそこにいる騎士ってどこの騎士団の人なの?」
特に興味があるわけでもなかったが、会話の糸口を探してカイルがそう訊いてみる。
今までも何度もここを通り過ぎたが、足早に通り抜けるだけで特にそこにいる騎士に注意を向けたことはなかった。
「あれは修道騎士団の従士だナ」
ヨナが平坦な口調で教えてくれる。
「修道騎士団って、さっきの?」
「そうダ。さっき行進していったケセルエッテ司教領騎士団の仲間だナ。修道士でもあり、騎士でもあるっていう、大層立派な身分らしいけどネ、……なに考えてるかわからない無口な連中だヨ」
「ふうん」
立派な身分の彼らは、門を通る者を暗い目で睨みつけている。
だが、決して動かず、一言もしゃべらない。少なくとも無口なのは間違いないな、とカイルは考えた。
門の上には、巨大な横棒が左右の壁の間に渡してあって、その棒の両端にはやはり巨大な車輪が接続されている。
車輪にはロープが巻き付けられていて、それを引くことで城門が開閉されるのだろう。
門を抜けると、そこは外とはまったく違う空気が流れている。
(ここに来ると、いつもなんか場違いな感じがするんだよな)
周囲には、この世界を創造した六柱の神々の像が並んでいる。
天井近くの壁にはステンドグラスが嵌まっている。
さらによく見れば法衣を纏った神官らしき男がゆっくりと歩いている。
カイルはヨナの鎧の背中をトントンと叩く。
「なぁ、ヨナ、ここって迷宮を囲んでいる外壁の中だよね?」
「そうダ。後ろの、今入ってきた門のある壁が【第二壁】。正面の、これから通る門のある壁が【第一壁】になル」
ふたつの外壁の間に屋根を付けることでできた、間の空間が今カイルがいる場所のはずだ。
「なら、なんでこんな風に教会っぽくなってるんだ?」
「……うん? どうしたんだ急ニ? 別に今日初めてここを通るわけでもないだロウ?」
「いや、特に理由はないんだけど、なんか気になってさ」
「ふうん。ま、別に構わないけどネ。……人に訊く前に、カイルはどう思うンダ?」
逆に聞き返されて、カイルは顎に手を当てて考える。
「迷宮で死んだ冒険者をここで弔うためかな?」
「ああ。確かに滅多にないが、死んだ冒険者を外まで運んできた者がいれば、ここで弔うこともあるらしいネ」
「滅多にないんだ……」
「ウン。大抵は死んだ冒険者はそこに放置されるヨ」
「そうなの? 生き残った仲間がいても?」
「仲間がいてもダ」
「どうしてさ」
仲間がいるなら、ちゃんと連れて帰ればいいのにと、カイルは思う。死んだ後だとしても、一人迷宮に放置されるなんてあんまりだろう。
「仲間が死ぬような戦闘があった場合、大抵は死なずに済んだ冒険者もまったく被害がないってことはないンダ。怪我ぐらい負っているだろうし、それでなくとも戦力は減ってしまっていル。ただ迷宮の外に帰るだけでも大変な状況なンダ。そういうときに、仲間の死体を担いで戻る余裕はないサ」
言われてみれば確かに納得できる理由だった。
いくら大事な仲間でも、死体よりもまだ生きている者の命を優先するだろう。
とはいえ、ついさっきまで共に冒険をしていた仲間を放置する気持ちとはどんなものだろう。
そういえば、最初にレイクと共に迷宮に潜ったときに、死んだ冒険者をカイルは見た。もしかして、あのとき死んだドワーフの冒険者を、仲間の女戦士は放置して帰ったのだろうか?
カイルは思わず首を振って嫌な想像を振り払う。
自分もいずれそのようなことを経験することになるのだろうか?
いや、もしかしたら死体となって取り残される側になるのかもしれない……
「ま、そんなことは経験したくないよネ」
カイルの心の声が聞こえていたかのように、ヨナがそんなことを言う。
カイルは心の底から同意して頷いて、
「でも、弔うためじゃなければ、なんでこんな風に教会っぽいのさ?」
「ン? もう降参?」
「降参です」
そう言ってカイルはおどけたように両手を上げる。
「じゃあ教えてあげヨウ。ここはね、修道騎士団が守りを固めているからサ。さっきも門番を修道騎士団の従士が務めていただロウ?」
「うん」
「彼らの教会の教えには、混沌から民衆を守る盾となれ、というのがあるンダ。だから修道騎士団は必ず、その一部がここに駐留しているのサ。万が一迷宮から魔物が溢れたときには、ここで魔物たちを食い止めようとしているわけダ」
――迷宮が、溢れたとき……?
カイルの頭に、一年前の光景がよみがえる。炎。焔。ホノオ。燃え落ちる街。上空に羽ばたく亜竜の叫び。我が物顔で街路を闊歩する鬼ども。そして……
「カイル?」
我に返ると、目の前に心配そうにのぞき込んでいるヨナがいた。
「魔物が、……溢れたときって、じゃあ一年前も……」
「ウン。そうダ。一年前も彼らは精一杯ここで魔物を抑えるために戦ったンダ。結局魔物の勢いに抗しきれずに外壁を抜けられたけどネ」
「そっか……」
ぐるりと周りを見ると、青に教会の意匠を染め抜いたマントを身に着けた多くの騎士たちが、厳しい目をして屹立していた。




