一章 世界樹と神-③
「妙に張合いがないとは思っていたが...
まさか神樹を持たずに闘っていたとは...」
ヒノの言葉に、バアルは座っていた切り株から飛び上がり、目を輝かせる。
「つまりもっと強くなるってことだよなぁ?
おいお前、もっぺん俺とやろうぜ。
それもサシでよ。」
(神樹?
なんだそれ。
てかこれ使って神威使うとめっちゃ疲れるな...)
やり取りを他所に、リラは脱力しそうな体に何とか鞭を打つ。
ここで倒れたら全て水の泡...
力を示せと言われた。
仮にも学園のトップのクラスに所属するのだ。
(全力使って一人もやれませんでしたなんて、そんなオチは望んでないだろ...)
事実として、先程のリラの一閃はダムとヒノの攻撃を霧散させただけ...
僅かに爆発の際の衝撃でダムの蒼い鎧に少し傷がついた程度だった。
だが...
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(...いける...)
先程とは違う。
神威に振り回されていたような今までの感覚が嘘のようだ。
ニンリルの真似をして必死に覚えた神言【カミコト】...
今まではただ唱え、ただ力を放つだけだった。
(今は違う。)
今なら理解出来る。
この体を流れる熱い感覚...
これが神威...
今まではただ力の塊として扱っていたが、今なら手足のように使える。
「もっとだ。
もっと...」
力を血脈に沿って...
心臓から全身へ...
腕から手へ、手から剣へ...
必要以上の力は要らない。
少しの力でも、神威はこんなにも軽く、速く、そして重い...
おもむろに剣を構え直す。
型なんてない無頼の剣技...
今までニンリルに教えられ、ただひたむきに振ってきた鉄の塊が、ようやく言うことを聞いたような気がした。
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「迂闊に攻められんな...」
剣を肩に担いでいる...
明らかに斬ってこいという挑発...
それに、おそらく神樹を初めて手にしたのだろう。
先程とウチガワを流れる神威の色が違う。
(気を...引き締めねば...)
「力を持つ者」と「力を知る者」とでは雲泥の差がある。
それが、篝火の里で言われる弱者と強者の違いだった。
千の剣を持ってしても一の盾は挫けず...
万の盾を持ってしても一の槍は引かず...
戦いとは、知る者の行為...
それにおいて、愚者の行動は全て無意味な動作でしかない。
愚者の抜刀は抜刀に非ず。
愚者の剣技は剣技に非ず。
己の力を知り、理解し、はじめて...
剣を握った姿が「構え」となり、歩く姿が「歩法」となるのだ。
(はじめてだ。
こんなにも異質な...
人外と刃を交えたような感覚は...)
人の域を超えたかのような錯覚...
ヒノは、無意識に己の獲物にグッと力を込める。
先程の投槍とは形を変えた炎の太刀の柄が、加えた力の分だけ歪に形を変える...
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殺気と殺気をぶつけ合う...
そんな戦いを横目に、ふわりと欠伸をする者たちがいる。
「貴方は、戦いに参加しなくていいの。」
不意に少女が呟く。
リラの詠唱をほとんど使わない戦い方を興味深げに観察しながら、興味本位で、知人になるであろう者に声をかける。
甘い少女の声は、どこか冷酷で、冷淡で、その無機質な感情を表しているようだった。
「僕は、やるべきことはやったよ。
まぁ、泥沼と岩の槍じゃ、せいぜい牽制にしかならなかったけど...」
少年とも少女とも取れるような柔らかい声。
深めに被ったキャスケット帽の内側では、広場を照らす篝火の加護が、表情の見えない暗い瞳を映し出す。
「それより、君こそいいのかい。
貴重なサンプルなんだろ?
彼。」
それはそうだ。
蘭風の加護を得る者は、詠唱の簡略化や二重詠唱式など、私の研究成果に多大なる貢献をしてくれた。
「彼、凄いね。
他の候補生と違って場慣れしてる。
無詠唱は、いくら適正があっても相応の神威量がないとそもそも発動できない。
できたとしても、長期間の戦闘には向かない。
だけど...」
そう。
だからこそ凄いのだ。
本来未知の相手と戦う際には、まず出方を伺い、パターンを学習し、相手の苦手な分野をぶつける。
戦闘においては、この速さが勝敗を分けると言っても過言では無い。
「あなたから見て、彼は凄いの?」
当然。
そう返す。
何故なら、今の戦略はあくまで、後出しジャンケンで優位をとるためでしかないからだ。
戦闘とは、刻一刻と状況が変わる。
多人数を取れている候補生側に対し、風の彼は一人...
余計な思考にリソースを割くくらいなら、常に後出しジャンケンを強いる側に回れば良い。
「その一番簡単で、実践的で、難易度の高いのが...
君の研究対象であろう無詠唱...
いわゆる戦いにおける神の領域さ...」
微笑みながら、風の彼を見る。
そこには、なんの迷いもない。
「彼、既に候補生側に勝ってるよ。
正式な決闘じゃなく、純然な殺し合いでなら...ね...」
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イザベラとピグの会話は、的を射ていた。
事実、こと手加減無しの殺し合いなら、力任せの戦略が目立つ候補生達よりも、効率を意識するリラの方に軍配が上がっただろう。
しかし、勝負は非情であり、冷静であり、時に残酷なものだ。
「リラよ、なにか弁明はあるか。」
「なにも...ありません...」
気づいた時には肩で息をしていた。
途中からの記憶がないが、恐らく敗因はシンプルだろう。
(スタミナ切れか...)
神樹を初めて手にした全能感。
それに勝てなかった己のミスだ。
ひとりでなんでもやれる気になっていた。
人数不利だと騒ぐことも出来るだろうが、そも、戦闘とは一対多数の状況も視野に入れなければならない。
「...リラ・ウガリット...
君に勅命を下す。」
「はい...」
「...君に、神騎ニンリルの一級特務生として、ハイクラスへの配属を命ず。
以降は、ニンリル・ウガリットからの命令まで待機。
以上だ。」
命令を下すと、イグニは何事も無かったかのようにグラズヘイム宮を後にした。
「...」
帰りの馬車の中で、リラは珍しく、その不機嫌な顔を隠そうとはしなかった。
普段、蘭風の前では神騎補佐として笑顔を絶やさないあのリラがだ。
「珍しいものね、貴方がそんなに感情を表に出すなんて。」
蘭風の言葉に思わず頬を触る。
不機嫌なのは分かっていたが、まさか自分でも顔に出るほどとは思っていなかったからだ。
「特務生か。
そういや、そんな制度もあったな。
あの学園は。」
ニンリルの言葉にさらに不機嫌さが募る。
特務生...
本来、神騎は聖神騎【パラディン】、純神騎【ノア】、神騎【ナイト】の三階級に分けられる。
そして、神騎候補生は一般生、常務生、特待生、特務生に分けられるのだとか。
「一般生は、普通に学問を学び、普通の職に着くことが多い。
神騎だって、常に募集してる訳じゃないしな。
常務生は、神騎【ナイト】を目指す奴らだな。
クラス分けは、そいつの能力だけじゃなく目指す階級でも変えられる。
特待生は数人しかいないが、純神騎【ノア】...
すなわち、各拠点の神騎のまとめ役になる奴が多い。
いわゆる管理職ってやつだ。
そして...」
特務生。
聖神騎【パラディン】の素質ありと見なされた者が選ばれる。
神騎としての力は勿論のこと、神の剣としての才能を認められた者が、その力の枷として背負う称号だという。
「本来、特務生は二年目の実力考査で判断される。
現職の聖神騎が、己の後釜として選んだという証でな。
毎年選ばれる訳じゃない。
神によっては数百年に一度の栄誉ある称号だから。
それを入学初日の一年坊に与えるなんてな。
イグニの野郎も考えたもんだ。」
一年生に称号を与える。
その特例を可能とするために、わざわざ「一級」なんて大層な名前を付けたのだろうとニンリルは言った。
(力は認められた...ってことか...)
確信はある。
少なくとも、ニンリルとの修行で叩き込まれた技は、俺の血と成り肉と成っている。
安堵もある。
不確定な吊り橋を渡るよりも、現聖神騎からのお墨付きともなれば、白昼堂々と天涙について...
母さんについて調べられる...
「...浮かない顔だな、リラ...」
ニンリルがまっすぐこちらを見つめている。
物心ついた頃からの付き合いだ。
多少は、お互いの心の内を読み取ることだってできるだろう。
「お前が弱かったのが悪い。」
「ニン...」
ニンリルを遮ろうとした蘭風様に首を振る。
わかってた。
この心にあるしこりのような違和感の正体には...
ずっと分かっていたのだ...
「...強くなれ、リラ・ウガリット...
お前の行こうとしてる道は、茨の道だ。
人がかつて歩き、育み、廃れ、忘れられた道だ。
無傷で通れるなんて思うな。
お前一人だけの怪我で済むように、人を護れる力をつけろ。」
ニンリルの瞳には、いつものようなお遊びのような表情は、一切ない。
竜が己の子を育てるように...
その翡翠の瞳は、まっすぐこちらを見ている。
「俺、強くなれるかな...
トレーネを、蘭風様を...
ニンリルを護れるくらい、強くなれるかな。」
迷いのない瞳だった。
幼い頃からずっと見続けてきたウノスさんの忘れ形見。
あの人の大切な結晶が、今初めて、剣として研ぎ直されたように感じた。
「あぁ、なれるさ。
お前は、ウガリット【飛翔する竜】...
だからな。」
夕日に照らされたニンリルの顔は、会ったこともない母を思い出させた。
俺たち三人は、言葉を交わすことなく...
ただ紅く染まる馬車に揺られ、日常への帰路に着くのだった。
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