序章 三部
そこから村はてんてこ舞いだったらしい。
神の候補が二人、それに神騎まで村に現れたのだ。
四六時中お祭り騒ぎで、村は長い歴史の中で類を見ない程の豊かな発展を遂げた。
「まぁ、その話は後でね。」
話が逸れるところだった。
かくして、私たちは王都で様々なことを学んだ。
先に述べた外交や国学だけでなく、神威とは何か、世界樹とは何か、人と神とは何か...
「今も学園にいらっしゃるのだけど、フリーマン教授の講義はとてもためになったわ。
いずれはリラも、訓練の合間に聞いてみるといいわ。」
リラが少し目を輝かせた。
相変わらず、ウノス譲りの学問へのひたむきさは羨ましいと素直に思う。
知識は薬にも毒にもなる。
自分の身の丈には余る程の知恵を手に入れた時、人はそれに恐れを見出す。
そして何とかその恐怖を克服しようと、己の欲望に投影し、律しようとする。
(でも...)
おそらく、この子なら大丈夫だろう。
知識とは俯瞰して観るべし。
それがフリーマンの教えだ。
その舞台の当事者になってしまえば、どうしてもそこに「己」が混じってしまう。
だが、この子は実に見事に物事を俯瞰できている。
これなら、この子が知識に怯えることはないだろう。
「楽しいひと時だったわ。」
何より、また三人で共に居られるという事実が、私には堪らなく嬉しかった。
それは、神になったあとも変わらなかった。
数年の後。
私達は学園を卒業。
無事に襲名式典を終わらせ、それぞれの地に国を築いた。
私はこの港町アネモスを。
学友をあまり作らなかった私は、私の愛した人たちと共に、この小さくも美しい国を創った。
トレーネもその際に出会ったのだが、それはまた別の話となるだろう。
マリアンはアネモスから北の方に国を築いた。
ウノスは、当初の宣言通りマリアンの神騎になった。
正直、今でもあの頃の出来事が夢だったのではないかと思う。
ふと言を飛ばせば、いつものように蘭風の加護がマリアンとウノスの想いを乗せてきてくれる...
「...駄目ね。
昔のことを考えるのは私の悪い癖...」
この先のこと。
マリアンとウノスがその後どうなったのかをこの二人に話すのは簡単だ。
...
だけど、それは今じゃない。
この子達が自分の意思で過去を知りたいと願い受け止めた時、その道を正しいと信じられるような大人でいる。
それが私たちができることだから。
...
「リラ。
リラ・フーガ・ラクリマよ。」
不意に自分の名を呼ばれ鼓動が逸る。
これまでの話を聞いてずっと考えていたことがある。
ついさっきまでの感情とは全く別の感情...
神であった母、神騎であった父...
何故母の死後、父は母の愛した国を出たのか...
何故頑なに父は母について生きている間に語ることがなかったのか...
最初は蘭風様を頼るだけでいいと思った。
父の代わりに事情を知っていそうな蘭風様から詳細を聞く。
対価として、俺は蘭風様の神騎となり、剣となり、盾となる...
それだけでいいと思っていた。
(待ってくれ...)
ただの俺の性格だったから...
知らないことがあるのが嫌なだけだから...
(その先は...)
でも...
(その先はきっと...)
きっとそうだ。
その先は俺が知るべきことだが、俺が聞くべきことではない。
自分で学ばなければならないことだ。
過去を知るべきではある。
でもそれが人づてであってはならない。
自分の過去を知りたいなら、自分で学び、考え、感じなければならない。
(だから...)
「待っ...」
「貴方に、イルミンスールへの国司としての派遣を許可します。」
...
え?
「ただし条件が二つあるわ。
一つ目は、貴方が私の神騎としてイルミンスールにある神騎の育成校に入学すること。
かつてウノスが貴方の母に誓ったように、貴方は私に忠誠を誓いなさい。
二つ目は、学校では一学生として学問を学び、そのほかの空いた時間は神騎候補官としてニンリルから国を、人を学ぶこと。
いいわね?」
驚いた...
ただ国司として派遣されればよかったが、まさかあの蘭風様が神騎を増やすとは...
他の神の間でも、蘭風様が神騎の数が少数精鋭なのは有名だ。
決して人に弱みを見せず、決して人に隙を見せない。
そんな彼女が、ウノスの息子だからという理由だけで俺を神騎にまでするとは...
「貴方を国司として派遣するのは、学士課程が終わる三年間。
その間、私の権限で王宮図書館の他にも色々なアーカイブにアクセスできるよう通してあげる。
...ここから先は、分かるわね...」
知りたければ、己で学べ...ということか...
ここまでお膳立てされて、断る道理はない。
何より、俺の忠誠が蘭風様にあるのは変わらない。
ただ少しだけ、今よりも、俺が考えた未来よりも動きやすい舞台を彼女が整えてくれた。
それだけの事だ...
「はっ。
不肖、リラ。
その命、謹んでお受け致します。」
こうして俺は、蘭風様やトレーネ達と共に...
幼きトレーネを故郷に残し、父母の軌跡を辿る旅に出たのだ。
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三日後。
王都近郊。
王都イルミンスール。
人口およそ三千万人の大規模な都市国家。
王都を含めた周辺地域は祝水の加護で満たされており、中央にそびえる世界樹を人目見ようと、世界中からあらゆる人がやってくる。
最古にして最新の国と呼ばれており、加護の影響が最も強い。
都市神として祝水を信仰しており、水の民と呼ばれる人々が住む。
世界樹の根元にはグラズヘイム宮と呼ばれる宮殿があり、七人の神が年に1回催事を執り行う神聖な場として知られる。
またその他に各国家間の外交の場でもあるのだとか。
「グラズヘイム宮には守護門番がいるから、不用意に近づくなよ。」
ニンリルの言葉に少し戸惑う。
(あのニンリル姉が、守護門番に注意しろだなんて...)
それもそのはず、そいつは神の寵愛を受け、自らを鳥の姿として神と世界樹を護っているらしい。
名をヴィゾーヴニル。
篝火の加護にその他のあらゆる神の神威を少しづつ注ぎ込んだことで、どの神にも倒せない無類の強さを誇るという。
「イルミンスールでも学ぶだろうから、周辺都市については省くぞ。」
その後、ニンリルは基礎教養の範囲としてこの世界の「国」について教えてくれた。
港町アネモス。
主に海運漁業が盛んで、イルミンスールの他に他の国とも積極的に国交を開いている。
都市神として蘭風様を信仰しており、風の民と呼ばれる人々が住む。
篝火の里。
主に鉄鋼業などで栄えた集落。
大陸東部に位置する。
イルミンスールとは地続きになっており鉄の製造だけでなく様々な建築や装飾など職人の街として知られている。
都市神として篝火を信仰しており、火の民と呼ばれる人々が住む。
産業国家インドラ。
主に電気産業で栄えた産業国家。
電池や発電など様々な科学設備に携わっており、篝火の里との交流が最も盛んだ。
都市神として銘雷を信仰しており、雷の民と呼ばれる人々が住む。
遊牧民族アダマー。
固有の土地はなくただ気ままに様々な国を行き来する遊牧民。
その存在自体が加護であり、彼らが歩いた場所は海であろうと地面となり、死んだ土は瞬く間に息を吹き返すという。
都市神として恵土を信仰しており、土の民と呼ばれている。
魔法都市エルドラド。
世界樹を中心に六つの国の上空をぐるぐると旋回している浮遊都市。
人々は知恵を使い、凡人が奇跡といい、賢人が現象と呼ぶ魔法について日夜研究している。
都市神として神秘を信仰しており、知恵の民と呼ばれている。
「そして、蘭風様が言えって言うから一応の説明な。」
荒廃した名も無き都市。
国としては機能していない。
ただそこにいる人たちは変わらず毎日花に水をやる。
一切の外交を遮断し、加護を拒み、ただひたすらに咲くことの無い花に水をやり、一人の愛しい人を待ち続ける。
都市神としては天涙を信仰しており、もはや無名の民と呼ばれる。
「...彼等は、またの名を...」
ガタッ。
と、先程まで今にも死にそうな蒼白い顔をしていた蘭風様が動き出す。
余程波に酔ったのだろう。
船に乗って移動してからおよそ三日。
はじめは神威を使って少し宙に浮くことで酔いを凌いでいたが、流石の神様も三日も力を使えばガス欠になる。
徐々に高度が落ちていき、しまいには溶けてスライムのようになっていた。
「蘭風様?」
「おっ」
「お?」
「おりるぅぅぅぅうろろろろろろろぉ」
あああああああああああああ。
「ニッ、ニンリル姉ぇ。
蘭風様がぁ!?」
「ほっとけ。
いつもの事だ。
それより...」
およそ船から身を投げそうな蘭風様を横目に、世界中から人が集まる、ヒトの身には余りにも大きすぎる都市が眼前に広がる。
「見えてきたな。
これが、水の都。
王都イルミンスールだ。」
次回更新は5月11日を予定しています