一章「世界樹と神」- ⑦
フリーマンの特別講義。
ユノス学園の生徒の中でもひと握りの人間しか受けることが出来ず、他の生徒は休み時間の合間を縫って立ち見をしに来るほどだという。
そんなフリーマンの専門科目。
それは...
「神威学。
神威についてのあらゆる体系を紐解き、様々なものに応用していく学問じゃ。
中でも儂は、神威性質学を生業にしておるが...」
ガタッ。
という椅子から立ち上がる音に目を向けると、迷わず音の主はフリーマンの横に並び立つ。
「まずは基礎学。
神威構成学を教える講師の紹介じゃ。」
「うん。
神威構成学特別臨時講師。
みんなのイザベラ...だよ...☆」
キャッピキャピのイザベラに一同驚愕。
両手でピースを作りさながらギャルのようにこちらに向けているが、死んだ魚のような目に言いようのないおぞましさを覚える。
「じゃあ、早速だけど講義に入るよ。
神威についてはざっと説明するね。」
神威とは、世界樹から与えられる恩恵。
それを、神という端末を媒介にして力として与える。
「そして、この力は術式を通して世界樹の掌握範囲で起きたあらゆる自然現象を再現可能にする。
再現された力を私たちは神術って呼んでる。
私の研究は、その術式を効率化して、いずれはあらゆる術式を無視した真の無詠唱神術を実現すること。」
なるほど。
改めて、ニンリルとの模擬戦や入学式の実力試験を通して実感した。
単に神威を振るうだけじゃ駄目だ。
しっかりとイメージを形にして撃ち出す。
術式を理解し、威を「術」に昇華する。
それが、神騎における強さの格なのだろう。
「術式にはいくつかのパターンがあるから順を追って説明するね。」
まず手詠印。
手で印を結んで詠唱を行う方法。
素早く行えて準備物は必要がない。
ただし己の神威のみを利用するため威力は使用者にかなり左右される。
次に式詠印。
空中に記述式を書くことで詠唱を行う方法。
空中に専用のペンやタクトなどを用いて行う。
手詠印とは異なり言葉による詠唱は不要。
空中に漂う精霊などから力を借りるため素質が必要。
最後に地詠印。
大地に方陣を書くことで詠唱を行う方法。
神威と詠唱、方陣を用いることで使用が可能になる。
また、神威さえあれば誰でも発動が可能。
大地から直接神威を借り受けるためその威力は絶大だが、発動までの時間がかかることとその必要神威量から軒並み秘術クラスの術式が多い。
「ここで、みんなが恐らくは疑問に思ってると思うリラの術式について説明するよ。
リラ、説明して。」
「丸投げかよ。」
まぁいい。
「名前をつけるなら、手式詠唱印かな。
イザベラの論文を参考にして俺が一から構築した詠唱式だ。
手に記述式を予め書いておくことで、詠唱を簡略化した状態で加護を使える。
それに、この記述式も本来の式に比べて方印で表して簡略化してる。
俺は、加護の発動条件を一定周波数の音にしてるから指を鳴らすのがトリガーになる。」
「はい、説明ありがとう。
後で私のサインをあげよう。」
まじかよ。
額縁に飾ろ。
「今の話でわかるように、術式はいくつかのパターンを組み変えることで簡略化できることが証明されてる。
リラの例を見てみよう。
指を鳴らすという動作をトリガーにした手詠印、鳴らした音をトリガーにした式詠印、事前に用意した方印に作用させる地詠印。
私の知る中で、リラの詠唱式は特例中の特例。
持ってる神威の量がアタマワルイからできるだけ。
ただの力技。」
「うっわ、リラひでぇ言われようだな。」
「ほっとけ。」
確かに、俺の詠唱印は一回一回の疲労感が半端なものじゃない。
「ただ、発想は悪くない。
むしろ、真の無詠唱を目指すためには避けては通れない。
神威の量は課題として残るけど、ここまで綺麗な術式のコードは初めて見た。」
「質問いいか。」
「どうぞヒノくん。」
「コードとはなんだ。
術式は、それ一つ一つが全て完成系だ。
構築された術式からひとつでもかけるとその術式は起動しない。
術式とコードの違いはなんだ。」
そりゃそうだ。
普通はここまで深い話はマニアでもない限りしない。
それほどまでに、イザベラの教えている内容はとても深い領域なのだと再度思い知らされる。
「術式は、簡単に言うと数学における解。
答えはひとつしかないから、当然見当違いの答えじゃ術式が起動することはない。
コードは、この解を導くための方程式。
詠唱式にあたる部分だね。
無数の解き方から答えを導くように、コードは複雑になればなるほど扱いが難しいけど、より多方面から解を導くことが出来る。
この詠唱式というコードをパズルみたいに綺麗に重ねることで、各術式のいいとこ取りができるってこと。
それも踏まえて、私からもリラに質問...」
「へっ!?」
不意に話を振られ素っ頓狂な声が出る。
「リラは、私の論文をきちんと理解した上でコードを組んでる。
なのになんで、肝心の神威そのものに対しての理解が乏しい?」
「それは私も疑問に思っていた。
入学式の時もそうだが、神樹に対しての理解もないとみえる。
お前のその偏った知識はどこから来るんだ。」
まぁ、そう思われるだろうとは思っていた。
「ニンリルは、基本戦闘訓練しかしてくれなかった。
神威を使わない純粋な白兵戦のやつな。
だから、直接誰かに教えてもらったとかはない。
アネモスは交易の港だから、たまに来る行商から新聞とか神騎の特集を組んだ雑誌とか買って読んで覚えたんだよ。」
あぁ。
と各々納得の意を示す。
そもそも、神威とは生活に身近なレベルの話ではない。
生まれながらにして寄り添うものだ。
人が手足を動かす時に意識しないように、物心が着いた頃には神威が傍にあり、死する時は神威と共にある。
「実際俺も、叔父貴や神さんなんかから耳にタコができるくらい聞かされたからなぁ。
意識するって言うより身近にあったもんだから、誰かに教えてもらうっていう感覚はなかったな。」
「篝火の里でも、小さいうちに大雑把に神様の話に加えて話すくらいだな。」
「イルミンスールでは神騎の教育過程に理論展開の座学はあるが、大まかには父母から聞いた話ばかりだからなぁ。」
あぁ、と納得する。
「俺、両親いないんだよ。
父親は二年前に死んだけど、母親は顔も覚えてない。
小さい頃から、俺と妹の世話に必死で親父もそんなこと教える余裕なかったのかもな。」
そういった瞬間ハッと我に返る。
(やべ、空気重くなった)
「...まぁ、誰でも嫌な過去のひとつやふたつあるだろ。
戦争に出りゃ嫌でも仲間の死を見ることになる。
だがまぁ...」
バアルの言葉に呼応するかのようにイザベラはゆっくりとリラが頭を撫でる。
「がんばったね。」
たった一言だった。
そのたった一言で、今日までの自分が救われたように感じた。
「ガキじゃねぇんだぞ...
...ありがとな...」
俺たちは各々胸の内に蓋をしたまま、イザベラの講義に戻るのだった。
次回更新は3月25日を予定しています
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