7話
町から帰ってきてから、買ってきた薬草の下準備などを行うのに数日を要した。
レイス様はその間に、ウサギとは思えない動きで掃除や洗濯などを手伝ってくれるようになった。
ジャンプ力も普通のウサギとは桁違いである。
洗濯物を干し終わり、二つ脚で立って、ふぅと息をつく背中を見つめながら私は声をかける。
「ウサギ技じゃないわね」
「ミラ嬢。ふっ。すごいだろう。ウサギの体の使い方がだんだんわかって来た。ここに来るまではもう必死でそんなことに構っていられなかったが、今ならば分かる。私はもっとウサギの高みを目指せる!」
「……そう……」
「あぁ」
キラキラとした瞳でそうレイス様は言うと、ふぅと汗をぬぐい、それからぴょんぴょこと今度は調理場の方へと向かう。
気がつけばタオルに紐を縫い付けてエプロンを作り、それを腰に巻いている。
家では好きに過ごしていいし好きなものを使ってもいいとは言ったけれど、予想を超えてくるレイス様である。
調理場をのぞくと、いつの間にかウサギでも使える階段式の段差を作っており、それを器用に上るとそこもまた掃除をしていた。
働き者すぎて、私は本当に王子様なのだろうかと疑念を抱く。
「あの……王子なのよね?」
「ん? あぁ。王子だ。あーただ、私は第三王子で、第一王子が国王、第二王子が王国を守る騎士団、第三王子の私は王国の外交の役割を現在になっていてな……存外いろんなことをする機会が多くて。なので雑用は得意だ!」
どうしてだろうか。
自分の想像とは違う外交の世界がありそうだぞと思いながら、私は窓の外を見つめながら呟く。
「私の、知らない世界がまだまだあるのねぇ……」
「いろんな世界があるぞ。たとえば、そうだな……上半身裸になって全力で歌う部族とか」
「まって。貴方、外交なのよね? 冒険者じゃないわよね?」
「たまにふらりと冒険に出たこともある」
「待って、王子よね?」
「あぁ!」
大きくしっかりとそう言われ、私はアレクリード王国の王子とは結構大変なのだなと思いながらも、自分は自国だけの考え方に囚われてきたのだなとそう思った。
世界は広い。
それなのに、私は狭い世界の常識しか知らず、知った気になっていたのかもしれない。
小さく息をつき、私はエプロンを取るとレイス様に言った。
「下準備は終わったから、今度は森に自生している薬草の採取に行こうと思っているの。森の奥の方までいくから、1日か……数日間は森の中で野宿ね」
「野宿? いや……その、野宿しなければ、難しい場所なのか?」
「えぇ。自生しているのは見たことがあるから、場所は把握しているわ。時期によって自生の場所も変わるし、どうしても難しい薬草が多くて、時間がかかるのよ。さて、準備をして出発するわよ」
「いや、待ってくれ。だが女性を野宿させるというのは」
その言葉に私は笑い声をあげる。
「野宿くらいしたことあるわ。雨に打たれながら地面に転がったことだって、ゴミにまみれたことだってある。別段野宿くらいは平気よ」
そう告げると、レイス様が驚いた様子で固まる。
「え? どうしたの?」
「……なんでもない」
「そう。なら行きましょう」
私は支度を整えると、リュックを背負い、ブーツを履きローブを纏う。
必要なものは最低限に持ち森の中を私達は歩き始めた。
私はこの前町で買った魔法具を取り出すと、それを首から下げた。
「それは?」
「獣よけの魔法具よ。これがあれば殺気出さなくても大丈夫。一週間は使えるから、今回の採取にはもってこいだわ。ただ、今回はいいけれど、薬が足りなかったら次回は大変ね」
「苦労かけてすまない……」
「いいのよ。今回は安全だし」
「……獣に襲われる心配がないのはいいな」
「えぇ」
「まぁいざとなったら私が助ける。大丈夫だ」
「ふふふ。ウサギの王子様に守ってもらえるなんて素敵ね」
想像してみると可愛らしくて、私は笑いながらレイス様を抱き上げるとそのふわふわの体を優しく撫でた。
「ありがとう」
「ううぅ。私はれっきとした大人なのだぞ」
「ふふふ。わかっているわよ」
あまり抱っこは好きではないらしいので、ちょっとしたら私は下ろしてあげた。
するとぷうぷうという可愛らしい鳴き声をあげていて、ぴょんぴょことまた歩き始めたので、私もその横を歩く。
「今日は獣よけをつけているから、おしゃべりしながら行きましょ」
「あぁ、なるほど。そうか。この前は私は殺気を放っていたし、ミラ嬢は荷物を持っていたからぜぇぜぇ言っていたもんな」
「ぜぇぜぇって……重かったから仕方ないでしょう」
そう言うと、レイス様は申し訳なさそうにうなずく。
「本当にそれは、申し訳なかった。ミラ嬢の細い腕や足が……プルプルしていて人間であったならば……」
「あーら、あれ、結構重かったのよ? 貴方が人間の姿だったところで、ぷるぷるしたんじゃないかしら?」
そう告げると、レイス様は微妙な表情を浮かべる。
「あの、ミラ嬢」
「なに?」
一体なんだろうかと思っていると、レイス様は申し訳なさそうに言った。
「すまない……私、そんなか弱くないんだ」
「は?」
レイス様は耳を垂れ下げて、しょんぼりとした様子で呟く。
「私……図体がデカいし、筋肉もある……か弱くなくて、申し訳ない」
「え?」
「可愛い男や美しい男ではないのだ……すまん」
一体レイス様は私を何だと思っているのだろうか。
そもそも私は人間の姿のレイス様には興味がない。
そう……興味がないはずだ。
だから、私はハッキリと告げた。
「どんな姿でも別に問題ないわ」
そう告げた途端、レイス様が嬉しそうにぱあぁっと表情を明るくすると、さっきよりも軽やかにぴょんぴょこと跳ねる。
「そうか! そうか! よかった。よかった!」
嬉しそうにする姿に、どうして? と首を傾げてしばらくしてから、私はハッとする。
今の言い方で、良かったのだろうか。
だけれども喜ぶレイス様に今更、先ほどの言葉を言い直すことも出来ず、私は何とも言えない気持ちのまま、レイス様の横を歩いたのであった。
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