6話
結局その日は街に一泊し、それから翌日に家に帰ることになった。
翌日朝一で私達は買い出しを済ませていく。
解呪に必要なのは森の中では採れない薬草もある為、それらはここで購入をしていく。
それが終わった後に日用品で足りなかったものも買い町を出た。
昨日から私はレイス様とまともに話が出来ていない。
私が不機嫌だと思っているのか、レイス様もこちらの様子を窺っているようだ。
不機嫌なのではない。ただ、どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
レイス様の当たり前と私のこれまでの当たり前とが違いすぎて、それに戸惑っているのだ。
だけれど、このままではレイス様に失礼だなと思い、私は森を歩きながら口を開いた。
「ごめんなさい。失礼な態度を取ったわ」
すると私の足元をぴょんぴょんとついてきていたレイス様は足を止め、そして前足を上げてこちらを見つめる。
私達は見つめ合ったまま動きを止め、レイス様は迷ったように口に手を当てて、それから言った。
「いや、いいのだ。私こそ、色々と思慮不足だったのだ。すまない」
こちらに気を遣ってくれているのだろう。
「……いえ……じゃあ行きましょうか」
「あぁ行こう。ミラ嬢。本当にありがとう。必ず元に戻りこの薬代なども支払う」
その言葉に、私はふっと笑ってしまう。
「それはありがたいわ。結構な痛手ですもの」
「う……十倍にして返そう」
「ふふ。ふふふふ」
レイス様は優しくて真っすぐな人なのだろうなとそう思った。
表裏がなくて、一緒にいてすごく居心地がいい。
王族なのにもかかわらず、不遜な態度もなくきっと皆から好かれているだろうなと想像に難くない。
森の中をそれからはひたすらに歩いていっていると、レイス様が口を開く。
「行きとは違う道なのだな」
よく森の中なのに気がついたなと思いながら、私はうなずき返す。
「後を付けられたりすることがあれば、危ないから、出来るだけいろんな道を通るのよ」
道とは言っていても獣道である。
誰もついては来ていないと思うけれど、それでも用心には用心を重ねる。
私達が家に帰りついたのは、太陽が陰り始めるころであった。
家の中に入り鍵を閉めると、私は重たい荷物を床へと下ろし、それからローブを脱ぎ、身軽になると、桶の中に水を溜めてその中に火の魔石を入れてくるりと一周回す。
手を入れてみればちょうどいいお湯の出来上がりである。
それに二枚のタオルを浸し、一枚のタオルをよく絞るとレイス様に声をかけた。
「体を拭きましょう。泥だらけでしょう」
「え? あ、いやいやいや。自分でするから大丈夫だ」
「いいから」
私はそう言うと少し嫌がるレイス様を抱き上げると、体を絞った温かなタオルで拭き始める。
手足がかなり汚れているので入念に拭いていくと、あっという間にタオルは真っ黒になった。
「ほら。汚れてたでしょう?」
「うぅぅ。あぁ……ありがとう……」
それから不貞腐れたのかレイス様は部屋の隅にいってしまった。
私はブーツを脱ぎ戸棚に入れると、着ていた洋服を脱ぎ、シフトという長いワンピース型の下着姿になる。
レイス様は今はウサギなので男性扱いをしていない私は、先ほどお湯に浸しておいたもう一枚のタオルを絞ると体を拭き始めた。
宿でお湯に久しぶりに浸かったのだけれど、やはり森を歩いてくると汚れるし汗をかくのでこうやって拭くだけでもすっきりとする。
「本当は全部脱いでしたいところだけど、さすがにそれは我慢ね」
ぼそっと呟くと、恐らく私が洋服を脱いだ気配を感じ取ったレイス様は私に背を向けたま声を上げた。
「いやいやいや。ダメだろう。頼む……私をウサギとしてカウントしないでくれ。一応男なんだ」
「あら、それなら一緒に暮らせませんが?」
「確かに……」
「ふふふ。今はウサギということでご容赦くださいな。それにちゃんとシフトは着ているわ」
「わぁぁぁ! 想像してしまう! やめてくれ!」
「人を化け物のように言わないでくださいな」
「化け物であればよかったが、ミラ嬢は美しき女性だぞ! 分かるか⁉」
「いえ……何を言っているのかまったく」
私は何を言っているのかよくわからなかったけれど、とにかくこの格好がだめなのだろうなと思い、寝着用のワンピースへと着替えを済ませる。
「ほら、洋服着たわよ」
そう告げるとやっとレイス様はこちらを向き、それからぴょんぴょことこっちへとやってくる。
その仕草が可愛らしくて、口元が緩む。
時計の針を見ると、夕飯にほど近い時間で、自分達も結構な疲労感である。
町で買ってきたパンに私はたっぷりの自家製ジャムを塗り、買ってきたミルクを用意する。
レイス様には野菜と少量の果物を切って出す。
それを見つめながら私は呟いた。
「……人間に戻ったら、ごちそう作ってあげるわ」
自分でも、自分の呟きに驚いた。
人間の姿に戻ったら?
「え? なんと言った?」
レイス様のその言葉に私は慌てて話題を逸らした。
「お腹空いたわ~。家で焼くとパン固くなりがちだけれど、買ってきたパンはやわらかいものなの! 奮発したわ。食べましょう! いただきます」
久しぶりに食べた柔らかなパンは、甘みを含んでおり美味しくて動きを止めた。
パンが美味しい。
そして牛乳を一口飲みその甘さに私は小さく息をつく。
美味しいのだ。
貴族の令嬢であった頃はこれよりも豪華な食事をしていたはずなのに、今食べるこのパンと牛乳の方が美味しく感じる。
ちらりと横を見ると、美味しそうにレイス様もしゃくしゃくと口を動かしながら食べていて、笑みがこぼれた。
「美味しい?」
「それがな、美味いんだ。今は肉やパンを食べたいと思わないんだ。ただ、果物は本当に驚くほどうまい」
「でも、果物も食べすぎはだめだから、ちょっとずつね?」
「わかっている。美味い」
「ふふふ。疲れているからより美味しく感じるわね」
「あぁ。そうだな」
外は暗くなるけれど、家の中は明かりをつけて温かな雰囲気だ。
誰かと一緒の食事とはこんなにも優しいものだったのだろうか。
レイス様であれば、人間になっても一緒に食事が出来るかもなと、ふとそんなことを私は思って、そして、自分に待ったをかける。
この人はいずれいなくなるのだと、ちゃんと理解しておかなければいけない。
人間などもう二度と信じるものかと誓ったのに、時間とは無常だ。
あの時の絶望を忘れてはいないのに、それでも時が流れ、そして怒りが薄れゆく。
恐ろしいことだと、私は心の中で開きそうになっていた蓋を、そっと閉めた。
最近扁桃炎になったのですが、後少しで治りそうです(´∀`*)ウフフ
皆さんも季節の変わり目、体調気を付けてくださいね。
健康第一!
あたたかな日が多くなってくると、お団子でも食べながらお花見したいなぁって思います。
そう言いつつ毎日ひたすら小説書いているんですけど(*'ω'*)
描くの楽しいおひょひょひょ!って妖怪みたいな生活してます。