5話
太陽が昇る前に支度を済ませ、髪の毛を私は一つにまとめた後にローブのフードをしっかりと被る。
薬の入っている荷物は背中に背負い、結構な重さになっている。
「そんなに持って……大丈夫か?」
「えぇ。行きだけだから、どうにか……大丈夫」
レイス様には待っているようにと伝えたのだけれど、一緒に行くとのことで、家を出ると森の中を一緒に並んで歩いていく。
するとレイス様は家を出た途端にウサギから発せられる気配とは思えない殺気を放ち始めた。
「こうしていると、獣は近寄って来ないからな! 安心するといい」
肌がぞわぞわとするようなその気配に、私はレイス様は人間の時どのような仕事をして、どんな生活をしていたのだろうかとふと思う。
頭の中で勝手に小柄なウサギのような人を想像していたけれど、もしかしたら大きく違うかもしれない。
ただ、私は頭を振りそれをやめた。
いずれ人間に戻ってしまい去って行く人だ。適度な距離感で接しなければとそう思ったのであった。
レイス様が殺気を放っているからなのか、いつもは賑やかな鳥のさえずりも聞こえず、森の中が静まり返っていた。
不思議な空気だなと思いながらも、獣を心配せずに歩けるということに少し心持楽になる。
ずっしりと背中の荷物は重いけれど頑張らなければと、私は気合を入れて歩いたのであった。
途中休憩を挟みながら、おおよそ五時間ほどで小さな町に着く。
この町は、次の街への中間地点になっていることもあり小さいながらに賑わっており、露店の方まで行けば様々な品物が行き交っている。
ただ私が向かうのはそちらではなく、路地裏の小さな古びた薬店だ。
「この袋に入っていてちょうだい」
「わかった」
可愛いので攫われたら大変である。
レイス様は持ってきていた大きめの袋に隠れていてもらうと、私は店の中に入った。
ドアチャイムの音が響くと奥から店主が出てくる。
店の中は薬草の香りで包まれてた。
「あぁ、いらっしゃい。今日は大荷物だな」
「えぇ。少し入用になったから。買い取ってもらえる?」
「もちろんだ。あんたの薬は物がいい。さぁ見せてくれ」
「えぇ」
眼鏡をかけた初老の男性は、薬を一つずつ確認していくとふむふむと言いながら奥から袋を持ってきた。
「今回も問題ないね。あんたは本当にいい仕事をしてくれる。なぁ、あんた森の魔女なんてやめて、この町で暮らしたらどうだ? あんたほどの腕があれば店も構えられるだろうよ」
ここの店主はとても良い人で、わけありそうな私からも正当な金額で品物を購入してくれる。
他の町でも薬を売ったことがあるが、そこでは安値でしか取引してもらえなかった。
だから正当な金額で購入してもらえた時には、本当にいいのかと逆に尋ねたくらいだった。
いい人なのだろう。だけれどそれでも私は、この優しい老人ですら信じられず怖いのだ。
「ありがとうございます。でも……一人が好きなので」
「いつかでいいさ。さて、それじゃあこれが今回の代金だ。確認してくれ」
袋を渡された私は中身を確認すると、そこには結構な金額が入っており、いつもよりも多いのがすぐに分かる。
「あの」
「いつもいい品をありがとう。少しばかりの気持ちさ。さてでは、またな」
そう言うと店主はそそくさと受け取った薬類を片付けに奥へと入って行ってしまった。
私はカバンに袋を入れるとその背に向かって頭を下げ、店を出た。
「……良い店主だな」
レイス様の声に、私はうなずき次の店に向かって歩き出した。
出来るだけフードを深くかぶって歩いていると、子どもが目の前に来て私のことを指さした。
そしてわざわざフードの中を覗き込んでくると叫んだ。
「あぁ! 森の魔女だ! わぁぁ! 本当に顔に火傷がある!」
するとその声に誘われるように数人の子ども達が集まってきて、私は慌ててしまう。
後ろへと後ずさりした時、風によってフードが取れてしまい、火傷の痕が露になり、私は慌てて顔を隠すように顔を俯かせると、フードを被りなおす。
「魔女さんだ! やっと会えた!」
「火傷! わぁぁ! 本当に見えた! わぁぁぁ。気持ち悪い」
子どもとは正直である。
私は人目が集まる前にここを立ち去ろうとした時であった。
カバンの中からレイス様が飛び出すと声を上げた。
「女性にそのような口を利くとは、紳士としてなっていないぞ」
突然目の前にウサギが現れ、しかも人語を話したということに子ども達はポカンとした表情で動きを止める。
「う、うわぁ。使い魔だ! さすが魔女!」
「すげぇ!」
「ウサギが喋ったぁぁあ!」
興奮気味の子ども達に向かってレイス様は地面をタンッと打ち付けて子ども達を黙らせると低い声ではっきりと告げた。
「子どもであろうとも、レディに対して不躾な口調は許されん。まずしっかりと森の魔女に謝罪をすべきだ」
子ども達はその迫力に威圧されたのか、しょぼんとすると、慌てた様子でこちらへと視線を向けた。
「「「ごめんなさい」」」
正直に謝る姿に、私は首を横に振るとレイス様を抱き上げて人目につく前に袋の中へと戻した。
それから、子ども達に言った。
「いいのよ。本当のことだもの。では、さようなら」
これ以上人目にもつきたくないし関わりたいとも思っていない。別に子どもに言われるくらいどうということでもなかったのに。
立ち去ろうとしたのだけれど、それに慌てた様子で子どもが口を開いた。
「で、でもね! 魔女さんの薬で、この前の風邪、すぐよくなったから、ありがとう」
「俺も、母さんの病気、よくなったんだ……だからありがとう」
「え?」
突然の言葉に驚くと、子ども達は真っすぐに私を見つめながら言った。
「本当は……魔女さん見て、お礼を言いたかったんだ」
「ただ、その……火傷のことも気になってたから」
「ごめんなさい」
こちらを見つめてくる真っすぐな瞳に、自分の薬もちゃんと人の役に立っているのだと、目頭が、熱くなってしまう。
それを堪えながら、私は答えた。
「役に立てたなら、よかったわ……それではね」
出来るだけ早くこの場から離れようと歩き、そして人通りの少ない公園のベンチに腰掛けると、私は両手で顔を覆った。
レイス様が袋から出てくると、こちらを心配そうに見つめてくる。
「大丈夫か?」
「……貴方ね、勝手に突然出てこないで。人目がなかったから良かったけれど、喋る動物なんて連れて歩いたらどんな噂が立つかわからないのよ」
「す、すまない」
「もう……それに、別に本当のことなんだから……よかったのに」
「それは違うだろう」
レイス様はそう言うと私のことをじっと見つめながら言った。
「ミラ嬢は美しい。それに子どもだろうが、あぁいう態度はよくない。大人として注意するのは当たり前のことだ」
当たり前。
私はふと幼い頃のことを思い出す。
『お姉様って本当に可愛くないよね。でもオリビアはとーっても可愛い。みーんなオリビアのことは好きになるもの』
『オリビア、失礼よ』
私がそう言うとオリビアはすぐに両親の元に飛び込んで甘えた瞳で両親のことを見上げた。
『こらこらミラ。オリビアはまだ幼いのだから、優しくしなさい』
『そうよ。もうただの冗談じゃない。まぁオリビアが可愛いことは本当のことだけれどね』
両親に私は窘められ、オリビアは許される毎日。
それが当たり前だと思っていたのに、私は目の前にいるレイス様の言葉に胸が苦しくなる。
「……そんな……そんな当たり前知らないわ」
「ミラ嬢?」
両手で顔を覆ってうつむき、私はしばらくの間動けない。
心がざわめいていて、私は大きくゆっくりと深呼吸を繰り返した。
読んで下さりありがとうございます(*'ω'*)
連載突然始めてしまったのですが、読んでくださる方がいて嬉しいです!
評価のお星さまがたくさん飛ぶと、すごく嬉しいです。お星さまきらきら~。
ブクマもありがとうございます!こーんなに読んでもらっている!と思うと、やる気が燃え滾ります。
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