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【書籍2巻9/25発売】追放後の悪役令嬢は、森の中で幸せに暮らす~うさぎの呪いを解きたくない~  作者: かのん
第二章

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19話

「っはぁぁはぁはぁはぁはぁはぁ」


 全身の倦怠感と、息苦しさ、眩暈を感じながら私が膝ついてうつむいていると、声が聞こえた。


 ただ、耳鳴りがしていて、声が上手く聞き取れない。


「ミラをどこへやったのだ!」


 レイス様?


 私は瞬きを何度も繰り返し、顔をあげた。


 そこには、神官様方に詰め寄るレイス様の姿があった。


「すぐにでも彼女を返さなければ、アレクリード王国側から正式に抗議する」


「わ、我々にも何がなんだか」


「こんなこと初めてなのです!」


 私は、息を整えながら、声をあげた。


「レイス様、どうか、落ち着いて……」


「ミラ!? 一体、どこにいたのだ!」


 三人が私を見て驚いたようにこちらへと視線を向ける。


 どうしてレイス様がここにいるのかも、何故揉めているのかも理解がおいつかない。


 動けない私の元まで慌てて来ると、私の存在を確かめるように手で触れた。


「一体……どこにいたんだ」


 レイス様は私を抱き上げてぎゅっと抱きしめた。


「すまない。やはり、目を離すべきではなかった」


「だい、じょうぶ、です。神官様方も悪くありません」


「だが……君は、君はすでに十時間も行方知れずだったのだぞ」


「え?」


 その言葉に私は驚き目を丸くする。


 私のことをぎゅうっと抱きしめるレイス様の手は震えており、心配をかけてしまったのだと、そう思った。


 その時、神官様がこちらを見て指さすと、青ざめた顔で声を荒げた。


「し、しししし、神罰! 一体何があったのですか!」


「まさか……せ、聖女ではない! そのものは聖女ではないぞ!」


 プリギエーラ様もハエレシス様は私のことを睨みつけると声を荒げた。


「レイス様、何があったのかはわかりませんが、彼女は神罰を受けております!」


「そんなものが聖女なわけがありません!」


 二人のその態度に、レイス様は憤慨する。


「彼女を十時間も行方不明にしたうえ、その言い方はなんだ! 神官長と副神官長ともあろうものが!」


 今まで見たことがない程にレイス様は怒りをあらわにしていた。


 二人はレイス様の言葉に、言い淀む。


 レイス様は言った。


「とにかくミラから事情を聴きます。部屋を用意してください」


「そ、そのようなものを、神殿に残すわけには……お引き取りを!」


 神官長の言葉に、レイス様は愕然とし、声を荒げた。


「ミラの体調はすぐれず、なにより外は暗いというのに、追い出そうというのか」


「い、いや……ですが……」


 レイス様は二人を睨みつける。


「神殿側の対応は分かった。失礼する」


 副神官長のハエレシス様が、慌てて口を開いた。


「さ、先ほどは動揺して失礼なことをお伝えしてしまいすみません。外は暗い、部屋をすぐに用意いたします」


「ハエレシス!」


 プリギエーラ様は、何故というような表情でハエレシス様を見る。


「プリギエーラ様、このままでは王家と確執を生みかねません……」


「くっ……私は失礼する。ハエレシス、ここは任せたぞ」


「かしこまりました」


 プリギエーラ様は立ち去り、ハエレシス様はぎこちない笑みを浮かべると言った。


「その、も、申し訳ございません。どうぞ、こちらへ」


 レイス様は私の体調のことを心配し、急いで帰るよりも神殿に滞在する方を選んだのだろう。


 苛立った様子ではあるものの、文句を言わずにハエレシス様についていく。


 私は体調が芳しくなく、レイス様の胸元に頭をもたげる。


「大丈夫か?」


「……えぇ。でも疲れたわ」


「目を閉じて。ゆっくり休むのだ」


「わかったわ」


 全身の倦怠感がすごく、私は素直に目を閉じると、一瞬で意識を手放したのであった。


 レイス様が傍に居るから大丈夫。


 そう、思っていたのに……。


 私が目を覚ました時、傍にレイス様の姿はなかった。



◇◇◇


 眠っているミラを見つめながらレイスは息をつく。


「無事で……よかった」


 その頬に触れれば冷ややかで、顔色は未だに悪い。


 一体何があったのだろうか。それに、神罰とは?


 よくよく見てみると、ミラの腕に、黒い文様が広がっていた。


「これは……なるほど。これを見て神罰と言ったのか」


 その文様は精霊の紋と呼ばれるものであった。レイスも精霊神について学ぶ時に何度も目にしてきたものだ。


 だが、これが神罰だと決めつけるのは時期尚早ではないだろうか。


 精霊はこの紋を人間に刻む時には何かしらの意図があるはずだ。その意図を探らねばこれが神罰かどうかは分からないはずだ。


「はぁ……とにかくミラの体調がよくなってから、話を聞かなければ……」


―――――トントン。


 部屋をノックする音に、レイスは顔をあげると扉を開けた。


 そこにはハエレシスの姿があった。


「どうか、されたのですか?」


「その……実はレイス殿に折り入ってご相談があるのです」


「相談?」


「はい……ここでは、離せないので、場所を移したいのですが、どうでしょうか」


 その言葉にレイスは首を横に振る。


「ミラの傍に居てやりたいのです」


「……大事な話なのです」


 ハエレシスは周囲を気にしながら小声で口を開く。


「プリギエーラ様は……もしかしたら、恐ろしいことを企てているかもしれず、どうか、どうか時間を」


 その深刻そうな様子に、レイスはため息をつくと言った。


「では、私の部下をここに読んでも?」


「それはなりません。ここは神聖な神殿です」


「……ならば信頼のおける者を、この部屋の前へと見張りに着けてもらえますか?」


「もちろんです」


「少々お待ちを」


「はい。あぁ、その間に、見張りをする神官を連れてまいります」


「ありがとうございます」


 レイスは部屋へと戻ると、ミラの首に守護の魔法石をかける。悪意のある者がミラを傷つけられないようにするものだ。


 家に帰ったらプレゼントしようと思っていたが、仕方がない。


「すぐに戻る」


 レイスはそう告げ、ミラの額に唇を落とす。


 そして立ちあがると、ハエレシスの後について部屋を出た。


 外にはすでにハエレシスの呼んだ神官がおり、こちらに一礼する。


「よろしく頼みます」


「はい。かしこまりました」


 レイスはハエレシスについて歩き、神殿の薄暗い中を進んでいく。


 昼間とは違い、静まり返り、物音ひとつしない。冷たいその空気は、どこか寂しさをはらんでいた。


 神殿の内部はまるで迷路のようだ。


 レイスはその通る通路の道順をしっかりと覚えていく。


 神殿がアレクリード王侯の王子である自分に危害を加えることは考えにくい。


 それでも、警戒心とは大事であり、生き延びるためには持っておいた方がいい。


「こちらです。どうぞ」


「はい。では、失礼します」


 案内されたへやの扉を開けて中にはいると、灯一つついておらず、レイスは身を強張らせた。


「灯は」


「申し訳ない。今、つけます」


 部屋の中に誰かがいる気配がして、レイスは目を凝らす。そして、近寄って来たと思い、その腕をつかみ床へと倒した瞬間、灯がついた。


「何ものだ!」


「あーあ。痛い」


 次男瞬間、レイスの両頬にその細い手のひらが触れ、レイスはしまったと察した。


 だが、すでに、遅い。


「私のいうことを、聞いて」


 ドクン……。


 心臓が大きく跳ねるのと同時に、レイスの心と体の感覚が離れていく。


 感じたことのない気持ち悪さと違和感に吐き気が込み上げてくる中、視界が揺れる。


「……何故……うぅぅ」


「いい子いい子。さぁ、大丈夫よ。私を見て」


「やめろ」


「こんなに……耐える人初めて。うふふふ。でも、視線が合えば逃げられないわ。ね? 知っているでし

ょう? 私の聖女の能力を」


「聖女の能力ではなく、洗脳の、能力、だ」


「どっちでもいいじゃない。さぁ、私のいうことを聞くの。ね、レイス様」


 なぜここに、ミラの妹であるオリビアがいるのか。


 そう思いながらも、すでに視線はオリビアから離すことが出来ない。


 ミラ……すまない。


 意識がどんどんと霧に包まれていった。



◇◇◇


「レイス様?」


 名前を呼ぶけれど、レイス様の姿はない。


 私は立ちあがると、扉をゆっくりと開けた。


 そこには神官が一人立っており私は尋ねた。


「あの、レイス様はどちらに?」


「あ、お目覚めですか。えっと、レイス様はハエレシス様と一緒に話しをしに出掛けられました」


「そうなの……どのくらい前に?」


「えっと、昨日の夜にです」


 もう太陽が昇りつつあると言うのに、未だ帰って来ないことに、不安が過る。


「わかったわ。ありがとう」


 私は一旦部屋に戻り、扉を閉めるとベッドに腰掛ける。


 レイス様が私をひと晩も一人にするだろうか。


 しばらく考えて、私は立ちあがる。


「きっと、何かがあったのね。助けに行かなくては……うっ……」


 私はその時になってやっと自分の腕に文様が浮き出ていることに気が付いた。


「これは……精霊の紋?」


 精霊神について勉強する時に必ず出てくるこの紋。


 私は昨日、ふらつきながらも聞こえてきたプリギエーラ様とハエレシス様の言葉を思い出して考える。


「これは……問題ね」


―――――がさごそがさごそ


「ッ!? 誰!?」


「みゃ(はぁぁぁ。腹減った)」


「え?」


 私は一瞬、何が起こっているのかが分からなかった。


 けれど確かに聞こえたその声に、驚きながらも、念のために持ってきたレイス様の薬やその他の薬草を入れていた袋を開いた。


「みゃー!(はぁぁ。苦しかった。やっとかよ)」


「待って……ルカ? どうして……え?」


 ルカはベッドの上に乗ると毛づくろいをしたあと、周囲を見回した。


「みゃ(おいおいおい……ここは、神殿の、監視区域じゃねぇか)」


 監視区域?


 一体何が起こっているのか分からず、私は呆然としているとルカは私の様子を見て、それから腕の紋に気付くと私の手に近寄り、その匂いを嗅ぐ。


「みゃ(うそだろ……まさか、精霊と接触したのか。精霊の紋……何が)」


 ルカは、何者なのだろう。


 じっと私はルカを見つめながら、ここがルカとの話をするべき時なのかもしれないと、そう思った。


 姿勢を正すと、私は真っすぐにルカに問いかけた。


「ねぇ、ルカ。あのね、ずっと聞きたかったのだけれど」


「みゃ(……なんだ? なんで急に猫に向かって改まって……頭大丈夫かよ)」


「私の頭は大丈夫よ。貴方、一体何者なの?」


 ルカが、私の言葉に動きを止め、目を見開いてこちらを見ている。


 その動作はとても可愛らしいのだけれど、今は話しがずれないように言葉を続ける。


「実は、私には最初から貴方の声がそのまま聞こえるの。黙っていて、ごめんなさい」


 正直にそう告げると、ルカは座り直し、こちらをじっと見つめる。


「みゃ(嘘だろ)」


「嘘じゃないの」


 ルカは目を何度か瞬かせる。


「みゃ(じゃあ……なんで俺みたいな不審なやつを家に入れた)」


 その言葉に、私は少し悩みながら言葉を返す。


「だって、子どもが猫の姿になっているのなんて、放っておけないじゃない」


「み(は?)」


「声からして、貴方、子どもでしょう?」


「み(は? 俺が……こ、ども……なんでそんな勘違い……)」


「え? ……違うの?」


 私が驚き固まっていると、ルカがハッとしたように自分の体を見た。


「みゃ(この体、どこか小さいと思っていたんだ……まさか、子猫だったのか。だから)」


 その言葉に、私は一歩後ろへと下がる。


「ルカ……お、大人なの?」


「みゃ……(あー……あぁ。大人だな)」


「うそ……どうしましょう……レイス様に、怒られそう」


 困ったことになってしまった。


 私は自分が勘違いしていたことが急に恥ずかしくなってルカに頭を下げた。


「ごめんなさい……勘違いしてしまっていたの……恥ずかしいわ……どうしましょう」


「みゃ(はぁぁ。その顔やめろ。おい。言葉分かっているなら、今がそんな話をしてる場合じゃないの分かっているか?)」


「……どうして、そう思うの?」


「みゃ(この部屋、この匂い……ここは監視区域。教会の中で、入った者を外に出さないために入れる場所だ)」


「え?……そんな。私、やらなければならないことがあるのに……」


「みゃ(やらなければ? それはなんだ)」


「実は…………だめ、言おうとしても、何故か言葉が言葉にならないわ……いやな、感じ」


 私の様子を見たルカは少し考えた後に、口を開く。


「みゃ(質問に答えろ。その紋と関係あるか)」


「……言えないわ」


「みゃ(ここで出来ることか)」


 私はそうだと思いつき、首を横に振る。


「みゃ(家では出来ることか)」


 うなずく。


「みー(薬草は必要か)」


 そうしたやりとりを何度も何度も繰り返し、ルカはなるほどとうなずく。


「みゃ(薬を調合する場所がほしいのか。はぁ。尋ねるのが大変すぎるだろ。迷惑な)」


「ご、ごめんなさい」


「みぃ(てめぇに言っているわけじゃねぇ)」


「ご、ごめんなさい?」


「みゃー(はぁ。薬を作れる場所は……あるが。行けるか……)」



「でも、レイス様が帰って来ないの。レイス様のことだから、何かあったのではないかって心配で」


「……みゃ(あー……まぁ、大丈夫だろ)」


 大丈夫だろうか。いや、レイス様が戻ってこないなんてやはりおかしい。


「ハエレシス様に事情を聴いてみるのはどうかしら」


「みゃ(はっ……あの、クソ野郎に聞いたところで真実なんて教えるかよ)」


「え?」


「……俺は、元々この神殿にいたんだ。だが、ハエレシスに生活の全てを奪われ……ほぼこの神殿に幽閉されて板のようなものだ」


「そんな……どうして……」


「みゃー(とにかく、まずその妖精の紋を消すために薬を作るべきだ……仕方ないから、俺がレイスを探してくる)」


「本当に? ありがとう……ルカ。どうしてそんなに良くしてくれるの?」


 ルカには尋ねたいことがたくさんある。


 けれど一番はこれだ。


 どうして、最近知り合ったばかりの私を助けてくれるのだろう。


「みゃ(それは……今度話す)」


「そう。また聞かせてね。本当にありがとう」


「みゃ……(俺は感謝される……立場にはない)」


「え?」


「みぃ(なんでもねぇ。ほら、まずは薬を作れる場所に移動するぞ)」


「えぇ。分かったわ」


 ルカは窓の方へと移動すると、カリカリとそこを小さな手で押す。


「みゃ(窓から行くぞ。行けるか)」


「えぇ……頑張るわ」


 窓を開けると、生温かな風が吹き抜ける。


 私は、窓の下を見て、緊張するけれど思いの外足場はありそうだ。


 ルカに続いて外へと出ると、ゆっくりとゆっくりと横へと移動していくと、ルカが木の方を見て言った。


「みゃ(あの木に移るぞ)」


「え? ……あそこに……」


 私は心臓がバクバクとなる。だが、行かなければいけないだろう。


 勇気を振り絞ると、ゆっくりと木へと枝を伝って渡り、そしてルカに促されるままに、木を伝って下へと降りる。


 地面についた時には足がガクガクと震えていた。


「にゃ(止まるな。行くぞ)」


「えぇ……分かった」


 ルカは走り、私も足をどうにか動かして着いて行く。


 神殿の裏庭を通り過ぎていくと、雑木林の中に、小さな井戸が見えた。


「みゃ(ここが入り口だ)」


「こんなところが……分かったわ」


 内側には、壁伝いに降りれるように縄梯子が取り付けられている。


 ルカは私の肩に乗り、私はゆっくりと少しずつ下へと向かって降りていく。


 中は湿っていて、苔が生えており滑りやすい。


「みゃ(気を付けろよ)」


「わかっているわっ……きゃっ」


―――――ドスン。


 落ちたのが、最後の方で良かった。


 私は痛みに顔をゆがめ、立ち上がると腰をさすった。


 ルカは私が地面に落ちる前にひらりと自分でおり、見事に着地している。


「いたたたた……」


「みゃ(どんくさいな)」


 その言葉に私はルカを睨みつける。


「ルカだって、リュコスに飛び掛かってそのままべしゃって行ったくせに」


「みゃー!(あ、あれはまだこの体に慣れていなかっただけだ!)」


「私だって、こういうことに慣れていないだけだわ」


 睨み合っていると、ルカがため息をついて視線を反らした。


「みゃ(急ぐぞ)」


 井戸の中からどう進むのだろうかと思っていると、井戸の中に扉が付いており、そこをくぐるとしばらく暗い通路が続いていた。


 私は不安になりながらも、ルカに着いて行く。


 足元は湿っている。滑らないように気を付けながら歩いていると、奥に光が見えた。


「みゃ(ついたぞ。ここに、必要な物があるといいのだが)」


 入り口をくぐると、そこは開けた空間であり、たくさん本と、魔法具で作られた温室が中にはあった。


「ここは……?」


「……みゃ(必要な物があるか調べろ)」


「……分かったわ。調べたい本がるの。百年前に起きた、瘴気病について」


「みゃ(瘴気病……また、古い病だな。だが確かあったはずだ。こちらへ)」 


 私はルカに案内されると、本棚から本を取り出し、それをぺらぺらとめくっていく。


「みゃ(おい。そんな慌てて見なくても)」


「大丈夫。これで読めるから。うーん。これには載っていないわ。他にもある?」


「みぃ(嘘だろ……分かった。こっちだ)」


 私はルカがまた教えてもらった本をめくっていき、そして、あるページで手を止めた。


「これだわ……ルカ、そちらの器具を使ってもいい?」


「みゃぁ(もちろんだ。ここにあるものはなんでも使え)」


「……いいの?」


「みゃ(あぁ。俺は、レイスのことを探してくる。いいか。絶対に外に出るなよ)」


「えぇ」


 ルカは私の返事にうなずくと、入って来た通路とは別の通路があるようで、そちらから出ていった。


 私はこの部屋はなんなのだろうかと思いながらも、薬を作ることができるだろうかと、薬草や器具を確認していく。


 魔障病とは、地中から吹き出す魔障を浴びてかかる病のことだ。


 魔障が起こったのが百年ほど前。その時はかなりの犠牲者が出たようだが、神の奇跡によって、人々は救われたと文献で読んだことがある。


 まさかその神が魔諸病をわすらったままになっているなど誰が想像できるだろうか。


「すごい……薬草がそろっているわ。ここは本当に何なのかしら。誰かの、研究室? 詮索するのは後ね。頑張らなければ……うっ」


 その時、腕に痛みが走り、よくよく見てみれば、妖精の紋が広がっていた。


「精霊とは、恐ろしい存在ね……」


 物語に絵が描かれている精霊のように、優しく慈悲に満ちているわけではないと、私は痛感した。


「頑張らなければ」


 レイス様はきっと大丈夫。


 私は自分に出来る最善をしよう。


 集中するために自分にそう言い聞かせると、私は置いあったエプロンを借り、髪の毛を結ぶと気合を入れる。


「さぁ、頑張りましょう」


 薬草を綺麗に洗い、それを煎じていく。


 いくつかの薬草は根をすり鉢ですりつぶし、粘り気が出るまで混ぜていく。


 その間に、鍋に火を入れて、数種類の薬草を煮立たせる。


 そこに、数種類の魔法石を加え、最後に粗熱を取って全ての材料を混ぜ合わせていく。


 ただ、薬作りの最後の文言に、私は手を止める。


「……神の御業を、込めていただく……神の御業……ここだけは、どうしようもないわね」


 私は出来上がった薬をじっと見つめ、聖女としての私の能力は使えないのだろうかと思案する。


「力が……見えたらいいのに。とにかく、やれることはやったわ。どうか、この薬が、精霊神様の病を癒しますように」


 気休めに私はそう呟いた時、私は時計の針を見て驚く。


「もうこんなに時間が? ……うぅぅ。どうりで、痛みが、強くなってくるはずね」


 全身から汗が噴き出すような痛みが定期的に走る。


 それをぐっと堪えながら、私はどうするべきか考える。


「ルカはここで待っていろと言っていたけれど、このままじゃ……私が、倒れるのが先になりそうね」


 頭の中で考えるが、答えは一つしかない。


「行こう。とにかく、精霊神様の方を先になんとかしなければ」


 私はルカが出ていった通路へと視線を向け、覚悟を決めると薬を手に持って歩き始めた。


「行くしか、ないわ」


 一人で踏み出すことは怖い。


 レイス様に傍に居てほしい。


 けれど、今は私一人であり、レイス様がもしもピンチに陥っているならば、私が助けに行かなければならないのだ。


「レイス様……」


 可愛らしいもふもふのレイス様も、力強く私を抱きしめてくれるレイス様も、今はどちらもただ恋しい。


「ダメね。弱くなってしまったものだわ」


 暗い暗い通路をじっと見つめ、私は一歩前へと踏み出したのであった。



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