18話
要請があってから数日後、私はレイス様と共に馬車に乗って神殿へと向かう。
ルカには家で待っていてもらうようにしたのだが、少し心配である。
「……ルカ。お留守番大丈夫かしら」
窓の外を見つめながら私がそう呟く。
お昼には帰れると思うが、早めに帰らないとルカがお腹を空かせてしまう。
そんなことを心配している私の肩に、レイス様が頭をもたげた。
「……レイス様?」
「なんだか、最近、ルカばかりに構ってずるい気がする」
「えぇ?」
私は、ドキドキとしながら、それを顔に出さないように言葉を返す。
「そんなこと、ないわよ」
「……今度、二人で出かけないか?」
「え?」
「旅行でもどうだろう。たまには森を出て」
その言葉に、私は微笑む。
「いいわね。たしかに、ずっと森での暮らしだものね」
たまには外へと出かけてもいいかもしれない。
私は森での生活に満足してしまって森の外に出不精になっていた。
レイス様の冒険譚の本を今少しずつ読み進めているのだけれど、そこに書かれている内容が本当なのだとすると、森での生活はレイス様には刺激が少なすぎる日常なのかもしれない。
馬車がとまり、外側から侍従が扉を開けた。
レイス様が先に降り、私をエスコートして下ろしてくれる。
「ここが、神殿……」
光を反射する美しい白い荘厳な建物が、そこにはあった。
見上げる程に高く、太陽の光を反射してキラキラと輝きを放つ。
そしてそんな建物の前には、神官たちが立ち並び、こちらに向けて頭を下げている。
そんな神官の一人が前へと出ると、私に深く一礼をしてから口を開いた。
「アレクリード王国第三王子レイス様、並びに聖女ミラ様、お待ちしておりました。私は神殿を取りまとめております神官長のプリギエーラと申します。横にいるのは副神官長のハエレシスでございます」
「よろしくお願いいたします」
横にいた方も一礼し、私達も一礼し返す。
「アレクリード王国第一王子レイスです。聖女ミラの婚約者でもあります」
「ミラでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
プリギエーラ様はうなずき、私達についてくるように促すと歩き出した。
後方にはハエレシス様がついている。
他の神官様たちが道を開けて下さり、その中央を私達は歩いていく。
建物の中へと入ると、音一つしない世界がそこには広がっていた。
壁や床、柱なども全て白で作られており、装飾品などはない。
そして奥まったところにある扉をくぐった一室にて、私は案内される。
そこには椅子や机などが用意されており、神官の一人がお茶の準備をされている。
「ではレイス様はこちらでお待ちください。これより、ミラ様の能力の計測を行っていきたいと思います」
こちらを心配そうにレイス様が見つめる中、私は大丈夫だと安心させるように微笑み、うなずく。
レイス様が私の耳元でそっと呟く。
「何かあれば、途中でもすぐに戻ってくるように」
「えぇ」
「では、まいりましょう」
プリギエーラ様とハエレシス様と共に、私は奥にある扉をくぐる。
そこから、長い廊下を歩いていき、生き辺りで階段を下へと下がっていく。
長い道のりだなと思っていると、視線の先に、眩しい光が満ち満ちている部屋の入り口が見えてきた。
「こちらです。どうぞ」
「はい」
入り口をくぐり顔をあげると、室内だと言うのにそこには緑が広がり、高い天窓を通して美しい光が降り注いでいた。
そして目の前に美しい巨大な木が立っている。
「ここは……?」
「アレクリード王国では精霊神を信仰しております。そしてこちらが精霊様のお住まいでございます。ここに入れるのは一部の神官と、聖女に選ばれた者だけでございます。これまでも歴代の聖女がこの木に触れ、その能力を示してきました。ある者は木に花を咲かせ、ある者は木に実を成らせたと記録されております。聖女でなかったものは、何も示さないとのことで、正式な聖女であるためにはここで力を示さねばなりません」
説明を聞き終えた私はなるほどとうなずく。
私は本当に聖女の力を有しているのだろうか。
オリビアと対峙した時には、その力を確かに感じた。
だが、今の私はすでに役目を終えたのではないか、聖女の力はもうなくなったのではないか。
そんな思いが心の中にある。
「わかりました。触れればいいのですか」
「はい。どうぞ」
私はうなずくと、その木を見つめる。
不安だけれど、もし触れて何も起きなかったら、その時はその時だ。
意気込みと共に私は手を前へと差し出し木にそっと触れた。
「え?」
森の香りがした。
目を瞬かせると、そこは緑の森の中であった。
ただ、普通の森と違うということはすぐに分かる。
「虫や鳥が……いない」
風によって揺れる木々の音だけが響き、それ以外には音がない。
不思議な空気感だった。
「どこかしら……」
先ほどまでの場所とは違い、プリギエーラ様もハエレシス様の姿もない。
周囲を見回した後、私はどうしたらいいのだろうかと思いながら、とりあえず歩いてみることにした。
森を歩くのには慣れている。
しばらく道なき道を進んでいくと、開けた花畑へと出た。
美しい色とりどりの花が咲き誇り、キラキラとした光が宙に浮き舞い踊っている。
私が花畑の中を歩いていくと、光がこちらへと近づいてきた。
「聖女よこんにちは」
「私達は精霊。ねぇ、貴方はどちらの道を選ぶ?」
光は小さな精霊だと言うけれど、目も鼻も口もない、不思議な淡い光だ。
ただ怖くはなく、私は目の前に現れた道をじっと見つめた。
「分かれ道には意味があるの?」
「えぇあるわ」
「最後までたどり着ける聖女を、私達は待っているの」
最後までたどり着く?
どういうことだろうかと私は思いながらじっと道を見つめて言った。
「こちらは輝いていて、こちらからは花の香りがするわ」
私がそう告げると、精霊たちは喜び声を上げた。
「光の道を進んで」
「ふふふ。光を目指して」
私はそう告げられてうなずくと、光を選んで歩き始めた。
プリギエーラ様の話であれば、木に触れるだけということだったのに、どうやら違うようだ。
道を進んだ先でも、また精霊達が舞っており、また道が分かれる。
それを何度か繰り返して、私は光を目指して歩き続けた。
どれほどの時間が流れたのだろうか。私もさすがに歩くのが疲れて来たなと思っていると、たくさんの精霊が集まる場所が見えた。
「わぁぁぁ。すごい」
「本当だ。ここまでたどり着くなんて」
「すごいすごい」
「いけるのではないかしら」
一体どうしたのだろうか。
私は不思議に思いながら周囲を見回すと、そこには道がたくさん伸びていた。
一つや二つではない。
たくさんの道を私はじっと見つめると精霊に尋ねた。
「また、光を目指せばいいの?」
私の問いかけに、精霊たちは盛り上がる。
「そうだよ!」
「いっけぇ!」
「がんばれ!」
「たどり着けぇ!」
見世物になっているような気分を味わいながら、これは一体どういうことなのだろうかと疑問に思う。
この道の先はどこへ続いているのだろう。
歩きすぎて、次第に本当に元の場所に帰ることができるのだろうかという不安も抱き始める。
「はぁ……でも進むしかないのよね」
私は光の導く道を選ぶと歩き始めた。
その途端に歓声があがり私は驚く。
「いえぇぇぇぇぇぇ」
「五百年ぶりの快挙!」
「え? 三百年じゃない?」
「えぇぇぇ? わかんないけど快挙!」
適当なことを楽しそうに盛り上がっている精霊達を後ろに、私は小さく息をつくと道をただただ歩き続けたのであった。
そして、次の瞬間。
「きゃぁっ!」
落ちていった。
先ほどまでは道があった場所に道は無くなり、精霊達がきらきらと舞っている。
「「「「「おめでとー!!!!」」」」」
おめでとう? 何が? これでもしかしたら元の部屋へと帰ることができるのだろうか。
私は落ちていく浮遊感に恐怖して目をぎゅっと閉じた時、足が地面へと着いた。
ゆっくりと目を開けると、そこは美しい祭壇があった。
その祭壇の上には、人が眠っている。
私は恐る恐る祭壇へと近づきその人を見ると、全身に、亀裂が走っている。
「これは……」
すると、光がその場に溢れ始め、精霊達が姿を現す。
「ここにたどり着くなんて!」
「おめでとう!」
「さぁ! さぁ!」
「「「「「精霊神様を助けて」」」」」
その言葉に私は驚く。
「精霊神様? ちょっと待って、話しが見えないわ」
私が一歩後ろへと下がろうとすると、その様子に起ったように精霊達が私の周りをくるくると回り始める。
「聖女がここにくるのは」
「精霊神様のため」
「たどり着けたってことは」
「精霊神様を治せるってこと」
「「「「「早く助けろ」」」」」
キラキラと輝いていた光が、黒く輝き始め、私はぞわりとした得体のしれない感覚を味わう。
ただし、言うことを聞かなければ自分の身に危険が及ぶ、それだけは分かる。
「……とにかく、症状を見せて。触れてもいい?」
すると精霊たちの色は戻り、うなずく。
「危ないことしないならいいよ」
「具合をみるためだもんね」
「早く目が覚めるといいなぁ」
嬉しそうなその様子からは先程の恐ろしい雰囲気は感じない。
精霊……そのような存在に自分が出会うなど、過去の私は思ってもみなかった。
私は緊張しながらも精霊神の様子を見ていく。
症状は全身に広がっているようで、精霊に力を借りて背中なども確認していく。
動向や脈なども見ていくが、人と同じで見ていいのかが分からない。
「この症状はいつから?」
「うーんわかんない」
「この前までは元気だったよね」
「この前って百年くらい前だよね」
「うん。そうそう」
なるほど。精霊と人間との時間の感覚は違いそうだと思いながら私は質問を続ける。
「じゃあ、この症状が出始めたきっかけは分かる?」
その言葉に一人の精霊が口を開いた。
「それは分かる! あれだよ。森から出てきた瘴気を止めた時!」
精霊のその一言で、私はなるほどと納得がいった。
けれど納得はいってもこれはすぐに治せるものではない。
「わかったわ。一度この症状について調べて、薬を作ってきてもいい? ここですぐに直せるものではないわ」
一度調べなければ、正確な薬の作り方などは分からない。
そう思い告げた言葉だったのだけれど、次の瞬間、空気が変わった。
「治せない」
「なんで」
「聖女だろ」
「うそつき」
「治せ!」
また色が黒く変わる。私は恐怖を感じながらもはっきりと告げた。
「治せないとは言っていないわ。でも時間がかかるのと、ここには材料がないのよ」
「材料ってなんだ!」
「薬を作る必要があるの。だから一度戻りたい。いい?」
すると、黒くなった精霊達は集まりくるくるとまわりながらこそこそと何かを話し始める。
そしてピタッと動きを止めると言った。
「帰ってもいい」
「ただし、薬が出来たら帰ってこい」
「出来たら呼べ」
「でも他の人間にこれを話すのは禁じる」
「タイムリミットは呪いが死をもたらすまで」
精霊達は真っ黒な姿で私の周りを今度はくるくる回り始める。
黒い霧が立ち込め、私の体に纏わりつく。
息をするのが苦しく私は喉を抑え、その場に跪いた。
黒い光の中に、金色の瞳が開き、ぎろりとこちらを睨みつけた。
「「「「「約束だよ」」」」」






